俺、ポメった

三冬月マヨ

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親友、ポメり初め〜その初恋、俺にして?〜

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「新年早々ごめんなさいね。この子ったら、ポメっちゃったのよ」

「あ、はあ…」

 親友の母親から、そう笑顔で手渡されたのは、真っ白なもふもふのポメラニアンだった。

「きゃふきゃふ」

 つぶらな丸い瞳が俺を見上げて来る。
 ふさふさとした尻尾を千切れんばかりに振っている。
 その姿は、とても愛らしい。
 …愛らしいんだけど。

「…睦月むつき…?」

「きゃふっ!」

 丸い瞳を見つめながら、親友の名前を呼べば、胸に抱えたポメが元気に返事をした。

「嘘だろ…」

 …親友が、ポメった。

 ◇

 知識としては知っていた。
 人が、何かの弾みでポメ化する様になって数世紀。誰にでも、その可能性はあると。それの引き金は、処理しきれない、激しい感情の変化だったり、疲れだったり…まあ、ストレスだよな。
 
『この子に、ストレスを感じる様な事があったのか、甚だ疑問なんだけど…あれかしら? 今年は、蟹、丸一杯買わなかったからかしら? 確かに、蟹味噌は美味しいけれど、脚だけの方が量あるし、食べ応えあるじゃない?』

 いや、違うよ、おばさん。確かに睦月はカニ味噌好きだけどさ。そうじゃないよ。
 とんでもなく明後日な勘違いをする、睦月の母親に適当に相槌を打って、俺は歩き出す。胸にポメった親友を抱きながら。
 睦月がポメった理由なんて、本人と俺にしか解らないだろう。
 と、思った処で、ふと頭に過った言葉を零す。

「…いや待てよ…睦月だしな…」

 …解らない可能性の方が高いかも知れない。

「きゃう?」

 そんな俺の呟きに、俺の腕に前足を二本乗せてるポメった睦月が、ぐりんと頭を動かして見上げて来た。

「…っ、かっ…!!」

 思わず変な声が出そうになった。いや、落ち着け。落ち着くんだ、俺。息を吸え。吸い込むんだ、深く。

「…何でもないよ。初詣って言われてもな」

 こんな可愛い生き物を連れて、陸の芋洗いになんて行けない。と云うか、誰にも見せたくない。ただでさえ、睦月は馬鹿で可愛いのに。

「きゅふ」

「~~~~~っ!!」

 顔の向きを変えて、こくりと頷くポメに、俺は声にならない声を上げた。
 犬や猫の後頭部は、どうしてこんなにも破壊力があるんだ。可愛過ぎるだろ。これが、好きな相手なら尚更だ。
 うん。
 俺は睦月が好きだ。

 ◇

『一円を笑う奴は一円に泣くんだぞ』

 小学校卒業後の春休みの時だった。コンビニで会計の時に、一円玉を床に落とした。一円だし、いいかと思って拾わずにいたら、後ろに並んでた睦月が拾って、そんな諺、いや、格言(?)を言いながら俺に渡してくれた。ジジくさい奴だなと思った。それが、俺と睦月の出会いだ。
 春休みが終わり、同じクラスになって『あの時の!』で、話す様になり、自然と友達になった。互いの家を行き来する様になるのも、大して時間が掛からなかったと思う。
 友達だと思っていたんだ。
 睦月は単純で面白いし、鈍い処も、たまにジジくさい処もあるけど、そこもまた会話のポイントになってた。
 そんなある日の事だった。

『睦月が居ない内に見せてあげるわ』

 睦月のお母さんが、アルバムを手にそう言って来たのは。
 その日は土曜日で『夜通しゲームやろうぜ!』って、誘われて睦月の家に泊まりに来てた。
 で、夕飯も風呂も済ませて、睦月が風呂に入ってる時に、おばさんがそれを見せて来た。
 小さい時の写真は恥ずかしいから嫌だって、睦月が頑なに見せてくれなかったから、俺はそれをネタにからかってやろうって、そんな気持ちで見てた。睦月の弟の弥生やよい君も一緒に。『こっちが睦月で、こっちが弥生ね』と、おばさんが写真を指差して説明してくれるけど、写真の下に『睦月・5歳 弥生・4歳』って、書かれている。『二人とも可愛いですね』なんて言いながらも、二人の肩に手を置いて、静かに笑う学生服を着た男が気になった。そうしたら、弥生君が『雄兄ゆうにいだよ』と、細く長い指でその顔に触って説明してくれた。『ありがとう』って言ったら、はにかむように、それでも嬉しそうに笑うから、ちょっと驚いた。こんな風に笑う子だったかな? って。

『そ、雄太ゆうた君。とても良い子なのよ~。歳の割にとても落ち着いていてね。就職して実家を離れるまで、二人ともお世話になりっぱなし!』

 そんなちょっとした違和感は、おばさんの声で直ぐに掻き消されたけど。

『兄貴はすぐ雄兄の真似をするんだ』、『諺とか、格言とか何かにつけて言うでしょ? あれ、雄太君の影響なのよね~』、『兄貴が真似したって似合わないのに』、『本当に、雄太君の事好きよね~』とか、ポンポン話していて、そこで何か引っ掛かった。

『あ~っ!! 何見せてんだよっ!! 鼻水垂らした奴とか見せてないよなっ!? 義人よしと、部屋に行こうぜっ!!』

 睦月にグイグイ腕を掴まれて、部屋まで引っ張られて行きながら、いや、行った後もずっと頭の中でそれがぐるぐるしてた。
 嫌がる程の鼻水も気になったけど、"好き"って何だ? って。
 何で、それが気になるんだろうって。
 それの答えなんて、割と簡単に出た。

『今年も雄兄から、バースデーカード届いたんだ!』

 それをヒラヒラさせながら、顔を赤くして笑う睦月にムカついた。

『はいはい。弥生君も貰ってたよな』

『…言うなよ…』

 しょんぼりする睦月に、胸が痛んですぐに謝ったけど。
 俺が、誕生日おめでとうって言っても、そんなに喜ばないくせに。
 言葉なんて、声なんて聞けない、そんなカード一枚で、そこまで喜ぶのかよって、思った。
 そして、俺は何で、こんなにイラついたんだろうって。
 うん。
 …悔しかったんだ…。
 こんなに側に居るのに、離れて寂しい思いさせてる奴が、何で一番睦月を喜ばせるんだよ、って。
 何で、俺じゃないんだよ、って。
 そうしたら、もう、出る答えなんて決まってる。

 ◇

 今だって、やっぱり悔しい。
 何で、一番側に居ない奴のせいで、睦月がポメるんだよ。ずるいだろ。
 何で、俺じゃないんだよ。

「…ポメる程、好きだったんだな…」

 法律だかなんだかで決められてるのか知らないけど、住宅街には必ずある公園に俺達は来た。
 陽の当たるベンチに腰掛けて、膝の上にポメった睦月を乗せて、その頭を撫でながらぼそりと呟く。
 睦月は単純だし、鈍いし、ガサツだし、そんな繊細な心なんて持ち合わせていないなんて思われがちだ。
 …俺もそう思ってた。昨夜のライン見るまでは。
 つい、さっき喰らった、止めとも言えるポメ化を見るまでは。

「きゃふ?」

 ぐりんと首を動かして、不思議そうに俺を見上げて来る睦月の姿に、何だか泣きたくなった。
 何、無邪気に見上げて来てるんだよ。お前、失恋したんだぞ?

「…自覚無しか…」

 膝の上に乗せてた睦月をベンチの上へと移動させて、コートのポケットからスマホを取り出した。睦月にも良く見える様にと、二人の間の僅かな場所にスマホを置いて操作する。
 昨日のやり取りを見せながら、ぽつりぽつり話して行く。

『雄兄が帰って来た!!』
 
 親戚の家に餅つきで駆り出されて、ヘタってた処に届いたメッセージに、俺が落ち込んだ事なんて知らないだろ? 何、喜びの舞のスタンプ送って来てるんだよ。

『また、弥生が雄兄のとこに行った!』

 プリプリ怒りスタンプ送って来るな。お前も行けば良いだろ? 部屋の掃除が終わらない? さっさと終わらせれば良いだけだろ。

『弥生のばーか。雄兄のばーか。九歳差犯罪犯罪ショタショタ』

 八歳も九歳も変わらないだろ。お前の方が馬鹿だ。

『キスしてたキスしてた!! 見たの俺だからいいけど、他の奴に見られたらヤバいだろ!!』

 お前になら良いのか。って、お前気付いてるのか? 男同士なのに、とか一言も言ってないの。何で心配してやってるんだよ、馬鹿。お人好しめ。

『初詣なんか行ける訳ねーだろ!!』

 あ、行きたいんだ。まあ、じっとしてても落ち込むだけだもんな。…俺も。

「泣いて泣いて疲れて眠ってポメになったのに、失恋した事にまだ気付かない鈍さも睦月らしいけどさ」

 本当、まさかポメってるなんて思わなかった。
 ぎゅうぎゅうな人混みに圧し潰されて、ぎゃあぎゃあ騒ごうと思っていたのにさ。
 何でポメってるんだよ。そこまで好きだったのかよ。何で、俺じゃないんだよ。

「ぎゃんっ!?」

 何、目を丸くして驚いてるんだよ。

「好きだったんだろ? 隣のお兄さんの事」

 悔しいけどさ、はっきり言ってやるよ。

「ぎゃうんっ!?」

 ……おい…本当に、ポメった今でも気付いていないのか?
 ただ単に、驚き過ぎてポメったと思ってる?
 本当か。本当なのか。そこまでか。流石、睦月だ。
 まあ、それなら良いかな?
 俺、教えたし。解らないなら、そのままで。

「はいはい。ま、俺はそんな睦月が好きだけど」

「きゃふ?」

 両前脚の脇に手を突っ込んで、顔の高さまで上げて目を合わせれば、睦月は首を傾げた。
 どうせ、この"好き"の意味も解らないんだろうな。
 でも、それもそれで良いや。
 俺をお前の"初恋"にしてくれよ。

「…本当は口にしたいけど、今はこれで我慢する」

 睦月のちょっと湿った鼻に、軽く唇を押し付けてから笑えば、真っ白なもふもふが固まった。
 いや、そんな固まらなくても。
 鼻以上のキスを見たんだろ? 見るのとされるのとじゃ、やっぱ違うのかな?
 丸い目を見開いたまま固まり続ける睦月に、悪戯心が湧いて来る。我慢するって言ったけど、睦月の事だから、この固まりも、ただ、驚いただけかも知れない。俺の言葉は、耳に入っていないのかも知れない。いや、入ったけど右から左へと流れて行ったんだろう。睦月の得意技だ、うん。
 童話のお姫様とか、キスしたら呪いが解けるとかあるもんな。睦月はお姫様じゃないし、俺も王子様じゃあないけど。

「…お姫様じゃないけど、キスしたら人間に戻るのかな?」

 驚き過ぎてポメったって思ってるんなら、これで人間に戻るかも知れない。睦月だし。
 唇にキスしたら、意識してくれるかな?
 俺の事を好きになってくれるかな?
 友達じゃなく。
 それとも、嫌われるかな?
 丸い、まあるい黒い瞳がだんだんと近付いて来て、そして――――――。

 ◇

「…は…? 何…? もう一回言って?」

 窓の外に見える木は青々と生い茂っていた。エアコンの効いた部屋は快適で、外の暑さを忘れる程だけど。俺と睦月は…いや、俺とポメ月は、掌に、或いは肉球にしっとりとした汗を浮かべていた。

「きゅうんっ!!」

「弥生君は、大人だよね? 大人のキスを教えて欲しいんだけど」

 俺とポメ月が頭を下げれば『…嘘だろ…』と、この部屋の主の弥生君が長い長い息を吐く音が聞こえた。
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