2 / 4
親友、ポメり初め〜その初恋、俺にして?〜
しおりを挟む
「新年早々ごめんなさいね。この子ったら、ポメっちゃったのよ」
「あ、はあ…」
親友の母親から、そう笑顔で手渡されたのは、真っ白なもふもふのポメラニアンだった。
「きゃふきゃふ」
つぶらな丸い瞳が俺を見上げて来る。
ふさふさとした尻尾を千切れんばかりに振っている。
その姿は、とても愛らしい。
…愛らしいんだけど。
「…睦月…?」
「きゃふっ!」
丸い瞳を見つめながら、親友の名前を呼べば、胸に抱えたポメが元気に返事をした。
「嘘だろ…」
…親友が、ポメった。
◇
知識としては知っていた。
人が、何かの弾みでポメ化する様になって数世紀。誰にでも、その可能性はあると。それの引き金は、処理しきれない、激しい感情の変化だったり、疲れだったり…まあ、ストレスだよな。
『この子に、ストレスを感じる様な事があったのか、甚だ疑問なんだけど…あれかしら? 今年は、蟹、丸一杯買わなかったからかしら? 確かに、蟹味噌は美味しいけれど、脚だけの方が量あるし、食べ応えあるじゃない?』
いや、違うよ、おばさん。確かに睦月はカニ味噌好きだけどさ。そうじゃないよ。
とんでもなく明後日な勘違いをする、睦月の母親に適当に相槌を打って、俺は歩き出す。胸にポメった親友を抱きながら。
睦月がポメった理由なんて、本人と俺にしか解らないだろう。
と、思った処で、ふと頭に過った言葉を零す。
「…いや待てよ…睦月だしな…」
…解らない可能性の方が高いかも知れない。
「きゃう?」
そんな俺の呟きに、俺の腕に前足を二本乗せてるポメった睦月が、ぐりんと頭を動かして見上げて来た。
「…っ、かっ…!!」
思わず変な声が出そうになった。いや、落ち着け。落ち着くんだ、俺。息を吸え。吸い込むんだ、深く。
「…何でもないよ。初詣って言われてもな」
こんな可愛い生き物を連れて、陸の芋洗いになんて行けない。と云うか、誰にも見せたくない。ただでさえ、睦月は馬鹿で可愛いのに。
「きゅふ」
「~~~~~っ!!」
顔の向きを変えて、こくりと頷くポメに、俺は声にならない声を上げた。
犬や猫の後頭部は、どうしてこんなにも破壊力があるんだ。可愛過ぎるだろ。これが、好きな相手なら尚更だ。
うん。
俺は睦月が好きだ。
◇
『一円を笑う奴は一円に泣くんだぞ』
小学校卒業後の春休みの時だった。コンビニで会計の時に、一円玉を床に落とした。一円だし、いいかと思って拾わずにいたら、後ろに並んでた睦月が拾って、そんな諺、いや、格言(?)を言いながら俺に渡してくれた。ジジくさい奴だなと思った。それが、俺と睦月の出会いだ。
春休みが終わり、同じクラスになって『あの時の!』で、話す様になり、自然と友達になった。互いの家を行き来する様になるのも、大して時間が掛からなかったと思う。
友達だと思っていたんだ。
睦月は単純で面白いし、鈍い処も、たまにジジくさい処もあるけど、そこもまた会話のポイントになってた。
そんなある日の事だった。
『睦月が居ない内に見せてあげるわ』
睦月のお母さんが、アルバムを手にそう言って来たのは。
その日は土曜日で『夜通しゲームやろうぜ!』って、誘われて睦月の家に泊まりに来てた。
で、夕飯も風呂も済ませて、睦月が風呂に入ってる時に、おばさんがそれを見せて来た。
小さい時の写真は恥ずかしいから嫌だって、睦月が頑なに見せてくれなかったから、俺はそれをネタにからかってやろうって、そんな気持ちで見てた。睦月の弟の弥生君も一緒に。『こっちが睦月で、こっちが弥生ね』と、おばさんが写真を指差して説明してくれるけど、写真の下に『睦月・5歳 弥生・4歳』って、書かれている。『二人とも可愛いですね』なんて言いながらも、二人の肩に手を置いて、静かに笑う学生服を着た男が気になった。そうしたら、弥生君が『雄兄だよ』と、細く長い指でその顔に触って説明してくれた。『ありがとう』って言ったら、はにかむように、それでも嬉しそうに笑うから、ちょっと驚いた。こんな風に笑う子だったかな? って。
『そ、雄太君。とても良い子なのよ~。歳の割にとても落ち着いていてね。就職して実家を離れるまで、二人ともお世話になりっぱなし!』
そんなちょっとした違和感は、おばさんの声で直ぐに掻き消されたけど。
『兄貴はすぐ雄兄の真似をするんだ』、『諺とか、格言とか何かにつけて言うでしょ? あれ、雄太君の影響なのよね~』、『兄貴が真似したって似合わないのに』、『本当に、雄太君の事好きよね~』とか、ポンポン話していて、そこで何か引っ掛かった。
『あ~っ!! 何見せてんだよっ!! 鼻水垂らした奴とか見せてないよなっ!? 義人、部屋に行こうぜっ!!』
睦月にグイグイ腕を掴まれて、部屋まで引っ張られて行きながら、いや、行った後もずっと頭の中でそれがぐるぐるしてた。
嫌がる程の鼻水も気になったけど、"好き"って何だ? って。
何で、それが気になるんだろうって。
それの答えなんて、割と簡単に出た。
『今年も雄兄から、バースデーカード届いたんだ!』
それをヒラヒラさせながら、顔を赤くして笑う睦月にムカついた。
『はいはい。弥生君も貰ってたよな』
『…言うなよ…』
しょんぼりする睦月に、胸が痛んですぐに謝ったけど。
俺が、誕生日おめでとうって言っても、そんなに喜ばないくせに。
言葉なんて、声なんて聞けない、そんなカード一枚で、そこまで喜ぶのかよって、思った。
そして、俺は何で、こんなにイラついたんだろうって。
うん。
…悔しかったんだ…。
こんなに側に居るのに、離れて寂しい思いさせてる奴が、何で一番睦月を喜ばせるんだよ、って。
何で、俺じゃないんだよ、って。
そうしたら、もう、出る答えなんて決まってる。
◇
今だって、やっぱり悔しい。
何で、一番側に居ない奴のせいで、睦月がポメるんだよ。ずるいだろ。
何で、俺じゃないんだよ。
「…ポメる程、好きだったんだな…」
法律だかなんだかで決められてるのか知らないけど、住宅街には必ずある公園に俺達は来た。
陽の当たるベンチに腰掛けて、膝の上にポメった睦月を乗せて、その頭を撫でながらぼそりと呟く。
睦月は単純だし、鈍いし、ガサツだし、そんな繊細な心なんて持ち合わせていないなんて思われがちだ。
…俺もそう思ってた。昨夜のライン見るまでは。
つい、さっき喰らった、止めとも言えるポメ化を見るまでは。
「きゃふ?」
ぐりんと首を動かして、不思議そうに俺を見上げて来る睦月の姿に、何だか泣きたくなった。
何、無邪気に見上げて来てるんだよ。お前、失恋したんだぞ?
「…自覚無しか…」
膝の上に乗せてた睦月をベンチの上へと移動させて、コートのポケットからスマホを取り出した。睦月にも良く見える様にと、二人の間の僅かな場所にスマホを置いて操作する。
昨日のやり取りを見せながら、ぽつりぽつり話して行く。
『雄兄が帰って来た!!』
親戚の家に餅つきで駆り出されて、ヘタってた処に届いたメッセージに、俺が落ち込んだ事なんて知らないだろ? 何、喜びの舞のスタンプ送って来てるんだよ。
『また、弥生が雄兄のとこに行った!』
プリプリ怒りスタンプ送って来るな。お前も行けば良いだろ? 部屋の掃除が終わらない? さっさと終わらせれば良いだけだろ。
『弥生のばーか。雄兄のばーか。九歳差犯罪犯罪ショタショタ』
八歳も九歳も変わらないだろ。お前の方が馬鹿だ。
『キスしてたキスしてた!! 見たの俺だからいいけど、他の奴に見られたらヤバいだろ!!』
お前になら良いのか。って、お前気付いてるのか? 男同士なのに、とか一言も言ってないの。何で心配してやってるんだよ、馬鹿。お人好しめ。
『初詣なんか行ける訳ねーだろ!!』
あ、行きたいんだ。まあ、じっとしてても落ち込むだけだもんな。…俺も。
「泣いて泣いて疲れて眠ってポメになったのに、失恋した事にまだ気付かない鈍さも睦月らしいけどさ」
本当、まさかポメってるなんて思わなかった。
ぎゅうぎゅうな人混みに圧し潰されて、ぎゃあぎゃあ騒ごうと思っていたのにさ。
何でポメってるんだよ。そこまで好きだったのかよ。何で、俺じゃないんだよ。
「ぎゃんっ!?」
何、目を丸くして驚いてるんだよ。
「好きだったんだろ? 隣のお兄さんの事」
悔しいけどさ、はっきり言ってやるよ。
「ぎゃうんっ!?」
……おい…本当に、ポメった今でも気付いていないのか?
ただ単に、驚き過ぎてポメったと思ってる?
本当か。本当なのか。そこまでか。流石、睦月だ。
まあ、それなら良いかな?
俺、教えたし。解らないなら、そのままで。
「はいはい。ま、俺はそんな睦月が好きだけど」
「きゃふ?」
両前脚の脇に手を突っ込んで、顔の高さまで上げて目を合わせれば、睦月は首を傾げた。
どうせ、この"好き"の意味も解らないんだろうな。
でも、それもそれで良いや。
俺をお前の"初恋"にしてくれよ。
「…本当は口にしたいけど、今はこれで我慢する」
睦月のちょっと湿った鼻に、軽く唇を押し付けてから笑えば、真っ白なもふもふが固まった。
いや、そんな固まらなくても。
鼻以上のキスを見たんだろ? 見るのとされるのとじゃ、やっぱ違うのかな?
丸い目を見開いたまま固まり続ける睦月に、悪戯心が湧いて来る。我慢するって言ったけど、睦月の事だから、この固まりも、ただ、驚いただけかも知れない。俺の言葉は、耳に入っていないのかも知れない。いや、入ったけど右から左へと流れて行ったんだろう。睦月の得意技だ、うん。
童話のお姫様とか、キスしたら呪いが解けるとかあるもんな。睦月はお姫様じゃないし、俺も王子様じゃあないけど。
「…お姫様じゃないけど、キスしたら人間に戻るのかな?」
驚き過ぎてポメったって思ってるんなら、これで人間に戻るかも知れない。睦月だし。
唇にキスしたら、意識してくれるかな?
俺の事を好きになってくれるかな?
友達じゃなく。
それとも、嫌われるかな?
丸い、まあるい黒い瞳がだんだんと近付いて来て、そして――――――。
◇
「…は…? 何…? もう一回言って?」
窓の外に見える木は青々と生い茂っていた。エアコンの効いた部屋は快適で、外の暑さを忘れる程だけど。俺と睦月は…いや、俺とポメ月は、掌に、或いは肉球にしっとりとした汗を浮かべていた。
「きゅうんっ!!」
「弥生君は、大人だよね? 大人のキスを教えて欲しいんだけど」
俺とポメ月が頭を下げれば『…嘘だろ…』と、この部屋の主の弥生君が長い長い息を吐く音が聞こえた。
「あ、はあ…」
親友の母親から、そう笑顔で手渡されたのは、真っ白なもふもふのポメラニアンだった。
「きゃふきゃふ」
つぶらな丸い瞳が俺を見上げて来る。
ふさふさとした尻尾を千切れんばかりに振っている。
その姿は、とても愛らしい。
…愛らしいんだけど。
「…睦月…?」
「きゃふっ!」
丸い瞳を見つめながら、親友の名前を呼べば、胸に抱えたポメが元気に返事をした。
「嘘だろ…」
…親友が、ポメった。
◇
知識としては知っていた。
人が、何かの弾みでポメ化する様になって数世紀。誰にでも、その可能性はあると。それの引き金は、処理しきれない、激しい感情の変化だったり、疲れだったり…まあ、ストレスだよな。
『この子に、ストレスを感じる様な事があったのか、甚だ疑問なんだけど…あれかしら? 今年は、蟹、丸一杯買わなかったからかしら? 確かに、蟹味噌は美味しいけれど、脚だけの方が量あるし、食べ応えあるじゃない?』
いや、違うよ、おばさん。確かに睦月はカニ味噌好きだけどさ。そうじゃないよ。
とんでもなく明後日な勘違いをする、睦月の母親に適当に相槌を打って、俺は歩き出す。胸にポメった親友を抱きながら。
睦月がポメった理由なんて、本人と俺にしか解らないだろう。
と、思った処で、ふと頭に過った言葉を零す。
「…いや待てよ…睦月だしな…」
…解らない可能性の方が高いかも知れない。
「きゃう?」
そんな俺の呟きに、俺の腕に前足を二本乗せてるポメった睦月が、ぐりんと頭を動かして見上げて来た。
「…っ、かっ…!!」
思わず変な声が出そうになった。いや、落ち着け。落ち着くんだ、俺。息を吸え。吸い込むんだ、深く。
「…何でもないよ。初詣って言われてもな」
こんな可愛い生き物を連れて、陸の芋洗いになんて行けない。と云うか、誰にも見せたくない。ただでさえ、睦月は馬鹿で可愛いのに。
「きゅふ」
「~~~~~っ!!」
顔の向きを変えて、こくりと頷くポメに、俺は声にならない声を上げた。
犬や猫の後頭部は、どうしてこんなにも破壊力があるんだ。可愛過ぎるだろ。これが、好きな相手なら尚更だ。
うん。
俺は睦月が好きだ。
◇
『一円を笑う奴は一円に泣くんだぞ』
小学校卒業後の春休みの時だった。コンビニで会計の時に、一円玉を床に落とした。一円だし、いいかと思って拾わずにいたら、後ろに並んでた睦月が拾って、そんな諺、いや、格言(?)を言いながら俺に渡してくれた。ジジくさい奴だなと思った。それが、俺と睦月の出会いだ。
春休みが終わり、同じクラスになって『あの時の!』で、話す様になり、自然と友達になった。互いの家を行き来する様になるのも、大して時間が掛からなかったと思う。
友達だと思っていたんだ。
睦月は単純で面白いし、鈍い処も、たまにジジくさい処もあるけど、そこもまた会話のポイントになってた。
そんなある日の事だった。
『睦月が居ない内に見せてあげるわ』
睦月のお母さんが、アルバムを手にそう言って来たのは。
その日は土曜日で『夜通しゲームやろうぜ!』って、誘われて睦月の家に泊まりに来てた。
で、夕飯も風呂も済ませて、睦月が風呂に入ってる時に、おばさんがそれを見せて来た。
小さい時の写真は恥ずかしいから嫌だって、睦月が頑なに見せてくれなかったから、俺はそれをネタにからかってやろうって、そんな気持ちで見てた。睦月の弟の弥生君も一緒に。『こっちが睦月で、こっちが弥生ね』と、おばさんが写真を指差して説明してくれるけど、写真の下に『睦月・5歳 弥生・4歳』って、書かれている。『二人とも可愛いですね』なんて言いながらも、二人の肩に手を置いて、静かに笑う学生服を着た男が気になった。そうしたら、弥生君が『雄兄だよ』と、細く長い指でその顔に触って説明してくれた。『ありがとう』って言ったら、はにかむように、それでも嬉しそうに笑うから、ちょっと驚いた。こんな風に笑う子だったかな? って。
『そ、雄太君。とても良い子なのよ~。歳の割にとても落ち着いていてね。就職して実家を離れるまで、二人ともお世話になりっぱなし!』
そんなちょっとした違和感は、おばさんの声で直ぐに掻き消されたけど。
『兄貴はすぐ雄兄の真似をするんだ』、『諺とか、格言とか何かにつけて言うでしょ? あれ、雄太君の影響なのよね~』、『兄貴が真似したって似合わないのに』、『本当に、雄太君の事好きよね~』とか、ポンポン話していて、そこで何か引っ掛かった。
『あ~っ!! 何見せてんだよっ!! 鼻水垂らした奴とか見せてないよなっ!? 義人、部屋に行こうぜっ!!』
睦月にグイグイ腕を掴まれて、部屋まで引っ張られて行きながら、いや、行った後もずっと頭の中でそれがぐるぐるしてた。
嫌がる程の鼻水も気になったけど、"好き"って何だ? って。
何で、それが気になるんだろうって。
それの答えなんて、割と簡単に出た。
『今年も雄兄から、バースデーカード届いたんだ!』
それをヒラヒラさせながら、顔を赤くして笑う睦月にムカついた。
『はいはい。弥生君も貰ってたよな』
『…言うなよ…』
しょんぼりする睦月に、胸が痛んですぐに謝ったけど。
俺が、誕生日おめでとうって言っても、そんなに喜ばないくせに。
言葉なんて、声なんて聞けない、そんなカード一枚で、そこまで喜ぶのかよって、思った。
そして、俺は何で、こんなにイラついたんだろうって。
うん。
…悔しかったんだ…。
こんなに側に居るのに、離れて寂しい思いさせてる奴が、何で一番睦月を喜ばせるんだよ、って。
何で、俺じゃないんだよ、って。
そうしたら、もう、出る答えなんて決まってる。
◇
今だって、やっぱり悔しい。
何で、一番側に居ない奴のせいで、睦月がポメるんだよ。ずるいだろ。
何で、俺じゃないんだよ。
「…ポメる程、好きだったんだな…」
法律だかなんだかで決められてるのか知らないけど、住宅街には必ずある公園に俺達は来た。
陽の当たるベンチに腰掛けて、膝の上にポメった睦月を乗せて、その頭を撫でながらぼそりと呟く。
睦月は単純だし、鈍いし、ガサツだし、そんな繊細な心なんて持ち合わせていないなんて思われがちだ。
…俺もそう思ってた。昨夜のライン見るまでは。
つい、さっき喰らった、止めとも言えるポメ化を見るまでは。
「きゃふ?」
ぐりんと首を動かして、不思議そうに俺を見上げて来る睦月の姿に、何だか泣きたくなった。
何、無邪気に見上げて来てるんだよ。お前、失恋したんだぞ?
「…自覚無しか…」
膝の上に乗せてた睦月をベンチの上へと移動させて、コートのポケットからスマホを取り出した。睦月にも良く見える様にと、二人の間の僅かな場所にスマホを置いて操作する。
昨日のやり取りを見せながら、ぽつりぽつり話して行く。
『雄兄が帰って来た!!』
親戚の家に餅つきで駆り出されて、ヘタってた処に届いたメッセージに、俺が落ち込んだ事なんて知らないだろ? 何、喜びの舞のスタンプ送って来てるんだよ。
『また、弥生が雄兄のとこに行った!』
プリプリ怒りスタンプ送って来るな。お前も行けば良いだろ? 部屋の掃除が終わらない? さっさと終わらせれば良いだけだろ。
『弥生のばーか。雄兄のばーか。九歳差犯罪犯罪ショタショタ』
八歳も九歳も変わらないだろ。お前の方が馬鹿だ。
『キスしてたキスしてた!! 見たの俺だからいいけど、他の奴に見られたらヤバいだろ!!』
お前になら良いのか。って、お前気付いてるのか? 男同士なのに、とか一言も言ってないの。何で心配してやってるんだよ、馬鹿。お人好しめ。
『初詣なんか行ける訳ねーだろ!!』
あ、行きたいんだ。まあ、じっとしてても落ち込むだけだもんな。…俺も。
「泣いて泣いて疲れて眠ってポメになったのに、失恋した事にまだ気付かない鈍さも睦月らしいけどさ」
本当、まさかポメってるなんて思わなかった。
ぎゅうぎゅうな人混みに圧し潰されて、ぎゃあぎゃあ騒ごうと思っていたのにさ。
何でポメってるんだよ。そこまで好きだったのかよ。何で、俺じゃないんだよ。
「ぎゃんっ!?」
何、目を丸くして驚いてるんだよ。
「好きだったんだろ? 隣のお兄さんの事」
悔しいけどさ、はっきり言ってやるよ。
「ぎゃうんっ!?」
……おい…本当に、ポメった今でも気付いていないのか?
ただ単に、驚き過ぎてポメったと思ってる?
本当か。本当なのか。そこまでか。流石、睦月だ。
まあ、それなら良いかな?
俺、教えたし。解らないなら、そのままで。
「はいはい。ま、俺はそんな睦月が好きだけど」
「きゃふ?」
両前脚の脇に手を突っ込んで、顔の高さまで上げて目を合わせれば、睦月は首を傾げた。
どうせ、この"好き"の意味も解らないんだろうな。
でも、それもそれで良いや。
俺をお前の"初恋"にしてくれよ。
「…本当は口にしたいけど、今はこれで我慢する」
睦月のちょっと湿った鼻に、軽く唇を押し付けてから笑えば、真っ白なもふもふが固まった。
いや、そんな固まらなくても。
鼻以上のキスを見たんだろ? 見るのとされるのとじゃ、やっぱ違うのかな?
丸い目を見開いたまま固まり続ける睦月に、悪戯心が湧いて来る。我慢するって言ったけど、睦月の事だから、この固まりも、ただ、驚いただけかも知れない。俺の言葉は、耳に入っていないのかも知れない。いや、入ったけど右から左へと流れて行ったんだろう。睦月の得意技だ、うん。
童話のお姫様とか、キスしたら呪いが解けるとかあるもんな。睦月はお姫様じゃないし、俺も王子様じゃあないけど。
「…お姫様じゃないけど、キスしたら人間に戻るのかな?」
驚き過ぎてポメったって思ってるんなら、これで人間に戻るかも知れない。睦月だし。
唇にキスしたら、意識してくれるかな?
俺の事を好きになってくれるかな?
友達じゃなく。
それとも、嫌われるかな?
丸い、まあるい黒い瞳がだんだんと近付いて来て、そして――――――。
◇
「…は…? 何…? もう一回言って?」
窓の外に見える木は青々と生い茂っていた。エアコンの効いた部屋は快適で、外の暑さを忘れる程だけど。俺と睦月は…いや、俺とポメ月は、掌に、或いは肉球にしっとりとした汗を浮かべていた。
「きゅうんっ!!」
「弥生君は、大人だよね? 大人のキスを教えて欲しいんだけど」
俺とポメ月が頭を下げれば『…嘘だろ…』と、この部屋の主の弥生君が長い長い息を吐く音が聞こえた。
20
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
アルファとアルファの結婚準備
金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。 😏ユルユル設定のオメガバースです。
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
突然現れたアイドルを家に匿うことになりました
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。
凪沢優貴(20)人気アイドル。
日向影虎(20)平凡。工場作業員。
高埜(21)日向の同僚。
久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
寝癖と塩と金平糖
三冬月マヨ
BL
不器用な幼馴染みが不器用な恋人になるまで。
攻めが受けに見えたり、受けが攻めに見えるかも知れませんが気のせいです。
『旦那様と僕』のスピンオフ(?)
『旦那様』と比べますと表現がキツイので、残酷だと思われる描写がある話(閲覧注意の物)には『※』を付けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる