旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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月と向日葵

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「旦那様? どうされたのですか?」

 夜の闇の中に響き渡る虫の声の中、縁側で胡坐を掻いて空を見る俺の耳に、涼やかな雪緒ゆきおの声が聞こえて来た。

「ああ。見事な満月だから、鞠子まりこに見せていた」

 そう言って俺は、胸の前に持っていた鞠子の肖像画を雪緒に見せた。
 鞠子が嫁いで来てから間もなくして描かせた肖像画だ。
 薄い水色の生地に、藍色の揚羽蝶が描かれた浴衣を着て、日傘を差して穏やかに微笑む鞠子がそこに居た。
 その後ろには、今も庭にある向日葵が咲き誇っている。
 夏の暑さに負ける事無く、力強く咲く向日葵は、鞠子に良く似合うと思った。
 鞠子を知らぬ奴等は、彼女には白く可憐な花が似合うと云うが、生憎と鞠子はそんなやわな女では無い。
 鞠子の強さを知りもしないで勝手を抜かすなと、何度口にしただろうか?

「…ああ、明るいと思いましたら、今宵は満月でしたか。雲もありませんね」

 空を見上げてから、雪緒は肖像画へと視線を戻し、口元を綻ばせて、俺が座る斜め後ろへと腰を下ろした。
 ジージーとした鳴き声と、リンリンとした鳴き声の中、遠くから蛙の鳴き声も聞こえて来る。

「青空の下の向日葵もお綺麗ですけど、月の光に照らされた向日葵もお綺麗ですね。神秘的な気がします。まるで奥様の様です」

「そんな事を鞠子の前で言えるのか? 飛び切りの笑顔で臍を取られるぞ」

 意地悪く笑ってそう言えば、雪緒は慌てて臍を押さえた。

「ふえええええ…あ、そう言えばです。満月の夜にお月様にお願いすると、コウノトリさんが赤ちゃんを連れて来て下さるのですよね。旦那様と奥様はお願いされなかったのですか?」

 困った様な顔から一転して、朗らかな笑顔を浮かべて雪緒が放った言葉に、俺の思考は停止した。

 ――――――――何だって?

「父だったか母だったかは忘れましたが、まだ両親が居た頃にそう教えられました。凄い神秘ですよね。コウノトリさんはお月様の御使いなのでしょうか?」

 いや。
 神秘なのはお前だ、お前の頭だ、雪緒。
 いや、雪緒の両親か?
 雪緒の両親も、こうだったのか?
 いや、父か母、どちらか?
 頼むから、どちらかだけにしてくれ。

「僕もいつか、それをお月様にお願いする日が来るのでしょうか?」

「…いや…雪緒…あの、な?」

 何故だか目を輝かせて月を見る雪緒に、それは間違いだと教えようとしたが。

「その日が来ましたら、旦那様似の男の子をお願いしますね」

「…そうか…」

 続けて言われた言葉にそれだけを返して、俺は鞠子の肖像画で、知らず緩んだ口元を隠した。
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