1 / 17
悪役にもハッピーエンドを
しおりを挟む
「…俺は今まで何をしていたんだ…?」
「…いいんだ…解ってくれれば…」
とある学園のとある昼時の中庭の木の陰で、俺は目頭を押さえながらそれを見ていた。
ざわざわとしたどよめきが、中庭を包んでいる。
ぐるりと囲む校舎から、膨大な視線を集める彼らは、それら等目に入らぬと云った様に互いを抱き締め合っていた。
因みに熱い抱擁を交わしているのは、どちらも男である。
そ して、その傍らで尻もちを付いて、呆然と見上げているのも男だ。
『…は…? え…? ちょ、待っ? 今、断罪イベント…はっ!? 何で推しと悪役令息がハグしてるの!? は!? え!? バグ!? はああっ!?』
このゲームをプレイしている女の子の声が、俺の頭に流れ込んで来た。
そう、尻もちを付いているのは、このゲームの主人公だ。
誰からも愛される、愛らしい容姿の男の子。
プレイヤーが操るキャラクターだ。
お察しだと思うが、ここはとあるBLゲームの世界だ。
このまま断罪イベントが進めば、悪役令息は学園を追い出され、辺境へと送られる事になっていた。
それだけならまだしも、その道中で、この悪役令息は盗賊に襲われ犯されて殺されると云う運命だったのだ。
そんなの許せる筈が無い。
プレイヤーの都合で振り回された挙句に、強姦され殺されるなんて。
彼は、常識の無い主人公を窘めていただけだったのに。
主人公の推しの相手の婚約者の悪役令息。
しかし、彼は婚約者が幸せになるのなら、と、自分の心に蓋をして、二人を応援していたんだ。
主人公に、貴族社会の常識を説いていただけだ。
なのに、推しも主人公も、互いしか見えておらず、悪役令息をとにかく唯の悪と決めつけ、数々の証拠を投げ付けて彼を断罪した。
悪役令息は、反論せずに粛々とそれを受け入れていた。
お前がそれを受け入れても、俺はそれを受け入れられない。
俺は美学のある悪役が好きなんだ。
悪役=悪。等と云う図式なんて、俺は認めない。
そんな訳で俺は特技を使って、この世界へとダイブしてシナリオを書き換えた。
ともかく、これで悪役令息は救われた。
主人公の事は知らない。
主人公は、その主人公補正でバッドエンドでも、命を落とす事は無いのだから。
熱いベーゼを交わす二人を見て、俺は流れていた涙をハンカチで拭って、ついでに鼻もかんで現実世界へと戻った。
◆
「おー…SNSも掲示板も荒れに荒れてるなあ…」
ベッドで俯せになって、枕元に持ち込んだノートパソコンを弄りながら、俺は満足していた。
そこには、世の腐女子や、ゲームメーカーの嘆きがつらつらと書き綴られていた。
俺、島田篤紀26歳。職業フリーター。趣味ゲーム。好きな物はゲームに登場する悪役。特技はゲームの世界にダイブする事。
そして。
その内容を書き換える事。
書き換えるったって、難しい事は何も無い。
俺が、悪役に幸せになって欲しいと思うだけ。
それだけだ。
ただ、現実の世界でそう思っても、それは叶わない。
ゲームの世界に入り込まないと、そうならない。
そんな訳で"書き換える"と云う表現を使っている。
まあ、実際書き換えられているのだから、間違いではないだろう、うん。
どう云う訳か、俺が所持する物だけでなく、同じタイトル総ての内容が書き換えられてしまうのだ。
この力に目覚めた当初は、全然知らなかった。
何かおかしいぞ? と、気付いたのは、俺が書き換えたゲームの修正パッチが配られた時だ。
『〇×が生きている件について』と、メーカーのサイトに書かれていた記憶がある。
しかし。
何故か、その修正パッチは効果を成さなかった。
当然の様にユーザーは怒り狂った。
再度、修正パッチが配られたが、やはり、〇×は生きていた。
そんな訳でメーカーは『ごめん。無理。直せない。もう、仕様と諦めて』と、サイトに謝罪(?)を載せた。
そこで俺は自分の力が、俺が書き換えた内容が他の、他人が所有する物にも影響すると云う事を知った。
が。
俺の他にも、悪役の死に嘆くヤツが居るかも知れない。
そう思った俺は、数々のゲームに手を出し、悪役をバッドエンドから救って来た。
この力に目覚めたのは、もう10年も前だ。
バイトして、初めて買ったRPGゲーム。
悪役が、とにかく浪漫に溢れたヤツだったんだ。
こんな悪役も居るのかと、俺は感心し、そして惚れ込んだ。
イベントで悪役が死んだ時、俺は泣き崩れた。
ゲームの続きをプレイする気力も無く、三日三晩寝込んだ。
心配する親に悪いと思いながら、熱を出して寝込んだ。
その時に、そのゲームの世界に居る夢を見たんだ。
今、正に悪役が主人公に倒されようとしている瞬間だった。
夢の中でも、またそいつが死ぬのを見たくなくて、俺は『殺さないで!』と、叫んだ。
そうしたら、主人公が手にしていた剣が砕けて、悪役の身体に届く事は無かった。
悪役は『何故、殺さない』と、口にした。そうしたら、主人公がとんでもない事を口にしたんだ。『お前を愛しているから殺せない』と。そうしたら、悪役は『自分もだ』と、口にして…そこから先は、まだお子様の俺にはハード過ぎる内容だった…。
叫びながら飛び起きた俺に、看病をしてくれていた母が、泣いて大丈夫かと聞いて来たが、とんでも無い夢の事は伏せて置いた。
そうして、復調した俺は夢の事が気になって、そのゲームを起動して唖然とした。
タイトル画面が薔薇色だった。
夢を思い出した俺は、コントローラーを取り落としてしまった。
いや、落ち着け、俺。
とにかく、セーブした所からやり直すんだと、コンティニューを選んで…うん…凄かった…何時からこのゲームはアダルトゲームになったのだろう…R15の表記しか無いのに…。パッケージ詐欺だろ…。
その時は、それが自分の力による物だなんて、俺は思いもしなかったし、このゲームをプレイしたなんて口に出す事もしなかった。
だって、未だ16歳の俺が、そんなアダルトなゲームをやってるなんて、口に出来ないだろ?
それも、男同士の。
恐らくは、誰もが同じ思いだったに違いない。マイナーなメーカーだったし、男性ユーザーの多かったゲームだから。
だから、それは長らく発見される事は無かった。
そして、有名メーカーから人気タイトルの続編が発売されて、そこに登場する悪役に、俺はまたも惚れ込んだ。
そして、その悪役が死んだ時、また泣き崩れて寝込んだ。
で、また夢を見た。
あの時と同じ様に『殺さないで!』と叫んで…あの日と同じ事が繰り返された…。
熱が下がって、ゲームを起動して…うん…アダルトになってた…。
いや…だから…何で…そうなるの…?
夢は心を映す鏡って言うけど…俺…もしかして男が好きなのか…?
いや、だって悪役って、大概男だし?
仕方無くね?
何て思って、俺は気付いた。
今は、乙女ゲームなる物がある。
そこの悪役は令嬢、つまり女の子だと相場は決まっている。
俺は自分の性癖を確認する為に、乙女ゲームを買いに走った。
この時には、まだ俺は自分の力に気付いては居なかった。
そして、その悪役令嬢に、まんまと惚れ込んだ。
ああ、何だ、俺、普通に女の子好きじゃんと、安堵したのも束の間。
悪役令嬢は悲惨な末路を迎えてしまった。
そして、俺はまた、泣いて熱を出して寝込んだ。
で、以下同文なんだが…なんだが…あの…ねえ? そこの推しメン? ねえ? ヒロイン放置して、何で取り巻きの男とヤッてるの?
ねえ? ヒロインは悪役令嬢と、なんでイチャラブしてるの?
どうなってんの、これ?
痛む頭を抱えながら、ノートパソコンを立ち上げ、このゲームのコミュニティサイトにアクセスした。
乙女ゲームは初プレイだし、きっとこんなストーリーなんだろうと。
しかし。
『ゲームの内容がいきなり変わった!』、『裏シナリオ!?』、『責任者出て来い!!』、『バグにしてもあんまり過ぎる!!』等の書き込みで溢れていた。で『修正パッチが配られるって』との書き込みを発見して、まさか? と、思いながら、違う乙女ゲームを買いに走り…その悪役令嬢に惚れ込み…以下同文。で、自分の力だと気付き、現在に至る訳だ。
今は、熱を出して寝込まなくても、ゲームの世界へとダイブ出来る。
◆
「…お前…また、やらかしただろ…」
と、俺以外誰も居なかった筈の部屋から、低い声が聞こえた。
ノートパソコンから視線を、声のする方向へとギギギと俺は向けた。
そこには、いかにもなインテリな銀縁眼鏡を掛けた男が、壁に背中を預けて腕を組んで立っていた。
「…お前…早くない…?」
「…俺の書いた話だからな…」
「おま…っ…! 男のくせにBL書くのか!?」
「悪いか」
その言葉に、俺は飛び上がった。
いい加減お説教を喰らうのもウザくなったから、BLなら問題ないだろうと、手を出したのに!?
俺の苦労は!?
「…何度も忠告したよな? 書き換えるのは止めろって。何でお前は俺の書いた物ばかり書き換えるんだっ!!」
「知るかよっ!!」
俺が不思議な力を持っている様に、今、俺の目の前に居る男も、不思議な力を持っていた。
田中征爾、35歳、職業小説家、ゲームのシナリオを書いたりもする。
そう、俺が今まで書き換えて来たゲームは、全部こいつが書いた物だった。
俺が悉く悪役を救って来たせいで、こいつは力に目覚めたと口にした。
話を捻じ曲げる者、つまり、俺を探し出す力を。誰よりも早く異変に気付き、俺を突き止め、そこへ瞬時に移動する能力を。
彼に言わせると『悪役は死ぬからこそ美しい』との事だった。
が、俺はそんなのは嫌だった。
だから、こいつが乗り込んで来た3年前に散々怒られたけど、俺は悪役をひたすら救って来た。
「てか、書き換えられたくなかったら、魅力的な悪役を書くな!! 殺すな!!」
俺の言葉に、そいつはピクリと眉を動かした。
そして、ゆっくりと俺が座るベッドまで近付いて来た。
「…そんなに魅力的なのか?」
「お、おう?」
僅かに口角を上げて聞いて来るそいつに、俺は頷いた。
てか、何かめちゃくちゃ嫌な汗が流れて来ているんだが、これは何だ?
「そうか、お前は俺に惚れてる訳だな?」
「…………………」
何とも言えない沈黙が部屋を支配した。
今、こいつ何て言った?
おい? 何でベッドに乗って来るんだ?
「これまで書いて来た悪役は、俺をモデルにしているからな」
「………………………」
――――――――…は…?
いや? 何で、こいつ俺の顎に指を掛けてる訳?
何でクイッて上を向かせる訳?
いや? 何で眼鏡外す?
てか、めっちゃ目ぇギラギラしてませんか?
「俺も初めてお前を見た時から、惚れてたんだよな。書き換えられた内容から、同類だと思っていた」
「………………………………はっ!?」
「うっ!?」
近付いて来るそいつの顔を、俺は側にあったノートパソコンで思い切り殴った。
「んな、んな、ちが…っ…!! 俺は、女の子が好きだ…っ…!!」
ベッドから飛び降りて、部屋から出ようと駆け出そうとしたが、途中で何故か動きが止まってしまった。
「な、なんでっ!?」
足を動かそうにも、根っこが生えた様に、ピクリとも動かない。
「…お前は、俺からは逃げられない。何度引っ越しても逃げられない。まだ学んで無かったのか?」
「ひ、ひえ!?」
背後から抱き締められて、耳に息を吹き掛けられて、身体が竦み上がり情けない声を上げてしまった。
「お前は悪役を幸せにするのが好きなんだろう? なら、俺も幸せにしてくれ。な?」
「はあああああああああああああああ――――――――っ!?」
――――――――…俺、島田篤紀26歳。気が付いたら、とある小説家に囲われていましたとさ…。
「…いいんだ…解ってくれれば…」
とある学園のとある昼時の中庭の木の陰で、俺は目頭を押さえながらそれを見ていた。
ざわざわとしたどよめきが、中庭を包んでいる。
ぐるりと囲む校舎から、膨大な視線を集める彼らは、それら等目に入らぬと云った様に互いを抱き締め合っていた。
因みに熱い抱擁を交わしているのは、どちらも男である。
そ して、その傍らで尻もちを付いて、呆然と見上げているのも男だ。
『…は…? え…? ちょ、待っ? 今、断罪イベント…はっ!? 何で推しと悪役令息がハグしてるの!? は!? え!? バグ!? はああっ!?』
このゲームをプレイしている女の子の声が、俺の頭に流れ込んで来た。
そう、尻もちを付いているのは、このゲームの主人公だ。
誰からも愛される、愛らしい容姿の男の子。
プレイヤーが操るキャラクターだ。
お察しだと思うが、ここはとあるBLゲームの世界だ。
このまま断罪イベントが進めば、悪役令息は学園を追い出され、辺境へと送られる事になっていた。
それだけならまだしも、その道中で、この悪役令息は盗賊に襲われ犯されて殺されると云う運命だったのだ。
そんなの許せる筈が無い。
プレイヤーの都合で振り回された挙句に、強姦され殺されるなんて。
彼は、常識の無い主人公を窘めていただけだったのに。
主人公の推しの相手の婚約者の悪役令息。
しかし、彼は婚約者が幸せになるのなら、と、自分の心に蓋をして、二人を応援していたんだ。
主人公に、貴族社会の常識を説いていただけだ。
なのに、推しも主人公も、互いしか見えておらず、悪役令息をとにかく唯の悪と決めつけ、数々の証拠を投げ付けて彼を断罪した。
悪役令息は、反論せずに粛々とそれを受け入れていた。
お前がそれを受け入れても、俺はそれを受け入れられない。
俺は美学のある悪役が好きなんだ。
悪役=悪。等と云う図式なんて、俺は認めない。
そんな訳で俺は特技を使って、この世界へとダイブしてシナリオを書き換えた。
ともかく、これで悪役令息は救われた。
主人公の事は知らない。
主人公は、その主人公補正でバッドエンドでも、命を落とす事は無いのだから。
熱いベーゼを交わす二人を見て、俺は流れていた涙をハンカチで拭って、ついでに鼻もかんで現実世界へと戻った。
◆
「おー…SNSも掲示板も荒れに荒れてるなあ…」
ベッドで俯せになって、枕元に持ち込んだノートパソコンを弄りながら、俺は満足していた。
そこには、世の腐女子や、ゲームメーカーの嘆きがつらつらと書き綴られていた。
俺、島田篤紀26歳。職業フリーター。趣味ゲーム。好きな物はゲームに登場する悪役。特技はゲームの世界にダイブする事。
そして。
その内容を書き換える事。
書き換えるったって、難しい事は何も無い。
俺が、悪役に幸せになって欲しいと思うだけ。
それだけだ。
ただ、現実の世界でそう思っても、それは叶わない。
ゲームの世界に入り込まないと、そうならない。
そんな訳で"書き換える"と云う表現を使っている。
まあ、実際書き換えられているのだから、間違いではないだろう、うん。
どう云う訳か、俺が所持する物だけでなく、同じタイトル総ての内容が書き換えられてしまうのだ。
この力に目覚めた当初は、全然知らなかった。
何かおかしいぞ? と、気付いたのは、俺が書き換えたゲームの修正パッチが配られた時だ。
『〇×が生きている件について』と、メーカーのサイトに書かれていた記憶がある。
しかし。
何故か、その修正パッチは効果を成さなかった。
当然の様にユーザーは怒り狂った。
再度、修正パッチが配られたが、やはり、〇×は生きていた。
そんな訳でメーカーは『ごめん。無理。直せない。もう、仕様と諦めて』と、サイトに謝罪(?)を載せた。
そこで俺は自分の力が、俺が書き換えた内容が他の、他人が所有する物にも影響すると云う事を知った。
が。
俺の他にも、悪役の死に嘆くヤツが居るかも知れない。
そう思った俺は、数々のゲームに手を出し、悪役をバッドエンドから救って来た。
この力に目覚めたのは、もう10年も前だ。
バイトして、初めて買ったRPGゲーム。
悪役が、とにかく浪漫に溢れたヤツだったんだ。
こんな悪役も居るのかと、俺は感心し、そして惚れ込んだ。
イベントで悪役が死んだ時、俺は泣き崩れた。
ゲームの続きをプレイする気力も無く、三日三晩寝込んだ。
心配する親に悪いと思いながら、熱を出して寝込んだ。
その時に、そのゲームの世界に居る夢を見たんだ。
今、正に悪役が主人公に倒されようとしている瞬間だった。
夢の中でも、またそいつが死ぬのを見たくなくて、俺は『殺さないで!』と、叫んだ。
そうしたら、主人公が手にしていた剣が砕けて、悪役の身体に届く事は無かった。
悪役は『何故、殺さない』と、口にした。そうしたら、主人公がとんでもない事を口にしたんだ。『お前を愛しているから殺せない』と。そうしたら、悪役は『自分もだ』と、口にして…そこから先は、まだお子様の俺にはハード過ぎる内容だった…。
叫びながら飛び起きた俺に、看病をしてくれていた母が、泣いて大丈夫かと聞いて来たが、とんでも無い夢の事は伏せて置いた。
そうして、復調した俺は夢の事が気になって、そのゲームを起動して唖然とした。
タイトル画面が薔薇色だった。
夢を思い出した俺は、コントローラーを取り落としてしまった。
いや、落ち着け、俺。
とにかく、セーブした所からやり直すんだと、コンティニューを選んで…うん…凄かった…何時からこのゲームはアダルトゲームになったのだろう…R15の表記しか無いのに…。パッケージ詐欺だろ…。
その時は、それが自分の力による物だなんて、俺は思いもしなかったし、このゲームをプレイしたなんて口に出す事もしなかった。
だって、未だ16歳の俺が、そんなアダルトなゲームをやってるなんて、口に出来ないだろ?
それも、男同士の。
恐らくは、誰もが同じ思いだったに違いない。マイナーなメーカーだったし、男性ユーザーの多かったゲームだから。
だから、それは長らく発見される事は無かった。
そして、有名メーカーから人気タイトルの続編が発売されて、そこに登場する悪役に、俺はまたも惚れ込んだ。
そして、その悪役が死んだ時、また泣き崩れて寝込んだ。
で、また夢を見た。
あの時と同じ様に『殺さないで!』と叫んで…あの日と同じ事が繰り返された…。
熱が下がって、ゲームを起動して…うん…アダルトになってた…。
いや…だから…何で…そうなるの…?
夢は心を映す鏡って言うけど…俺…もしかして男が好きなのか…?
いや、だって悪役って、大概男だし?
仕方無くね?
何て思って、俺は気付いた。
今は、乙女ゲームなる物がある。
そこの悪役は令嬢、つまり女の子だと相場は決まっている。
俺は自分の性癖を確認する為に、乙女ゲームを買いに走った。
この時には、まだ俺は自分の力に気付いては居なかった。
そして、その悪役令嬢に、まんまと惚れ込んだ。
ああ、何だ、俺、普通に女の子好きじゃんと、安堵したのも束の間。
悪役令嬢は悲惨な末路を迎えてしまった。
そして、俺はまた、泣いて熱を出して寝込んだ。
で、以下同文なんだが…なんだが…あの…ねえ? そこの推しメン? ねえ? ヒロイン放置して、何で取り巻きの男とヤッてるの?
ねえ? ヒロインは悪役令嬢と、なんでイチャラブしてるの?
どうなってんの、これ?
痛む頭を抱えながら、ノートパソコンを立ち上げ、このゲームのコミュニティサイトにアクセスした。
乙女ゲームは初プレイだし、きっとこんなストーリーなんだろうと。
しかし。
『ゲームの内容がいきなり変わった!』、『裏シナリオ!?』、『責任者出て来い!!』、『バグにしてもあんまり過ぎる!!』等の書き込みで溢れていた。で『修正パッチが配られるって』との書き込みを発見して、まさか? と、思いながら、違う乙女ゲームを買いに走り…その悪役令嬢に惚れ込み…以下同文。で、自分の力だと気付き、現在に至る訳だ。
今は、熱を出して寝込まなくても、ゲームの世界へとダイブ出来る。
◆
「…お前…また、やらかしただろ…」
と、俺以外誰も居なかった筈の部屋から、低い声が聞こえた。
ノートパソコンから視線を、声のする方向へとギギギと俺は向けた。
そこには、いかにもなインテリな銀縁眼鏡を掛けた男が、壁に背中を預けて腕を組んで立っていた。
「…お前…早くない…?」
「…俺の書いた話だからな…」
「おま…っ…! 男のくせにBL書くのか!?」
「悪いか」
その言葉に、俺は飛び上がった。
いい加減お説教を喰らうのもウザくなったから、BLなら問題ないだろうと、手を出したのに!?
俺の苦労は!?
「…何度も忠告したよな? 書き換えるのは止めろって。何でお前は俺の書いた物ばかり書き換えるんだっ!!」
「知るかよっ!!」
俺が不思議な力を持っている様に、今、俺の目の前に居る男も、不思議な力を持っていた。
田中征爾、35歳、職業小説家、ゲームのシナリオを書いたりもする。
そう、俺が今まで書き換えて来たゲームは、全部こいつが書いた物だった。
俺が悉く悪役を救って来たせいで、こいつは力に目覚めたと口にした。
話を捻じ曲げる者、つまり、俺を探し出す力を。誰よりも早く異変に気付き、俺を突き止め、そこへ瞬時に移動する能力を。
彼に言わせると『悪役は死ぬからこそ美しい』との事だった。
が、俺はそんなのは嫌だった。
だから、こいつが乗り込んで来た3年前に散々怒られたけど、俺は悪役をひたすら救って来た。
「てか、書き換えられたくなかったら、魅力的な悪役を書くな!! 殺すな!!」
俺の言葉に、そいつはピクリと眉を動かした。
そして、ゆっくりと俺が座るベッドまで近付いて来た。
「…そんなに魅力的なのか?」
「お、おう?」
僅かに口角を上げて聞いて来るそいつに、俺は頷いた。
てか、何かめちゃくちゃ嫌な汗が流れて来ているんだが、これは何だ?
「そうか、お前は俺に惚れてる訳だな?」
「…………………」
何とも言えない沈黙が部屋を支配した。
今、こいつ何て言った?
おい? 何でベッドに乗って来るんだ?
「これまで書いて来た悪役は、俺をモデルにしているからな」
「………………………」
――――――――…は…?
いや? 何で、こいつ俺の顎に指を掛けてる訳?
何でクイッて上を向かせる訳?
いや? 何で眼鏡外す?
てか、めっちゃ目ぇギラギラしてませんか?
「俺も初めてお前を見た時から、惚れてたんだよな。書き換えられた内容から、同類だと思っていた」
「………………………………はっ!?」
「うっ!?」
近付いて来るそいつの顔を、俺は側にあったノートパソコンで思い切り殴った。
「んな、んな、ちが…っ…!! 俺は、女の子が好きだ…っ…!!」
ベッドから飛び降りて、部屋から出ようと駆け出そうとしたが、途中で何故か動きが止まってしまった。
「な、なんでっ!?」
足を動かそうにも、根っこが生えた様に、ピクリとも動かない。
「…お前は、俺からは逃げられない。何度引っ越しても逃げられない。まだ学んで無かったのか?」
「ひ、ひえ!?」
背後から抱き締められて、耳に息を吹き掛けられて、身体が竦み上がり情けない声を上げてしまった。
「お前は悪役を幸せにするのが好きなんだろう? なら、俺も幸せにしてくれ。な?」
「はあああああああああああああああ――――――――っ!?」
――――――――…俺、島田篤紀26歳。気が付いたら、とある小説家に囲われていましたとさ…。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
神様お願い
三冬月マヨ
BL
俺はクリスマスの夜に事故で死んだ。
誰も彼もから、嫌われ捲った人生からおさらばしたんだ。
来世では、俺の言葉を聞いてくれる人に出会いたいな、なんて思いながら。
そうしたら、転生した俺は勇者をしていた。
誰も彼もが、俺に話し掛けてくれて笑顔を向けてくれる。
ありがとう、神様。
俺、魔王討伐頑張るからな!
からの、逆に魔王に討伐されちゃった俺ぇ…な話。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる