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番外編
寝癖と塩と金平糖【後編】
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「…瑞樹」
申し訳無さそうな声が後ろから聞こえるが、瑞樹は振り向けない。
(…あんな…また…早くに…うう…)
足を伸ばしても、その中で寝ても、まだ余裕がある湯舟の中で、瑞樹は優士に背中を向けて両膝を胸に抱えて落ち込んでいた。
勿論、優士の手で達してしまったせいでだ。
「天野さんの事で、暫くそうする余裕が無かったんだから、気にする事は無い。頭を出せ。髪を洗う」
「…うう…」
色々と言いたい事はあるが、その気力が今の瑞樹には残っていなかった。
「…瑞樹…」
動かない瑞樹に、優士は優しく声を掛け、手を伸ばしその頭に触れる。
「…洗われるのが嫌なら、僕の頭を洗ってくれないか?」
「え」
振り返れば、優士は椅子に腰掛けて瑞樹に背中を向けて、少しだけ項垂れている様に見えた。
「僕だって、瑞樹に洗って貰いたい」
「ず…っ…」
ずるいと思ったが、瑞樹だって優士を洗いたいと思ったのだ。宿舎の狭い風呂場では、あちこちぶつけたが、ここではそれが無い。
(…捨てられた犬みたいだ…)
無論、それは仔犬ではなく、獰猛な大型犬なのだが。それでも、その背中は寂しそうで。
瑞樹が浴槽で膝を抱えている間に、優士は身体を洗っていた。その背中を伝う雫が、降る雨の様にも見えて、余計にそう見えるのかも知れない。
「…洗ってやるから、悪戯するなよ…」
ちゃぽりと音を立てて瑞樹は立ち上がり、浴槽から足を出す。
「それは、僕の台詞だと思うが?」
そんな瑞樹の様子に、背中を向けたまま優士は小さく笑い、少しだけ金平糖を滲ませて憎まれ口を叩いた。
「するかよっ!!」
売り言葉に買い言葉で、瑞樹は真面目に優士の頭を洗う事しか出来なくなった。
(くそ~…いつもいつも優士ばかり…。俺だって、優士を喜ばせてやりたいのに、何で俺ばかり良い思いを…)
「…なあ、瑞樹」
ぶつぶつと口を尖らせて、頭の中でそんな事を思いながら、柔らかな髪を弄っていたら、不意に優士が声を掛けて来た。その声は少しだけ不安を滲ませていて、瑞樹は僅かに首を傾げた。
「ん?」
「…本当に、大丈夫なのか…?」
「は?」
「…妖と対峙しても…もし不安なら…その…治療隊に戻っても…僕から…高梨隊長に…」
「ばか!」
優士らしくなく、ぼそぼそと話すその背中を、瑞樹は力任せに平手打ちした。
「痛っ!?」
びくんと跳ねた背中を、瑞樹は後ろから腕を回して抱き締める。
「俺が戻る場所は、高梨隊長の処…お前の処だろ。…実際に妖とやり合ってみないと、はっきりとは言えないけど…多分…大丈夫…そんな気がする…」
「…瑞樹…」
「…そりゃ…あの腕を見た時は…取り乱したし絶望したけど…でも…上手く言えないけど…母さんの時とは違う…俺…薄情なのかな…? 天野さんには良くして貰ってるのに…」
「…瑞樹…」
腹に回された瑞樹の腕をそっと掴んで、優士は背中を瑞樹の胸に預け、顔を上げた。見上げれば、瑞樹は顔を下げて来た。その瞳は、泣き出しそうなぐらいに揺らいでいて、眉も情けないぐらいに下がっていた。結ばれた唇は、可哀想なぐらいに震えていて、だから、優士はそっと目を細めて笑う。
「…悪戯してくれないか…?」
「へ…」
「…瑞樹は薄情なんかじゃない。こうして、僕を見てくれている。あの頃とは違うんだ。お前は、強くなった」
「…優士…」
甘く、金平糖の様に甘く見詰められ、微笑まれ、その瞳を伏せられれば、流石の瑞樹だって、優士が何を求めているのか解る。
だから、覆い被さる様にして、薄く開かれた唇に、瑞樹は自分の唇を重ねた。
そこからは、性急だった。
元から、こうなる事は想定していたし、優士に悪戯されて達したとは云え、天野の事があり、行為その物はご無沙汰だったから。
「…は…っ…」
優士の息が熱くて甘い。
枕を優士の腰の下に置き、何度も愛して来たそこを、瑞樹は香油を纏った指で抜き差ししていた。ゆっくりと丁寧に。
「…っ、も、う、十分だろう…早く…」
柔らかな布団の上で、敷布を掴み優士が切なげに啼く。赤く色付く肌に、瑞樹はごくりと唾を飲み込む。ただし、下の分身からは、だらだらと我慢出来ない汁が溢れ出しているが。
「だ、めだ。まだ、三本目が挿入ったばかりだから…」
張り詰めた己の息子が痛いが、これは先刻の仕返しなのだ。ゆっくりじっくり、優士を焦らしてやろうと瑞樹は思っていた。
そう、思っていたのだ。
「…意地悪しないでくれ…早く…それとも、それは飾りなのか?」
「…っ! そんな訳あるかっ!!」
しかし、目元を赤く染め、涙を滲ませて見上げて来られては、そんな仕返しの事など頭から飛んでしまった。
「…っ…!」
挿れていた指を一気に引き抜き、優士の左脚を持ち上げ、右手では己の熱い男根を掴む。
「…優士が悪いんだからな…」
ぐっとヒクヒク動くそこに充てがい、拗ねた様に唇を尖らせて瑞樹が言えば。
「ああ、僕は悪い子だ…だから…お仕置きをしてくれ…」
優士は目を細めて、口の端だけで挑発的に笑う。
(これの何処が捨てられた犬だって!?)
「…こ、のっ…!!」
(鎖引き千切って、脱走して来た犬…いや、狼だ!)
その叫びを叩き付ける様に、瑞樹は一気に腰を押し進めた。
「っ!」
衝撃に優士の背中が弓の様にしなり、脚が暴れる。掴んでいる方とは違う足が、瑞樹の背中を打つが、今の瑞樹にはそんな物は気にならない。
「…くそ…」
(…もう、何でこうなるんだよ…)
瑞樹がまだと口にした様に、優士のそこはぎゅうぎゅうときつくて。痛い思いも、苦しい思いもさせたくなかった瑞樹は、後悔からぽろぽろと涙を溢してしまった。
「…何でお前が泣くんだ…」
若干、引いている様な優士の声に、瑞樹は泣きながら叫ぶ。
「優士のせいだろっ! もう…っ…もう…っ…」
ぽろぽろと涙は流れ、ぽたぽたと優士の身体へと落ちて行く。
「…悪かった…焦らしているのが解ったから…つい…」
「うぅ…優士の鬼ぃ…」
瑞樹の頬へと手を伸ばして優士は触れる。ゆっくりと流れる涙を拭いながら、瑞樹を安心させる様に笑う。
「…僕なら大丈夫だ…ほら、香油を足してゆっくり動いて…」
そこを埋める圧迫感は何時もの事だ。何時もよりは、引き攣る感じがするが、切れてはいない筈だ。香油の力を借りて滑りを良くすれば、何とかなる筈だからと優士は笑う。
「…これも、一つの勉強だ。そうだろう?」
「うぅ…」
優士に諭されて、瑞樹は布団の脇、優士の腰の辺りにある香油の入った瓶に手を伸ばす。
ゆっくりとぎりぎりまで抜いて、竿に香油を塗り、もう一度ゆっくりと腰を進めた。
「…ん…良い子だな…」
「うぅ…」
額に汗を浮かべて言われても…と、瑞樹は言葉なく、涙を流す。
受け入れる側の辛さは瑞樹には解らないし、解りたくても、優士がそれをさせてくれない。
「…どれだけ…俺を甘やかせば気が済むんだ…」
ぽつりと涙の合間に、そんな言葉が出てしまう。それも、何だか恨みがましく聞こえた気がする。
「…甘やかしているつもりは無い…ん…っ…!」
そのつもりは無いと言おうとした優士だったが、香油の力を借りて動きやすくなったのか、瑞樹が腰を回す様に動いたせいで、それは最後まで言葉にならなかった。
「…甘やかしてるだろ…何時も…いつだって、俺の事ばかり…こんな…無理矢理突っ込まれて…俺だけ…気持ち良くて…」
「…は…っ…馬鹿だな、瑞樹は…」
「ば、ばか!? 馬鹿なのは優士だっ!」
「…み、ずきが…良ければ…僕も…気持ち良い…」
「わっ!?」
優士の伸びて来た腕が瑞樹の首に回り、引き寄せられ、顔が近付く。それにより繋がりが深くなり、優士が熱い息を零した。
「…辛そうに…見えるか? 僕は…今、この瞬間が嬉しくて堪らない…。こうして、お前と一つになって、互いの事しか見えないし、互いの事しか考えられない、この時が何より愛しい…」
「いっ、いと…!?」
「好きだけでは足りない。言葉だけでも足りない。瑞樹、口付けを…」
「…優士…」
ぽろぽろとぽたぽたと、涙はまだ流れる。流れては落ちて、優士の顔に掛かる。
その目尻に浮かぶ涙は、誰の為だ?
その赤らんだ目に映るのは?
その濡れた唇がこうのは、誰だ?
優士が首に腕を回して求めるのは?
ちょんと跳ねた寝癖を直してくれるのは?
その胸に残る傷も。
(…こんな優士を見るのは…俺だけだ…。…俺以外の奴に触ってほしくないし、触らせない…)
「…俺も…好きだけじゃ…足りない…」
優士の瞳から溢れる熱を受け止めて、瑞樹は流れる涙をそのままにして笑い、その唇に口付けた。
どれだけ好きだと言っても足りない。
きっと、愛してると云う言葉でも足りない。
何度、身体を重ねても、やはり足りない。
だから、何度でも繰り返すのだろう。
何度でも幾度でも。
何時か、死が二人を別つまで。
先の事なんて解らない。
もしかしたら、互いに誰か別の人を好きになる事があるのかも知れない。
そんな事が無いとは言えない。言い切れない。
そう思うのは、少しだけ大人になったからだろうか?
でも。
それでも。
今のこの気持ちは本当だから。
「…ゆ…じ…」
ほろほろと涙は流れ落ちて行く。
しょっぱいし、上手く喋る事が出来ないし、みっともないと思う。
「…ん…」
けど、優士はそんな瑞樹を見て優しく甘く微笑む。
それは金平糖の様に甘く、瑞樹の零した涙を受け止めて吸い取ってくれる。
本当に、どれだけ甘やかせば気が済むのだろう?
きっと、それは、二度とあんな瑞樹を見たくないからだろう。
甘えているだけなんて情けない。
そう思うが、今、この時だけは甘えた方が良いのだろう、きっと。
それで、優士が喜んでくれるから。
それに、変に意地を張るより、その方が楽に息が出来るのだから。
金平糖が溶けるくらいに、二人は互いを求め、熱を吐き出した。
◇
青い青い空が広がっていた。
今、二人が立って居るのは、瑞樹の実家前だ。
中では、瑞樹の父、そして優士の両親が、今か今かと二人が『ただいま!』と来るのを待っている。
「…うう…緊張して来た…」
「実家に帰るのに、そんなに緊張してどうする」
「や、だって…」
と、瑞樹は懐に手を伸ばす。
そこにあるのは、白い封筒に入れた婚姻届がある。
夏の長期休暇に入り、二人は地元へと帰省した。
それは、電話で話した事を詳しく話す為…勿論、妖云々は省くが…と。
「字を間違えるなよ」
「間違えるか!!」
互いの親の目の前で、婚姻届を書く為だ。
あの日、貪る様に互いを求めあった。その、翌朝…いや、昼近かったが…休みで良かったと思う瑞樹に、優士が言ったのだ。
『結婚しよう』
と。
棚ぼただが家もある。
何も迷う事はないだろう? と。
布団の中で互いの温もりを感じながら、金平糖を滲ませた瞳で言われれば、何時もの様に『雰囲気!』とか言える筈もなくて。
『…お、おぅ…』
と、瑞樹は顔を赤くして頷いた。
「ゆ、優士さんを下さい…いや、幸せにします…で、良いのかな…」
懐の上から、その封筒を押さえて瑞樹はもごもごと言う。
役場に行き、婚姻届を貰って来た。その場で書かなかったのは、互いの親の前で書こうと優士が言ったからだ。
『祝福されながら書こう』
と。
『あの七夕の日の、高梨隊長と雪緖さんの様に』
と。
優士に改めて求婚されるまでは、結婚を考えていると云う話を、瑞樹はするつもりだった。それが一転して、結婚します宣言に変わったのだ。心臓が破裂してもおかしくはないと思うが、優士の表情は相変わらずの塩だ。
懐を押さえる瑞樹の手に、優士の手がそっと重なる。
緊張する瑞樹に、優士は何時もの塩な表情と声で告げる。
「僕は瑞樹の嫁になると言うつもりだが?」
その言葉に、瑞樹の顔は一気に赤く染まった。
「恥ずかしいから止めろ!」
しかし、優士は止まらない。顎に指をあてて、補足の様に言う。
「何故だ? 本当の事だろう? ああ、家事は瑞樹の方が得意だから、そちらで受け取られると面倒か。じゃあ、肉体的…」
「わー! わーっ!!」
顔色一つ変えない優士に、瑞樹はただ喚く事しか出来なかった。
きっと、夏が来るたびにこの事を思い出すのだろう。それを、何時か自然と笑って話せる日がくれば良いと瑞樹は思った。
空は青く蒼く、何処までも続いている。
果てのない空の下で、大切な人達が笑顔で居られる様に。
やがて、茜色に染まる空に、感謝して一日を終え、また明日と笑える様に。
瑞樹は、今は青い空を見上げて笑った。
申し訳無さそうな声が後ろから聞こえるが、瑞樹は振り向けない。
(…あんな…また…早くに…うう…)
足を伸ばしても、その中で寝ても、まだ余裕がある湯舟の中で、瑞樹は優士に背中を向けて両膝を胸に抱えて落ち込んでいた。
勿論、優士の手で達してしまったせいでだ。
「天野さんの事で、暫くそうする余裕が無かったんだから、気にする事は無い。頭を出せ。髪を洗う」
「…うう…」
色々と言いたい事はあるが、その気力が今の瑞樹には残っていなかった。
「…瑞樹…」
動かない瑞樹に、優士は優しく声を掛け、手を伸ばしその頭に触れる。
「…洗われるのが嫌なら、僕の頭を洗ってくれないか?」
「え」
振り返れば、優士は椅子に腰掛けて瑞樹に背中を向けて、少しだけ項垂れている様に見えた。
「僕だって、瑞樹に洗って貰いたい」
「ず…っ…」
ずるいと思ったが、瑞樹だって優士を洗いたいと思ったのだ。宿舎の狭い風呂場では、あちこちぶつけたが、ここではそれが無い。
(…捨てられた犬みたいだ…)
無論、それは仔犬ではなく、獰猛な大型犬なのだが。それでも、その背中は寂しそうで。
瑞樹が浴槽で膝を抱えている間に、優士は身体を洗っていた。その背中を伝う雫が、降る雨の様にも見えて、余計にそう見えるのかも知れない。
「…洗ってやるから、悪戯するなよ…」
ちゃぽりと音を立てて瑞樹は立ち上がり、浴槽から足を出す。
「それは、僕の台詞だと思うが?」
そんな瑞樹の様子に、背中を向けたまま優士は小さく笑い、少しだけ金平糖を滲ませて憎まれ口を叩いた。
「するかよっ!!」
売り言葉に買い言葉で、瑞樹は真面目に優士の頭を洗う事しか出来なくなった。
(くそ~…いつもいつも優士ばかり…。俺だって、優士を喜ばせてやりたいのに、何で俺ばかり良い思いを…)
「…なあ、瑞樹」
ぶつぶつと口を尖らせて、頭の中でそんな事を思いながら、柔らかな髪を弄っていたら、不意に優士が声を掛けて来た。その声は少しだけ不安を滲ませていて、瑞樹は僅かに首を傾げた。
「ん?」
「…本当に、大丈夫なのか…?」
「は?」
「…妖と対峙しても…もし不安なら…その…治療隊に戻っても…僕から…高梨隊長に…」
「ばか!」
優士らしくなく、ぼそぼそと話すその背中を、瑞樹は力任せに平手打ちした。
「痛っ!?」
びくんと跳ねた背中を、瑞樹は後ろから腕を回して抱き締める。
「俺が戻る場所は、高梨隊長の処…お前の処だろ。…実際に妖とやり合ってみないと、はっきりとは言えないけど…多分…大丈夫…そんな気がする…」
「…瑞樹…」
「…そりゃ…あの腕を見た時は…取り乱したし絶望したけど…でも…上手く言えないけど…母さんの時とは違う…俺…薄情なのかな…? 天野さんには良くして貰ってるのに…」
「…瑞樹…」
腹に回された瑞樹の腕をそっと掴んで、優士は背中を瑞樹の胸に預け、顔を上げた。見上げれば、瑞樹は顔を下げて来た。その瞳は、泣き出しそうなぐらいに揺らいでいて、眉も情けないぐらいに下がっていた。結ばれた唇は、可哀想なぐらいに震えていて、だから、優士はそっと目を細めて笑う。
「…悪戯してくれないか…?」
「へ…」
「…瑞樹は薄情なんかじゃない。こうして、僕を見てくれている。あの頃とは違うんだ。お前は、強くなった」
「…優士…」
甘く、金平糖の様に甘く見詰められ、微笑まれ、その瞳を伏せられれば、流石の瑞樹だって、優士が何を求めているのか解る。
だから、覆い被さる様にして、薄く開かれた唇に、瑞樹は自分の唇を重ねた。
そこからは、性急だった。
元から、こうなる事は想定していたし、優士に悪戯されて達したとは云え、天野の事があり、行為その物はご無沙汰だったから。
「…は…っ…」
優士の息が熱くて甘い。
枕を優士の腰の下に置き、何度も愛して来たそこを、瑞樹は香油を纏った指で抜き差ししていた。ゆっくりと丁寧に。
「…っ、も、う、十分だろう…早く…」
柔らかな布団の上で、敷布を掴み優士が切なげに啼く。赤く色付く肌に、瑞樹はごくりと唾を飲み込む。ただし、下の分身からは、だらだらと我慢出来ない汁が溢れ出しているが。
「だ、めだ。まだ、三本目が挿入ったばかりだから…」
張り詰めた己の息子が痛いが、これは先刻の仕返しなのだ。ゆっくりじっくり、優士を焦らしてやろうと瑞樹は思っていた。
そう、思っていたのだ。
「…意地悪しないでくれ…早く…それとも、それは飾りなのか?」
「…っ! そんな訳あるかっ!!」
しかし、目元を赤く染め、涙を滲ませて見上げて来られては、そんな仕返しの事など頭から飛んでしまった。
「…っ…!」
挿れていた指を一気に引き抜き、優士の左脚を持ち上げ、右手では己の熱い男根を掴む。
「…優士が悪いんだからな…」
ぐっとヒクヒク動くそこに充てがい、拗ねた様に唇を尖らせて瑞樹が言えば。
「ああ、僕は悪い子だ…だから…お仕置きをしてくれ…」
優士は目を細めて、口の端だけで挑発的に笑う。
(これの何処が捨てられた犬だって!?)
「…こ、のっ…!!」
(鎖引き千切って、脱走して来た犬…いや、狼だ!)
その叫びを叩き付ける様に、瑞樹は一気に腰を押し進めた。
「っ!」
衝撃に優士の背中が弓の様にしなり、脚が暴れる。掴んでいる方とは違う足が、瑞樹の背中を打つが、今の瑞樹にはそんな物は気にならない。
「…くそ…」
(…もう、何でこうなるんだよ…)
瑞樹がまだと口にした様に、優士のそこはぎゅうぎゅうときつくて。痛い思いも、苦しい思いもさせたくなかった瑞樹は、後悔からぽろぽろと涙を溢してしまった。
「…何でお前が泣くんだ…」
若干、引いている様な優士の声に、瑞樹は泣きながら叫ぶ。
「優士のせいだろっ! もう…っ…もう…っ…」
ぽろぽろと涙は流れ、ぽたぽたと優士の身体へと落ちて行く。
「…悪かった…焦らしているのが解ったから…つい…」
「うぅ…優士の鬼ぃ…」
瑞樹の頬へと手を伸ばして優士は触れる。ゆっくりと流れる涙を拭いながら、瑞樹を安心させる様に笑う。
「…僕なら大丈夫だ…ほら、香油を足してゆっくり動いて…」
そこを埋める圧迫感は何時もの事だ。何時もよりは、引き攣る感じがするが、切れてはいない筈だ。香油の力を借りて滑りを良くすれば、何とかなる筈だからと優士は笑う。
「…これも、一つの勉強だ。そうだろう?」
「うぅ…」
優士に諭されて、瑞樹は布団の脇、優士の腰の辺りにある香油の入った瓶に手を伸ばす。
ゆっくりとぎりぎりまで抜いて、竿に香油を塗り、もう一度ゆっくりと腰を進めた。
「…ん…良い子だな…」
「うぅ…」
額に汗を浮かべて言われても…と、瑞樹は言葉なく、涙を流す。
受け入れる側の辛さは瑞樹には解らないし、解りたくても、優士がそれをさせてくれない。
「…どれだけ…俺を甘やかせば気が済むんだ…」
ぽつりと涙の合間に、そんな言葉が出てしまう。それも、何だか恨みがましく聞こえた気がする。
「…甘やかしているつもりは無い…ん…っ…!」
そのつもりは無いと言おうとした優士だったが、香油の力を借りて動きやすくなったのか、瑞樹が腰を回す様に動いたせいで、それは最後まで言葉にならなかった。
「…甘やかしてるだろ…何時も…いつだって、俺の事ばかり…こんな…無理矢理突っ込まれて…俺だけ…気持ち良くて…」
「…は…っ…馬鹿だな、瑞樹は…」
「ば、ばか!? 馬鹿なのは優士だっ!」
「…み、ずきが…良ければ…僕も…気持ち良い…」
「わっ!?」
優士の伸びて来た腕が瑞樹の首に回り、引き寄せられ、顔が近付く。それにより繋がりが深くなり、優士が熱い息を零した。
「…辛そうに…見えるか? 僕は…今、この瞬間が嬉しくて堪らない…。こうして、お前と一つになって、互いの事しか見えないし、互いの事しか考えられない、この時が何より愛しい…」
「いっ、いと…!?」
「好きだけでは足りない。言葉だけでも足りない。瑞樹、口付けを…」
「…優士…」
ぽろぽろとぽたぽたと、涙はまだ流れる。流れては落ちて、優士の顔に掛かる。
その目尻に浮かぶ涙は、誰の為だ?
その赤らんだ目に映るのは?
その濡れた唇がこうのは、誰だ?
優士が首に腕を回して求めるのは?
ちょんと跳ねた寝癖を直してくれるのは?
その胸に残る傷も。
(…こんな優士を見るのは…俺だけだ…。…俺以外の奴に触ってほしくないし、触らせない…)
「…俺も…好きだけじゃ…足りない…」
優士の瞳から溢れる熱を受け止めて、瑞樹は流れる涙をそのままにして笑い、その唇に口付けた。
どれだけ好きだと言っても足りない。
きっと、愛してると云う言葉でも足りない。
何度、身体を重ねても、やはり足りない。
だから、何度でも繰り返すのだろう。
何度でも幾度でも。
何時か、死が二人を別つまで。
先の事なんて解らない。
もしかしたら、互いに誰か別の人を好きになる事があるのかも知れない。
そんな事が無いとは言えない。言い切れない。
そう思うのは、少しだけ大人になったからだろうか?
でも。
それでも。
今のこの気持ちは本当だから。
「…ゆ…じ…」
ほろほろと涙は流れ落ちて行く。
しょっぱいし、上手く喋る事が出来ないし、みっともないと思う。
「…ん…」
けど、優士はそんな瑞樹を見て優しく甘く微笑む。
それは金平糖の様に甘く、瑞樹の零した涙を受け止めて吸い取ってくれる。
本当に、どれだけ甘やかせば気が済むのだろう?
きっと、それは、二度とあんな瑞樹を見たくないからだろう。
甘えているだけなんて情けない。
そう思うが、今、この時だけは甘えた方が良いのだろう、きっと。
それで、優士が喜んでくれるから。
それに、変に意地を張るより、その方が楽に息が出来るのだから。
金平糖が溶けるくらいに、二人は互いを求め、熱を吐き出した。
◇
青い青い空が広がっていた。
今、二人が立って居るのは、瑞樹の実家前だ。
中では、瑞樹の父、そして優士の両親が、今か今かと二人が『ただいま!』と来るのを待っている。
「…うう…緊張して来た…」
「実家に帰るのに、そんなに緊張してどうする」
「や、だって…」
と、瑞樹は懐に手を伸ばす。
そこにあるのは、白い封筒に入れた婚姻届がある。
夏の長期休暇に入り、二人は地元へと帰省した。
それは、電話で話した事を詳しく話す為…勿論、妖云々は省くが…と。
「字を間違えるなよ」
「間違えるか!!」
互いの親の目の前で、婚姻届を書く為だ。
あの日、貪る様に互いを求めあった。その、翌朝…いや、昼近かったが…休みで良かったと思う瑞樹に、優士が言ったのだ。
『結婚しよう』
と。
棚ぼただが家もある。
何も迷う事はないだろう? と。
布団の中で互いの温もりを感じながら、金平糖を滲ませた瞳で言われれば、何時もの様に『雰囲気!』とか言える筈もなくて。
『…お、おぅ…』
と、瑞樹は顔を赤くして頷いた。
「ゆ、優士さんを下さい…いや、幸せにします…で、良いのかな…」
懐の上から、その封筒を押さえて瑞樹はもごもごと言う。
役場に行き、婚姻届を貰って来た。その場で書かなかったのは、互いの親の前で書こうと優士が言ったからだ。
『祝福されながら書こう』
と。
『あの七夕の日の、高梨隊長と雪緖さんの様に』
と。
優士に改めて求婚されるまでは、結婚を考えていると云う話を、瑞樹はするつもりだった。それが一転して、結婚します宣言に変わったのだ。心臓が破裂してもおかしくはないと思うが、優士の表情は相変わらずの塩だ。
懐を押さえる瑞樹の手に、優士の手がそっと重なる。
緊張する瑞樹に、優士は何時もの塩な表情と声で告げる。
「僕は瑞樹の嫁になると言うつもりだが?」
その言葉に、瑞樹の顔は一気に赤く染まった。
「恥ずかしいから止めろ!」
しかし、優士は止まらない。顎に指をあてて、補足の様に言う。
「何故だ? 本当の事だろう? ああ、家事は瑞樹の方が得意だから、そちらで受け取られると面倒か。じゃあ、肉体的…」
「わー! わーっ!!」
顔色一つ変えない優士に、瑞樹はただ喚く事しか出来なかった。
きっと、夏が来るたびにこの事を思い出すのだろう。それを、何時か自然と笑って話せる日がくれば良いと瑞樹は思った。
空は青く蒼く、何処までも続いている。
果てのない空の下で、大切な人達が笑顔で居られる様に。
やがて、茜色に染まる空に、感謝して一日を終え、また明日と笑える様に。
瑞樹は、今は青い空を見上げて笑った。
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