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番外編
いつか、また【完】
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「は?」
「え?」
何で? と、いきなりの天野の言葉に、瑞樹と優士はぽかんと口を開ける。
「いや、ほら。お前らの了承無く巻き込んだろう? 橘には、また、心傷を植え付けたかも知れないし。楠は、そんな橘を心配していたと思うから」
「あ、いや、た…ぶん、俺、大丈夫だと思うし…」
首の後ろを掻きながら話す天野に、瑞樹は両手を胸の前で振る。
(…実際に妖に会ってみないと解らないけど…。…けど…多分…大丈夫だ…)
「…この家の管理…それは、詫びのつもりなのですか? それでしたら、引き受ける訳には…」
「あ、それは無い。家の事は、お前らが一番若いし、何より星坊も雪坊も、お前らの事を気にいっているからな。大体、ウチの隊の奴ら、皆、家を持っているだろう? だから、お前らに明け渡す…頼みたいと思っただけだ」
目を細めて優士が言った言葉だが、天野はきっぱりと、そう言った。そして、笑顔を向けられれば、毒気なんて消えてしまう。
「…巻き込まれたのも…星先輩や雪緖さんに気にいられているから…? だから、話しても良いと?」
前髪を掻き上げて、優士は軽く息を吐いた。それが理由なのもどうかと思うが、先の話を聞く限り雪緖も星も、天野にとって、大切な弟の様な存在なのだろう。その弟達が慕う相手だから、問題無いと思われたのだろうか? それもそれでどうかと思うが、胸がぽかぽかしてくるのは何故だろう?
「ああ。それに、楠。お前、あと数年もしたら副隊長に、いずれは隊長になるだろうしな」
「は…?」
「え、優士が!?」
突然の宣告に、優士は間の抜けた声を出し、瑞樹は大きく目と口を開いた。
「まあ、まだ秘密だぞ?」
本人にそれを言っては、秘密も何もないと思うのだが、天野はそんな事は気にしない。
「何だかんだで、皆、歳食ってるしな。あ、瑠璃嬢って話もあったんだが…差別って訳じゃあ無いんだが…旦那も良い歳だ。そろそろ、本格的に…その、まあ、小作りをだな…」
と、少しだけ顔を赤くして、もぞもぞとする天野に、瑞樹は生温い視線を送った。
(…そこで、もごもごされたら、逆に照れるんだけど…)
瑞樹自身も似た様な物だが、他人の事は良く見えるのだ。
「あ、後はあれだ! 結婚祝い!」
「は?」
「え?」
「お前ら、結婚するんだろ? その時に祝えるかどうか解らんから、先に渡しておく!」
「え…えぇと…」
「…天野さん…」
「ん?」
笑顔で優士の方を見た天野の右頬に、優士の拳がめり込んだ。
◇
「…はっ…!!」
「…問題無さそうだな」
あれから…月は肥え、痩せ細り、また新月の夜が来た。
先月、高梨達は遠征へと行ったから、今月は己の街で夜番の者達の応援で動いていた。
廃屋の様子を見に来て、潜んでいた妖に遭遇し、それを瑞樹が斬り、今、その眼に刃を突き付けた処だ。
妖の身体は砂の様にばさりと細々に崩れ、隙間から入って来た風に乗り、流れて行った。
「はい。これまでと変わらない…や、少し…身体が軽くなった…かも…?」
「そうか」
少しだけ不思議そうに首を傾げる瑞樹に、高梨は口の端だけで笑い、頷いた。何の気負いもなく、そう語った瑞樹に安心したから。
つい先日、みくの死亡が確認された。みくを知る者は、先に死んだ天野を責め、大いに泣いた。
『ようく考えたら、アタイ達、旅行した事が無かったんだよね!』
と、みくは笑いながら、天野の遺骨を手に汽車に乗り、街を出て行った。色々な土地を巡り、気に入った土地に天野の墓を立て、腰を落ち着けると言って。
しかし、みくは立ち寄った海の見える街で、身を投げた。そこは、潮の流れが激しく、遺体は上がらないと云う場所だった。みくが身を投げた場所には、遺書と草履、空の骨壷だけが残されていた。天野の遺骨はみくが共に連れて行ったのだろう。何処までも仲の良い夫婦だったと、誰もが…いや、一部を除いて涙した。
廃屋を出て、瑞樹は夜空を見上げた。
「…今頃、天野さん達もこうしているのかな…」
「…だろうな」
ぽつりとした瑞樹の呟きに、高梨も空を見上げ、ぼそりと返す。
みくが死んだと云うのは、天野と同じく真実ではない。みくさんまで? と、瑞樹も優士も思ったが、もしも天野の事を不審に思う者が出て来た時、真っ先に狙われるのが、みくだからだと言われ、沈黙した。二人の戸籍はもう、抹消されて"天野猛"も"天野みく"も、もう、存在しない。しかし、二人は生きている。杜川の山にある里で、生きている。今頃は瑞樹達と同じ様に、妖と対峙している筈だ。
ひゅるりと、熱さを無くした風が吹いて、瑞樹の身体を震わせた。
そんな瑞樹に、高梨は目を細める。
「…生きていれば…会おうと思えば、何時でも会える。感傷的になるのは早い。そら、夜は、まだ長い。次行くぞ」
「はい!」
高梨が軽く瑞樹の肩を叩いて先に歩き出す。
その背中を見て、瑞樹はふっと笑う。
(…いつか…また、会える…だから…)
その時には、胸を張って笑える様に。
何時か、天野達がこの街に帰って来た時に、自分達は居ないかも知れないけど、あの家を見て笑える様に。
今はまだ遠いけど、この背中に追い付ける様に。
そして、何時かは追い越せる様に。
(…自分に出来る事を、精一杯…いや、無理しない程度に…やって行こう)
季節は過ぎて、また廻る。
それが、これまでと同じとは限らない。
それでも、また、その季節が廻れば思い出すのだろう。
あの時は良かったと。
あの時がくれば良いと。
それでも。
ただ、過去に縋りたくは無いと瑞樹は思う。
(思い出は思い出だから、綺麗なんだ…)
続いて行く時間が、季節が、未来があるから。
過去を輝かせる為に、未来があるのなら。
(…何時だって、過去を思い出して笑顔で居られる様に…)
今はまだ、置いて行かれない様に、走る事しか出来ないけれど。
そんな自分になりたいと瑞樹は思った。
「え?」
何で? と、いきなりの天野の言葉に、瑞樹と優士はぽかんと口を開ける。
「いや、ほら。お前らの了承無く巻き込んだろう? 橘には、また、心傷を植え付けたかも知れないし。楠は、そんな橘を心配していたと思うから」
「あ、いや、た…ぶん、俺、大丈夫だと思うし…」
首の後ろを掻きながら話す天野に、瑞樹は両手を胸の前で振る。
(…実際に妖に会ってみないと解らないけど…。…けど…多分…大丈夫だ…)
「…この家の管理…それは、詫びのつもりなのですか? それでしたら、引き受ける訳には…」
「あ、それは無い。家の事は、お前らが一番若いし、何より星坊も雪坊も、お前らの事を気にいっているからな。大体、ウチの隊の奴ら、皆、家を持っているだろう? だから、お前らに明け渡す…頼みたいと思っただけだ」
目を細めて優士が言った言葉だが、天野はきっぱりと、そう言った。そして、笑顔を向けられれば、毒気なんて消えてしまう。
「…巻き込まれたのも…星先輩や雪緖さんに気にいられているから…? だから、話しても良いと?」
前髪を掻き上げて、優士は軽く息を吐いた。それが理由なのもどうかと思うが、先の話を聞く限り雪緖も星も、天野にとって、大切な弟の様な存在なのだろう。その弟達が慕う相手だから、問題無いと思われたのだろうか? それもそれでどうかと思うが、胸がぽかぽかしてくるのは何故だろう?
「ああ。それに、楠。お前、あと数年もしたら副隊長に、いずれは隊長になるだろうしな」
「は…?」
「え、優士が!?」
突然の宣告に、優士は間の抜けた声を出し、瑞樹は大きく目と口を開いた。
「まあ、まだ秘密だぞ?」
本人にそれを言っては、秘密も何もないと思うのだが、天野はそんな事は気にしない。
「何だかんだで、皆、歳食ってるしな。あ、瑠璃嬢って話もあったんだが…差別って訳じゃあ無いんだが…旦那も良い歳だ。そろそろ、本格的に…その、まあ、小作りをだな…」
と、少しだけ顔を赤くして、もぞもぞとする天野に、瑞樹は生温い視線を送った。
(…そこで、もごもごされたら、逆に照れるんだけど…)
瑞樹自身も似た様な物だが、他人の事は良く見えるのだ。
「あ、後はあれだ! 結婚祝い!」
「は?」
「え?」
「お前ら、結婚するんだろ? その時に祝えるかどうか解らんから、先に渡しておく!」
「え…えぇと…」
「…天野さん…」
「ん?」
笑顔で優士の方を見た天野の右頬に、優士の拳がめり込んだ。
◇
「…はっ…!!」
「…問題無さそうだな」
あれから…月は肥え、痩せ細り、また新月の夜が来た。
先月、高梨達は遠征へと行ったから、今月は己の街で夜番の者達の応援で動いていた。
廃屋の様子を見に来て、潜んでいた妖に遭遇し、それを瑞樹が斬り、今、その眼に刃を突き付けた処だ。
妖の身体は砂の様にばさりと細々に崩れ、隙間から入って来た風に乗り、流れて行った。
「はい。これまでと変わらない…や、少し…身体が軽くなった…かも…?」
「そうか」
少しだけ不思議そうに首を傾げる瑞樹に、高梨は口の端だけで笑い、頷いた。何の気負いもなく、そう語った瑞樹に安心したから。
つい先日、みくの死亡が確認された。みくを知る者は、先に死んだ天野を責め、大いに泣いた。
『ようく考えたら、アタイ達、旅行した事が無かったんだよね!』
と、みくは笑いながら、天野の遺骨を手に汽車に乗り、街を出て行った。色々な土地を巡り、気に入った土地に天野の墓を立て、腰を落ち着けると言って。
しかし、みくは立ち寄った海の見える街で、身を投げた。そこは、潮の流れが激しく、遺体は上がらないと云う場所だった。みくが身を投げた場所には、遺書と草履、空の骨壷だけが残されていた。天野の遺骨はみくが共に連れて行ったのだろう。何処までも仲の良い夫婦だったと、誰もが…いや、一部を除いて涙した。
廃屋を出て、瑞樹は夜空を見上げた。
「…今頃、天野さん達もこうしているのかな…」
「…だろうな」
ぽつりとした瑞樹の呟きに、高梨も空を見上げ、ぼそりと返す。
みくが死んだと云うのは、天野と同じく真実ではない。みくさんまで? と、瑞樹も優士も思ったが、もしも天野の事を不審に思う者が出て来た時、真っ先に狙われるのが、みくだからだと言われ、沈黙した。二人の戸籍はもう、抹消されて"天野猛"も"天野みく"も、もう、存在しない。しかし、二人は生きている。杜川の山にある里で、生きている。今頃は瑞樹達と同じ様に、妖と対峙している筈だ。
ひゅるりと、熱さを無くした風が吹いて、瑞樹の身体を震わせた。
そんな瑞樹に、高梨は目を細める。
「…生きていれば…会おうと思えば、何時でも会える。感傷的になるのは早い。そら、夜は、まだ長い。次行くぞ」
「はい!」
高梨が軽く瑞樹の肩を叩いて先に歩き出す。
その背中を見て、瑞樹はふっと笑う。
(…いつか…また、会える…だから…)
その時には、胸を張って笑える様に。
何時か、天野達がこの街に帰って来た時に、自分達は居ないかも知れないけど、あの家を見て笑える様に。
今はまだ遠いけど、この背中に追い付ける様に。
そして、何時かは追い越せる様に。
(…自分に出来る事を、精一杯…いや、無理しない程度に…やって行こう)
季節は過ぎて、また廻る。
それが、これまでと同じとは限らない。
それでも、また、その季節が廻れば思い出すのだろう。
あの時は良かったと。
あの時がくれば良いと。
それでも。
ただ、過去に縋りたくは無いと瑞樹は思う。
(思い出は思い出だから、綺麗なんだ…)
続いて行く時間が、季節が、未来があるから。
過去を輝かせる為に、未来があるのなら。
(…何時だって、過去を思い出して笑顔で居られる様に…)
今はまだ、置いて行かれない様に、走る事しか出来ないけれど。
そんな自分になりたいと瑞樹は思った。
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