寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編・祭

特別任務【二十三】

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「あー…家の天井だ…」

 布団の中から天井を見上げながら、瑞樹みずきがぼそりと呟いた。
 部屋の中は真っ暗ではあるが、数分も見ていればカーテンの閉められていない窓から入り込む星明りで、ぼんやりと景観が見えて来る。
 そっと手を動かせば、柔らかく温かい何かに触れる。
 そろりと顔を動かせば、瞼を閉じ、健やかな寝息を立てて眠る優士ゆうじの顔があった。

「…うん…」

 小さく頷いて瑞樹は軽く目を閉じて思う。

(…今日…もしかしたら昨日になるのか? …疲れたもんな…)

 そう。あやかしを斬る以上に疲れた。
 事の発端は明け方のせいの情けない悲鳴だった。

 ◇

「ひぃんっ!!」

「どうした!? なっ!?」

 悲鳴と共に廊下を走る音が聞こえ、高梨が部屋から出て来たのだろう、彼の驚きの声が聞こえて来て。

「何だあ? うおっ!? 星坊っ!?」

「なんだい? どうし…ッ!?」

「ふわわわわわわわわわわわ!? 星様!?」

 天野にみく、雪緒ゆきおの声も聞こえて来て、瑞樹と優士は布団から出て廊下へと出た。

「は?」

「え?」

 廊下の真ん中に星は居た。

「星君!?」

「…夢かしら…」

 瑠璃子るりこ亜矢あやも出て来たが、それを見た瞬間に部屋へと戻って行った。他の隊員達や須藤も出て来て何が始まるんだと、にやにやと或いは遠い目をしての星を見ていた。

「星兄様、慌てるのは解りますが落ち着いて下さい」

 廊下の真ん中で固まり、口をパクパクとさせている星の後ろから、隊服を手にした月兎つきとが慌てた様子も無く歩いて来るのが見える。

「…あ…。先ずは服を着ろ…どうした?」

 その変わらない月兎の様子に、余りの事に固まっていた高梨が動き出す。

「お、あ、ん! ゴロッて言った!!」

 月兎に褌を締められながら、星が両手を頭の上に上げる。
 それで何が解るのだと、思わず高梨が額に手をあてて、詳しく解り易く話せと言おうとした処で低い声が廊下に響いた。

「ん? 皆早いね? おや? 星はまた裸で寝ていたのかい?」

「親父殿!!」

「あ、星兄様!」

 玄関に姿を見せた杜川の元へと、褌を締めた星が駆け寄って行く。

「親父殿! ゴロッて言った! まだ遠いけ…ひぃんっ!!」

「あ、今のはボクにも聴こえました。近付いて来てますね」

 星の言葉と、その後ろから小走りでやって来た月兎の言葉に、杜川は良く通る声で放つ。

「む。高梨隊長、撤収作業に取り掛かれ。雪が降る」

「は?」

 高梨が眉を顰め、杜川の背後にある玄関を見る。妖ホイホイとなった保養所は、あちらこちら破壊されていたが、玄関の戸の窓は比較的無事に残っていた。そこからは、冬の柔らかな陽射しが射し込んで来ていて、雪が降ると言われてもピンと来なかったのだ。

「ひぃん! ひぃん!!」

「早くしたまえ! 星が怯えているのは、雷の音が聴こえているからだ! 街ではそうそうないだろうがね、山では雪が降る前に雷が鳴る。雷は夏だけの物では無いのだよ。雪が降り、積もれば我々は此処に閉じ込められる。さあ、そうなりたくなければ動きたまえ!!」

 確かに、杜川の言う通りだ。
 杜川の胸にしがみつき、怯えている星は雷雨の時のそれだ。夏場なら、それは雨だろう。だが、今は冬だ。しかも、此処は山の中だ。山は天気が変わりやすい。星の耳の良さに呆れながらも感謝しながら、高梨は声を張り上げた。

「撤収だ! 急げ!!」

 ◇

 そこからは、本当に怒涛の展開だった。急いで着替えて荷物を纏めて、炭を埋めたり、再び妖に入り込まれない様に、窓と云う窓を塞いだり。山を下る途中で雪が降って来て、最悪の場合は土を掘って蒔いて走ると言われたりもした。戦々恐々としたが、山から離れて行けば、雪は止んで行った。しかし、山に掛かった雲は暗く重く、星が居なければ、雪が降り出してから気付いただろうと、星の雷嫌いに感謝したのだ。
 予定より早い帰還で任務の事はどうなるかと心配したが、高梨が問答無用で、当初の予定通りの休暇をもぎ取って来た。皆、拍手喝采したが、高梨とて人の子だ。とにかく疲れたのだ。早く自宅へと戻り、雪緒と二人きりになって癒やされたかったのだ。まあ、そんな事は口に出したりはしなかったが。この任務中、瑞樹は高梨預かりになっているので、瑞樹も当然休みだ。須藤は『俺達はほとんど動いてないしな。今日は休むが、明日から復帰しようかね。な?』と、中山の肩を叩いていた。中山は、少し残念そうな顔をしていたが。
 そうして、自分達の城へと帰って来た瑞樹と優士は、真っ先に倒れ込む様に布団に潜り込んだ。何をする訳でも無く、とにかく惰眠を貪った。

(…良く眠ってる…)

 そろりと手を動かして、優士の額に掛かる前髪を上げて見る。指先でさわさわ弄っても、優士が目覚める気配は無い。

(…腹、減ったな…) 

 とにかく、眠くて眠くて、何も食わずに寝たのだ。睡眠欲が解消されれば、次に来るのは食欲だろう。口に入れた物と云えば、撤収作業に追われている中で、雪緒やみく、月兎に義之が作っていてくれたおにぎりだけだ。それを車の中で頬張った。

(…優士も同じだよな。うん、飯作ろう)

 そう決心して、瑞樹はそっと布団から抜け出した。材料はある。大量に余った食材を食堂へ返そうとしたら『予定変更になったんだろ? いきなり帰って来て、飯が無いとか言われるんじゃないのか? 皆で分けな』と、食堂の厨房を預かる主に言われて、隊の皆で分けたのだ。正直、買い物する気力も無かったので、有り難く頂いて来た。

(杜川さんから貰った魚もあるし…焼き魚と…)

 部屋の明かりは点けずに、流し台にある小さな明かりを点けて、瑞樹は米を研ぎ出した。
 米を研ぎながら、瑞樹はくすりと笑う。

(…こんなのが良いんだよな…)

 特別な何かなんて要らない。
 ただ、毎日、こうして誰かの、優士の為に。優士と自分、二人で楽しく飯を食べて行けたら良い。自分が作った物を優士が美味しそうに食べてくれたら、それで良い。そんな優士を見れば、嬉しくなるから。それが、ずっと、この先も続いて行けば良い。

(…だから…)

 だから、この先も二人で居られる様に。
 周りから相応しくないとか、引き離されたりしない様に。
 高梨や雪緒の二人の様に、周りから自然と見守られる様に。
 そうなる様に努力して行こう。

「始めちょろちょろ中ぱっぱ、っと」

 瑞樹は小さく呟いて、米を入れた土鍋を火に掛ける。焼き魚の他に何を用意しようかと、食材の袋を漁るその後ろ姿を、優士が布団の中からこっそりと覗いている事には気付かなかった。
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