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番外編・祭
特別任務【十九】
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「橘君! 楠君を、ちゃんと躾けておいてっ!!」
杜川に促され建物の中へ、囲炉裏の間へと足を踏み入れた高梨と瑞樹を迎えたのは、そんな瑠璃子の怒りを孕んだ声だった。目元を赤くして、二人の方へと歩いて来る瑠璃子の後方には、困った様な申し訳無さそうな、そんな顔の前で手を合わせる義之の姿が見えた。
「は? え? 優士がどうかしたのか?」
「あい…菅原、何かあったのか?」
瑞樹が瑠璃子の剣幕に目を丸くする隣で、高梨が僅かに眉を潜めた。まさか、怪我でもしたのかと思ったが、それならば報告がある筈だし、現状瑠璃子が怪我をしたと云う様子は見られない。それに何より"躾"だ。嫌な予感しかしないと、高梨は思った。思いたくは無かったが。
囲炉裏の間には十人程が、握り飯や豚汁を手に寛いで居た。残りの者は風呂だろう。問題の優士も姿が見えないから、そちらに居ると思われる。
「どうもこうもありません! 高梨隊長や天野副隊長なら、良くご存知の事かと思います!」
「え?」
「…ああ…」
腰に手をあてて、高梨を見上げる瑠璃子に瑞樹は頭に疑問符を浮かべ、高梨は片手で額を押さえた。
そんな高梨に、厨房から雪緒が顔を覗かせたと思えば、労いの笑みを浮かべて僅かに速足で近付いて来て、その正面に立った。
「お帰りなさいませ、紫様、瑞樹様。お食事にされますか? それとも、ご入浴されてお身体を温めますか?」
雪緒の柔らかい笑みに誘われる様に、高梨も僅かに目元を緩め、口元も緩める。それを見た者達が『ご馳走様』と云う表情を浮かべたが、そんなのは知った事では無いと高梨は口を開く。
「ああ、ただいま。楠は風呂か? なら、風呂が先だ。行くぞ、橘。ああ、ここからは自由時間だ。昼頃に今後の事を話す。それまで休んでおく様に」
高梨の言葉に、豚汁を飲んでいた天野が片手を上げ、口の中に物が入っていない者達は『はいよ~』と、返事を返す。『じゃ、呑むか!』との声も聞こえて来た。
「あ、はい。すみません、雪緒さん。風呂行って来ます」
一気に騒がしくなった囲炉裏の間の雰囲気に押し出される様にして、瑞樹が歩き出せば、雪緒は笑顔で腰を折った。
「はい、ごゆっくりどうぞ。行ってらっしゃいませ」
「んもう! 楠君、雪緒君の爪の垢を煎じて飲めば良いのに!」
廊下の奥に消えて行く高梨と瑞樹の背中を頬を膨らませて見送る瑠璃子に、雪緒は軽く拳にした手を口元にあてて小さく微笑む。
「瑠璃子様、大根餅をこれから焼こうと思うのですが、お一つ如何ですか?」
「あ、食べる食べる!! ありがとう、雪緒君!!」
「あ、俺も俺も! みくちゃーん!」
瑠璃子が声を弾ませれば、その後に天野が続いた。
「あいよー! 月兎、ヨロシク~!」
「お任せください!」
景気良く返事をするみくに、それに応える月兎の声も元気だ。徹夜により神経が敏感になり、妙な脳内物質が分泌されているのだろう。『俺も、俺も!!』と云う、野太い声が次々と挙がって来る。それらを聞きながら、高梨と瑞樹は部屋へ着替えを取りに行き、風呂場へと向かった。
◇
「…全く、今度は何を言ったんだ、お前は」
「るりこを怒らすと怖いぞ!」
「怒らないから、正直に言えよ、な?」
篝火の炎がゆらゆら揺れる浴場で、三者三様に迫られた優士は塩な顔面を更に塩にしていた。
高梨は濡れた髪を片手で掻きながら、呆れた様に優士を見ているし、その高梨の隣に居る星は今日は浮かばずに優士の正面を陣取っている。
瑞樹は瑞樹で、優士の隣に並んでいて、不安そうに眉を下げている。今にも土下座しそうな勢いだ。
「…それ程におかしな事を口にした覚えはありません。夫婦間の、夜の営みに付いて尋ねただけです。それなのに、何故か穴に落とされて、埋められそうになりました。被害者は俺の方だと思うのですが。違いますか?」
「…お前な…」
塩の表情のまま、淡々と語る優士に高梨はガクリと肩を落とした。
「…え…何でお前、そんな事を…」
じんわりと額に浮かぶ汗を拭いながら、瑞樹が目を丸めて呟けば。
「…お前が…良く雰囲気とか言うから…参考に…」
「う、お…」
僅かではあるが、拗ねた様な優士の物言いに、瑞樹は顔を赤くし言葉に詰まり、高梨は月の無い空を仰いだ。星は手拭いで風船を作って遊んでいる。
(何をどうしたら、こう拗れるのだ…)
仙人になりかけた高梨が言うのもどうかと思うが。
(…まさか、とは思うが…あの、早漏発言から…していない…のか…?)
若いのに…と、何処か可哀想な子を見る様に高梨は優士と瑞樹を見た。
「…何ですか」
顔を赤くして俯いてしまった瑞樹を何処か甘さを匂わせる目で見ていた優士だったが、高梨の視線に気付き、直ぐに塩な表情と声を取り戻す。
その切り替えの早さに内心舌を巻きながら、高梨は隣に居る星の肩を叩き立ち上がる。
「…いや。それは二人で話す問題だろう。出るぞ、星」
このまま、ここに居たら間違い無く、お鉢が回ってくる。それだけは、何としても避けたい。
「ん! つきとにうどん頼んでんだけど、出来たかな!」
タオルを絞りながら立ち上がる星に、高梨はまたも夜空を見上げる。
(色気より食い気とは、こいつの為にある言葉だな…)
「ま! みずきとゆうじがちんちん挿れたり挿れられたりしたいんなら、すればいいだけだろ? 雰囲気とか関係あるか? おいらは、気が付いたらつきとにちんちん尻の穴に挿れられてるぞ!」
そんな、少し黄昏た高梨の耳に、星の邪気の無い声が届く。ぎぎぎと首を動かせば、真っ白な歯を見せて、にっこりと笑う顔も見えた。
湯の中に浸かったままの、瑞樹だけでなく、優士までもが、ぽかんとした表情を浮かべて星を見上げていた。
「こ、の、馬鹿がっ!!」
「あだっ!?」
確かに、星の言葉は真実だろう。真実ではあるし、事実でもあるし、何も間違いでは無い。無いが、言葉を選べと言いたいし、最後の一言は必要か?
星の頭上に拳骨を落とした高梨は、その首根っこを掴んで湯船から上がって行った。
二人残された瑞樹と優士は、ただ無言で固まっていた。
杜川に促され建物の中へ、囲炉裏の間へと足を踏み入れた高梨と瑞樹を迎えたのは、そんな瑠璃子の怒りを孕んだ声だった。目元を赤くして、二人の方へと歩いて来る瑠璃子の後方には、困った様な申し訳無さそうな、そんな顔の前で手を合わせる義之の姿が見えた。
「は? え? 優士がどうかしたのか?」
「あい…菅原、何かあったのか?」
瑞樹が瑠璃子の剣幕に目を丸くする隣で、高梨が僅かに眉を潜めた。まさか、怪我でもしたのかと思ったが、それならば報告がある筈だし、現状瑠璃子が怪我をしたと云う様子は見られない。それに何より"躾"だ。嫌な予感しかしないと、高梨は思った。思いたくは無かったが。
囲炉裏の間には十人程が、握り飯や豚汁を手に寛いで居た。残りの者は風呂だろう。問題の優士も姿が見えないから、そちらに居ると思われる。
「どうもこうもありません! 高梨隊長や天野副隊長なら、良くご存知の事かと思います!」
「え?」
「…ああ…」
腰に手をあてて、高梨を見上げる瑠璃子に瑞樹は頭に疑問符を浮かべ、高梨は片手で額を押さえた。
そんな高梨に、厨房から雪緒が顔を覗かせたと思えば、労いの笑みを浮かべて僅かに速足で近付いて来て、その正面に立った。
「お帰りなさいませ、紫様、瑞樹様。お食事にされますか? それとも、ご入浴されてお身体を温めますか?」
雪緒の柔らかい笑みに誘われる様に、高梨も僅かに目元を緩め、口元も緩める。それを見た者達が『ご馳走様』と云う表情を浮かべたが、そんなのは知った事では無いと高梨は口を開く。
「ああ、ただいま。楠は風呂か? なら、風呂が先だ。行くぞ、橘。ああ、ここからは自由時間だ。昼頃に今後の事を話す。それまで休んでおく様に」
高梨の言葉に、豚汁を飲んでいた天野が片手を上げ、口の中に物が入っていない者達は『はいよ~』と、返事を返す。『じゃ、呑むか!』との声も聞こえて来た。
「あ、はい。すみません、雪緒さん。風呂行って来ます」
一気に騒がしくなった囲炉裏の間の雰囲気に押し出される様にして、瑞樹が歩き出せば、雪緒は笑顔で腰を折った。
「はい、ごゆっくりどうぞ。行ってらっしゃいませ」
「んもう! 楠君、雪緒君の爪の垢を煎じて飲めば良いのに!」
廊下の奥に消えて行く高梨と瑞樹の背中を頬を膨らませて見送る瑠璃子に、雪緒は軽く拳にした手を口元にあてて小さく微笑む。
「瑠璃子様、大根餅をこれから焼こうと思うのですが、お一つ如何ですか?」
「あ、食べる食べる!! ありがとう、雪緒君!!」
「あ、俺も俺も! みくちゃーん!」
瑠璃子が声を弾ませれば、その後に天野が続いた。
「あいよー! 月兎、ヨロシク~!」
「お任せください!」
景気良く返事をするみくに、それに応える月兎の声も元気だ。徹夜により神経が敏感になり、妙な脳内物質が分泌されているのだろう。『俺も、俺も!!』と云う、野太い声が次々と挙がって来る。それらを聞きながら、高梨と瑞樹は部屋へ着替えを取りに行き、風呂場へと向かった。
◇
「…全く、今度は何を言ったんだ、お前は」
「るりこを怒らすと怖いぞ!」
「怒らないから、正直に言えよ、な?」
篝火の炎がゆらゆら揺れる浴場で、三者三様に迫られた優士は塩な顔面を更に塩にしていた。
高梨は濡れた髪を片手で掻きながら、呆れた様に優士を見ているし、その高梨の隣に居る星は今日は浮かばずに優士の正面を陣取っている。
瑞樹は瑞樹で、優士の隣に並んでいて、不安そうに眉を下げている。今にも土下座しそうな勢いだ。
「…それ程におかしな事を口にした覚えはありません。夫婦間の、夜の営みに付いて尋ねただけです。それなのに、何故か穴に落とされて、埋められそうになりました。被害者は俺の方だと思うのですが。違いますか?」
「…お前な…」
塩の表情のまま、淡々と語る優士に高梨はガクリと肩を落とした。
「…え…何でお前、そんな事を…」
じんわりと額に浮かぶ汗を拭いながら、瑞樹が目を丸めて呟けば。
「…お前が…良く雰囲気とか言うから…参考に…」
「う、お…」
僅かではあるが、拗ねた様な優士の物言いに、瑞樹は顔を赤くし言葉に詰まり、高梨は月の無い空を仰いだ。星は手拭いで風船を作って遊んでいる。
(何をどうしたら、こう拗れるのだ…)
仙人になりかけた高梨が言うのもどうかと思うが。
(…まさか、とは思うが…あの、早漏発言から…していない…のか…?)
若いのに…と、何処か可哀想な子を見る様に高梨は優士と瑞樹を見た。
「…何ですか」
顔を赤くして俯いてしまった瑞樹を何処か甘さを匂わせる目で見ていた優士だったが、高梨の視線に気付き、直ぐに塩な表情と声を取り戻す。
その切り替えの早さに内心舌を巻きながら、高梨は隣に居る星の肩を叩き立ち上がる。
「…いや。それは二人で話す問題だろう。出るぞ、星」
このまま、ここに居たら間違い無く、お鉢が回ってくる。それだけは、何としても避けたい。
「ん! つきとにうどん頼んでんだけど、出来たかな!」
タオルを絞りながら立ち上がる星に、高梨はまたも夜空を見上げる。
(色気より食い気とは、こいつの為にある言葉だな…)
「ま! みずきとゆうじがちんちん挿れたり挿れられたりしたいんなら、すればいいだけだろ? 雰囲気とか関係あるか? おいらは、気が付いたらつきとにちんちん尻の穴に挿れられてるぞ!」
そんな、少し黄昏た高梨の耳に、星の邪気の無い声が届く。ぎぎぎと首を動かせば、真っ白な歯を見せて、にっこりと笑う顔も見えた。
湯の中に浸かったままの、瑞樹だけでなく、優士までもが、ぽかんとした表情を浮かべて星を見上げていた。
「こ、の、馬鹿がっ!!」
「あだっ!?」
確かに、星の言葉は真実だろう。真実ではあるし、事実でもあるし、何も間違いでは無い。無いが、言葉を選べと言いたいし、最後の一言は必要か?
星の頭上に拳骨を落とした高梨は、その首根っこを掴んで湯船から上がって行った。
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