寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編・祭

特別任務【五】

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「こんにゃろめっ!!」

『ア"ア"ア"ア"ア"ッ"!!』

 ガシャッと硝子が割れる音が周囲に響く。

せい! 壊すなっ!!」

 それに呼応するかの様な、高梨の叱咤の声も。

「文句言うなら、こいつらだろ! たける副たいちょ、止め頼むな!」

「はいよ、っと!」

 むっ、と唇を尖らせて星は天野に止めを頼み、あやかしと共に突き破って出て来た窓から、再び建物の中へと入って行った。頼まれた天野は苦笑しながらも、妖のまなこに刀を突き立てた。

 出発前に高梨が口にしていた様に、保養地にある建物の中には妖が巣食っていたのだ。
 現場に着いて、荒れた建物を見て『うん、知ってた』と、誰もが遠い目をした。
 街にある廃屋にだって、妖は入り込んで来るのだ。警戒する人間も居ない、こんな山奥にあるこの建物は絶好のカモだった。
 朝、早い内に出て来て、陽は中天に差し掛かっている。そんな時間なのに、周りにある木々のせいで鬱蒼としていて、とにかく暗い。そんな処にある、この建物は、正に『妖ホイホイ』としか言えない。

『おー、ワサワサ居るぞ。おいら達が来たのに、興味津々みたいだ。よっしゃ! 行って来る!』

 と、高梨が止めるのも聞かずに、車から星は飛び降りて、妖ホイホイの中へと入って行った。
 仕方が無く、天野と長渕らを中へと向かわせ、残った者達で篝火を焚き、物資を車から下ろしたり、周りの木々の伐採…では、足りないから、持って来た斧で木々を切り倒して行った。朱雀が買い上げた山だから、文句は無いだろうと、遠慮無しに周りの木を切り倒して行った。その間の周囲の見張りは、女性に力仕事はさせられないからと、瑠璃子るりこ亜矢あやに頼んだ。

「おぉい…俺ぁ、温泉に入りに来たんだぞ…」

 倒された木に足を乗せ、ノコギリで枝を払いながら須藤がぼやけば。

「一汗掻いてからの温泉は格別ですから…」

 と、払われ地面に落ちた枝を拾い集めながら中山が宥める。

「ああ、それ。大きいの頂戴よ。竈の風除けに使うから」

 その脇では、斧を持つ隊員にみくが注文を付けていた。

「みく姉様! このお鍋で大丈夫でしょうか?」

「ああ、ありがと。んじゃ、簡易テーブル出して豚汁でも作ろうかね」

「はい!」

 月兎つきとが車から鍋を幾つか引っ張り出して来て、みくに渡した後、簡易テーブルを取りに直様に車へと引き返して行く。

「みくちゃん、みくちゃん、芋洗い終わったよ~」

「みくちゃん、みくちゃん、米洗い終わったよ~」

 妻に見捨てられた隊員達は、せめて同じ人妻であるみくに癒されようとして、進んで炊き出しに参加していた。

 あちらを見れば、割れた窓硝子が散乱していて、それは『こんにゃろめ!』との星の掛け声と共に量産されて行き、こちらを見れば、野太い笑い声が聞こえたりと、山の中は中々に混沌とした空気に包まれていた。

 ◇

 建物内に居た妖を一掃し、周囲の見晴らしも、ついでに建物の風通しも良くなり、建物内にあった布団を引っ張り出し、お天道様に翳したりした後、高梨達は少し遅い昼食を摂っていた。藺草で作られた茣蓙を何枚か地面の上に広げ、その上で各々寛いでいる。

「食べ終わったら、建物の修繕に取り掛かる。全員でと言いたい処だが、明日の為に地形を調べて置きたいな。俺と天野と…」

「おいらも行くぞ!」

 片手に握り飯を持ちながら高梨が視線を巡らせれば、その隣に座る星が握り飯を丸飲みしてから、声を上げた。

「…星の意見はあてにならんから、却下だ。そうだな、橘と楠…」

 しかし、高梨は軽く眉を上げただけで、向かいに居る瑞樹みずき優士ゆうじを目に留めて口を開く。

「無視すんな!」

「"崖があるけど飛び越えればだいじょぶ"とか"滝になってるけど泳げばだいじょぶ"とか、何の参考にもならんだろうがっ!!」

「あだっ!!」

 高梨が星の頭に拳骨を落とせば、星の隣に座る月兎つきとが両手で星の頭を抱き込んで、高梨をキッと睨んだ。

ゆかりおじさま! 星兄様の頭をポコポコ叩かないで下さい! これ以上馬鹿になる事はないと思いますが、星兄様の記憶が飛んだらどう責任を取ってくれるのですか!!」

「おお。つきとは優しいな! でもだいじょぶだぞ! これは愛情表現だって、親父殿が言ってたからな! おいら、ゆかりんたいちょにあいされてんだぞ!」

「…あの親父は…」

 白い歯を見せて笑う星に、高梨は眉間に寄った皺をひたすらに解している。
 そんな高梨達や星の様子を隊員達は生暖かい目で見ながら、豚汁や握り飯を口に運んでいる。天野に至ってはみくに『あ~ん』をさせられて、周りに居る者達から殺意の籠った視線を浴びせられていたが。

「そうなのですか。でも、星兄様を誰よりも愛しているのは、ボクです。次に親父殿で、その次に雪兄様です。紫おじさまはその遥か下、底辺も底辺です。その愛はあっと云う間に川の底に沈む様な物です。それに紫おじさまが誰よりも愛しているのは雪兄様です。過去には親父殿に想いを馳せていた事もあったそうですが、それは抜けた虫歯の様に地の奥底に埋められた悲しいきお…」

「止めろ――――――――!!」

 星の頭に顔を埋めて頬擦りをしながら語る月兎の言葉に、高梨は力の限りに叫んでいた。

 ◇

 そんな微笑ましい遣り取りがとある山の中で行われている頃。とある街のとある学校内にて。

「…高梨先生…あの、俺、何か腹が痛くて…ベッドで寝てていいかな…?」

 と、わざとらしく腹を押さえた男子生徒が保健室の戸を開けていた。
 この彼の思惑としては、仮病を使い、雪緒ゆきおに甘えようと云う、そんな可愛いものだったのだが。

「やあ~、こんにちは~。大変だね~。何処が~、どんな風に痛いのか~、詳しく聞かせて貰えるかなあ~?」

 雪緒の、穏やかな微笑みを想定しながら開けられた戸の向こうに居たのは…。
 何時も雪緒が腰掛けて居る筈の、回転式の丸椅子に居たのは、黒い縁取りの丸眼鏡を掛けた、垂れ目が印象的な壮年の男だった。

「誰っ!?」

 と、男子生徒が思い切り目を剥いて叫んだのも、致し方が無いと言えよう。
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