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番外編・祭
特別任務【二】
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「と、云う訳ですので、はい」
第十一番隊の隊長室にて、津山がにこやかな笑顔(多分、眼鏡で解らないが口元は緩んでいる)で差し出した小さな箱に入った物を、高梨はむすりとしたまま受け取った。
「橘君も、はい。我関せずみたいな顔で話を聞いていましたが、他人事ではありませんよ? 体調管理も、立派な仕事なんですから。楠君にちゃんと使う様に言うんですよ?」
「は…え…?」
瑞樹も隣に並んで座る津山から笑顔でそれを渡されて、ひたすらに頭に疑問符を浮かべた。
「津山の言う事に耳を貸すな。こんな事の為にお前を呼んだ訳では無い」
額に落ちて来た前髪を掻き上げながら、高梨が津山を睨む。
「日程は未だ決まらないが、特別任務で恐らくは新月の前日か、新月当日から五日間の遠征に行く事になった。場所は朱雀が所有する保養地だ。その為に治療隊の者を二名借りたい。早々に片付けば、残りは自由にして良いとの事だ」
「…それはまた…辺鄙な…。ああ、その内の一名が橘君と云う事ですか」
(…そんな場所へ喜んで行く者が居たかな…)
と、津山は内心で首を捻る。
餌は美味しいが、高梨の事だ。皆を自由に泳がせる筈が無い。
(となると、誰を行かせるか…橘君とあと一人…)
「いや。橘は討伐隊として連れて行く。橘の他に二名だ。人選は任せる」
「え?」
その言葉に、瑞樹は顔を跳ね上げて高梨を見る。
瑞樹の反応に高梨は口の端だけで笑い、続く言葉を放つ。
「お前は何れここに戻って来る人間だ。俺はそう思っている。そのお前に実戦の経験を積ませたい。行けるな?」
「は!? ちょ、何を勝手に決めているんですか!? 橘君から、そんな話は聞いてませんよ!? 橘君はずっとウチに居てくれ…」
高梨の否と言わせない物言いに目を見開く瑞樹よりも先に、津山がソファーから腰を浮かせ、ローテーブルに両手をついて声を荒らげたが、最後まで言い終わらない内に瑞樹がソファーから立ち上がり、津山に身体を向けて頭を下げた。
「ごめんなさいっ!!」
「…そんなあ…本物の期待の新人でしたのに…」
身体中から力を失くした津山が、とさりとソファーに腰を下ろして、両手で顔を覆う。
「…すみません…あの、でも、今直ぐって訳じゃなくて…もう少し、腕を研いてから…」
「…はあ…。…まあ…刀を持ちたいと言った時から、嫌な予感はしていましたけどね…。…治療の腕に関しては申し分ないですよ…はあ…」
目に見えて項垂れる津山に、瑞樹は申し訳なさそうに声を掛けるが、津山は解っていたと云う様にひらひらと片手を振った。
「いえっ! まだ迷う部分がありますし、まだまだ、津山さんに教わりたいんですっ!」
しかし瑞樹はそこで退いたりせずに、身を屈めて津山が振る手を両手で包み込み、懇願する。
優士がこの場に居たら、さぞかし塩の嵐が吹き荒れていた事だろう。
「ああっ! 誰かさんと違って、何て素直な子なんだろう! 君がネコじゃなくて、もう少しキツい顔をしっ!?」
バチンッ!! と、云う音が津山の頭上から聞こえた。そちらに目をやれば、隊帽を手に細い目を更に細めて、ヒクヒクと痙攣させている高梨が立ち上がって居た。
(…え…隊帽であんな音が出るのか?)
どれだけの勢いで叩けばあんな音が出せるのかと、戦々恐々としている瑞樹に気付かずに、高梨は津山に向かって怒鳴る。
「相手が居る奴を口説くな! 橘の反応を見る限り、参加する気満々だ。将来有望な若手の未来を潰すな!!」
「………………鬼………………」
「何?」
頭を擦りながら恨めし気に放たれた津山の言葉に、高梨は眉を上げる。
「何でもありませんよっ! 二人ですね! 新月ですから、経験の豊富な者を…と、言いたい処ですが…あなたの隊ですからね…話を聞く限り、遠慮なく暴れるでしょうね、特に誰かさんのご子息が。後、その親御さんも」
そんな高梨に報復する為にはこれしか無いと、津山は杜川親子の事を口にした。
「…おい…恐ろしい事を言うな…。あの親父は山に…」
そうすれば、高梨は頬を引き攣らせながら、汗など流れて居ないのに、手の甲でそれを拭う仕草をしながらソファーへと座り直した。
「どうでしょうかね? ご子息二人が、こぉんな楽しいお祭りに参加するんですよ? 連絡すれば、直ぐにでも飛んで来るでしょう?」
「…ぐ…っ…!」
それは確かに津山の言う通りで、高梨は知らないが、朝の会議が終わって直ぐに星は杜川へと電話を掛けていた。それはもう、元気いっぱいに楽しみでたまらないと、眉を下げ、頬も緩め捲って。星の本質を知る前の瑞樹と優士が見たら、裸足で逃げ出すぐらいの情けない顔を晒していた。
そんな遣り取りの中で、瑞樹は一人考えていた。
(…猫って何だろ…?)
と――――――――――――――――。
第十一番隊の隊長室にて、津山がにこやかな笑顔(多分、眼鏡で解らないが口元は緩んでいる)で差し出した小さな箱に入った物を、高梨はむすりとしたまま受け取った。
「橘君も、はい。我関せずみたいな顔で話を聞いていましたが、他人事ではありませんよ? 体調管理も、立派な仕事なんですから。楠君にちゃんと使う様に言うんですよ?」
「は…え…?」
瑞樹も隣に並んで座る津山から笑顔でそれを渡されて、ひたすらに頭に疑問符を浮かべた。
「津山の言う事に耳を貸すな。こんな事の為にお前を呼んだ訳では無い」
額に落ちて来た前髪を掻き上げながら、高梨が津山を睨む。
「日程は未だ決まらないが、特別任務で恐らくは新月の前日か、新月当日から五日間の遠征に行く事になった。場所は朱雀が所有する保養地だ。その為に治療隊の者を二名借りたい。早々に片付けば、残りは自由にして良いとの事だ」
「…それはまた…辺鄙な…。ああ、その内の一名が橘君と云う事ですか」
(…そんな場所へ喜んで行く者が居たかな…)
と、津山は内心で首を捻る。
餌は美味しいが、高梨の事だ。皆を自由に泳がせる筈が無い。
(となると、誰を行かせるか…橘君とあと一人…)
「いや。橘は討伐隊として連れて行く。橘の他に二名だ。人選は任せる」
「え?」
その言葉に、瑞樹は顔を跳ね上げて高梨を見る。
瑞樹の反応に高梨は口の端だけで笑い、続く言葉を放つ。
「お前は何れここに戻って来る人間だ。俺はそう思っている。そのお前に実戦の経験を積ませたい。行けるな?」
「は!? ちょ、何を勝手に決めているんですか!? 橘君から、そんな話は聞いてませんよ!? 橘君はずっとウチに居てくれ…」
高梨の否と言わせない物言いに目を見開く瑞樹よりも先に、津山がソファーから腰を浮かせ、ローテーブルに両手をついて声を荒らげたが、最後まで言い終わらない内に瑞樹がソファーから立ち上がり、津山に身体を向けて頭を下げた。
「ごめんなさいっ!!」
「…そんなあ…本物の期待の新人でしたのに…」
身体中から力を失くした津山が、とさりとソファーに腰を下ろして、両手で顔を覆う。
「…すみません…あの、でも、今直ぐって訳じゃなくて…もう少し、腕を研いてから…」
「…はあ…。…まあ…刀を持ちたいと言った時から、嫌な予感はしていましたけどね…。…治療の腕に関しては申し分ないですよ…はあ…」
目に見えて項垂れる津山に、瑞樹は申し訳なさそうに声を掛けるが、津山は解っていたと云う様にひらひらと片手を振った。
「いえっ! まだ迷う部分がありますし、まだまだ、津山さんに教わりたいんですっ!」
しかし瑞樹はそこで退いたりせずに、身を屈めて津山が振る手を両手で包み込み、懇願する。
優士がこの場に居たら、さぞかし塩の嵐が吹き荒れていた事だろう。
「ああっ! 誰かさんと違って、何て素直な子なんだろう! 君がネコじゃなくて、もう少しキツい顔をしっ!?」
バチンッ!! と、云う音が津山の頭上から聞こえた。そちらに目をやれば、隊帽を手に細い目を更に細めて、ヒクヒクと痙攣させている高梨が立ち上がって居た。
(…え…隊帽であんな音が出るのか?)
どれだけの勢いで叩けばあんな音が出せるのかと、戦々恐々としている瑞樹に気付かずに、高梨は津山に向かって怒鳴る。
「相手が居る奴を口説くな! 橘の反応を見る限り、参加する気満々だ。将来有望な若手の未来を潰すな!!」
「………………鬼………………」
「何?」
頭を擦りながら恨めし気に放たれた津山の言葉に、高梨は眉を上げる。
「何でもありませんよっ! 二人ですね! 新月ですから、経験の豊富な者を…と、言いたい処ですが…あなたの隊ですからね…話を聞く限り、遠慮なく暴れるでしょうね、特に誰かさんのご子息が。後、その親御さんも」
そんな高梨に報復する為にはこれしか無いと、津山は杜川親子の事を口にした。
「…おい…恐ろしい事を言うな…。あの親父は山に…」
そうすれば、高梨は頬を引き攣らせながら、汗など流れて居ないのに、手の甲でそれを拭う仕草をしながらソファーへと座り直した。
「どうでしょうかね? ご子息二人が、こぉんな楽しいお祭りに参加するんですよ? 連絡すれば、直ぐにでも飛んで来るでしょう?」
「…ぐ…っ…!」
それは確かに津山の言う通りで、高梨は知らないが、朝の会議が終わって直ぐに星は杜川へと電話を掛けていた。それはもう、元気いっぱいに楽しみでたまらないと、眉を下げ、頬も緩め捲って。星の本質を知る前の瑞樹と優士が見たら、裸足で逃げ出すぐらいの情けない顔を晒していた。
そんな遣り取りの中で、瑞樹は一人考えていた。
(…猫って何だろ…?)
と――――――――――――――――。
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