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僕から君へ
贈り物【八】
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おでんはとても美味しかった。
大根も玉子も味がとても沁みていて。
薄めの味付けだったが、それはとても優しい味がした。
ほっこりと、じわじわと胸の奥が温まる感じがした。
食前に出された酒は仄かに柚子の香りがして、とても呑み易くて『あ、美味しい』と、思わず瑞樹が言えば、雪緒が『僕のお気に入りです。未開封の物がありますので、お帰りの際にお持ち下さいね』と穏やかに笑った。
おでんの具が無くなり、汁だけになったそこに冷や飯が入れられ、溶き卵が混ぜられ、小葱を落とされ、雑炊になった。それもまた美味しかった。
「普段ですと、中々締めまで行けないのですけど、やはり人数が居ますと違いますね」
と笑う雪緒の鼻を軽く高梨が摘まみ『お前がもう少し食う量を増やせば良いだけだ』と、目を鋭く細めた時は、何とも『ご馳走さま』としか、言い様が無かったが。そんな目をしながらも、高梨の雰囲気は柔らかく、雪緒は雪緒で『痛いでふ』と言いながらも、鼻を摘まれて嬉しそうに目を細めていたのだから。
だから、かも知れない。
瑞樹の口から、ぽつりとその言葉が出たのは。
「…何で、そんな風に笑えるんだ…」
「…瑞樹…?」
持っていた茶碗とレンゲを卓袱台の上に瑞樹が置いて、下を向く。
「…橘様?」
優士と雪緒がそんな瑞樹を心配そうに見やる。
先の見えない『強さ』に、不安は募って行く。
何か変わった気がして、でも、変わって無い様な気もして。
亀の歩みでも良いと思っていたのに、衝動を抑えられずに、優士に口付けをしてしまうとか、瑞樹はそんな自分が情けなかった。
瑞樹と同じ様に、感情を心を閉ざした…殺した事のある雪緒は、今、こうして穏やかに、幸せだと笑っている。それが、羨ましくて、また、妬ましくて、気が付けば咎める様な口調で、それを音にしてしまった。
そんな自分が、また情けなくて、瑞樹は首元の襟巻きを押さえながら下を向く。
高梨は何も言わず、お猪口から盃に変えた酒を軽く呷っていた。
「えぇと…僕の態度がお気に障ったのなら、申し訳ございません」
ついっと、軽く後ろに身を引いて、雪緒が座布団の上に両手を重ねて深く頭を下げた。
「雪緒さん!?」
「はっ!? あ、いや、ごめ…っ…! 俺、そんなつもりじゃ…っ…!!」
それには優士も瑞樹も驚いて、瑞樹は慌てて胸の前で両手を振る。
優士が高梨を見れば、片手で顎を撫でながら『やれやれ』と云った感じで、軽く肩を竦め苦笑して頭を下げる雪緒を見ていた。
「僕とした事が浮かれ過ぎて居た様です。本日の事で、新しい御友人が出来ると…」
「…は…」
「…え…」
ややして、恥ずかしそうに顔を上げて言った雪緒の言葉に、優士と瑞樹は目を瞬かせた。
「…生前に奥様が仰って下さいました。僕の名前に有ります"緒"は結ぶ物ですと。雪の数だけたくさん有るのですと。たくさんの縁を結べる物ですと。たとえ切れても、何度でも結べる物ですと。僕はこの緒を橘様、そして楠様と結びたいと思っています。そうして、何時か紫様が仰りました様に、僕の世界を広げて行きたいのです。橘様も楠様も、僕との緒を結んで頂けませんか? 僕と縁を結ぶのはお嫌でしょうか? こうして出逢えたのも、ゆかりの成す業だと思うのです…」
「…たくさんの緒…」
「…世界を広げる…」
胸に手をあて、つらつらと話す雪緒に優士と瑞樹は、語られた言葉を繰り返す。
雪緒の瞳も言葉もとても真っ直ぐで、それから目を逸らす事等出来る筈も無い。
「…あのな…。これはとある親父からの受け売りなんだが…」
と、高梨がぽんと雪緒の頭に軽く手を置いて、瑞樹と優士の目を見ながら、僅かに苦さを滲ませた声音で話し出す。
「"気持ちは、心は自由であるべきだ"と。"それを殺すなんて馬鹿げている"とな。橘が目指す強さ、それの答え…正解なんざ、勿論、俺にも解らないし、誰にも解らない。それは、橘が自分で出す物だからだ。だがな、それにばかりかまけて、隣に居る大切な者を蔑ろにするのは許せんな」
「隊長…っ…!」
「え!? 俺、そんなつもりは…っ…!」
目を見開き抗議する瑞樹と優士に、高梨は空いている方の手で軽く手を振り、二人を睨む様にして見る。
「まあ、聞け。お前達は、何故、二人で居る? 橘は何故、楠を頼らない? 楠も、何故、橘を支えてやらない? 橘が行き詰って居る事が解っているのだろう? だから、俺に相談して来た。違うか? 俺に相談する前に、二人で話し合ったか? まあ、クソ真面目なお前達の事だから、一度決めた理を覆して良いのか、悩んで迷っているんだろうが、それが仇となるなら、そんな物クソ喰らえだ。何が、どれが、一番大切なんだ? それが解らない様じゃ、お前らは不幸だ。そんなんじゃな、雪緒の強さには到底追い付けんぞ」
「ふえっ!?」
くしゃりと頭を撫でられた雪緒が驚きの声を上げる。
「何故、そこで僕が出て来るのですか!? 僕は刀等持てませんよ!?」
「…ほらな」
目を丸くして高梨を見る雪緒に、高梨は口元を緩める。
「雪緒、鞠子に二人を紹介してやってくれ」
もう一度、雪緒の頭を軽く撫でてから高梨が目を細めて笑えば、雪緒は『はい』と軽く目を伏せて笑った。
大根も玉子も味がとても沁みていて。
薄めの味付けだったが、それはとても優しい味がした。
ほっこりと、じわじわと胸の奥が温まる感じがした。
食前に出された酒は仄かに柚子の香りがして、とても呑み易くて『あ、美味しい』と、思わず瑞樹が言えば、雪緒が『僕のお気に入りです。未開封の物がありますので、お帰りの際にお持ち下さいね』と穏やかに笑った。
おでんの具が無くなり、汁だけになったそこに冷や飯が入れられ、溶き卵が混ぜられ、小葱を落とされ、雑炊になった。それもまた美味しかった。
「普段ですと、中々締めまで行けないのですけど、やはり人数が居ますと違いますね」
と笑う雪緒の鼻を軽く高梨が摘まみ『お前がもう少し食う量を増やせば良いだけだ』と、目を鋭く細めた時は、何とも『ご馳走さま』としか、言い様が無かったが。そんな目をしながらも、高梨の雰囲気は柔らかく、雪緒は雪緒で『痛いでふ』と言いながらも、鼻を摘まれて嬉しそうに目を細めていたのだから。
だから、かも知れない。
瑞樹の口から、ぽつりとその言葉が出たのは。
「…何で、そんな風に笑えるんだ…」
「…瑞樹…?」
持っていた茶碗とレンゲを卓袱台の上に瑞樹が置いて、下を向く。
「…橘様?」
優士と雪緒がそんな瑞樹を心配そうに見やる。
先の見えない『強さ』に、不安は募って行く。
何か変わった気がして、でも、変わって無い様な気もして。
亀の歩みでも良いと思っていたのに、衝動を抑えられずに、優士に口付けをしてしまうとか、瑞樹はそんな自分が情けなかった。
瑞樹と同じ様に、感情を心を閉ざした…殺した事のある雪緒は、今、こうして穏やかに、幸せだと笑っている。それが、羨ましくて、また、妬ましくて、気が付けば咎める様な口調で、それを音にしてしまった。
そんな自分が、また情けなくて、瑞樹は首元の襟巻きを押さえながら下を向く。
高梨は何も言わず、お猪口から盃に変えた酒を軽く呷っていた。
「えぇと…僕の態度がお気に障ったのなら、申し訳ございません」
ついっと、軽く後ろに身を引いて、雪緒が座布団の上に両手を重ねて深く頭を下げた。
「雪緒さん!?」
「はっ!? あ、いや、ごめ…っ…! 俺、そんなつもりじゃ…っ…!!」
それには優士も瑞樹も驚いて、瑞樹は慌てて胸の前で両手を振る。
優士が高梨を見れば、片手で顎を撫でながら『やれやれ』と云った感じで、軽く肩を竦め苦笑して頭を下げる雪緒を見ていた。
「僕とした事が浮かれ過ぎて居た様です。本日の事で、新しい御友人が出来ると…」
「…は…」
「…え…」
ややして、恥ずかしそうに顔を上げて言った雪緒の言葉に、優士と瑞樹は目を瞬かせた。
「…生前に奥様が仰って下さいました。僕の名前に有ります"緒"は結ぶ物ですと。雪の数だけたくさん有るのですと。たくさんの縁を結べる物ですと。たとえ切れても、何度でも結べる物ですと。僕はこの緒を橘様、そして楠様と結びたいと思っています。そうして、何時か紫様が仰りました様に、僕の世界を広げて行きたいのです。橘様も楠様も、僕との緒を結んで頂けませんか? 僕と縁を結ぶのはお嫌でしょうか? こうして出逢えたのも、ゆかりの成す業だと思うのです…」
「…たくさんの緒…」
「…世界を広げる…」
胸に手をあて、つらつらと話す雪緒に優士と瑞樹は、語られた言葉を繰り返す。
雪緒の瞳も言葉もとても真っ直ぐで、それから目を逸らす事等出来る筈も無い。
「…あのな…。これはとある親父からの受け売りなんだが…」
と、高梨がぽんと雪緒の頭に軽く手を置いて、瑞樹と優士の目を見ながら、僅かに苦さを滲ませた声音で話し出す。
「"気持ちは、心は自由であるべきだ"と。"それを殺すなんて馬鹿げている"とな。橘が目指す強さ、それの答え…正解なんざ、勿論、俺にも解らないし、誰にも解らない。それは、橘が自分で出す物だからだ。だがな、それにばかりかまけて、隣に居る大切な者を蔑ろにするのは許せんな」
「隊長…っ…!」
「え!? 俺、そんなつもりは…っ…!」
目を見開き抗議する瑞樹と優士に、高梨は空いている方の手で軽く手を振り、二人を睨む様にして見る。
「まあ、聞け。お前達は、何故、二人で居る? 橘は何故、楠を頼らない? 楠も、何故、橘を支えてやらない? 橘が行き詰って居る事が解っているのだろう? だから、俺に相談して来た。違うか? 俺に相談する前に、二人で話し合ったか? まあ、クソ真面目なお前達の事だから、一度決めた理を覆して良いのか、悩んで迷っているんだろうが、それが仇となるなら、そんな物クソ喰らえだ。何が、どれが、一番大切なんだ? それが解らない様じゃ、お前らは不幸だ。そんなんじゃな、雪緒の強さには到底追い付けんぞ」
「ふえっ!?」
くしゃりと頭を撫でられた雪緒が驚きの声を上げる。
「何故、そこで僕が出て来るのですか!? 僕は刀等持てませんよ!?」
「…ほらな」
目を丸くして高梨を見る雪緒に、高梨は口元を緩める。
「雪緒、鞠子に二人を紹介してやってくれ」
もう一度、雪緒の頭を軽く撫でてから高梨が目を細めて笑えば、雪緒は『はい』と軽く目を伏せて笑った。
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