寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

文字の大きさ
上 下
67 / 125
僕から君へ

贈り物【八】

しおりを挟む
 おでんはとても美味しかった。
 大根も玉子も味がとても沁みていて。
 薄めの味付けだったが、それはとても優しい味がした。
 ほっこりと、じわじわと胸の奥が温まる感じがした。
 食前に出された酒は仄かに柚子の香りがして、とても呑み易くて『あ、美味しい』と、思わず瑞樹みずきが言えば、雪緒ゆきおが『僕のお気に入りです。未開封の物がありますので、お帰りの際にお持ち下さいね』と穏やかに笑った。
 おでんの具が無くなり、汁だけになったそこに冷や飯が入れられ、溶き卵が混ぜられ、小葱を落とされ、雑炊になった。それもまた美味しかった。

「普段ですと、中々締めまで行けないのですけど、やはり人数が居ますと違いますね」

 と笑う雪緒の鼻を軽く高梨が摘まみ『お前がもう少し食う量を増やせば良いだけだ』と、目を鋭く細めた時は、何とも『ご馳走さま』としか、言い様が無かったが。そんな目をしながらも、高梨の雰囲気は柔らかく、雪緒は雪緒で『痛いでふ』と言いながらも、鼻を摘まれて嬉しそうに目を細めていたのだから。
 だから、かも知れない。
 瑞樹の口から、ぽつりとその言葉が出たのは。

「…何で、そんな風に笑えるんだ…」

「…瑞樹…?」

 持っていた茶碗とレンゲを卓袱台の上に瑞樹が置いて、下を向く。

「…橘様?」

 優士ゆうじと雪緒がそんな瑞樹を心配そうに見やる。
 先の見えない『強さ』に、不安は募って行く。
 何か変わった気がして、でも、変わって無い様な気もして。
 亀の歩みでも良いと思っていたのに、衝動を抑えられずに、優士に口付けをしてしまうとか、瑞樹はそんな自分が情けなかった。
 瑞樹と同じ様に、感情を心を閉ざした…殺した事のある雪緒は、今、こうして穏やかに、幸せだと笑っている。それが、羨ましくて、また、妬ましくて、気が付けば咎める様な口調で、それを音にしてしまった。
 そんな自分が、また情けなくて、瑞樹は首元の襟巻きを押さえながら下を向く。
 高梨は何も言わず、お猪口から盃に変えた酒を軽く呷っていた。

「えぇと…僕の態度がお気に障ったのなら、申し訳ございません」

 ついっと、軽く後ろに身を引いて、雪緒が座布団の上に両手を重ねて深く頭を下げた。

「雪緒さん!?」

「はっ!? あ、いや、ごめ…っ…! 俺、そんなつもりじゃ…っ…!!」

 それには優士も瑞樹も驚いて、瑞樹は慌てて胸の前で両手を振る。
 優士が高梨を見れば、片手で顎を撫でながら『やれやれ』と云った感じで、軽く肩を竦め苦笑して頭を下げる雪緒を見ていた。

「僕とした事が浮かれ過ぎて居た様です。本日の事で、新しい御友人が出来ると…」

「…は…」

「…え…」

 ややして、恥ずかしそうに顔を上げて言った雪緒の言葉に、優士と瑞樹は目を瞬かせた。

「…生前に奥様が仰って下さいました。僕の名前に有ります"緒"は結ぶ物ですと。雪の数だけたくさん有るのですと。たくさんの縁を結べる物ですと。たとえ切れても、何度でも結べる物ですと。僕はこの緒を橘様、そして楠様と結びたいと思っています。そうして、何時かゆかり様が仰りました様に、僕の世界を広げて行きたいのです。橘様も楠様も、僕との緒を結んで頂けませんか? 僕とえにしを結ぶのはお嫌でしょうか? こうして出逢えたのも、ゆかりの成すわざだと思うのです…」

「…たくさんの緒…」

「…世界を広げる…」

 胸に手をあて、つらつらと話す雪緒に優士と瑞樹は、語られた言葉を繰り返す。
 雪緒の瞳も言葉もとても真っ直ぐで、それから目を逸らす事等出来る筈も無い。

「…あのな…。これはとある親父からの受け売りなんだが…」

 と、高梨がぽんと雪緒の頭に軽く手を置いて、瑞樹と優士の目を見ながら、僅かに苦さを滲ませた声音で話し出す。

「"気持ちは、心は自由であるべきだ"と。"それを殺すなんて馬鹿げている"とな。橘が目指す強さ、それの答え…正解なんざ、勿論、俺にも解らないし、誰にも解らない。それは、橘が自分で出す物だからだ。だがな、それにばかりかまけて、隣に居る大切な者を蔑ろにするのは許せんな」

「隊長…っ…!」

「え!? 俺、そんなつもりは…っ…!」

 目を見開き抗議する瑞樹と優士に、高梨は空いている方の手で軽く手を振り、二人を睨む様にして見る。

「まあ、聞け。お前達は、何故、二人で居る? 橘は何故、楠を頼らない? 楠も、何故、橘を支えてやらない? 橘が行き詰って居る事が解っているのだろう? だから、俺に相談して来た。違うか? 俺に相談する前に、二人で話し合ったか? まあ、クソ真面目なお前達の事だから、一度決めた理を覆して良いのか、悩んで迷っているんだろうが、それが仇となるなら、そんな物クソ喰らえだ。何が、どれが、一番大切なんだ? それが解らない様じゃ、お前らは不幸だ。そんなんじゃな、雪緒の強さには到底追い付けんぞ」

「ふえっ!?」

 くしゃりと頭を撫でられた雪緒が驚きの声を上げる。

「何故、そこで僕が出て来るのですか!? 僕は刀等持てませんよ!?」

「…ほらな」

 目を丸くして高梨を見る雪緒に、高梨は口元を緩める。

「雪緒、鞠子まりこに二人を紹介してやってくれ」

 もう一度、雪緒の頭を軽く撫でてから高梨が目を細めて笑えば、雪緒は『はい』と軽く目を伏せて笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。

くまだった
BL
 新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。  金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。 貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け ムーンさんで先行投稿してます。 感想頂けたら嬉しいです!

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...