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離れてみたら
【十八】思惑
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「そんなに緊張しなくて良いですよ」
「…あ、はあ…」
今日は新月だ。
瑞樹は治療隊の一員として、現場まで来ていた。
瑞樹の他に二名と、津山の四人で。
怪我人が出ないに越した事は無いが、怪我人が出るまでは治療隊は避難所と定められた場所で待機だ。
とは云え、ただぼうっと居る訳では無い。討伐隊が行う炊き出しの準備を手伝ったり、避難して来た住民を落ち着かせたり、やる事はいっぱいある。
何か、変な感じだなと、瑞樹は思う。
こうして、新月の夜にまた、緊張感漂う現場に立っているなんて。
あの日に行った村とは違うし、立ち位置も違うが、同じ朱雀の一員として。
津山から、新月の応援に瑞樹を連れて行くと聞かされたのは、一週間前の事だった。それも高梨の隊に組み込むと。
瑞樹は慌てた。二ヶ月前のあの日、自分がどれだけ皆に迷惑を掛けたのか、それを津山だって知っている筈だ。どの様な理由で討伐隊から異動する事になったのか、高梨にはそれを報告する義務があるのだから。
だが、津山は言った。
『橘君は討伐隊としての経験がありますから、厳密には当てはまりませんが、新人を配置するのなら、高梨の処が一番安全なんですよ。特にあちらの皆さんと、気まずい事にはなったりはしていないのでしょう? 高梨から聞いていますよ。気負う事なんてありません、気楽に行きましょう』
確かに気まずい事にはなっていないし、最終日の呑み会だって、途中乱入や退場があったけど、楽しく過ごさせて貰った。が、だが、しかしだ。実際にこうして現場に出ると、あの日の事を思い出して身体が強張ってしまう。また、皆に迷惑を掛けてしまうのでは? と、思ってしまう。あれは初回だったから許されただけで、二度目となったらそうも行かないだろうと。
津山から話をされた日、瑞樹は直ぐに優士にその事を話した。
折しも優士もその日に高梨から話を聞かされたと言う。普通ならば、治療隊の誰が来るとか、その様な話はしない。当日の顔合わせで知るだけだ。それは高梨なりの気遣いなのか、或いは警告なのか。
『…不安なのは解るが、治療隊は基本避難所に待機だ。重傷を負って動けない者が居れば、そこまで行かなければならないが、それは、そうそう無いだろうし、そうなった場合はお前じゃなく、別の者が向かう事になると思う。言っては悪いが、お前はまだ素人なんだし』
少し考えた後で、優士はそう言った。相変わらずの塩で。
相変わらずの塩だが、変わらない優士に瑞樹はほっと息を吐いた。
ここで柄にも無く甘やかされたら、自分は動けなくなると思ったから。
『…遠くからでも妖を見る機会があれば良いと思う。実際に接触はしなくて良い。それで、お前がどんな状態なのか知る事が出来れば、何かの役には立つと思う』
多分、そう云う事なのだろう。
津山は話に聞いただけで、実際に瑞樹がどんな状態になるのか、それを目にしていない。
それを、津山自身の目で見たいのだろう。比較的安全な場所で。治療隊は怪我人が出なければ現場へ行く事は無い。だが、怪我人が出なくても現場へ出る日がある。それが、新月の日だ。運が良ければ、いや、悪ければ、妖と遭遇する事もあるだろう。
それは、瑞樹が来ると高梨が優士に伝えた時に語った言葉だった。
そんな見世物みたいにと、優士は津山に怒りを覚えたが、それは高梨も同じだ。今は自分の手を離れたとは云え、一度は自分が預かった者だ。それをまるで何かの実験の様に扱われるのは良い気はしない。しないが、津山に瑞樹を託したのは高梨だ。少々難のある津山だが、これまでに治療隊を導いて来たのだ。不慮の事故はある物の、津山の采配の元で命を落とした者は少ない。津山も高梨と同じく、隊員達の命を預かる者だ。一人でも多く、家族の元へと返さなければならない。
だから。
高梨が考えた様に、津山も考えた筈だ。
瑞樹は異分子と成りうるのか、否か、と。
それが否だった場合、瑞樹は治療隊からも外れる事になるだろう。
そう云った話を優士は高梨から聞かされた。
しかし、それは今、瑞樹に話す事では無いと優士は思った。
『…新月が終われば、休みが合うな』
それよりも。
『は?』
唐突な優士の言葉に、瑞樹は『いきなり何を言ってるんだ、こいつ』と、瞬きを繰り返す。
『休みには一緒に枕を買いに行こう。お前が気に入る枕を』
瑞樹が抱えている不安を、少しでも軽くする事の方が大事だ。
少しだけ金平糖を撒き散らす優士に、瑞樹は頬を染めて『…おお…』と返事をしたのだった。
――――――――しかし、それは叶う事の無い約束となる。
「…あ、はあ…」
今日は新月だ。
瑞樹は治療隊の一員として、現場まで来ていた。
瑞樹の他に二名と、津山の四人で。
怪我人が出ないに越した事は無いが、怪我人が出るまでは治療隊は避難所と定められた場所で待機だ。
とは云え、ただぼうっと居る訳では無い。討伐隊が行う炊き出しの準備を手伝ったり、避難して来た住民を落ち着かせたり、やる事はいっぱいある。
何か、変な感じだなと、瑞樹は思う。
こうして、新月の夜にまた、緊張感漂う現場に立っているなんて。
あの日に行った村とは違うし、立ち位置も違うが、同じ朱雀の一員として。
津山から、新月の応援に瑞樹を連れて行くと聞かされたのは、一週間前の事だった。それも高梨の隊に組み込むと。
瑞樹は慌てた。二ヶ月前のあの日、自分がどれだけ皆に迷惑を掛けたのか、それを津山だって知っている筈だ。どの様な理由で討伐隊から異動する事になったのか、高梨にはそれを報告する義務があるのだから。
だが、津山は言った。
『橘君は討伐隊としての経験がありますから、厳密には当てはまりませんが、新人を配置するのなら、高梨の処が一番安全なんですよ。特にあちらの皆さんと、気まずい事にはなったりはしていないのでしょう? 高梨から聞いていますよ。気負う事なんてありません、気楽に行きましょう』
確かに気まずい事にはなっていないし、最終日の呑み会だって、途中乱入や退場があったけど、楽しく過ごさせて貰った。が、だが、しかしだ。実際にこうして現場に出ると、あの日の事を思い出して身体が強張ってしまう。また、皆に迷惑を掛けてしまうのでは? と、思ってしまう。あれは初回だったから許されただけで、二度目となったらそうも行かないだろうと。
津山から話をされた日、瑞樹は直ぐに優士にその事を話した。
折しも優士もその日に高梨から話を聞かされたと言う。普通ならば、治療隊の誰が来るとか、その様な話はしない。当日の顔合わせで知るだけだ。それは高梨なりの気遣いなのか、或いは警告なのか。
『…不安なのは解るが、治療隊は基本避難所に待機だ。重傷を負って動けない者が居れば、そこまで行かなければならないが、それは、そうそう無いだろうし、そうなった場合はお前じゃなく、別の者が向かう事になると思う。言っては悪いが、お前はまだ素人なんだし』
少し考えた後で、優士はそう言った。相変わらずの塩で。
相変わらずの塩だが、変わらない優士に瑞樹はほっと息を吐いた。
ここで柄にも無く甘やかされたら、自分は動けなくなると思ったから。
『…遠くからでも妖を見る機会があれば良いと思う。実際に接触はしなくて良い。それで、お前がどんな状態なのか知る事が出来れば、何かの役には立つと思う』
多分、そう云う事なのだろう。
津山は話に聞いただけで、実際に瑞樹がどんな状態になるのか、それを目にしていない。
それを、津山自身の目で見たいのだろう。比較的安全な場所で。治療隊は怪我人が出なければ現場へ行く事は無い。だが、怪我人が出なくても現場へ出る日がある。それが、新月の日だ。運が良ければ、いや、悪ければ、妖と遭遇する事もあるだろう。
それは、瑞樹が来ると高梨が優士に伝えた時に語った言葉だった。
そんな見世物みたいにと、優士は津山に怒りを覚えたが、それは高梨も同じだ。今は自分の手を離れたとは云え、一度は自分が預かった者だ。それをまるで何かの実験の様に扱われるのは良い気はしない。しないが、津山に瑞樹を託したのは高梨だ。少々難のある津山だが、これまでに治療隊を導いて来たのだ。不慮の事故はある物の、津山の采配の元で命を落とした者は少ない。津山も高梨と同じく、隊員達の命を預かる者だ。一人でも多く、家族の元へと返さなければならない。
だから。
高梨が考えた様に、津山も考えた筈だ。
瑞樹は異分子と成りうるのか、否か、と。
それが否だった場合、瑞樹は治療隊からも外れる事になるだろう。
そう云った話を優士は高梨から聞かされた。
しかし、それは今、瑞樹に話す事では無いと優士は思った。
『…新月が終われば、休みが合うな』
それよりも。
『は?』
唐突な優士の言葉に、瑞樹は『いきなり何を言ってるんだ、こいつ』と、瞬きを繰り返す。
『休みには一緒に枕を買いに行こう。お前が気に入る枕を』
瑞樹が抱えている不安を、少しでも軽くする事の方が大事だ。
少しだけ金平糖を撒き散らす優士に、瑞樹は頬を染めて『…おお…』と返事をしたのだった。
――――――――しかし、それは叶う事の無い約束となる。
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