寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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離れてみたら

【十四】爆ぜる

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 そんなこんなで、ようやく恋人同士の甘酸っぱ…爽やかな接吻をした二人だったのだが。

「俺が瑞樹みずきの布団で寝るから、瑞樹は俺の布団で寝ろ」

「え。俺、枕変わると眠れないんだけど。枕だけは俺のを使わせて」

 何の会話をしているのだろうか、この二人は。
 清涼感溢れる接吻を交わした二人は離れ難くなり、幸い明日は瑞樹は午後からの出勤、優士ゆうじは休みと云う事で、だらだらと夜を過ごそうと云う事になった。
 優士は一旦自分の部屋へと戻り、入浴を済ませて、布団を手に再び瑞樹の部屋に来た。もちろん、瑞樹もその間に風呂を済ませている。
 そして、卓袱台を部屋の隅へと寄せて二組の布団を並べたのだが。

「駄目だ。瑞樹の使った物を使って眠りたい」

「~~~~~~~~っ!!」

 世が世ならば『リア充爆ぜろ』と言った様な遣り取りが、布団を敷いた傍からされていた。
 優士の言葉はもう砂どころでは無いが、如何せん本人の表情も声も塩だ。
 これは、幼少の頃『気持ち悪い』と言われた時に、なるべく感情を表に出さない様にと努力した結果だった。だが、その中身は吐きそうな程の金平糖が詰まっている。何時かは欲しいと思っていた返答が瑞樹から得られたのだから、それもその筈だ。ただ、長年掛けてカチカチに固まった塩は、卸し金を用意しないとそう簡単には崩れそうにないが。
 そんな塩の恋人に対して、瑞樹は顔を赤くして、蜂蜜の様にトロトロと溶けながら胸を掻き毟っていた。

「とにかく。瑞樹は明日も仕事なのだから、身体を休めた方が良い」

「あ!」

 瑞樹が胸を掻き毟っている間に、優士は部屋の明かりを落とし、するりと瑞樹の布団に身体を潜り込ませ、枕に頭を乗せた。
 流石にそこから枕を奪う気にはなれずに、瑞樹は大人しく優士の布団へと身体を横たわらせて、慣れない枕の上に頭を乗せた。

「…う、柔らかくて頭が沈んで気持ち悪い…」

「…仕方が無い。枕は返す。後で枕を買おう」

 眉を寄せて愚痴る瑞樹の様子に優士は軽く息を吐いて、頭の下から枕を抜いて瑞樹へ渡した。

「おお、悪い…って買う?」

 戻って来た馴染んだ枕を腹の上に乗せて笑いながら、瑞樹も同じ様に頭の下から枕を抜いて優士へと渡す。

「瑞樹が良いと思う枕を買ってくれ。しばらく俺がそれを使った後で枕を交換しよう」

「お、おお…」

 腹の上に乗せていた枕を定位置へ移動させながら、瑞樹は再びむず痒くなった胸を掻き毟りたくなりながら頷いた。

「…向こうでやって行けそうか?」

 ややして薄い明かりに浮かぶ天井を見ながら、優士が口を開く。

「んー…まだ解らないけど…。今日会った人達は皆、気さくそうだったし、津山さんも最初はアレだったけど…良い人っぽいし…。あ、そうだ津山さんって本当の医者なんだってさ」

 常と変わらない会話の流れに、むず痒かった瑞樹の胸も落ち着きを取り戻す。

「へえ。って、呼び方。こちらで云う処の司令的な立場の人なんだろ?」

「津山さん本人が、そう呼べって。あ、治療隊の頭も五十嵐司令だってさ。それと、看護師の資格取れって言われた。皆、持ってるんだって。あ、新人以外だけど…その…現場で使い物にならなくて…朱雀を辞めた時に…一般病棟に勤める事が出来るからって…」

 話す内に沈む瑞樹の声は、新月の時の事を思い出させる苦さが混じっていた。

「…そうか…。…血は怖いか…?」

 軽く目を閉じた優士の瞼に浮かぶのは、苦しそうに蹲る瑞樹の姿だ。
 あやかしだけで無く、大量の血を見た時にもそうなってしまうのだとしたら、どれだけの時間を掛ければ瑞樹の傷は癒えるのだろうか? また、そこまで津山は面倒を見てくれるのだろうか?
 悪い様にはしないと、天野が語った言葉を信じない訳では無いが、それを信じ過ぎても駄目だろう。
 瑞樹が朱雀を去る事になれば、当然ここを出る事になるだろう。だが、それならそれで、夏の休暇中に言った様に優士もここを出るだけだ。そして、何処か借家を借りて二人で住めば良い。

「…解らない…。医務室で手当てとかやらせて貰ってたけど…そんなドバッとした出血じゃ無かったから…。…あの時みたいな血を見た時どうなるかは…その時にならないと…」

「…そうだな…」

 不安に揺れる瑞樹の声に、優士は閉じていた目を開けてその身体を起こす。

「優士? 便所か?」

 頑張れだなんて言えない。
 誰よりもそれを解っている瑞樹に、更に追い詰める様な言葉なんて言えない。
 だから、優士はそっと目を細めて緩く口角を上げて瑞樹を見る。

「…ゆ…?」

 薄い明かりの中で見る、その優士の笑みはとても優しく柔らかくて。
 幼い頃は…あの日蝕の日よりも前は…もっと無邪気に笑っていたと思う。
 その笑顔を失くさせたのも、自分なのだろうが、今、またこうして優士に笑顔を浮かべさせているのも、自分なのだ。
 そして、その笑顔を優士が向ける相手も自分だけなのだ。
 これは、瑞樹しか知らない。瑞樹だけが見られる物だ。

「好きだ。と、言ってなかった気がする。結婚を口にする前に伝えるべきだった」

 そんな笑顔から繰り出される優士の声は、やはり淡々としていたけど。
 それでも、徐々に近付いて来る優士の唇から零れる吐息は、微かな熱を帯びていて。
 その熱を共に感じたいと、瑞樹は両手を伸ばして優士の熱い頬をそっと包み込んだ。
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