39 / 125
離れてみたら
【十四】爆ぜる
しおりを挟む
そんなこんなで、ようやく恋人同士の甘酸っぱ…爽やかな接吻をした二人だったのだが。
「俺が瑞樹の布団で寝るから、瑞樹は俺の布団で寝ろ」
「え。俺、枕変わると眠れないんだけど。枕だけは俺のを使わせて」
何の会話をしているのだろうか、この二人は。
清涼感溢れる接吻を交わした二人は離れ難くなり、幸い明日は瑞樹は午後からの出勤、優士は休みと云う事で、だらだらと夜を過ごそうと云う事になった。
優士は一旦自分の部屋へと戻り、入浴を済ませて、布団を手に再び瑞樹の部屋に来た。もちろん、瑞樹もその間に風呂を済ませている。
そして、卓袱台を部屋の隅へと寄せて二組の布団を並べたのだが。
「駄目だ。瑞樹の使った物を使って眠りたい」
「~~~~~~~~っ!!」
世が世ならば『リア充爆ぜろ』と言った様な遣り取りが、布団を敷いた傍からされていた。
優士の言葉はもう砂どころでは無いが、如何せん本人の表情も声も塩だ。
これは、幼少の頃『気持ち悪い』と言われた時に、なるべく感情を表に出さない様にと努力した結果だった。だが、その中身は吐きそうな程の金平糖が詰まっている。何時かは欲しいと思っていた返答が瑞樹から得られたのだから、それもその筈だ。ただ、長年掛けてカチカチに固まった塩は、卸し金を用意しないとそう簡単には崩れそうにないが。
そんな塩の恋人に対して、瑞樹は顔を赤くして、蜂蜜の様にトロトロと溶けながら胸を掻き毟っていた。
「とにかく。瑞樹は明日も仕事なのだから、身体を休めた方が良い」
「あ!」
瑞樹が胸を掻き毟っている間に、優士は部屋の明かりを落とし、するりと瑞樹の布団に身体を潜り込ませ、枕に頭を乗せた。
流石にそこから枕を奪う気にはなれずに、瑞樹は大人しく優士の布団へと身体を横たわらせて、慣れない枕の上に頭を乗せた。
「…う、柔らかくて頭が沈んで気持ち悪い…」
「…仕方が無い。枕は返す。後で枕を買おう」
眉を寄せて愚痴る瑞樹の様子に優士は軽く息を吐いて、頭の下から枕を抜いて瑞樹へ渡した。
「おお、悪い…って買う?」
戻って来た馴染んだ枕を腹の上に乗せて笑いながら、瑞樹も同じ様に頭の下から枕を抜いて優士へと渡す。
「瑞樹が良いと思う枕を買ってくれ。しばらく俺がそれを使った後で枕を交換しよう」
「お、おお…」
腹の上に乗せていた枕を定位置へ移動させながら、瑞樹は再びむず痒くなった胸を掻き毟りたくなりながら頷いた。
「…向こうでやって行けそうか?」
ややして薄い明かりに浮かぶ天井を見ながら、優士が口を開く。
「んー…まだ解らないけど…。今日会った人達は皆、気さくそうだったし、津山さんも最初はアレだったけど…良い人っぽいし…。あ、そうだ津山さんって本当の医者なんだってさ」
常と変わらない会話の流れに、むず痒かった瑞樹の胸も落ち着きを取り戻す。
「へえ。って、呼び方。こちらで云う処の司令的な立場の人なんだろ?」
「津山さん本人が、そう呼べって。あ、治療隊の頭も五十嵐司令だってさ。それと、看護師の資格取れって言われた。皆、持ってるんだって。あ、新人以外だけど…その…現場で使い物にならなくて…朱雀を辞めた時に…一般病棟に勤める事が出来るからって…」
話す内に沈む瑞樹の声は、新月の時の事を思い出させる苦さが混じっていた。
「…そうか…。…血は怖いか…?」
軽く目を閉じた優士の瞼に浮かぶのは、苦しそうに蹲る瑞樹の姿だ。
妖だけで無く、大量の血を見た時にもそうなってしまうのだとしたら、どれだけの時間を掛ければ瑞樹の傷は癒えるのだろうか? また、そこまで津山は面倒を見てくれるのだろうか?
悪い様にはしないと、天野が語った言葉を信じない訳では無いが、それを信じ過ぎても駄目だろう。
瑞樹が朱雀を去る事になれば、当然ここを出る事になるだろう。だが、それならそれで、夏の休暇中に言った様に優士もここを出るだけだ。そして、何処か借家を借りて二人で住めば良い。
「…解らない…。医務室で手当てとかやらせて貰ってたけど…そんなドバッとした出血じゃ無かったから…。…あの時みたいな血を見た時どうなるかは…その時にならないと…」
「…そうだな…」
不安に揺れる瑞樹の声に、優士は閉じていた目を開けてその身体を起こす。
「優士? 便所か?」
頑張れだなんて言えない。
誰よりもそれを解っている瑞樹に、更に追い詰める様な言葉なんて言えない。
だから、優士はそっと目を細めて緩く口角を上げて瑞樹を見る。
「…ゆ…?」
薄い明かりの中で見る、その優士の笑みはとても優しく柔らかくて。
幼い頃は…あの日蝕の日よりも前は…もっと無邪気に笑っていたと思う。
その笑顔を失くさせたのも、自分なのだろうが、今、またこうして優士に笑顔を浮かべさせているのも、自分なのだ。
そして、その笑顔を優士が向ける相手も自分だけなのだ。
これは、瑞樹しか知らない。瑞樹だけが見られる物だ。
「好きだ。と、言ってなかった気がする。結婚を口にする前に伝えるべきだった」
そんな笑顔から繰り出される優士の声は、やはり淡々としていたけど。
それでも、徐々に近付いて来る優士の唇から零れる吐息は、微かな熱を帯びていて。
その熱を共に感じたいと、瑞樹は両手を伸ばして優士の熱い頬をそっと包み込んだ。
「俺が瑞樹の布団で寝るから、瑞樹は俺の布団で寝ろ」
「え。俺、枕変わると眠れないんだけど。枕だけは俺のを使わせて」
何の会話をしているのだろうか、この二人は。
清涼感溢れる接吻を交わした二人は離れ難くなり、幸い明日は瑞樹は午後からの出勤、優士は休みと云う事で、だらだらと夜を過ごそうと云う事になった。
優士は一旦自分の部屋へと戻り、入浴を済ませて、布団を手に再び瑞樹の部屋に来た。もちろん、瑞樹もその間に風呂を済ませている。
そして、卓袱台を部屋の隅へと寄せて二組の布団を並べたのだが。
「駄目だ。瑞樹の使った物を使って眠りたい」
「~~~~~~~~っ!!」
世が世ならば『リア充爆ぜろ』と言った様な遣り取りが、布団を敷いた傍からされていた。
優士の言葉はもう砂どころでは無いが、如何せん本人の表情も声も塩だ。
これは、幼少の頃『気持ち悪い』と言われた時に、なるべく感情を表に出さない様にと努力した結果だった。だが、その中身は吐きそうな程の金平糖が詰まっている。何時かは欲しいと思っていた返答が瑞樹から得られたのだから、それもその筈だ。ただ、長年掛けてカチカチに固まった塩は、卸し金を用意しないとそう簡単には崩れそうにないが。
そんな塩の恋人に対して、瑞樹は顔を赤くして、蜂蜜の様にトロトロと溶けながら胸を掻き毟っていた。
「とにかく。瑞樹は明日も仕事なのだから、身体を休めた方が良い」
「あ!」
瑞樹が胸を掻き毟っている間に、優士は部屋の明かりを落とし、するりと瑞樹の布団に身体を潜り込ませ、枕に頭を乗せた。
流石にそこから枕を奪う気にはなれずに、瑞樹は大人しく優士の布団へと身体を横たわらせて、慣れない枕の上に頭を乗せた。
「…う、柔らかくて頭が沈んで気持ち悪い…」
「…仕方が無い。枕は返す。後で枕を買おう」
眉を寄せて愚痴る瑞樹の様子に優士は軽く息を吐いて、頭の下から枕を抜いて瑞樹へ渡した。
「おお、悪い…って買う?」
戻って来た馴染んだ枕を腹の上に乗せて笑いながら、瑞樹も同じ様に頭の下から枕を抜いて優士へと渡す。
「瑞樹が良いと思う枕を買ってくれ。しばらく俺がそれを使った後で枕を交換しよう」
「お、おお…」
腹の上に乗せていた枕を定位置へ移動させながら、瑞樹は再びむず痒くなった胸を掻き毟りたくなりながら頷いた。
「…向こうでやって行けそうか?」
ややして薄い明かりに浮かぶ天井を見ながら、優士が口を開く。
「んー…まだ解らないけど…。今日会った人達は皆、気さくそうだったし、津山さんも最初はアレだったけど…良い人っぽいし…。あ、そうだ津山さんって本当の医者なんだってさ」
常と変わらない会話の流れに、むず痒かった瑞樹の胸も落ち着きを取り戻す。
「へえ。って、呼び方。こちらで云う処の司令的な立場の人なんだろ?」
「津山さん本人が、そう呼べって。あ、治療隊の頭も五十嵐司令だってさ。それと、看護師の資格取れって言われた。皆、持ってるんだって。あ、新人以外だけど…その…現場で使い物にならなくて…朱雀を辞めた時に…一般病棟に勤める事が出来るからって…」
話す内に沈む瑞樹の声は、新月の時の事を思い出させる苦さが混じっていた。
「…そうか…。…血は怖いか…?」
軽く目を閉じた優士の瞼に浮かぶのは、苦しそうに蹲る瑞樹の姿だ。
妖だけで無く、大量の血を見た時にもそうなってしまうのだとしたら、どれだけの時間を掛ければ瑞樹の傷は癒えるのだろうか? また、そこまで津山は面倒を見てくれるのだろうか?
悪い様にはしないと、天野が語った言葉を信じない訳では無いが、それを信じ過ぎても駄目だろう。
瑞樹が朱雀を去る事になれば、当然ここを出る事になるだろう。だが、それならそれで、夏の休暇中に言った様に優士もここを出るだけだ。そして、何処か借家を借りて二人で住めば良い。
「…解らない…。医務室で手当てとかやらせて貰ってたけど…そんなドバッとした出血じゃ無かったから…。…あの時みたいな血を見た時どうなるかは…その時にならないと…」
「…そうだな…」
不安に揺れる瑞樹の声に、優士は閉じていた目を開けてその身体を起こす。
「優士? 便所か?」
頑張れだなんて言えない。
誰よりもそれを解っている瑞樹に、更に追い詰める様な言葉なんて言えない。
だから、優士はそっと目を細めて緩く口角を上げて瑞樹を見る。
「…ゆ…?」
薄い明かりの中で見る、その優士の笑みはとても優しく柔らかくて。
幼い頃は…あの日蝕の日よりも前は…もっと無邪気に笑っていたと思う。
その笑顔を失くさせたのも、自分なのだろうが、今、またこうして優士に笑顔を浮かべさせているのも、自分なのだ。
そして、その笑顔を優士が向ける相手も自分だけなのだ。
これは、瑞樹しか知らない。瑞樹だけが見られる物だ。
「好きだ。と、言ってなかった気がする。結婚を口にする前に伝えるべきだった」
そんな笑顔から繰り出される優士の声は、やはり淡々としていたけど。
それでも、徐々に近付いて来る優士の唇から零れる吐息は、微かな熱を帯びていて。
その熱を共に感じたいと、瑞樹は両手を伸ばして優士の熱い頬をそっと包み込んだ。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる