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幼馴染み
【一】隠忍自重
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それは雷雨が激しい夜の事。
その人は背中より下にある長い黒髪を馬の尻尾の様に一つに束ね、無言で舞っていた。
その眼光は冷たく鋭く、見る物見る者、総てを凍て付かせた。
落雷響く中、二人の少年はその美しくも無慈悲なその姿に釘付けになったのだった。
その少年二人が、妖と呼ばれる異形の物と戦う朱雀部隊に入る事になった切っ掛けがそれだった…――――――――。
◇
「カツカレー大盛り三つと、カツ丼大盛り三つと、日替わり定食、ごはん大盛りでな!! るりこは?」
「私はエビピラフ大盛りと、日替わり定食だけで!」
朱雀部隊に所属する者が使う庁舎内にある食堂に、男女二人の元気な声が響き渡る。
それは何時もの事だった。
ただそれは、この春から入隊した新人達にとっては、何時もの事では無かったが。
真新しい隊服に身を包んだ新人達が、テーブルの上に置かれた料理を見て目を丸くしているが、当の本人達は気にせずに箸やらスプーンやらを動かしている。
「おーい…星坊、瑠璃嬢…今日から新人が来るから自重しろって言っただろ…皆、お前ら見てるだけで腹一杯って顔してるぞ…」
ガリガリと短い髪の毛に手を突っ込んで掻きながら、ここまで新人達を連れて来た熊の様な背の高い男が二人が陣取るテーブルへと歩いて行く。
「ん! たける副たいちょ。言われたから遠慮して、親子丼は止めたぞ!」
既に空き皿を三皿重ねた星坊と呼ばれた馬の尻尾の髪型の男性が、カツ丼の蓋に手を掛けながら悪びれもなく言った。が、その目には不満が浮かんでいた。
「はい。私も遠慮してナポリタンは諦めました、天野副隊長」
エビピラフ大盛りの最後の一口を口に入れ、ゆっくりと咀嚼した後に、瑠璃嬢と呼ばれた腰まである長い髪を三つ編みにした女性も、少々恨みがましい目をしながらそう言葉にした。
「…遠慮の度合いが違う…」
苦言を呈した天野副隊長と呼ばれた大男は、二人の言葉にがくりと肩を落とした。
「あ、あの…天野副隊長…?」
「あ、ああ、悪い。ええと…この食欲魔人共が、お前達が入る十一番隊の若手の杜川星と菅原瑠璃子だ。まあ、お前達が一年後も居ればの話だが…」
恐る恐ると云った様に後ろから掛かった声に、天野は肩を竦めて振り返り、十一番隊に仮配属された三人にそう言った。
朱雀部隊に入ったとは云え、彼らは未だ正式な隊員となった訳では無い。
未だ仮だ。仮ではあるが給金の支払いはある。最初の一年は研修の様な物だ。その一年で身体能力を鍛え、また適性があるのか無いのか、それを見るのだ。戦いに向く者、向かない者、妖を前に冷静で居られれるのか否か、また戦えないのならば治療班へと回すか否か等。尚、その適正に大食いは含まれない。
また、若手と云っても、星は二十六、瑠璃子は二十五だ。
入隊希望者はそれなりに居るが、希望者の中にはそれなりに戦えない者も多いのだ。
星の活躍や、女性初の隊員の瑠璃子に憧れて入隊を希望する者が増えはしたが、脱落する者も多いのだ。
その脱落に一役買っているのが、星と瑠璃子だ。
「ま、無理すんなよ! おいらは星! 宜しくな!」
「うん。無理しても良い事は無いものね。辛いと思ったら何時でも辞めて大丈夫だからね? 次の職は斡旋して貰えるから気楽にね」
二人の言葉に、天野は苦い笑みを零す。
星と瑠璃子もそうだが、隊員達は皆、決して『期待している』とか『頑張れ』等の声を掛ける事は無い。
それが余計な重責となり、潰れていった者達を多く見て来たからだ。若さ故に必要以上に頑張ってしまった者達を。
「…何か…もっと厳しい事を言われると思ってたんだけど…違うのな…」
三人の内で一番活発そうな橘瑞樹が呟いた。
やや丸みを帯びた瞳に、肩に掛かりそうな少しだけ癖のある髪は本人が気付いているのかは知らないが、後ろの髪が一房跳ねている。
「俺達は期待されていないと云う事ですか?」
続けて言葉を発したのは、如何にも優等生でございますと云った感じの、楠優士。
瑞樹より僅かに背が高く、その細い瞳には不満の色が滲んでいた。異国の血が混じっているのか、その柔らかそうな髪の色は亜麻色だ。隊服の詰襟に掛かるか掛からないぐらいの長さに綺麗に切り揃えられている。
「…まあ…気楽でいいけど…」
最後に投げやり気味に言葉を発したのは、三人の中の紅一点の白樺亜矢だ。
女性だが瑠璃子とは違い、その髪は男性の様に短く、背もまた高い。優士と同じぐらいはあるだろう。
目も一重で細く、顔の輪郭もほっそりとしていた。
三人共に学業を終えたばかりの十八歳だ。
「いや、期待してない訳じゃないぞ? 調子に乗られると面倒だから言わないだけだ」
実情を話して変に気に病まれても困るので、天野は軽く肩を竦めて笑って見せた。
新人はこの三人だけではなく、他にもいて別の隊に配属されてはいる。
今年は十人採用したと聞いている。ただ、そのほとんどが真っ新な新人では無く"お寺"と呼ばれる施設で育てられた孤児達…その中の才ある者…妖と戦う為に訓練された者達が混じっている。そう云った者達でさえも、実戦を契機に辞めて行ってしまうのだ。
果たしてこの三人は残る事が出来るのかと、天野は思う。
動機が動機なだけに余計に。
瑞樹と優士は、三年前に、雷雨の中で妖に襲われかけたのを星に助けられて、その雄々しくも優雅に戦う姿に憧れたからと言うが、実際に星を見てどう思っただろうか?
亜矢も亜矢で、戦う瑠璃子の姿に感銘を受けたからだと言うが、実際に瑠璃子を見てどう思っただろうか?
「…ゆかりんじゃないのに胃が痛い…」
ぼそりと天野は呟いて胃の辺りを押さえた。
「たける副たいちょ、腹減ったのか? カツカレーとカツ丼はおいらので売り切れたぞ!」
それだよそれっ!!
お前のその能天気さに、お前に憧れて入って来た奴が皆逃げて行ったんだからなっ!?
「あっ。エビピラフも私で終わりだって言われたわ、そう云えば!」
お前もなっ!!
大人しそうな外見に惹かれて入って来た奴とか、お前に憧れて来た女の子達もっ! その大食らいにドン引きして逃げて行ったんだからなっ!? だから、自重しろと言ったのにっ!!
毎度毎度の事で他の隊や上からも文句を言われ続けたゆかりんが胃を壊したから、俺が新人の面倒を見る事になったけど…っ…!!
この三人が逃げたら、俺の胃も壊れるかも知れない…っ…!!
助けて、みくちゃんっ!!
しかし、そんな天野の心配は要らぬ物で、三人は無事に正規の隊員となるのだった。
その人は背中より下にある長い黒髪を馬の尻尾の様に一つに束ね、無言で舞っていた。
その眼光は冷たく鋭く、見る物見る者、総てを凍て付かせた。
落雷響く中、二人の少年はその美しくも無慈悲なその姿に釘付けになったのだった。
その少年二人が、妖と呼ばれる異形の物と戦う朱雀部隊に入る事になった切っ掛けがそれだった…――――――――。
◇
「カツカレー大盛り三つと、カツ丼大盛り三つと、日替わり定食、ごはん大盛りでな!! るりこは?」
「私はエビピラフ大盛りと、日替わり定食だけで!」
朱雀部隊に所属する者が使う庁舎内にある食堂に、男女二人の元気な声が響き渡る。
それは何時もの事だった。
ただそれは、この春から入隊した新人達にとっては、何時もの事では無かったが。
真新しい隊服に身を包んだ新人達が、テーブルの上に置かれた料理を見て目を丸くしているが、当の本人達は気にせずに箸やらスプーンやらを動かしている。
「おーい…星坊、瑠璃嬢…今日から新人が来るから自重しろって言っただろ…皆、お前ら見てるだけで腹一杯って顔してるぞ…」
ガリガリと短い髪の毛に手を突っ込んで掻きながら、ここまで新人達を連れて来た熊の様な背の高い男が二人が陣取るテーブルへと歩いて行く。
「ん! たける副たいちょ。言われたから遠慮して、親子丼は止めたぞ!」
既に空き皿を三皿重ねた星坊と呼ばれた馬の尻尾の髪型の男性が、カツ丼の蓋に手を掛けながら悪びれもなく言った。が、その目には不満が浮かんでいた。
「はい。私も遠慮してナポリタンは諦めました、天野副隊長」
エビピラフ大盛りの最後の一口を口に入れ、ゆっくりと咀嚼した後に、瑠璃嬢と呼ばれた腰まである長い髪を三つ編みにした女性も、少々恨みがましい目をしながらそう言葉にした。
「…遠慮の度合いが違う…」
苦言を呈した天野副隊長と呼ばれた大男は、二人の言葉にがくりと肩を落とした。
「あ、あの…天野副隊長…?」
「あ、ああ、悪い。ええと…この食欲魔人共が、お前達が入る十一番隊の若手の杜川星と菅原瑠璃子だ。まあ、お前達が一年後も居ればの話だが…」
恐る恐ると云った様に後ろから掛かった声に、天野は肩を竦めて振り返り、十一番隊に仮配属された三人にそう言った。
朱雀部隊に入ったとは云え、彼らは未だ正式な隊員となった訳では無い。
未だ仮だ。仮ではあるが給金の支払いはある。最初の一年は研修の様な物だ。その一年で身体能力を鍛え、また適性があるのか無いのか、それを見るのだ。戦いに向く者、向かない者、妖を前に冷静で居られれるのか否か、また戦えないのならば治療班へと回すか否か等。尚、その適正に大食いは含まれない。
また、若手と云っても、星は二十六、瑠璃子は二十五だ。
入隊希望者はそれなりに居るが、希望者の中にはそれなりに戦えない者も多いのだ。
星の活躍や、女性初の隊員の瑠璃子に憧れて入隊を希望する者が増えはしたが、脱落する者も多いのだ。
その脱落に一役買っているのが、星と瑠璃子だ。
「ま、無理すんなよ! おいらは星! 宜しくな!」
「うん。無理しても良い事は無いものね。辛いと思ったら何時でも辞めて大丈夫だからね? 次の職は斡旋して貰えるから気楽にね」
二人の言葉に、天野は苦い笑みを零す。
星と瑠璃子もそうだが、隊員達は皆、決して『期待している』とか『頑張れ』等の声を掛ける事は無い。
それが余計な重責となり、潰れていった者達を多く見て来たからだ。若さ故に必要以上に頑張ってしまった者達を。
「…何か…もっと厳しい事を言われると思ってたんだけど…違うのな…」
三人の内で一番活発そうな橘瑞樹が呟いた。
やや丸みを帯びた瞳に、肩に掛かりそうな少しだけ癖のある髪は本人が気付いているのかは知らないが、後ろの髪が一房跳ねている。
「俺達は期待されていないと云う事ですか?」
続けて言葉を発したのは、如何にも優等生でございますと云った感じの、楠優士。
瑞樹より僅かに背が高く、その細い瞳には不満の色が滲んでいた。異国の血が混じっているのか、その柔らかそうな髪の色は亜麻色だ。隊服の詰襟に掛かるか掛からないぐらいの長さに綺麗に切り揃えられている。
「…まあ…気楽でいいけど…」
最後に投げやり気味に言葉を発したのは、三人の中の紅一点の白樺亜矢だ。
女性だが瑠璃子とは違い、その髪は男性の様に短く、背もまた高い。優士と同じぐらいはあるだろう。
目も一重で細く、顔の輪郭もほっそりとしていた。
三人共に学業を終えたばかりの十八歳だ。
「いや、期待してない訳じゃないぞ? 調子に乗られると面倒だから言わないだけだ」
実情を話して変に気に病まれても困るので、天野は軽く肩を竦めて笑って見せた。
新人はこの三人だけではなく、他にもいて別の隊に配属されてはいる。
今年は十人採用したと聞いている。ただ、そのほとんどが真っ新な新人では無く"お寺"と呼ばれる施設で育てられた孤児達…その中の才ある者…妖と戦う為に訓練された者達が混じっている。そう云った者達でさえも、実戦を契機に辞めて行ってしまうのだ。
果たしてこの三人は残る事が出来るのかと、天野は思う。
動機が動機なだけに余計に。
瑞樹と優士は、三年前に、雷雨の中で妖に襲われかけたのを星に助けられて、その雄々しくも優雅に戦う姿に憧れたからと言うが、実際に星を見てどう思っただろうか?
亜矢も亜矢で、戦う瑠璃子の姿に感銘を受けたからだと言うが、実際に瑠璃子を見てどう思っただろうか?
「…ゆかりんじゃないのに胃が痛い…」
ぼそりと天野は呟いて胃の辺りを押さえた。
「たける副たいちょ、腹減ったのか? カツカレーとカツ丼はおいらので売り切れたぞ!」
それだよそれっ!!
お前のその能天気さに、お前に憧れて入って来た奴が皆逃げて行ったんだからなっ!?
「あっ。エビピラフも私で終わりだって言われたわ、そう云えば!」
お前もなっ!!
大人しそうな外見に惹かれて入って来た奴とか、お前に憧れて来た女の子達もっ! その大食らいにドン引きして逃げて行ったんだからなっ!? だから、自重しろと言ったのにっ!!
毎度毎度の事で他の隊や上からも文句を言われ続けたゆかりんが胃を壊したから、俺が新人の面倒を見る事になったけど…っ…!!
この三人が逃げたら、俺の胃も壊れるかも知れない…っ…!!
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しかし、そんな天野の心配は要らぬ物で、三人は無事に正規の隊員となるのだった。
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