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攻略されていたのは、俺

【31】

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 親父女神が右手を上げて軽く振れば、傍にあった靄が晴れて小さな輪が出来た。その輪の向こうには青い青い空が見える。親父女神がその輪の表面をくるくると掌で撫でまわして行けば、それはぐんぐんと伸びて広がって行く。乗用車のフロントガラスぐらいの大きさになった処で、親父女神が撫でる手を止めて、トンッと軽く指先で突けば、それは白く輝いた。いきなりの強い光に『目が、目がぁっ!』と心の中で叫びながら、俺は目を閉じた。

 何だそれは。魔法か? 魔法だな? 流石、親父くさいと言えども、女神様だな?

「目を開けてご覧なさい。ウ・ケタロウ」

 目を閉じる俺の耳に、親父女神の静かな声が響いた。
 静かで穏やかな声だが、有無を言わせない迫力があって、俺は目を開いてそれを見た。

「…メゴロウ…?」

 青い空が見えていた筈のそれには、メゴロウが居た。
 いや、映し出されていた。
 何だこれは? スクリーンか何か…モニターだと思えば良いのか? こんな大きな画面で、ゲームとかやったら最高なんだろうなあ。

『…ケタロウ様…っ…!!』

 メゴロウが泣いていた。
 頬を赤く腫らして、唇の端から血を流して泣いていた。
 泣きながら、床に倒れている俺の腹に手をあてている。その手からは…いや、メゴロウの身体は、白い白い光に包まれていた。
 白く、温かで優しい光だ。
 その光が、メゴロウの手を伝って、倒れた俺の身体に流れ込んでいた。腹に刺さっていた筈の鋏は、床に転がっているのが見える。血に塗れた赤い鋏。あれが、俺の腹に刺さっていたのかと、思わず俺は腹を押さえた。

『…っ…ゆ、るさない…っ…!』

「…メゴロウ…」

 その声は、暗く冷たくて、とてもメゴロウが発してるとは思えない声だった。
 メゴロウから溢れる光は、こんなに温かくて優しいのに。
 それなのに。
 メゴロウの目に、光は無くて。
 俺の腹を押さえる手には優しさを感じるのに。
 その、冷たく昏い目で何を見ているんだ?

 そう思った時、モニターの中の光景が動いた。

「…な…っ…!?」 

 それは直ぐに、別の光景に変わったが。

 バクバクと心臓が鳴る。
 あれは、見ちゃいけない物だろう。
 白衣を身に纏っていた…あれは…。

「…あの者は罰を受けたのです。あの姿のまま、その命の灯火が消えるまで、時を過ごす事になるでしょう」

 静かで厳かな親父女神の声に俺は息を飲む。

「…罰…」

 …あれは…ウーパールーパーだ…。しわくちゃで、髪も抜けていて見る陰も無かったが…。あれはエロゲに登場したらアカン奴だ。炎上するぞ。

「…何が…」

 一体、何がどうして、あんな浦島太郎みたくいきなり老けたんだ? まるで、魔法みたいじゃないか。魔法なんてない世界だぞ? そんな世界で、魔法の様な不思議な力なんて、この親父女神以外に…?

『…ケタロウ様…ケタロウ様…っ…!!』

 モニターから聞こえるメゴロウの声に、俺ははっとした。

「…あ…」

 …いや…あるだろう…。
 …世界を…救う力を持つ…主人公が…。
 …主人公の力は、玉手箱なのか?

「…あなたは知っている筈ですよ、ウ・ケタロウ」

 顎に指をあてて考え込む俺に、親父女神が静かに問い掛けて来る。

「…え…?」

 顔を上げて親父女神を見れば、静かに笑って俺を見ていた。

「あなたも、彼と同じく幾度も繰り返して来たのですから」

 …繰り返す…?
 繰り返すって、何を?
 軽く首を傾げれば、親父女神がそっとモニターを見た。

「…あ…?」

 モニターを見た時、俺は何を思った?

 ――――――――こんな大きな画面で、ゲームとかやったら最高なんだろうなあ――――――――

「…リセット…?」

 何度も繰り返したと言われれば、それしか思い浮かばない。
 ゲームにはつきもののの、リセットボタンだ。ちょっとヤバい場面になった時にポチッと押せば、あら不思議。セーブしたポイントまで一気に戻れてしまう優れものだ。

「…時間ですね…」

「え?」

「あの子が、皆が、あなたを呼んでいますよ。お行きなさい」

「…呼ぶって…」

 モニターの中では、メゴロウが変わらずに泣きながら、俺の腹に手をあてて光を…。

「…ん…?」

 何気に腹に手をあてて、何だか腹の奥が温かい事に気付いた。
 ほわほわと、ぽかぽかとした、そんな柔らかい熱が腹の奥から沸いて来る様な…?

「…メゴロウ…」

 ふらりと立ち上がって、俺はモニターに手をあてる。
 直ぐそこに居るのに、触れないし、掴めない。
 メゴロウの声は聞こえるが、俺の声はメゴロウには届かない。

「…メゴロウ…」

 お前に触りたい。
 お前と話したい。
 流れるお前の涙を拭ってやりたい。
 お前の笑う顔が見たい。
 お前を笑顔にしてやりたい。

「…会いたい…」

 ぽつりと呟けば、ぽたりと涙が零れた。
 ぽたぽたと、流れて落ちて行く。
 俺、こんなに涙もろかったかなあ。
 何で、こんなに泣くのかなあ。
 何で、俺、死んでるんだろうなあ。
 こんなに、身体はぽかぽかとしているのに。

 滲んで良く見えないモニターを見て居たら、肩にぽんと手を置かれた。肩越しに振り返れば、親父女神が立って居て、俺の目を見ながら穏やかに笑う。

「この邂逅、楽しかったですよ」

「…ガディシス様…?」

「親父女神はともかくとして」

 おう! 本当に心が読めるのか!?

「し、失礼を…あの…ですが…女神様らしからぬ発言に行動を…」

 身体ごと振り返り、視線を泳がせながらモゴモゴと話せば、女神様がふわりと微笑んで俺の頭を撫でた。って、何気に背が高いな、この女神様。てか、何だろう? 何か…こんな事が前にもあった気がする…?

「ふふ…。人の生み出す言葉とは面白いものですね。推しとか、ポン…んんっ!」

 おいっ! またポンコツって言いそうになったな!?

「あなたは誰よりも過酷な宿命さだめの中に居る子。なのに、差し伸べた手を振り払う子」

 そう叫びそうになったが、切なげに細められたその銀色の瞳に、俺は叫びを飲み込んだ。

「…ガディシス様…?」

「お行きなさい。目覚めた先にあなたを想う者が居るでしょう」

「…想う…もの…?」

「…ふふ…見れば解ります…」

 軽く見上げる俺の目を女神様が片手で塞ぐ。ゆるりゆるりと、俺の髪を撫でながら。それが心地良くて、身体から力が抜けて行くのが解る。ふわふわとゆらゆらと、身体が何処かへと飛んで行きそうな気がする。そんな強い風なんか吹いていないのに。

『…その方が"ロマンティック"なのでしょう…?』

 白く白く塗り潰されて行く意識の中で、そんな女神様の何処かからかう様な…でも、優しい声が頭に響いた。女神様…神様らしくない言葉だな? 浪漫なんて、神様には…。

――――――――…その方が…ロマンティックでしょう?――――――――

 …ああ…いや…そうだ…。
 …それは…俺が言った言葉だった…――――――――。

 ◇

「…気が付いたか」

「チェンジでっ!!」

 そして、目覚めた先で、俺は力の限りにそう叫んでいた。
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