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攻略していたのは、僕
【29】
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コポコポと音を立ててコーヒーが落ちて行く。
部屋の中に漂う香りに僕は目を細める。ケタロウ様が美味しいって笑ってくれるから、寝起きにサイフォンでコーヒーを淹れるのは僕の日課になった。
コーヒーが落ち切るのを横目で見ながら、軽く摘まめるクッキーを用意する。
これはケタロウ様の実家の商会が他国から仕入れている物で、王都以外では出回っていない物だ。初めてこれを食べた時、僕は頬っぺたが落ちるかと思った。しつこすぎないバターに、甘すぎない砂糖。派手な王都では見ない、シンプルな味に形の物だ。誰でも作れそうな気がするけれど、誰でも作れる物じゃない。絶妙な加減なんだよね。これに、イチゴのジャムとか乗せて食べると最高に美味しいんだ。
「さて…と…」
コーヒーをカップへと注いでから、窓の方へと歩いて行きカーテンを開ければ、そこには今日も真っ青な青空が広がっていた。
カララ…と音を立てて窓をスライドさせて、朝の爽やかな空気を部屋の中へと招き入れる。春の朝の空気は、まだまだ肌を刺す様な冷たさがあるけど、それはそれで気持ちが良い。
「…うん…」
昨夜…ちょっと…ちょぉっと…ヤり過ぎちゃったよね…。
自分でも信じられないぐらいに、酷い事をした気がする。
けど、止まらなかった。
…止められなかった…。
…まあ…あそこまでやって止まる気も無かったけれど。
これまでは、冷たい…冷たく硬くなって行くケタロウ様しか知らなかったから。
ずっと、ずっと温かい…熱いままのケタロウ様は初めてで…。
ずっと、ずっと、そんなケタロウ様が欲しかったから…。
「…でも…」
そんな僕をケタロウ様は知らない。
覚えている筈も無い。
時間を巻き戻して、昨夜のあの時間は無かった事になっているのだから。
覚えているのは、知っているのは、僕だけ。
ずるい僕を。
醜い僕を。
汚い僕を。
知って欲しい。
知られて欲しくない。
「…ケタロウ様…」
ぽつりと呟いて、窓を閉めてケタロウ様の眠る寝室へと行く。
「おはようございます、ケタロウ様。コーヒーを淹れましたけど飲みますか?」
軽くノックをしてからドアを開けて声を掛ければ、ケタロウ様は既に起き上がっていて、両手で顔を擦っていた。その手を止めて『ありがとう』って『何時もすまないね』って、笑顔をくれる。それは、いつも通りで。昨夜の事なんて本当に夢のようだ。
テーブルを挟んで、ケタロウ様の向かいのソファーに腰を下ろす。
コーヒーカップに鼻を寄せて、その香りに目を細めるケタロウ様は、本当に普段通りだ。
窓から入り込む朝陽に照らされたケタロウ様は本当に綺麗。キラキラと蜂蜜色の髪が輝いている。青い瞳も空を吸い込んだように、青く青く輝いている。
眩しくて綺麗で、本当にこの人と昨夜は…って思ったら、真っ直ぐと見ていられなくて視線を逸らしてポリポリとクッキーを齧る事に専念する。クッキーで乾いた口の中に、コーヒーをちびちびと流し込む。ゆっくりと口の中に広がって、沁みて行くこの瞬間が何となく好き。
…って云うか…。
何か、先刻からケタロウ様の視線が僕から離れないんだけど…。
昨夜の事はケタロウ様は知らない筈だし…。
僕の顔に何か付いているのかな?
「…ケタロウ様? 僕の顔に何かついていますか?」
カップを置いて両手で顔をぺたぺた触りながら、そう聞けば、ケタロウ様は手を伸ばして来て僕の唇の脇に触れた。
それだけで嬉しくて飛び上がりそうだったのに、ケタロウ様は、その綺麗な顔で。その綺麗な形の唇で。こう言ったんだ。
「ああ、いや。…君は性欲処理をどうしているのかと思ってね」
部屋の中に漂う香りに僕は目を細める。ケタロウ様が美味しいって笑ってくれるから、寝起きにサイフォンでコーヒーを淹れるのは僕の日課になった。
コーヒーが落ち切るのを横目で見ながら、軽く摘まめるクッキーを用意する。
これはケタロウ様の実家の商会が他国から仕入れている物で、王都以外では出回っていない物だ。初めてこれを食べた時、僕は頬っぺたが落ちるかと思った。しつこすぎないバターに、甘すぎない砂糖。派手な王都では見ない、シンプルな味に形の物だ。誰でも作れそうな気がするけれど、誰でも作れる物じゃない。絶妙な加減なんだよね。これに、イチゴのジャムとか乗せて食べると最高に美味しいんだ。
「さて…と…」
コーヒーをカップへと注いでから、窓の方へと歩いて行きカーテンを開ければ、そこには今日も真っ青な青空が広がっていた。
カララ…と音を立てて窓をスライドさせて、朝の爽やかな空気を部屋の中へと招き入れる。春の朝の空気は、まだまだ肌を刺す様な冷たさがあるけど、それはそれで気持ちが良い。
「…うん…」
昨夜…ちょっと…ちょぉっと…ヤり過ぎちゃったよね…。
自分でも信じられないぐらいに、酷い事をした気がする。
けど、止まらなかった。
…止められなかった…。
…まあ…あそこまでやって止まる気も無かったけれど。
これまでは、冷たい…冷たく硬くなって行くケタロウ様しか知らなかったから。
ずっと、ずっと温かい…熱いままのケタロウ様は初めてで…。
ずっと、ずっと、そんなケタロウ様が欲しかったから…。
「…でも…」
そんな僕をケタロウ様は知らない。
覚えている筈も無い。
時間を巻き戻して、昨夜のあの時間は無かった事になっているのだから。
覚えているのは、知っているのは、僕だけ。
ずるい僕を。
醜い僕を。
汚い僕を。
知って欲しい。
知られて欲しくない。
「…ケタロウ様…」
ぽつりと呟いて、窓を閉めてケタロウ様の眠る寝室へと行く。
「おはようございます、ケタロウ様。コーヒーを淹れましたけど飲みますか?」
軽くノックをしてからドアを開けて声を掛ければ、ケタロウ様は既に起き上がっていて、両手で顔を擦っていた。その手を止めて『ありがとう』って『何時もすまないね』って、笑顔をくれる。それは、いつも通りで。昨夜の事なんて本当に夢のようだ。
テーブルを挟んで、ケタロウ様の向かいのソファーに腰を下ろす。
コーヒーカップに鼻を寄せて、その香りに目を細めるケタロウ様は、本当に普段通りだ。
窓から入り込む朝陽に照らされたケタロウ様は本当に綺麗。キラキラと蜂蜜色の髪が輝いている。青い瞳も空を吸い込んだように、青く青く輝いている。
眩しくて綺麗で、本当にこの人と昨夜は…って思ったら、真っ直ぐと見ていられなくて視線を逸らしてポリポリとクッキーを齧る事に専念する。クッキーで乾いた口の中に、コーヒーをちびちびと流し込む。ゆっくりと口の中に広がって、沁みて行くこの瞬間が何となく好き。
…って云うか…。
何か、先刻からケタロウ様の視線が僕から離れないんだけど…。
昨夜の事はケタロウ様は知らない筈だし…。
僕の顔に何か付いているのかな?
「…ケタロウ様? 僕の顔に何かついていますか?」
カップを置いて両手で顔をぺたぺた触りながら、そう聞けば、ケタロウ様は手を伸ばして来て僕の唇の脇に触れた。
それだけで嬉しくて飛び上がりそうだったのに、ケタロウ様は、その綺麗な顔で。その綺麗な形の唇で。こう言ったんだ。
「ああ、いや。…君は性欲処理をどうしているのかと思ってね」
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