80 / 85
それぞれの絆
【旦】旦那様と割烹着・二
しおりを挟む
「…これも買ったし、こちらも買ったな…」
勤務終わりに、俺は悪徳百貨店に来ていた。文句を言いつつも来てしまうのは、やはり品揃えが豊富だからだろう。
そんな百貨店の一角で、俺は棚に並べられているチョコレートを見ていた。雪緖の好きな物で、雪緒が作らない物、雪緒が見た事も無い様な物…しかし、ここに並べてある物は既に全部購入済の物ばかりだ。
「どうした物か…」
自分で作るにしても、先ず、その原料である、カカオとやらを仕入れるのが非常に困難な物だと知った。形を変えるにしても、熱を加えるとか…フライパンや鍋に入れれば良いのだろうか? 橘は湯せんとか言っていたが、意味が解らん。
首裏を右手で押さえ、曲げていた背を伸ばしてぐるりと店内を見渡せば、その一角に貼られてある紙に目が留まった。
『クリスマスケーキご予約受付中!』
「もう、クリスマスの宣伝か…」
気の早い物だと思うが、ここは何時もそうだったなと思い直す。商売とは、そうやって先取りして行かねばならぬ物なのだ。
「クリスマスの次は、直ぐに年末商戦が始まって、あちらの惣菜屋では御節料理の予約が…ん…?」
…御節料理…?
そこで、俺ははたと気付いた。
「…あるではないか…」
珍しい物では無いが、雪緖の好きな物で、雪緖が作った事が無い物が。
そうだ。
これまではありふれた物だったが、これからはそうでは無くなるのだ。
あれを作れば、雪緖は間違い無く喜ぶ筈だ。
「良し!」
俺は拳を握った手を、小さく持ち上げた。店員が怪訝な視線を向けて来たが、気付かないふりをして、手近にあったチョコレートを二つばかり手に取り、店を後にした。
◇
「おわっ! おじさん、何やってんだ!? 今日は休みだろ!?」
「それを言うならば、お前だって休みだろう。何故、ここに居るのだ」
「腹減ったけど、作るのがめんどかったから、食べに来たに決まってるだろ! おっちゃん! 天丼大盛りとカツカレー大盛りとチキン南蛮タルタルソースたっぷりと…」
何が決まっているのだ、何が。
まあ、良い。俺の懐が痛む訳では無いからな。
俺は今、朱雀の食堂の厨房に居た。
前回は練習もせずに、ぶっつけ本番だったから失敗したのだ。だから、職場の厨房で練習をする事にした。家で練習なぞしていたら、雪緖に知れてしまうからな。ここは、誰かさんのお蔭で食材が豊富にあるし、毒見、いや、味見役が沢山居る。
「星、これも食べてみてくれ」
ことりと、今焼いたばかりの物を小皿に乗せ、カウンターに置いた。
「何だこれ? 玉子焼きか? 真っ黒だな? しっかし、頭巾も割烹着も似合わないな!」
その言葉に、俺は眉間に皺を寄せ、じろりと星を睨む。
俺は今、着物の上に真っ白な割烹着を着て、頭は三角巾で包んでいる。
料理長に『厨房に入るんなら、身綺麗にしろ! 髪の毛一本でも落としたら追い出すからな!』と、これらを渡されたのだ。そんな料理長は髭面なのだが。髭は落ちたりしないのだろうか? まあ、場所も材料も道具も食材も好きに使って良いと言われたので、大人しく従ったが。勿論、使った材料の金は払うが。
「………………伊達巻だ…」
「え"」
俺の言葉に、星は頬を引き攣らせた。何故だ。お前、自分が作った玉子焼きの事を忘れたのか? あれと比べたら遥かにましだろうが。
「あ~、隊長さん、まあた火加減間違えたな? 家庭用と比べて火力が強いんだから、気を付けろって言ったよな?」
料理長が腰に手をあて、それを見て呆れた様に言う。
「…十分に弱火にしたつもりだが」
「だから、フライパンを火から離すんだよ」
「ん! おじさん、これ生だぞ!」
「おぉい! 今日は素人が作ってんのか!? やたらと腹痛で来やがる奴が多いんだが!? って、高梨!? ちょ、待て、待ってろ! 写真機取って来るわ!! えいみっつぁんに送らねえと!」
料理長から注意を受け、星から文句を言われ、食堂に怒鳴りながら飛び込んで来た須藤さんは、腹を抱えて笑い、食堂から姿を消した。
俺が何をしたと言うのだ?
勤務終わりに、俺は悪徳百貨店に来ていた。文句を言いつつも来てしまうのは、やはり品揃えが豊富だからだろう。
そんな百貨店の一角で、俺は棚に並べられているチョコレートを見ていた。雪緖の好きな物で、雪緒が作らない物、雪緒が見た事も無い様な物…しかし、ここに並べてある物は既に全部購入済の物ばかりだ。
「どうした物か…」
自分で作るにしても、先ず、その原料である、カカオとやらを仕入れるのが非常に困難な物だと知った。形を変えるにしても、熱を加えるとか…フライパンや鍋に入れれば良いのだろうか? 橘は湯せんとか言っていたが、意味が解らん。
首裏を右手で押さえ、曲げていた背を伸ばしてぐるりと店内を見渡せば、その一角に貼られてある紙に目が留まった。
『クリスマスケーキご予約受付中!』
「もう、クリスマスの宣伝か…」
気の早い物だと思うが、ここは何時もそうだったなと思い直す。商売とは、そうやって先取りして行かねばならぬ物なのだ。
「クリスマスの次は、直ぐに年末商戦が始まって、あちらの惣菜屋では御節料理の予約が…ん…?」
…御節料理…?
そこで、俺ははたと気付いた。
「…あるではないか…」
珍しい物では無いが、雪緖の好きな物で、雪緖が作った事が無い物が。
そうだ。
これまではありふれた物だったが、これからはそうでは無くなるのだ。
あれを作れば、雪緖は間違い無く喜ぶ筈だ。
「良し!」
俺は拳を握った手を、小さく持ち上げた。店員が怪訝な視線を向けて来たが、気付かないふりをして、手近にあったチョコレートを二つばかり手に取り、店を後にした。
◇
「おわっ! おじさん、何やってんだ!? 今日は休みだろ!?」
「それを言うならば、お前だって休みだろう。何故、ここに居るのだ」
「腹減ったけど、作るのがめんどかったから、食べに来たに決まってるだろ! おっちゃん! 天丼大盛りとカツカレー大盛りとチキン南蛮タルタルソースたっぷりと…」
何が決まっているのだ、何が。
まあ、良い。俺の懐が痛む訳では無いからな。
俺は今、朱雀の食堂の厨房に居た。
前回は練習もせずに、ぶっつけ本番だったから失敗したのだ。だから、職場の厨房で練習をする事にした。家で練習なぞしていたら、雪緖に知れてしまうからな。ここは、誰かさんのお蔭で食材が豊富にあるし、毒見、いや、味見役が沢山居る。
「星、これも食べてみてくれ」
ことりと、今焼いたばかりの物を小皿に乗せ、カウンターに置いた。
「何だこれ? 玉子焼きか? 真っ黒だな? しっかし、頭巾も割烹着も似合わないな!」
その言葉に、俺は眉間に皺を寄せ、じろりと星を睨む。
俺は今、着物の上に真っ白な割烹着を着て、頭は三角巾で包んでいる。
料理長に『厨房に入るんなら、身綺麗にしろ! 髪の毛一本でも落としたら追い出すからな!』と、これらを渡されたのだ。そんな料理長は髭面なのだが。髭は落ちたりしないのだろうか? まあ、場所も材料も道具も食材も好きに使って良いと言われたので、大人しく従ったが。勿論、使った材料の金は払うが。
「………………伊達巻だ…」
「え"」
俺の言葉に、星は頬を引き攣らせた。何故だ。お前、自分が作った玉子焼きの事を忘れたのか? あれと比べたら遥かにましだろうが。
「あ~、隊長さん、まあた火加減間違えたな? 家庭用と比べて火力が強いんだから、気を付けろって言ったよな?」
料理長が腰に手をあて、それを見て呆れた様に言う。
「…十分に弱火にしたつもりだが」
「だから、フライパンを火から離すんだよ」
「ん! おじさん、これ生だぞ!」
「おぉい! 今日は素人が作ってんのか!? やたらと腹痛で来やがる奴が多いんだが!? って、高梨!? ちょ、待て、待ってろ! 写真機取って来るわ!! えいみっつぁんに送らねえと!」
料理長から注意を受け、星から文句を言われ、食堂に怒鳴りながら飛び込んで来た須藤さんは、腹を抱えて笑い、食堂から姿を消した。
俺が何をしたと言うのだ?
0
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
転移者を助けたら(物理的にも)身動きが取れなくなった件について。
キノア9g
BL
完結済
主人公受。異世界転移者サラリーマン×ウサギ獣人。
エロなし。プロローグ、エンディングを含め全10話。
ある日、ウサギ獣人の冒険者ラビエルは、森の中で倒れていた異世界からの転移者・直樹を助けたことをきっかけに、予想外の運命に巻き込まれてしまう。亡き愛兎「チャッピー」と自分を重ねてくる直樹に戸惑いつつも、ラビエルは彼の一途で不器用な優しさに次第に心惹かれていく。異世界の知識を駆使して王国を発展させる直樹と、彼を支えるラビエルの甘くも切ない日常が繰り広げられる――。優しさと愛が交差する異世界ラブストーリー、ここに開幕!
にーちゃんとおれ
なずとず
BL
おれが6歳の時に出来たにーちゃんは、他に居ないぐらい素敵なにーちゃんだった。そんなにーちゃんをおれは、いつのまにか、そういう目で見てしまっていたんだ。
血の繋がっていない兄弟のお話。
ちょっとゆるい弟の高梨アキト(弟)×真面目系ないいお兄ちゃんのリク(兄)です
アキト一人称視点で軽めのお話になります
6歳差、24歳と18歳時点です
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心
たかつじ楓
BL
【美形の王×異種族の青年の、主従・寿命差・執着愛】ハーディス王国の王ナギリは、両性を持ち、魔性の銀の瞳と中性的な美貌で人々を魅了し、大勢の側室を囲っている王であった。
幼い頃、家臣から謀反を起こされ命の危機にさらされた時、救ってくれた「千年族」。その名も”青銅の蝋燭立て”という名の黒髪の男に十年ぶりに再会する。
人間の十分の一の速さでゆっくりと心臓が鼓動するため、十倍長生きをする千年族。感情表現はほとんどなく、動きや言葉が緩慢で、不思議な雰囲気を纏っている。
彼から剣を学び、傍にいるうちに、幼いナギリは次第に彼に惹かれていき、城が再建し自分が王になった時に傍にいてくれと頼む。
しかし、それを断り青銅の蝋燭立ては去って行ってしまった。
命の恩人である彼と久々に過ごし、生まれて初めて心からの恋をするが―――。
一世一代の告白にも、王の想いには応えられないと、去っていってしまう青銅の蝋燭立て。
拒絶された悲しさに打ちひしがれるが、愛しの彼の本心を知った時、王の取る行動とは……。
王国を守り、子孫を残さねばならない王としての使命と、種族の違う彼への恋心に揺れる、両性具有の魔性の王×ミステリアスな異種族の青年のせつない恋愛ファンタジー。
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる