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それぞれの絆

【旦】旦那様と割烹着・一

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「高梨隊長、先日の報告書を…」

 軽く扉を叩く音と共に、部屋の扉が開けられ、俺は読んでいた本を閉じた。

「ああ、そこの机に置いておいてくれ」

 室内に入って来た橘と楠が、手にしていた報告書を来客が来た時に使う背の低い長机の上に置きながら、俺の手元を見て来た。

「はい…って、何を読んでいたんですか?」

 ち、目敏い奴め。

「お前達が気にする様な物では無い。昼時だろう。早く食堂へ行け」

「…"初心者でも失敗しない! 安心簡単フルコース!"…?」

 片手を振りながら、俺がそう言えば、楠が俺の手元をじっと見て、淡々と呟いた。

「え? 料理するんですか? 隊長が? 雪緖ゆきおさん、何処か具合が悪いんですか!? あ、そのお弁当は、もしかして隊長が!?」

 いや、目を丸くして驚いてくれるな。

「落ち着け、瑞樹みずき。雪緖さんの具合が悪いのなら、隊長は出勤していない筈だし、具合の悪い者に、フルコース等食べさせる筈も無い」

 何を冷静に淡々と分析してくれているのだ、お前は。

「…俺が料理をするのが、それ程意外か? 因みに雪緖の具合は悪くは無いし、雪緖が体調不良でも俺は休んだりはせん」

 全く、俺を何だと思っているのだ。
 俺は、そこまで雪緖馬鹿では無い。

「え? そうですか?」

「しかし、それなら、何故、料理の本を? しかも洋食だなんて」

 …こいつら、大人しく退くと云う事を知らんのか?

「…雪緖の誕生日が近いから、偶には手料理をと思っただけだ」

 過去に失敗している事は話さない。
 その失敗から、雪緖の誕生日には外食をする事になった事等も、話せる筈が無い。
 しかし、今年は。
 ただ、何となく静かに二人だけで祝いたいと思ったのだ。
 天野達がこの街から去ったのが、思いの外堪えているのかも知れん。俺も、雪緖も口には出さないが。天野から電話があったり、絵葉書が届く度に喜び、また、寂しいと思ってしまう。何時かは、お妙さんの時の様に、鞠子の時の様に、あの親父…は、良いとして、相楽の時の様に、居ない事に慣れるのだろうが。

「…それで、フルコース…?」

 橘が、何処か遠い目をする。
 その姿は、過去の失敗を思い出している様に見えて、俺は内心で冷や汗を流した。

「…やはり、無謀だろうか…」

 内心どころか、声にも出してしまった。

「これまで、まともに料理を作って来なかった人が背伸びしても無駄ですよ。瑞樹のお父さんも、俺達の結婚報告の時に背伸びしてフルコースに挑戦していて、悲惨な目に遭いましたから」

優士ゆうじっ!」

 淡々と語る楠を橘が慌てて止めるが、その言葉はしっかりと俺の頭の中に入って来ていた。
 悲惨な目…。
 あの日の雪緖の様子を思い出し、俺も遠くを見てしまう。普段ならば、まともに料理を作った事なぞないと決め付けるなと言っていた事だろう。だが、しかし、俺には前科があるのだ。

「あ、の、どうしてもフルコースが良いんですか…?」

 ズンと重くなった頭を支える様に、机に両肘を付き、手を組んでそこに額を乗せた俺に、橘が気遣わしげな声を掛けて来た。

「…いや…雪緖が喜ぶ物をと…普段、目にしない物…雪緖が作らない物を…」

 と、言いながら、前回はそれで失敗したのだと云う事を思い出し、更に頭が重くなった。

「それで失敗したら意味が無いですよ。背伸びしないで、作れる物を作れば良いと思いますが?」

 ぐっ。
 こいつの言う事は尤もだが、何故、こうも淡々とした物言いしか出来ないのだ。

「優士! えぇと、ほら、雪緖さんの好きな物を作れば良いんですよ!」

「…チョコレートか? チョコレートとは、どう作るのだ?」

 チョコレートなぞ、店でしか買った事がない。

「え、えぇと…市販のチョコレートを溶かして固めて…」

 溶かす? わざわざ出来上がった物を?

「それでは、手作りの意味が無いだろう。手作りならば、やはりカカオから仕入れて…」

 いや、待て。カカオとは何だ?

 …何やら話が違う方向へ向かっている気がするのは、気のせいだろうか?
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