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それぞれの絆

【旦】天の川の先に・完

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 余りにも突拍子も無い申し出に、俺は頭が真っ白になり、何も言えなかった。
 が、雪緒ゆきおは静かに首を振り、親父の申し出を断ったのだ。

『僕は、このままで十分幸せですから』

 と。

『あ、ゆかり様が望むのでしたら、その様に…』

 と、雪緒は言い直していたが、先に述べた言葉が雪緒の本心ならば、俺は雪緒が望む様にしてやりたいし、そんな書類一つで、俺達の何かが変わる訳でも無い。

『…お前の好きにすれば良い。そんな物があろうと無かろうと、お前が俺の大切な者である事に何ら変わりは無いのだからな』

 と言えば、雪緒は『ふぇっ!!』と顔を赤くし、周りが接吻しろと囃し立てたから、取り敢えず拳骨を落として置いた。
 そんな雪緒の返答は、想定内の事だったのか『まあ、そう言うと思っていたけどね』と、親父は笑いながら一枚の紙を差し出して来た。…婚姻届を。

『では、こちらに記入したまえ。これは、が預かろう。万が一、離縁したくなる様な事があれば、私を倒して奪って燃やせば良い』

 何を言い出すのだ、この親父は。
 そんな事なぞ、万が一にも有り得ない。
 しかし、雪緒はそれを受け取ったのだ。
 思わず目を見開く俺に、雪緒は照れ臭そうに笑って言った。

『…こちらに記入して燃やせば…僕の両親に届きますか?』

 と。

『…亡くなった方の魂は天に昇ると聞きます。…煙も…天に昇りますよね…? その煙が…僕と紫様の絆を亡き両親に届けてくれますでしょうか?』

『…雪緒…』

『…うん、届くよ。里に…山に帰ったら、頂上で燃やして届けてあげるからね』

 親父は、顔をぐしゃぐしゃにして頷いた。他の皆も…星は鼻水を垂らしていたが…涙を滲ませていた。
 …雪緒が…あの青い箱に…あのぽかぽかの箱に惹かれたのは…空に、その向こうに亡き両親を見たからなのかも知れないなと、今更に思った。
 そして、やはり思うのだ。俺は不甲斐無いと。
 もっと雪緒に甘えて貰える様になりたいと。
 酔った勢いでは無く、ごく自然に膝枕が出来る様に…。

「…自分でも…我儘なのだと思います…。でも、僕は…高梨雪緒です。里山雪緒から、高梨雪緒になりました。…この名前は…一時いっときたりと言えども、変えたくはないのです」

 雪緒の決意を籠めた様な声に、俺の胸の奥が熱くなり、鼻の奥がツンとした。
 それの何処が我儘だと言うのか。
 それは、一時たりとも、俺から離れたくないと言う事で良いのか?

「…紫様?」

 いきなり立ち上がった俺をどう思ったのか、雪緒が不思議そうに聞いて来る。

「…今日は七夕だ…天の川は何処だ…?」

 縁側の下にある突っ掛けに足を入れながら問えば、雪緒も慌てて立ち上がり、もう一足ある突っ掛けに足を通した。

「え? ああ、そう云えば倫太郎りんたろう様が南天の方だと…ええと…」

 雪緒の言葉を聞きながら、庭の中程まで出て夜空を見上げれば、確かに帯状の星々が瞬いているのが見えた。

「…本当に川の様だな…」

 天の川なんぞ何時でも見られると言ったのは何時の事だったか…それに雪緒は七夕は特別だとか言ったのだったか?

「ええ、綺麗ですね」

 俺の隣に並んで、天の川を見る雪緒が感嘆の息を零した。
 きっと、こいつの頭の中には、天の川を渡って寄り添う彦星と織姫の姿があるのだろう。
 だが。

「…紫様?」

 雪緒の肩に手を伸ばし、その細い身体を抱き寄せ、己の腕の中へと包み込んだ。

「お前にあの川は渡らせない。川など越えずとも、俺はここに居る」

「ふふ…。おかしな紫様ですね。僕は、ここに居ますよ? ずっと、紫様の…旦那様のお傍に」

「ぐ…っ…!?」

 いきなりの不意打ちに、喉を詰まらせ、変な声が出てしまった。
 そんな俺の胸に、雪緒は頭を擦り付けて笑う。

「名実共に伴侶となりましたからね…旦那様とお呼びしても問題はありませんよね?」

 これは、雪緒の意趣返しなのか?

「ゆ…紫とは…もう…呼んでくれないのか?」

「いいえ…ただ…今、そうお呼びしたかったのです」

 そう言って雪緒は赤く染まった顔を上げ、夜空を天の川を見た。

「…ああ…」

 俺も、夜空を見上げて思う。
 きっと、今のは亡き両親への報告なのだ。
 あの、天の川の先にいる二人への。
 夜空に星々が瞬き、静かに風が吹く。
 こんな風で星は流れたりはしないが、この腕の中の星は流れてしまうのかも知れない。
 雪緒を抱き締める腕に力を籠める。
 この輝きを失くさない様に。
 雪緒と何処までも歩いて行ける様に。
 特別な何か等要らない。
 ただ、些細な事で二人で笑い、泣き、怒り…そんな日々を繰り返して行こう。
 二人で居る。
 そんな幸せを繰り返して行こう。

 吹く風は柔らかく、優しく。
 さらさらと笹の葉の揺れる音が聴こえる。
 短冊に書いた願いを乗せて、風が吹く。
 星々は、ただ静かに瞬いていた。
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