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それぞれの絆

【旦】腕(かいな)の温もり

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 あの日、の人に。杜川さんに出逢ってから、俺は意識して朱雀部隊を見る様になった。
 あやかしを狩る事を、妖から人を守る事を目的とした機関。
 そこに所属する杜川さんを俺は気付けば探していた。
 学び舎へ行く道すがら、そこからの帰り道等で。
 だが、ここら辺は杜川さんの担当では無いのか、彼を見掛ける事は無かった。

「ゆかりん最近、熱心に朱雀の人達を見てるよな」

 学び舎からの帰り道、通りを歩く朱雀部隊を見て居たら、隣を歩く天野がそう声を掛けて来た。
 こいつは二軒隣に住む俺の幼馴染みだ。
 俺より頭一つ分背が高く、身体の肉付きも良い。髪は何時も短く刈り上げている。
 ガタイの良さから女子供から怖がられそうな感じだが、常に何処かおどけた表情をしている為に怖がられる様な事は無かった。
 俺とは大違いだ。
 俺の目は細く鋭く、怖がらせる気は毛頭無いのだが、俺と目があった赤子等は何故か声を上げて泣き出してしまう。更には『何睨んでんだ』と、少々品行方正では無い輩から絡まれる事も多々あった。
『笑えば良いのに』と、天野は言うが、特に嬉しい事も楽しい事も面白い事も無いのに、何故笑えるのか理解不能だ。そんな事を考えているせいか、結果、常に憮然としたような表情になってしまう。

「ま。英雄様達だもんな。給金も良いって話だし。俺、朱雀になろうかな」

「…は…?」

 頭の後ろで手を組んで軽く天野は言ったが、その目には軽さ等は見えなかった。何処か不敵に見える笑みを浮かべて天野は彼らを見ていた。
 給金が良いのは、それだけその仕事が厳しいからだ。命を落とす事もあると聞く。
 だが。
 そこに彼の人は居る。
 そこに入れば、杜川さんに会えるかも知れない。
 そんな思いから、ただ漠然とそれも良いかも知れないと思っていた。

 月日は流れ、両親に朱雀は止めてくれと請われ、燻る思いを胸に適当な企業に就き日々を過ごしていた。
 そんな中で、結婚記念日だからと、温泉旅行へと行った両親が妖に襲われて亡くなったとの報せが入った。新月前に帰って来る筈だったが、街中とは違い、山に近いこの温泉地では妖の動きが活発だと言う事だった。
 汽車に乗り病院へと行けば、の人がそこに居た。
 八年ぶりに見るその姿は歳を重ねたにも関わらず、あの日と変わらず雄々しく。しかし隊服は着ておらず、深い灰色の着物姿で、その顔は苦渋に満ちていた。
 間に合わずに申し訳無いと頭を下げる杜川さんに、俺は何も言えなかった。
 ただぼんやりと綺麗な亡骸を見詰めていた。
 妖は人を喰らう。その妖に襲われて五体が満足とは言えずとも、ここまで綺麗なのは奇跡なのではないのだろうか、と。
 命には間に合わなかったのかも知れない。が、人としての形を保ったまま逝ける事には間に合ったのではないだろうか…両親の人としての尊厳は守られたのではないか…と。
 後から話を聞けば、杜川さんは休暇でこの温泉地に来ていたそうだ。
 それなら、杜川さんだって被害者だろうに。
 何故、頭を下げる必要があるのか。
 それが職務だからなのだろうか。
 だが…俺は彼のそんな顔を見たく無かった。
 あの日の様な柔らかな笑みを見たいと思った。
 少しでも良い、僅かでも良いから、彼の力になりたいと思った。
 そうして俺は天野に遅れて朱雀部隊へと入隊したのだ。

 …したのだが…。

『堅苦しい事は抜きにして、辛いとか、しんどいとか思ったら何時でも辞めて良いからね』

 入隊式で、眉を下げ情け無さそうに笑う、杜川の言葉に、俺は激しく頭を抱えたのだった。

 ◇

 とさりと微かに雪が落ちる音が聞こえて俺は目を覚ました。
 何やら懐かしい夢を見ていた気がするが…。
 顔を動かして窓を見る。とは云え、障子が閉められているせいで外は見えないが、光の有無は解る。辺りは暗く、起きるのには未だ早いと思われる。もう一眠りするかと寝返りを打とうとした時。

「…ふぇ…」

 俺が動いたせいか、隣で眠る雪緒ゆきおから声が漏れた。
 顔を動かし視線を下へとずらせば、俺の浴衣の合わせ目の部分を雪緒の手が掴んでいた。
 そっと手を動かしてその細い指を掴めば、僅かに寄せられていた雪緒の眉が緩む。
 もう片方の手で頬を撫でれば、更に眉が下がり、だらしなく口元が緩んで行く。
 その安心しきった様子に、自然と俺の頬も緩む。
 この地で両親を亡くしたが、今、俺の腕の中には雪緒が居る。
 誰よりも何よりも失くしたくない存在が。
 誰よりも何よりも愛しく掛け替えの無い存在が。

 ――――――――…何故、雪緒だけを自分の傍に置いたのか。

 そう相楽にもあの親父にも問われた事がある。

 ――――――――…今にも死にそうな雪緒を放って置けなかった。

 俺はその様な事を答えた筈だ。それは確かに偽りの無い思いだが。
 だが、恐らく、今にも死にそうに見えた雪緒に、あの日の白猫を重ねてしまったのだろう。
 逃げられる前に、この手の中に閉じ込めてしまいたいと。
 しかし、それは結局は。
 雪緒を見た瞬間に。
 その姿を見た瞬間から。
 惹かれていたのだと、そう云う事なのだろう。
 己を親と定めてしまったせいで、随分と遠回りをした気もするが。
 だが、それもまた掛け替えの無い日々で愛しい思い出なのだ。

 そっと腕を伸ばし、その細い肩を抱き寄せて、浴衣越しに伝わる確かな温もりを感じながら、俺はまた目を閉じた。
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