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それぞれの絆
【柚】穏やかな昼下り
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「あ~。こんにちは、杜川のおじさん~」
「む? おお、柚子君。珍しいね、君が釣りだとは」
釣竿とバケツを持つ僕を見て、川辺りに佇む先客が振り返って来て、目を細めた。
「僕だって、釣りぐらい嗜みますよ~。杜川のおじさんこそ、もう釣竿を持つんですか~?」
手頃な石に釣竿を立て掛け、砂利の上にバケツを置きながら、僕は肩を竦めて笑う。
そして、掌大の石をひっくり返して行く。そうすれば、湿ったそこには、魚の餌となる虫がうようよとしていた。
「む。相変わらず容赦が無いね、君も。私を幾つだと思っているのかね? 流石に、こうも紅葉した時期に川の中に入ろうとは思わんよ」
眉を下げて口をへの字にする杜川のおじさんに、思わず笑ってしまう。だって、星君とそっくりだからね。二人は義理の親子だけど、不意に、こんなちょっとした仕草が本当に良く似ている。月兎君も、こうなるのかな?
「まあ、そうですねえ~。けど、杜川のおじさんなら、真冬の川でも裸で飛び込みそうな気がして~」
針にうねうねと動く虫を付けて、杜川のおじさんから僅かに距離を取って並び、川の中へと垂らしながら僕は言う。
「…む…。まあ、否定はせんがね。必要とあらばそうするだろうね」
クンッと糸が引かれ、軽く竿がしなる。それを杜川のおじさんは、クイッと上げる。水の中から姿を表す銀の鱗が秋の柔らかな陽射しに煌めいた。
「…今頃、星君と月兎君は雪緒君に会っているのかなあ~? あんなにたくさん薩摩芋を持って行ったけれど…うん、まあ、二人なら食べ切れるだろうけどね~」
その反射する光に目を細めながら、僕は今朝の事を思い出した。二人して雪緒君に持って行くと、里の畑で芋を掘っていた。雪緒君と紫君、猛君にも渡すんだろうけど、数が尋常じゃないと言ったら『おいら達も食べるから!』との返事だった。ああ、うん、なるほどねと、納得した。
「うむ。あの二人の胃袋に敵うものは何処にも居らんよ」
針から魚を外し、脇にあるバケツに入れて杜川のおじさんは川辺りから離れた。
「小腹が空いたから食べようと思うんだが、柚子君もどうかね?」
「ああ~。嬉しいですね~。お願いします~」
僕がそう言えば杜川のおじさんはテキパキと石を集め始めて、簡易かまどを作って行く。
本当に世話好きな人だなと思う。
それが高じて、妖の為に居場所を作るだなんて思いもしなかったけれど。まあ、そのお蔭で僕は土地を貰って、この里で開業医をしているんだけどね。
ゆったりとのんびりと、穏やかな時間が流れて行くここは本当に居心地が良い。
偶に怪我をした妖達を診たりするけど、後は田畑の作業を手伝ったりしている。
そんな日々。
街の賑やかさや華やかさとか、偶に懐かしくもなる時もあるけれど。
ここで見る星空の美しさ、夏の蛍の光の眩さ、この紅葉の鮮やかさ、冬の厳しいながらも、ピンと張り詰めた空気の凛々しさ…そうして、包み込む様な春の暖かさ…それらを知ったら、ここから離れたいだなんて気持ちは沸かない。
サラサラとした川の流れる音、さわさわと吹く風、パチパチと火が爆ぜる音、漂って来る何とも芳ばしい香り。
こんな風な日々をこれからも過ごして行ける幸せ。
うん、悪くないよね。
そう思いながら、竿から手に伝わる振動に僕は軽く手首を捻り、それを上に上げた。
「む? おお、柚子君。珍しいね、君が釣りだとは」
釣竿とバケツを持つ僕を見て、川辺りに佇む先客が振り返って来て、目を細めた。
「僕だって、釣りぐらい嗜みますよ~。杜川のおじさんこそ、もう釣竿を持つんですか~?」
手頃な石に釣竿を立て掛け、砂利の上にバケツを置きながら、僕は肩を竦めて笑う。
そして、掌大の石をひっくり返して行く。そうすれば、湿ったそこには、魚の餌となる虫がうようよとしていた。
「む。相変わらず容赦が無いね、君も。私を幾つだと思っているのかね? 流石に、こうも紅葉した時期に川の中に入ろうとは思わんよ」
眉を下げて口をへの字にする杜川のおじさんに、思わず笑ってしまう。だって、星君とそっくりだからね。二人は義理の親子だけど、不意に、こんなちょっとした仕草が本当に良く似ている。月兎君も、こうなるのかな?
「まあ、そうですねえ~。けど、杜川のおじさんなら、真冬の川でも裸で飛び込みそうな気がして~」
針にうねうねと動く虫を付けて、杜川のおじさんから僅かに距離を取って並び、川の中へと垂らしながら僕は言う。
「…む…。まあ、否定はせんがね。必要とあらばそうするだろうね」
クンッと糸が引かれ、軽く竿がしなる。それを杜川のおじさんは、クイッと上げる。水の中から姿を表す銀の鱗が秋の柔らかな陽射しに煌めいた。
「…今頃、星君と月兎君は雪緒君に会っているのかなあ~? あんなにたくさん薩摩芋を持って行ったけれど…うん、まあ、二人なら食べ切れるだろうけどね~」
その反射する光に目を細めながら、僕は今朝の事を思い出した。二人して雪緒君に持って行くと、里の畑で芋を掘っていた。雪緒君と紫君、猛君にも渡すんだろうけど、数が尋常じゃないと言ったら『おいら達も食べるから!』との返事だった。ああ、うん、なるほどねと、納得した。
「うむ。あの二人の胃袋に敵うものは何処にも居らんよ」
針から魚を外し、脇にあるバケツに入れて杜川のおじさんは川辺りから離れた。
「小腹が空いたから食べようと思うんだが、柚子君もどうかね?」
「ああ~。嬉しいですね~。お願いします~」
僕がそう言えば杜川のおじさんはテキパキと石を集め始めて、簡易かまどを作って行く。
本当に世話好きな人だなと思う。
それが高じて、妖の為に居場所を作るだなんて思いもしなかったけれど。まあ、そのお蔭で僕は土地を貰って、この里で開業医をしているんだけどね。
ゆったりとのんびりと、穏やかな時間が流れて行くここは本当に居心地が良い。
偶に怪我をした妖達を診たりするけど、後は田畑の作業を手伝ったりしている。
そんな日々。
街の賑やかさや華やかさとか、偶に懐かしくもなる時もあるけれど。
ここで見る星空の美しさ、夏の蛍の光の眩さ、この紅葉の鮮やかさ、冬の厳しいながらも、ピンと張り詰めた空気の凛々しさ…そうして、包み込む様な春の暖かさ…それらを知ったら、ここから離れたいだなんて気持ちは沸かない。
サラサラとした川の流れる音、さわさわと吹く風、パチパチと火が爆ぜる音、漂って来る何とも芳ばしい香り。
こんな風な日々をこれからも過ごして行ける幸せ。
うん、悪くないよね。
そう思いながら、竿から手に伝わる振動に僕は軽く手首を捻り、それを上に上げた。
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