上 下
33 / 85
それぞれの絆

【柚】穏やかな昼下り

しおりを挟む
「あ~。こんにちは、杜川もりかわのおじさん~」

「む? おお、柚子ゆず君。珍しいね、君が釣りだとは」

 釣竿とバケツを持つ僕を見て、川辺りに佇む先客が振り返って来て、目を細めた。

「僕だって、釣りぐらい嗜みますよ~。杜川のおじさんこそ、もう釣竿を持つんですか~?」

 手頃な石に釣竿を立て掛け、砂利の上にバケツを置きながら、僕は肩を竦めて笑う。
 そして、掌大の石をひっくり返して行く。そうすれば、湿ったそこには、魚の餌となる虫がうようよとしていた。

「む。相変わらず容赦が無いね、君も。私を幾つだと思っているのかね? 流石に、こうも紅葉した時期に川の中に入ろうとは思わんよ」

 眉を下げて口をへの字にする杜川のおじさんに、思わず笑ってしまう。だって、せい君とそっくりだからね。二人は義理の親子だけど、不意に、こんなちょっとした仕草が本当に良く似ている。月兎つきと君も、こうなるのかな?

「まあ、そうですねえ~。けど、杜川のおじさんなら、真冬の川でも裸で飛び込みそうな気がして~」

 針にうねうねと動く虫を付けて、杜川のおじさんから僅かに距離を取って並び、川の中へと垂らしながら僕は言う。

「…む…。まあ、否定はせんがね。必要とあらばそうするだろうね」

 クンッと糸が引かれ、軽く竿がしなる。それを杜川のおじさんは、クイッと上げる。水の中から姿を表す銀の鱗が秋の柔らかな陽射しに煌めいた。

「…今頃、星君と月兎君は雪緒ゆきお君に会っているのかなあ~? あんなにたくさん薩摩芋を持って行ったけれど…うん、まあ、二人なら食べ切れるだろうけどね~」

 その反射する光に目を細めながら、僕は今朝の事を思い出した。二人して雪緒君に持って行くと、里の畑で芋を掘っていた。雪緒君とゆかり君、たける君にも渡すんだろうけど、数が尋常じゃないと言ったら『おいら達も食べるから!』との返事だった。ああ、うん、なるほどねと、納得した。

「うむ。あの二人の胃袋に敵うものは何処にも居らんよ」

 針から魚を外し、脇にあるバケツに入れて杜川のおじさんは川辺りから離れた。

「小腹が空いたから食べようと思うんだが、柚子君もどうかね?」

「ああ~。嬉しいですね~。お願いします~」

 僕がそう言えば杜川のおじさんはテキパキと石を集め始めて、簡易かまどを作って行く。
 本当に世話好きな人だなと思う。
 それが高じて、あやかしの為に居場所を作るだなんて思いもしなかったけれど。まあ、そのお蔭で僕は土地を貰って、この里で開業医をしているんだけどね。
 ゆったりとのんびりと、穏やかな時間が流れて行くここは本当に居心地が良い。
 偶に怪我をした妖達を診たりするけど、後は田畑の作業を手伝ったりしている。
 そんな日々。
 街の賑やかさや華やかさとか、偶に懐かしくもなる時もあるけれど。
 ここで見る星空の美しさ、夏の蛍の光の眩さ、この紅葉の鮮やかさ、冬の厳しいながらも、ピンと張り詰めた空気の凛々しさ…そうして、包み込む様な春の暖かさ…それらを知ったら、ここから離れたいだなんて気持ちは沸かない。
 サラサラとした川の流れる音、さわさわと吹く風、パチパチと火が爆ぜる音、漂って来る何とも芳ばしい香り。
 こんな風な日々をこれからも過ごして行ける幸せ。
 うん、悪くないよね。
 そう思いながら、竿から手に伝わる振動に僕は軽く手首を捻り、それを上に上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...