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それからの絆

【十四】ぽかぽかの告白

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「うっ…うっ…うっ…せい様お優し過ぎますぅ~…」

 困ったぞ。あやめが泣き止まないぞ。
 ゆきおと話してる時から、こっそりとあやめが泣き出したから、おじさんが来たとこで逃げ出したんだけど。
 どしよかっな、これ。

 おいら達は庭にあった休憩所って書かれた四阿あずまやに居た。
 あやめはベンチに座って顔を下げて泣いていた。涙がぽたぽた落ちて着物を濡らしてる。
 おいらはその前に立って、ぽりぽりと頭を掻いてた。

「…月也つきや様も、何時もそうして雷音らいね様の事を想っていまして…ご自身の事よりも、雷音様の事を一番に想っていますのに…っ…! ですのに、雷音様もえにし様も、そんな月也様のお気持ちなど気付こうともしないで…っ…!」

「んー。おいら、つきやじゃないし、ゆきおもらいねじゃないぞ?」

「…解っています…っ…! 解っては居るのです…っ…! ですが、皆様、似過ぎていまして、どうしようも無いのです…っ…!」

「んー…」

 へにょ~と、おいらの眉毛が下がるのが解る。
 これがゆきおなら、ぽんぽんと頭叩いたり、肩叩いたり、背中叩いたりするんだけど。
 あやめを助けた日に、後でるりこに『気軽に女の子に触ったら駄目なんだからねっ!』って、怒られたんだよな。ここに連れて来るまでは、倒れそうだったから、つい担いで来たけど。だいじょぶだったかな? るりこに話したら怒られるかな? 話すのやめとこっかな。

「よくわかんないけど、おいら達の事を心配してくれてんだよな? ありがとな」

 ぽんぽんと、着物の袖があたるように、あやめの頭の上でおいらは腕を上下に動かした。
 直接触ってないからだいじょぶだよな?

「…星様…」

 そしたら、あやめは顔を上げておいらを見て、少しだけ笑った。ちょっとだけぽかぽかする笑顔だ。

「あのな…。…おいらはつきやじゃないけどな…。…おいらは、ただ、そうしたいからそうしてるだけだぞ? ゆきおのぽかぽかは気持ちが良いから、それを失くしたくないから…うん、それはおいらの為なんだぞ? だから、あやめが泣く事はないんだぞ?」

 うん。
 ゆきおには、ずっとぽかぽかで居て欲しいから。
 あのきらきらでぽかぽかの箱の様に。
 だから、ゆきおがぽかぽかで居られるんなら、おいらは何でもするぞ。
 おいらがそうしたいから、それはおいらの勝手だから。

「…そうですわよね…月也様なら…そう言いますわ…。…ありがとうございます…。星様の想いと…ら…ゆきお様の想いが通じます事、わたくしお祈りいたしておりますわね」

「ありがとな!」

 そう言って涙を拭いて笑ったあやめの顔は、とってもきらきらでぽかぽかしてたから、おいらはいつもの様に白い歯を見せて笑った。

 ◇

『わたくし、改めて星様にお会いして思い直しましたの。余りにも粗野過ぎまして、わたくしにはついていけませんわ』

 って、親父殿達の前であやめが言った。
 親父殿達は広い待合所にある喫茶室に居て、親父殿は真面目な顔をしてたけど、その他は目を丸くしてた。

『お前がどうしてもと言うから、お忙しいのに、頭を下げてこうして来て貰ったんだぞ!?』とか『こんなに若くて御立派な方はそう居ないのよ!?』とか『その野性的な処が良いのでは無かったのか!?』とか『杜川もりかわ様にどう申し開きをしたら良いの!?』とか、あわあわしてた。
それを見ておいらは、お見合いって大変なんだなって、思った。
親父殿が、おいらにはまだ話が早かったから気にするなって、笑っておいらの頭をぽんって叩いた。
これはあれだ。断られて良かったな、ってヤツだ。
その他達はひたすら頭を下げて謝ってた。その横で、あやめがぽかぽかの笑顔で手を振ってたけど。
だいじょぶかな? あやめ怒られないかな? 後で手紙書こかな。

「お疲れ様、星。慣れない事で疲れただろう? 後片付けはパパがやっておくから、星は先にお風呂に入って休んで良いよ」

 リビングで食後の茶を飲みながら、少しだけぽっこりした腹をさすってたら、向かいに座る親父殿がニコニコしながら言って来た。
 家に帰って来てとにかく腹が減ったから、いつもより早い時間だけど晩御飯を食べた。やっぱり、あの鯉持って来れば良かったかも。あんなに居るんだから、二、三匹持って来ても良かったんじゃないかな?

「んー。おいらはだいじょぶ。あやめ、おもしろいヤツだったし、友達になったぞ! 今度るりこに合わせるんだ! あ、でも、あやめが怒られないか心配だ。ぽかぽかの笑顔で手を振ってくれたけど、なんか…うん、ちょっとだけ、寂しそうだった」 

「そうかい。では、後でパパから電話を入れて置こう。星は本当に優しいね」

 おいらがちょっとだけしょぼんとして言ったら、親父殿がそう言って来た。

「んー? 違うぞ。親父殿が優しいからだぞ? あやめも親父殿の事を優しいって言ってたぞ!」

「うん? 綾女あやめ君が、かね? うん…?」

 親父殿が顎を手で押さえてうんうん唸ってるけど、何でだろ?

「ま、あやめはいいヤツって事! でな、親父殿、大事な話があるんだ」

「…綾女君はずっと星しか見てなかった筈だが…? …うん? 話と言ったかね? 何かね?」

 ぶつぶつと親父殿が言ってたけど、おいらが話があるって言ったら、ぶつぶつ言うのをやめておいらを見て来た。

「ん。あのな。おいら親父殿がすきなんだ」

「うん。ありがとうね。私も星がす…」

 親父殿がニコニコと眉毛を下げて、口も緩めて何かを言おうとするのをおいらは邪魔して続ける。
 だって、その後の言葉はおいら、いつも聞いてる。

「ずっと言ってるけどな、ちゃんと言うぞ。ゆきおがおじさんの事をすきなすきと同じだぞ? すきより上のすきだぞ? あいしてんだぞ。子供なんて嫌なんだぞ」

 ずっと、親父殿の目を見ておいらは言った。
 言ってる間に親父殿の細い目が丸くなってったし、テーブルに肘を付いて手を組んでその上に顎を乗っけてたんだけど、何か肘がどんどん開いていって、そこに乗っかってた親父殿の顎が、手と一緒にどんどんテーブルに近付いていった。

「ゆきおがおじさんにちんちん触られたいって言ってたけど、おいらは親父殿の大っきなちんちんに触りたいんだぞ。あ、親父殿にも触られてみたいけどな! ゆきおには、こんな事思った事は無かったんだぞ!」

「………ゆかり君が言っていたのは、この事か………」

 もう完全に手はテーブルに付いてて、顎もその上に乗ってて、で、思い切り椅子が後ろに下がってて、親父殿の身体が"く"の字になってる。
 思い切り下に落ちた親父殿の顔が見えないから、おいらも椅子を後ろにずらしてテーブルに顎を乗せた。

「…親父殿…」

 親父殿の眉毛が、ぎゅーってなってる…。
 …おじさんの言った通りだ…。
 …おいらだけが、そう思ってたんだな…。
 …そっか…。
 …本当に伝えたい事はちゃんと言葉にしないと駄目なんだな…。

「…うん…。腰に悪いからね、姿勢を正そうか?」

 ぎゅーってなってた眉毛を下げて、親父殿がぽかぽかの目で言った。

「…ん…」

 そう言って背伸びをしてから『よいしょ』って、親父殿が椅子を引っ張ったから、おいらも背伸びをして『よいしょ』って、椅子を引っ張った。

 …こうやって親父殿の真似するの、おいらすきなんだよな。親父殿もニコニコとぽかぽかと笑ってくれるから。けど、もう駄目なのかな。親父殿のすきはおいらのとは違うから、真似されたら嫌かも…。…言わない方が良かったのかな…。

 何か親父殿の顔が見られなくて、段々と顔が下がってく。
 テーブルの上に置いてある、親父殿の大きなゴツゴツだけどぽかぽかの手が見える。

 …その手に触りたいな…。…でも、駄目だよな…。

「…星…」

 ガタッって音が聞こえたと思ったら、テーブルの上にあった親父殿の手が消えていた。
 その代わりに、頭が重くなった。
 親父殿の手だ。ぽかぽかの手がおいらの頭にある。

「…あのね…。星の気持ちは嬉しいよ、ありがとうね。…でも、星の気持ちに応える事は出来ないんだ…」

「…ん…」

 頭からぽかぽかの気持ちが流れて来る。
 あったかいや…。

「…私が昔結婚していた事は話したよね? 早くに亡くなってしまったけれどね…。…今も私は彼女が好きなんだよ…。昔の事だから、美化されているのだろうとは思うんだけどね…。…だが…彼女以上に守りたい者は居ないと思う程にね…」

「…ん…」

 親父殿の手はぽかぽかとあったかいのに、声はどこか寂しそうだ…。

「…そう、思っていたのだけどね…」

「…ん…?」

 ぽんぽんと頭を叩かれて、下がってた顔を上げたら、親父殿がぽかぽかした目でおいらを見てた。

「…あのね…。…星は私の掛け替えの無い大切な息子だよ。私はね、人の気持ちを否定する事はしないよ。星が私を好きな内は幾らでも私を想えば良い。だから、そんな顔をしないで欲しいな。泣きたくなってしまうからね」

「…親父殿…」

 ぽかぽかだけど、何だか泣きそうな目だ…。

「…うん…。星の気持ちには応えられないけどね…。…星の人生は長いんだ。きっと、この先に幾らでも良い人が現れるよ。私以上に好きだと想える人がね。私の人生はもう短い。けどね、それまでの間、星が恋人だと想っていたいのなら、その間はそう想っていて良いよ。…こんな事を言うのは狡いけどね…。…死ぬ時は…星の傍に居たいと思うんだよね…」

「…おや…」

 …おいら…親父殿をすきなままでいて良いのか…?
 …おいらがすきでいて、嫌じゃないのか…?

「…あのね…。…私は…もうじき定年を迎える。そうしたらね、何処かの山奥にでも引き篭もろうかと思っているんだよ…。…星やみく君、他のあやかしから人になった者達を見て来て…うん…星に出逢ってから、それが強くなったかな? 私の都合の良い考えだとは思うんだけどね? 星の時みたいに、未だ幼体の妖を保護出来たら、と思うんだよ。…幼体だけでは無い。みく君の様な成体もね。…妖には向かない妖…。…妖に殺されてしまう前に…犯罪に走る前に…そんな彼等を保護して人の世界の事を教えたいと思うんだよ…。…もしかしたら人を食べて後悔している妖が居るかも知れない…そんな彼等に手を差し伸べたいと思う…。…これまでに人になった妖達は一度も人を食べた事が無かったって、知ってるかい? もしかしたら、人になれなくて苦しんでいる妖も居るかも知れない…そんな彼等が暮らせる場所をね、作りたいと思うんだ…。幸い、山を丸々私有地に出来る資金はあるし、まあ、実はもう買ってあるんだよね」

 そう言って、にいって白い歯を見せた親父殿の顔は何だか悪い事を考えてる様に見えて、おいらはドキドキとした。ずるいぞ。おいらのぽかぽかが爆発するぞ。

「…おいら…それ…手伝いたい…。…弱い妖は…腹いっぱい食えないんだ…。…強いヤツに食べ物取られるんだ…」

「…うん。ありがとうね。そうしてくれたら、とても嬉しいよ」

 うん。そうなんだ。
 あいつら人間食べるくせに、おいらが食べてる物を横取りしてくんだ。
 おいらのだけじゃない。他のヤツからも取ってくんだ。
 そんで、仕方が無くて人間の残りカスを食べた妖をおいらは見た事がある…。
 そいつ泣いてた…。それを見た時はとても悲しかった…。
 そんなヤツらが少しでも減るんなら、それは良い事だと思う。

「やっぱり親父殿は凄いや。そんな事を考えてたなんて知らなかったぞ」

「…この仕事に就いていて思う事では無いと思うのだけどね…」

 おいらがそう言ったら、親父殿はちょっとだけ困った様に笑った後で『…けどね、この仕事に就いていたからこそ、そう思ったのかも知れないね』って言った。
 そして。

「…この仕事に就いていたから、星に出逢えた…」

 ぽかぽかの手でおいらの頭を撫でながら、ぽかぽかの目でおいらを見て来た親父殿においらの目が壊れた。

「…ううっ…」

 ぼたぼたと涙が落ちてく。鼻水も出てく。
 きっと、これから先も、親父殿以上に好きになれる人なんか出て来ないけど。
 けど、親父殿がそう言ってくれるんなら。
 親父殿が傍に居ていいって言ってくれるんなら。
 おいら、親父殿が死ぬまでずっとずっと傍に居るからな。
 絶対に、絶対に離れないんだからな。

「お"や"じどの"! ずぎだっ!! あ"い"じでるぞっ!!」

「うんうん、私も星が好きだからね!」

 涙と鼻水を垂らしながらおいらがそう言えば、親父殿も泣きながらおいらの頭をぐしゃぐしゃに撫でながら、そう言って来た。
 その手を掴んで、おいらは何度も『あ"い"じでるぞっ!!』って言った。
 親父殿も『うん、うん、私もだよーっ!!』って、何度も言ってくれた。
 あとどんくらい親父殿と一緒に居られるのかはわかんないけど。
 傍に居る間はずっとずっと言い続けてやるからな! 忘れんなだぞ!!
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