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しおりを挟む「クリアさん。本当にいいのですか?」
「勿論。大丈夫さ。一応これでもね、私はレナリア商会長の妻だ。珍しい物が好きで、一年中飛び回っているから、子供達も夫も年に数回会う程度だけどね。」
「私、実家から追われています。黒髪は珍しいから、またすぐに見つかってしまうかも」
「黒髪ねえ。東の海を越えた向こうの国には、黒髪の人間なんて大勢いるけどねえ。ああ、いいものがあるよ。」
暫くして馬車が街の外れの倉庫に止まった。
こじんまりとした居宅と倉庫が一体となっているその場所にクリアは、ルミアを連れて入っていった。
「ここは、うちの商会の拠点の一つでね。なんでも置いているよ。ほらこっちだ」
クリアはポケットから数十個の鍵が連なるキーチェンを出し、器用に片手で鍵を選んで広大な倉庫の鍵を開けた。倉庫の中には、数百種類の様々な商品が並び陳列されている。クリアは倉庫の中を迷うことなく進んでいった。
ルミアも後をついていく。
クリアが立ち止まったのは、様々な色の鬘が並べられている棚だった。
「皇都では、最近鬘が流行っているのさ。特に皇后様と同じ群青色が人気でね。皇后付きの使用人達はほとんど群青色の鬘を被って仕事をしているらしいよ。ほら、これだよ。うん。ルミーの肌によく似合うじゃないか。あんた、よく見ると瞳が、少し青みがかかっているね」
クリアは、長い群青色の鬘を手にとり、ルミアの顔に近づけてきた。
周囲はもう明るくなり、倉庫の中にも日光が差し込んでくる。
珍しそうに瞳を覗き込まれ、ルミアは僅かに後ろに下がった。
「瞳の色は亡くなった母の色を受け継ぎました。」
「ああ、お母様は亡くなられたのかい。じゃあ、あのライカー絹は遺品って事かい。本当に申し訳ないね。血がついて、どうやっても元に戻りそうにないよ。青い瞳も珍しいね。西の方の民族がそんな色だったと思うけど、どこだったかな」
「母は旅芸人だったので、色んな血が混じっていたかもしれません。鬘をありがとうございます。使わせていただきます」
ルミアは、渡された群青色の鬘を被り、近くの鏡を覗き込んだ。
長い群青色のストレートの髪を胸元まで伸ばした肌の白いルミアが鏡に映りこんだ。
インダルア王国の兵士達は、黒髪の娘を探している。髪色を変え帝都へ向かい、たくさんの人に紛れ込んだらルミアを見つける事が難しいだろう。
故郷から離れ、父から離れ、過去から離れ、新しい場所を目指すのもいいかもしれない。
「クリアさん。娘さんの侍女として働かせてください。できるだけお役に立てるよう頑張りますから」
「ああ、勿論いいさ」
「あの、申し訳ないのですが、一つ頼まれてくれませんか?」
「なんだい?」
「家の追手にばれないように、ロンという名の男性に言づけていただけないでしょうか?シビニアの宿に泊まっているはずです。」
「ああ、いいさ。商会の人間に頼んでみるよ。何を伝えるんだい?」
ルミアは、指にはめているシルバーの指輪を撫でながら言った。
「ルミーが、さようならと言っていたと」
ロンに対する気持ちは変わらない。一緒にいたいと思うし、本当は離れたくない。でも、お母様と同じように、顧みられない亡霊のような妻にはなりたくない。やっと塔から離れ、インダルア王国から出て、幽霊ではなくなった私だから。これからは日の当たる場所で自分の力で、生きていきたい。
ルミアは、後悔と期待で胸を膨らませながら、頭の中で亡くなった母へ問いかけた。
(お母様。これでいいよね。)
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