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ルミアは魘されていた。

深い霧の中で、必死に母を探して彷徨い続ける。

すぐ目の前に母がいる。

そう思うのに、手を伸ばすと誰もいない。

『お母様。待って。ルミアも一緒に連れて行って』

白い霧が集まり、女性のような形になった。

『一緒には行けないわ。貴方は貴方の道を行って』

『お母様。待って』

ここは寒くて痛い。誰もルミアを必要としてない。存在することすら許されない。

女性のような形の霧は、大きくたくましく姿を変えて男性の形になった。

『ロン。行くつもりだったの。お願い。置いていかないで。』

ルミアは必死に手を伸ばした。ロンは笑って頷いているように見える。

触れそうになった時、霧は一瞬で霧散した。

『お願い。待って。お願い』







「ルミア。ルミア。目を開けてくれ。ルミア」

大きな声に呼びかけられ、ルミアは目を覚ました。

目の前には険しい顔でこちらを見る初老の男性が座っていた。

複雑な刺繍が施された天板が見える。どうやらルミアはベッドの上にいるようだ。広く豪華な部屋には、金縁が施されたテーブルや家具が設置されている。

ルミアは酷く困惑した。こんな場所なんて知らない。目の前の男性が誰なのかもわからない。

(誰?)

声を出そうとして、喉が痛く声が出ない事に気が付いた。

「私が悪かった。ルミア。父を許してくれ。」

(ああ、思い出した。確かに幼い頃に数回逢った父王の面影がある。)

ルミアは、首を振り、手を動かして喉を指さした。

「どうした?話せないのか。」

ルミアは頷き、体を起こす。背中に刺すような痛みを感じ、顔を顰めた。

父王は言った。
「ルミア。何があったのだ。塔が燃えて必死に探したのだ。王女を地下牢に閉じ込めるなんて、誰がそんなことを。」

父王の奥には、声を聞きつけたのか数人の人物が集まってきていた。小柄で朝吹色のドレスを身にまとっている王妃ルクラシアは心配そうにこちらを眺めている。王妃の後ろに立つ第2妃リリアンナは、眉間に深い皺を寄せ、ルミアを睨みつけてきていた。

南の窓を見ると、空まで灰色の煙が立ち上っているのが見える。
(塔が燃えた。もう、何もない。)

ルミアは、ただ首を振った。

「心配するな。ルミア。この部屋はお前の部屋だ。お前が塔から出てこない時もずっと整えさせていた。亡くなった母を想う気持ちは分かるが、第3王女としてこれから父の側にいてくれ」

ルミアは驚き、目を見開きながら父を見た。
(私を塔に閉じ込めていたのは父ではなかったの?)

父の向こうにいる王妃と第2妃を見るが、二人の表情は変わらなかった。

「・・・」

声を出そうとするが、痛みが酷く話せそうにない。仕方がなくルミアは小さく頷いた。

「そうか。そうか。とにかく今は体を治せばいい。ルミア」

嬉しそうに笑う父王が滑稽に見える。何年も会っていなかったのに、今更王女扱いをするつもりなのだろうか。本気だとは思えない。
そんな事はどうでもいい。
ルミアはいかないといけない。もしかしたら、もしかしたらロンがまだ待っているかもしれない。

部屋から立ち去る父王を見ながら、ルミアはできるだけ早くここから抜け出そうと思った。
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