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限界離婚
京香の達磨
しおりを挟む丸田家についた京香は愕然とする。
そこには何もなかった。
確かに、この場所なのに、目の前には更地が広がっている。
真新しい砂利に覆われたその場所は、最近更地になったようだ。
土地の端に看板が立っていた。
「売却済み」
その看板の前で呆然としていると、京香に話しかけてきた人物がいた。
「丸田家の奥さんじゃないの?お久しぶりね。」
話しかけてきたのは、隣家の佐藤だった。佐藤は、60代の女性で、何度か話をした事があった。
京香は、愛想笑いをしながら返事を返した。
「ええ、佐藤さん。こんにちは。」
佐藤は、何かを探るように話しかけてきた。
「それにしても早く売れて良かったわね。すぐに買い手がついたみたいじゃない。この広さなら、かなりの金額で売れたのでしょう。」
京香は声を濁した。
「ええ、まあ。」
佐藤は言う。
「それにしても、お久しぶりですね。先月引っ越しの挨拶に来られた時もおられなかったでしょう。大変でしたわね。お祖母様も、ご主人も、お嫁さんまで倒れて入院するなんて、そんな事もあるのですね。でも、ご主人の姪でしたっけ、今時あんなに良い方もおられるのですね。」
京香は聞く。
「ええ、麗奈さんの事ですか?」
佐藤は言った。
「そうそう、その麗奈さん。いろいろ紹介してくださったのでしょう。私にも教えてくれないかしら。ところで、今日はどうしてこちらに?本籍も変更して、もう帰って来られないと思っていましたけど、、、」
京香は言った。
「いえ、大した用事はないのですけど、どうなっているか気になってしまって。」
佐藤は言った。
「そうですわね。長年暮らした家ですものね。」
立ち話をした佐藤と別れた京香は混乱していた。
夫だけでなく、嫁や義母まで入院していたなんて知らなかった。確かに嫁は、なんとか妊娠で、手術とか言っていた気がするが、たかが妊娠でそんな事になるなんて聞いた事がない。大した事はないと思っていた。
まさか、家が無くなっているなんて、もう貯金がほとんどない。
これだけの土地を売ったのなら、かなりの金額が入ってきたはずだ。京香が持ち出した数百万では、京香の取り分が少なすぎる。市役所へ行けば、息子の戸籍が確認できるだろう。それに息子に頼めば、また同居して面倒を見てくれるかもしれない。夫と離婚しても、良の母親であることに変わりがないのだから。
京香は役所へ向かった。
息子の戸籍の閲覧申請をする。
窓口の若い女性は京香へ言った。
「こちらの方の戸籍は確認する事ができませんね。閲覧制限が申請されています。」
京香は言う。
「そんなはずはありませんわ。私は丸田良の実母ですよ。確認できるはずです。」
窓口の女性は困った表情でいう。
「あまり、ない事なのですが、DVやストーカー被害者が、警察で証明書を貰い閲覧制限をかける事があります。被害者の方が丸田良さんなのか、ご家族の方かは分かりませんが、住所を知られたくない方がいるみたいですね。もし、ご用事なら直接連絡を取って閲覧制限を解除するように伝えられたらいいのではないでしょうか?」
京香は言った。
「それは、、、ちょっと、、、事情があって直接連絡が取れないのです。」
窓口の女性は訝しそうに言った。
「事情ですか。それでしたら、ご親族に確認してみるとか。」
京香は言った。
「ええ、そうしてみます。」
京香は電話をかけるために、役所の外へ向かった。
広い役所の中には、様々な人が行き交っている。妊婦や子供連れ、杖を突いた老人、古ぼけた衣服を着た浮浪者のような中年の男性。
(どういう事。どうして閲覧制限なんか。そんな素振りなんて全くなかったはずなのに、、、)
役所の外にでた京香は、生家に電話をかけた。
プルルルルプルルルル。
「はい。真多です。」
電話には兄が出た。
「兄さん。私よ。京香よ。お願いがあるの。」
兄は怒りの籠った声で京香へ言った。
「今まで何をしていたのだ。家が大変な時に、丸田家から通帳を盗んで出て行ったそうだな。良君から連絡があったぞ。」
京香は、顔を顰めながら言った。
「そんなに、たいした金額じゃないわ。私にも事情があるの。それで、良と連絡が取れないのよ。家も売られたみたいで無くなっていたし、、、居場所を知らないかしら。」
兄は言った。
「先に、連絡を取れなくしたのはお前の方だろ。今更何の用事だ。」
京香は言った。
「それは、、、また一緒に暮らしたいと思って。」
兄は言った。
「あんな事をしておいて恥ずかしくないのか。まあいい。今はどこに住んでいる。良はかなり今回の事が頭にきて、警察に相談に行ったそうだよ。賠償請求を検討して弁護士に依頼しているそうだ。お前が盗んだ金と貴金属を返して、家族に謝るなら訴えを取り下げると言っている。弁護士から内容証明が届いている。それを送るから今住んでいる住所を教えてくれ。」
京香は驚き、震えながら言った。
「何を言っているの。私は、そんな訴えられるような、、、、」
兄は言った。
「今はDVとかあるらしいな。お前が家族に暴言を吐いたり、手を出したりする場面がカメラに写っていたらしいぞ。とにかく、盗んだものを返して謝る事だ。しばらくは弁護士が間に入るらしい。一緒に弁護士の連絡先を送るから、和解したいのなら、、、、、、、」
兄の話の途中で京香は電話を切った。
(DV?何の事。でも賠償請求だなんて、そんなお金どこにもないわ。ダメだわ。良には連絡しない方がいい。いいわ。また働けば、、、)
京香は貯金通帳を見た。そこには2か月に1回15万円程の金額が振り込まれていた。15日に入ってくる年金。後は仕事を探せば、、、
それにしても、調子がおかしい。頭は重たいし、とても疲れやすい。特に気になるのは、足の親指の傷だ。かすかな切り傷なのに1ヵ月近く経っても治る気配がない。それどころかどんどん膿んできて最近は黒ずんできているようだった。
足先や手先はもうずっと痺れているような感じで感覚が鈍い。
痛みを感じないが、徐々に広がる足先の傷が気になっていた。
(小さな傷だから、すぐ治るわよね。病院に行ってみよう。)
仕事なんていつでも探せる。
そう思っていた。
京香は、総合病院を受診した。
黒ずんだ親指を見た医者は、険しい表情で言った。
「これは、、、、、他になにか違和感はありませんか。」
京香は言った。
「疲れやすくて、トイレに行く回数が増えました。後時々目の前に白い点が無数に見えます。手足がしびれているような気がします。ですが、この親指も痛くないのです。もう1ヵ月近く治らないので念の為に伺っただけですから。」
医師は言った。
「詳しく調べる必要があるので、尿検査、血液検査と下肢静脈検査を行う必要がありますね。できれば入院していただきたいのですが、、、」
京香は驚いた。
「ただの、足の傷ですよ。入院なんてとんでもない。」
医師は言った。
「そうですか。」
尿検査、血液検査、下肢静脈検査を行った。
医師は京香へ言った。
「糖尿病の末期ですね。この足は壊死しています。もうここまできたら切断するしかありません。」
京香は驚き言う。
「え?」
医師は言った。
「放置しておくと、傷口から細菌が入り敗血症で死亡する可能性があります。できるだけ早く切断を検討しましょう。」
京香は言う。
「そんな。ただの傷です。切断なんてとんでもない。」
医師は言った。
「ですが、この指はもう死んでいます。治療しなければ、全て失う事になりますよ。」
京香は、入院する事になった。
糖尿病はかなり進行しており、膝上から切断しなければいけなくなった。
事務員が病室を訪ねてきた。
「確認したい事があるのですが、こちらの保険証が使用できないみたいです。」
京香は言った。
「そんなはずが、、、」
保険証を受け取った京香は言った。
「これは離婚前の保険証だわ。」
事務員が言う。
「もしかして離婚後、手続きをされていませんか?」
役所に離婚届を提出した時に、なにかいろいろ説明が書かれた書類を貰った気がする。急いでいた京香はそのままにしていた。
京香は頷いた。
怪我をしていた右足を切断する事になった。
切断後は、辛いリハビリが待っていた。
痛み止めを飲みながら、義足をつけて歩く練習をする。
ただ、好きな事をして生きたかっただけなのに、、、
入院費を支払おうとして、数十万円を超える請求に驚く。
「どうしてこんなにかかるのですか?」
事務員は言う。
「保険に入られていませんから、10割負担となります。一度支払っていただいて、役所で手続きをすれば、還付されますから。」
とてもではないが、支払えそうにない。
事務員と相談し、とりあえず請求書の一部を支払う事になった。
病院の自動引き落とし機へ行き、年金の残高を確認した。
すると、残高が0になっていた。
京香は驚き、混乱する。
まだ残っていたはずだ。それに年金も入ってくるはずなのに、、、
そういえば、、、
兄に電話をかけた。
兄の話では、強制執行の通知が少し前に届いていたらしい。だけど、京香の連絡先が分からず、住所も分からない為どうする事も出来なかったそうだ。
もうなにもない。
京香にはなにも、、、、。
京香は、生活保護を申請する事になった。
退院した京香は2畳ほどの狭い、生活保護者専用アパートで一人暮らしをしている。
少しでも、仕事をしろと言われ、自室で座ってできる内職をしている。
どうして、、、
どうして、、、
こんなことに。
ただ、好きに生きたかっただけなのに。
自分で捨てた丸田家を懐かしく思いながら、京香は一人、紙に糊付けを続けていた。
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