上 下
18 / 25

許し

しおりを挟む
ミラージュは、戸惑いながらベッドへ近づいて行った。
「ローニャ侯爵様。初めまして。」

確かに今、目の前の老侯爵は母の名前を口にした。だが、母からは一度もローニャ侯爵の話を聞いた事がない。跡取りのいないローニャ侯爵家の養子に運よくミラージュは選ばれたはずだった。

ベッドに横たわる老侯爵は、ミラージュに手を伸ばしてきた。その手は欠陥が浮き出て所々茶色い染みでまだら模様になっていた。

「私は、其方の曽祖父になる。」

「そんな、母からは親族はいないと聞かされていました。侯爵様の勘違いでは?」

「私が悪かった。娘が平民と結婚したいと言い出した時に、あの子を追い出してしまった。息子が40歳で、戦争に行き死んだ後、必死に娘を探したが、もうあの子も死んでしまっていた。子供にラナリーンと付けたとしか分からなかった。其方は娘の生き写しだ。私は、やっと見つける事ができた。私を許しておくれ。」

ミラージュは、躊躇いながらも、老侯爵の手をそっと両手で握りしめた。

(母さんは、本当にローニャ侯爵の孫だったのかしら。礼儀作法は祖母から教えられたと母さんは言っていたけど、祖母がローニャ侯爵の娘なら納得ができる話だわ。ううん。もうどっちでもいい。ただ、この方は……)

年老いたローニャ侯爵の顔は青白く、豪華な部屋の中は独特の匂いが充満していた。節々は浮き上がり、同じ人間と思えない。ローニャ侯爵は、全身の肉を削ぎ落し、皮だけで動いているようだった。

「ええ、貴方を許します。私を迎えてくれてありがとうございます。」

ローニャ公爵は、薄く微笑み、左目から一筋の涙を流した。

そのまま、力尽きるように両眼を閉じた。

ミラージュは、ローニャ侯爵の手を温めるようにしばらく握っていた。













帰り支度をしたミラージュに執事が声をかけてきた。
「ありがとうございます。ミラージュ様。やっと主は安らかに眠る事ができます。」

「ええ、でも、本当に私で良かったのかしら。母からは、貴族の血筋が流れていると聞いた事がないの。間違いかもしれないわ。」

「主は、食事が満足に取れなくなっても後継者を見つけるまで死ねないと仰っていました。一時の激情で何よりも大切な人を失ってしまったと、長年後悔されていたのです。ミラージュ様のお陰で、主は救われました。貴方こそローニャ侯爵家に選ばれた後継者です。」

安堵した表情を浮かべる執事に見送られながら、数日滞在したローニャ侯爵家をミラージュは後にした。

冷たく強い風が、木々を揺らし枯葉が舞い上がる。

茶色や朱色の無数の葉は、風の渦に翻弄されながら、一斉に同じ方向へ飛んでいき、茂みに集まり、初めから自分たちの居場所だったかのように、そこに留まる。

(さよなら。曽爺様。私の居場所は‥‥‥)

ミラージュは、馬車へ乗り込み、王城へ帰って行った。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

婚約者に好きな人がいると言われました

みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり―――――― 🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

婚約破棄してきた王子、我が父に復讐される。~彼はすべてを失いました……意外な形で~

四季
恋愛
婚約破棄してきた王子、我が父に復讐される。

処理中です...