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王太子

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王太子のガイラックは焦っていた。
王太子婚約者候補選別会で、確かにミラージュに会ったと思ったのに、気がつけば彼女は姿を消していた。

ガイラック・グラン・ライジニアはライジニア王国の正当な王太子として生を受けた。ガイラックの父である国王には優秀な王弟がいる。王弟である叔父は前王の庶子であるが、学問に秀でており宰相の地位についていた。ガイラックは幼少期からなにかと叔父と比較されてきた。叔父は次期王になる事を諦めきれないらしい。貴族や軍部に根回しをして、ガイラックにとって不利になる噂を広めていた。

父の国王は、唯一の年の離れた弟が可愛いらしく、父に訴えても証拠がないから、そんな事をするはずがないからと、叔父を処罰する様子がなかった。

ガイラックの側近であるロニア兄妹が襲撃された。叔父の仕業だと思われるが狡猾な叔父は証拠を残さない。何とかしなければならない。ガイラックは叔父の周囲を探る事にした。

叔父が、ギガリア公爵領へよく出向いているらしいとの情報を得て、ガイラックはギガリア公爵領を探る事にした。

グランと名乗り、平民を装ってギガリア公爵領へ訪れる。

不審な行動をする王弟を探る事だけが目的だった。

だけど、ガイラックは、偶々入った店で出会ってしまった。

美しく明るいミラージュに。





ミラージュは、長い黒髪を後ろで一つに結び、店の中を縦横無尽に移動していた。たくさんの客から声を掛けられ明るく笑って応対している。紫色の瞳はキラキラと輝き貴重な宝石を思い出される。

服装は質素だが、ミラージュは誰よりも輝いていた。

こんなに綺麗な人がこの世にいるのかと、グランは見惚れた。

ミラージュに惹かれているのはグランだけではない様子だった。

「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ。初めての方ですね。ゆっくりしていってくださいね。」

「ありがとう。」



ガイラックは、月に一度はギガリア公爵領を訪れるようになった。

確かに王弟はギガリア公爵領を頻回に訪問している。だが、ギガリア公爵と仲がよい訳ではなさそうだった。

王弟が何かを企んでいる事は分かるのに、探り切れないでいた。

ガイラックは、ギガリア公爵領を尋ねる度に、ミラージュが働く店を訪れた。

いつのまにかガイラックは、ミラージュに会う事が楽しみになっていた。
ミラージュとは年が近い事が分かり、世間話をする仲になった。

ミラージュは朗らかに笑い、ガイラックへ話しかけてくる。

「いらっしゃい。グラン。」




王太子婚約者選別会は、婚約者を決めない王太子に痺れを切らした貴族達が開いた会だった。叔父が不審な動きをしている時に、婚約者を決める訳にはいかない。王太子の婚約者に選ばれた相手に危険が迫るかもしれない。ガイラックは初めから婚約者を選ぶつもりは無かった。それに、身分違いだと分かっていても、美しいミラージュに惹かれる自分をガイラックは自覚していた。

本名を名乗っていない。身分も名乗っていない。本当の仕事も出身も伝えていない。

ミラージュには両親も親戚もいない。貴族でない平民が王太子の婚約者に選ばれるはずがない事は分かりきっていた。

だけど、、、、、



婚約者候補選別会で、目が合った紫色の瞳の美しい少女を見て、ガイラックはミラージュだと確信した。

髪の色が違う。服装が違う。だけど、ミラージュだ。王太子である自分を見て嬉しそうに微笑んでいる。

この場に参加できるのは貴族だけのはずだ。

ミラージュが参加出来るはずが無い。でも、ミラージュがいる。

ガイラックは、すぐに行動に移した。

胸のつけている青いバラに手を添えながら、ミラージュの元へ歩いて行った。


そんなガイラックを驚いた表情で見たミラージュは、悲しそうに顔を歪め、振り返って走り出した。


ガイラックの前には沢山の令嬢が群がって来ていた。

追いかけたくても走る事が出来ない。

「王太子様。お会いしたかったです。」

「私は、ルーガス侯爵令嬢アンネマリーと申します。お見知りおきくださいませ。」

「私の父が、殿下によろしくと言っておりました。私が婚約者に選ばれたら鉱山を持参金として王国へ、、、」






「ちょっと待ってくれ。私は、、、」






ガイラックは、先ほどまでミラージュがいた場所へ手を伸ばす。


すでに、そこには誰もいなくなっていた。

ミラージュは、幻のように消えていた。






王太子婚約者選別会に参加したギガリア公爵令嬢が消えたらしいとの噂が流れ、暫く侍女達が捜索していたようだが、公爵令嬢はすぐに見つかったと報告された。どうやら体調を崩して早急に帰宅していたらしい。

結局、ガイラックは誰も婚約者候補に選ばなかった。

どうしてもミラージュの事が気になって仕方がない。

配下の者をギガリア公爵領へ送ったが、ミラージュは店から姿を消していた。店主は、ミラージュは遠い親戚が迎えに来て連れて行かれ、どこに行ったか分からないと言っていたらしい。ミラージュは行方不明になっていた。


ガイラックは、もう23歳になる。

婚約者を決めなければならない。

だが、、、、、




久しぶりに母である王妃とお茶を飲んでいた時、母の王妃が、ガイラックがつけている紫色のカフスボタンを見て言った。

「素敵なカフスボタンね。貴方にしては趣味がいいわ。私も最近美しい紫色の宝石を手に入れたのよ。あの子は優秀よ。まだ原石だけど磨けば磨くほど輝きを増すわ。」

「母様。それは誰の事ですか?」

「私の新しい侍女よ。白の離宮に訪ねてきた子を雇ったの。とても美しい紫色の瞳をしているのよ。まるで貴方のカフスボタンのようにね。」

ガイラックは、気が付いた。ミラージュはいなくなったと思っていた。だが、思い違いをしていたかもしれない。ミラージュはずっと王城にいたのではないか。

「母様。ありがとうございます。」

ガイラックは、立ち上がり慌てて部屋の外へ向かった。

「まあ、王太子。どうなさったの。」

「母様のお陰で、見つかるかもしれません。」

驚く母を残して、ガイラックは白の離宮へ急いだ。

舗装された森の小道を進んで行く。生い茂る木々、所々に咲き誇るラベンダー。太陽の光でキラキラと輝く緑のトンネルを抜けて白の離宮へ辿り着いた。

白の離宮の庭へ入ると、そこは手入れされた美しい庭園が広がっていた。

奥の廊下に佇む長い黒髪の女性がいる。

鏡の前に立ち、物思いに耽っているようだ。

後ろ姿でも分かる。

ミラージュだ。

やっと会えた。

ガイラックは、愛おしい娘に近づいて行った。





今度こそ思いを伝える為に。
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