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R 忘れてください

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ライル・オーガンジス侯爵は、元妻のルナリーを必死に探していた。

ルナリーの実家のアーバン商会にも行ったし、情報ギルドにも依頼した。

しかし、ルナリーは一向に見つからない。

幻のようにルナリーの存在が消えてしまっていた。

















ライルはオーガンジス侯爵家の嫡男として生を受けた。母はライルを産んだ後体調を崩し、亡くなった。

父は、ライルの養母としてマクベラ男爵令嬢を、オーガンジス侯爵家に迎い入れた。

ライルはマクベラ夫人や屋敷の使用人達に育てられた。マクベラ夫人とは血の繋がりがないが、とても可愛がってくれたとライルは思っている。

しかし、マクベラ夫人はライルより、オーガンジス侯爵家を頻回に訪れる姪のメアリージェンを溺愛していた。


いつしか、嫡男であるにも関わらず、ライルはメアリージェンのおまけのような扱いになっていった。メアリージェンが必要だからドレスを購入するついでにライルにネクタイを購入する。

メアリージェンがお茶会を開催するついでにライルもお茶会へ参加する。

父の公爵が亡くなってから、さらに酷くなった。

オーガンジス侯爵家の使用人達は、学業や仕事で屋敷を離れる事が多いライルではなく、マクベラ夫人とメアリージェンに従う。資産管理人もマクベラ夫人の言いなりになっており、ライルはもどかしく感じていた。

ライルは幼少期から第一王子の側近に選ばれていた。

学院でも、学院を卒業し第一王子の側近正式に採用されてからも、王子に振り回されて屋敷になかなか帰れない。

このままではいけないと感じながら、どうする事も出来なかった。






その日は、第一王子が下町を訪れていた。国王から「裏ギルド長」と接触するように指示されたのだ。

「裏ギルド長」は伝説のような存在だった。

年を取らない白髪の女。

全ての情報を掌握している。

誰も見つける事ができないが、誰もが知っている存在。

実在するか分からない人物と接触しろと言われ、気分を害した第一王子は早々に娼館へ入っていった。

ライルは、娼館の前で待機をする。

一緒に入るように言われたが、王子に付き合う気分ではなかった。






ライルが、娼館の前で町を見ていると、道路の反対側で小柄な人物が、数人の男たちに絡まれている場面が目に入った。

男たちは、その人物を捕まえ、路地裏へ無理やり引き込んでいった。

ライルは、とっさに路地裏へ向かった。

小柄な人物は短パンで黒いフードを被っている少年のようだった。

「おい、やめろ。」

ライルは大柄で厳つい男たちに声をかける。

「なんだ。お前。部外者は引っ込んでいろ。」

男たちの一人がライルに剣を抜き切りつけてきた。

ライルは、反射的に躱して、男の後頚部を強打した。

仲間が倒されたと知った他の男たちはライルに数人がかかりで攻撃を加える。

ライルは、幼少期から運動神経がよく剣が得意だった。

長身で細身のライルは、鋭い動きで男たちを翻弄し、全員を気絶させた。




パンパン、パンパン




フードを被った少年は、ライルに拍手を送り話しかけてきた。


「ありがとう。助かったよ。お兄さん凄く強いね。」


やけに落ち着いている少年に違和感を感じながらライルは言った。


「ああ、腕には自信があるんだ。怪我はないかい?」


小柄な少年に近づこうとした時、娼館の入り口が騒がしくなった事に気が付く。


どうやら第一王子が出てきたらしい。


「さよなら。お兄さん。またね。」


少年は、路地裏の奥へ走り去っていった。










ライルは、その後も何度か第一王子に付き従い下町へ行った。

王子は、娼館にばかり行き、「裏ギルド長」を探す気配がない。

まだ幼いが第二王子は優秀だと聞く。王太子に選ばれるのは第二王子かもしれないと感じていた。 

路地裏で助けた少年は、ライルが下町に行く度に姿を現した。

名前も顔も知らない少年は、ライルと楽しそうに話をして去っていく。

ある日、少年はライルに言ってきた。
「お兄さん。疲れているね。どうしたの?」

昨日は、屋敷に帰ると、メアリージェンと正式に婚約するようにマクベラ夫人から詰め寄られた。

正直メアリージェンに惹かれる所はないし、結婚するつもりも全くない。なんとか躱したがオーガンジス侯爵家に居座るマクベラ夫人にもメアリージェンにも辟易していた。追い出そうにも、資産管理人や使用人達と結託し、証拠がなく追い出す事ができない。

ライルは少年に言った。
「家に居座る厄介者を追い出したいんだけど、手が無くて困っているんだ。」

少年は笑う。
「あんなに強いお兄さんでも苦手な事があるんだね。僕はお兄さんの事を凄く気に入ったんだ。手伝ってあげるよ。」

ライルは驚き言う。
「手伝うって?どうやって。」

少年は言った。
「アーバン商会は知っている?知り合いがいるんだ。そこから縁談が来たら了承すればいいよ。」

ライルは言った。
「どうして、君がそんな事を、、、まさか裏ギルド員か。」

少年は言う。
「・・・・」

少年は無言で肯定した。

ライルは尋ねる。
「だが、裏ギルドへの依頼は高額だと聞く。今のオーガンジス侯爵家にそんな大金は、、、」

少年は言った。
「ちゃんと依頼料は頂くからお兄さんは気にしなくていいよ。お金じゃないし、お兄さんの不利益になる事もないから安心して。」

ライルは言う。
「分かった。君を信じるよ。俺も君の事を気に入っているんだ。また会えるかな?」

少年は言った。
「お兄さんが初めて会った時みたいに僕に気づいてくれたなら、もっと会う機会が増えると思うよ。」

ライルは笑った。
「そうか。楽しみにしているよ。」

少年は言った。
「もし僕の事を捨てたなら、僕もお兄さんの事を忘れるよ。覚えていてね。約束だよ。」

ライルは笑って言った。
「ああ約束だ。」

ライルの言葉に頷き、少年は走り去って行った。








残されたライルはつぶやいた。

「捨てるもなにも、名前も顔も知らないのに、、、」

ライルは結局第一王子に少年の事を告げなかった。いつもどこからかライルに近づく裏ギルド員の少年。連絡先だけでなく名前も知らない。まるで噂の裏ギルド長のように幻のような少年だった。




第一王子は、「裏ギルド長」を探すといい、下町へ通い続けた。王城よりも自由に遊べる所が気に入ったらしい。

ライルには、少年が言っていたように、アーバン商会長の庶子の娘ルナリーとの縁談が申し込まれた。マクベラ夫人は持参金の多さに惹かれ、ライルの意見も聞かずに結婚を了承したらしい。

相変わらず勝手をするマクベラ夫人に嫌気を感じる。

あれだけ、メアリージェンとライルを結婚させたかったマクベラ夫人がすぐに結婚を了承した事に違和感を感じながらライルは、初めて会う黒髪で茶眼のおとなしい女性ルナリーと結婚した。



「初めまして。ライル様。」

ルナリーは初対面の時からライルに好印象を抱いているようだった。

ライルは自分の外見が女性受けする事を知っていたが、ルナリーは裏ギルド員の関係者だと思っていたので、驚いた。

「初めまして。ルナリー。君は何を知っている?」

ルナリーは純朴そうな瞳で言う。

「なんの事ですか?私は、貴方を一目見た時から愛しています。ライル様。」


話を聞くと、ルナリー王都でライルの事を見かけた事があるらしい。一目惚れをして父に結婚を強請ったと伝えられた。
ルナリーと一緒に過ごす時間は、いつしかライルにとってかけがえのない時間になった。


忙しい仕事の合間を縫うようにして屋敷に帰りルナリーと過ごす。

毎回ルナリーから「愛している」と告げられて、ライルもルナリーに愛の言葉を返すようになっていた。


相変わらずマクベラ夫人とメアリージェンが侯爵邸に居座っているが、ライルはもう気にならなくなっていた。侯爵邸に帰れば妻のルナリーが迎えてくれる。ライルは幸せを感じていた。



相変わらず、下町に遊びに行く第一王子に付き添っていたら、メアリージェンが急に声をかけてきた。
王子は美しいメアリージェンを気に入ったみたいだ。ライルを隠れ蓑にして二人は逢瀬を重ねた。

ライルはわがままなメアリージェンが苦手だった。急に抱き着いてきたり、ベタベタ触ってくる。
幼い時に拒否してメアリージェンが酷く泣き叫び、そのあとでマクベラ夫人と使用人に強く怒られた事があった。
それからライルはメアリージェンの自分勝手な行動にできるだけ耐えるようにしていた。





隣国から第一王子の訪問を促す使者が訪れた。嫌がる王子の代わりにライルが隣国へ行く事になった。

ライルはうんざりしていた。わがままな第一王子。我が物顔でオーガンジス侯爵家に居座るマクベラ夫人とメアリージェン。

マクベラ夫人とメアリージェンは、ルナリーと離婚するようにライルに言ってくる。

ルナリーと離婚をするつもりは無かった。

だけど、このままルナリーを屋敷へ置いて、何時帰国できるか分からないまま隣国へ行く事には不安を感じる。

ライルは僅かな望みを託して下町に行き、裏ギルド長を訪ねた。

以前、第一王子と探していた時はどうしても会えなかった裏ギルド長にすぐに会えることになった。




裏ギルド長は噂通りの人物だった。

白髪で長い髪の老婆に見えるが、その声は中性的で若い男性のようだった。

目の前にいるのに、生命感がない。まるで幻と話をしているようだ。


老婆が言う。
「ライル・オーガンジス侯爵。なんの用だい?」

ライルは言った。
「情報が欲しい。オーガンジス侯爵家に居座るマクベラ夫人とメアリージェンを追い出せる情報が。」

老婆は笑いながら言った。
「ククククク。ほう、それは興味深いね。あんたの事は気に入っている。情報をやってもいい。だが対価が必要だね。」

ライルは、言った。
「なにが必要だ。」


老婆は言った。
「そうさね。アーバン商会長の庶子と結婚しているだろ。あの娘と一度離婚してくれたなら、情報を渡してやろう。すぐに追い出せるはずだよ。」


ライルは予想外の対価に驚いた。
「ルナリーと離婚?」


老婆は優しく言う。
「一度離婚するだけさ。あんたが隣国へ行っている間だけでいい。あの娘の安全の為にもそれがいいだろう。あんたが帰って来てから厄介者を追い出した後で求婚でもなんでもすればいいよ。」


裏ギルド長が提示する対価は不可解だったが、ライルは了承した。


ルナリーは、結婚してしばらく経つが会う度に、ライルに愛を告げてくる。ライルもルナリーを愛していたし、そうルナリーに伝えていた。ライルは一時だけ離婚しても問題ないと思っていた。


直ぐに、またルナリーと一緒になれると思っていたのだ。





















だが、ルナリーと離婚して3年も経つのに、全然ルナリーが見つからない。

ライルは何度もアーバン商会長を訪ねて行った。

アーバン商会長はルナリーの異母兄になる。何か知っているはずだった。


アーバン商会長は、諦めないライルに根負けしたのか同情したかのように言った。

「まあ、妹は強情な所がある。もう忘れた方がいい。幻だったんだよ。」



その言葉で、ライルは下町で仲良くしていた幻のような少年の言葉を思い出した。

『僕の事を捨てたなら、僕もお兄さんの事を忘れるよ。覚えていてね。約束だよ。』


まさか、、、、


どうして今まで気づかなかったんだ。


「裏ギルド長か!」


その言葉を聞いたアーバン商会長は顔を青ざめさせた。


当たりだ。あの少年と、ルナリーが同一人物だ。あの時会った老婆は、ルナリーを取り戻す為に、あんな条件を付けたんだろう。


そして、少年とした約束を思い出したライルは頭を抱え込んだ。



確かに、少年と約束をした。

捨てたら、俺の事を忘れると。

あれはどうゆう意味だったのか。

愛するルナリーにもう二度と会えないかもしれない。

ルナリーがライルの想像している人物なら、望まない人物を招くはずがないからだ。









ルナリー、



ルナリー、



愛している。


捨てるつもりなんて無かったんだ。





あの約束を、、、、






「忘れてください。」

ライルは、蹲ったまま一人呟いた。





そんな、ライリーをアーバン商会長は同情した目でみつめていた。










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