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2.暗殺依頼

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メイナは裏道に入り暫く歩いた先にある暗殺者ギルドの黒鉛の入り口のドアをゆっくり開いた。

ギィーーーーーーードタン。


ドアの先には、薄暗い空間に、数人の無骨な男達が座っていた。


正面のギルド受付へ行く。



顔の中心に刃物でつけられた大きな傷が残る痩身の中年男がメイナを見て話しかけてきた。


「メイナ。よかった。呼び出そうとしていたんだ。お前に客だよ。」

    

「客?」


「そうだ。応接室にいる。すぐに向かってくれ。」


応接室にいるという事はそれなりの身分のものなのだろう。暗殺者ギルドからメイナ単独への指名暗殺依頼は今まで来たことが無い。



(おかしいな。どういう事?)





応接室へ向かい、ドアを開ける。


中には、数人の男と、連絡が途絶えたはずの兄ブランの姿があった。



「兄さん!」


よく見ると兄の手と首には頑丈な拘束具がつけられている。顔色も悪い。


「お前がメイナか?」

男達はシルバーの鎧で全身を覆っていた。顔面もフルフェイスで、声しか窺い知れない。

「まさか加護殺しがこんなに若いとは。」

メイナは驚いて兄を見る。
メイナは両親について暗殺仕事をしたときに、一度加護がある老人を殺した事があった。

加護持ちを殺せるのは加護持ちだけである事は常識だ。

各国は神の加護を得た王族が収めている。

加護持ちは強力な魔術を使え、防御魔術にも優れている。メイナは何故か魔術が効かない事が多い。メイナが殺した加護持ちは、戦争の生き残りの風神の加護を持った元王族だった。

強い風で阻まれ、攻撃が通らない中、メイナの暗器だけが風を切り裂き相手に届き、留めを刺した。

加護殺しの暗殺者がいると噂になったのはそれからだ。

家族だけが、メイナが加護殺しだと知っている。


メイナは、捕らえられている兄を見る。
相変わらず顔色の悪い兄はメイナに申しわけなさそうにしている。




中央の最も豪華な鎧を纏った男が言う。
「お前の兄が、我らの契約を違えた。契約した暗殺依頼を遂行できなければ、この首輪が兄を絞め殺すだろう。」


メイナは唾を飲み込む。

「まさか、魔術を?」


「契約魔術さ。契約したのはお前の兄だ。暗殺対象を殺さない限り、魔術は解けない。数年以内に確実に死ぬだろう。」

兄を見ると、頷き鎧の男の言葉を肯定する。

「お前が暗殺依頼を引き継げ、まさか断らないよな。」

メイナは了承するしか無かった。

「対象は誰ですか?」

「王殺しだよ。

キーベルデルク神国の前王クロム・キーベルデルクを殺した者を見つけ出し息の根を止めるのだ。」


「キーベルデルク神国ですって。あそこの王が死んだのは何年も前でしょう。何故今更。」

「犯人の目星はついている。残虐王エーリヒだ。何年も暗殺依頼を出し続けているが、今では引き受ける者さえいない。だが、加護殺しなら、やっとアイツを殺せるかもしれん。」


メイナは言う。
「無理です。私が殺したのは弱った老人でした。残虐王はいくつも加護を持つと聞く。私が殺せるはずがない。」


「ならば兄が死ぬだけだ。
それに残虐王がキーベルデルク王を殺したと決まっているわけじゃない。
キーベルデルクの王殺しが死ねばすぐに分かる。キーベルデルク神国に水の加護が戻るからだ。」

鎧の男の話を肯定する様に、兄につけられている拘束具が青い輝きを放つ。

メイナは黙り込んだ。


「なら、兄さんを解放して。私は魔力無しだ。兄さんと一緒の方が暗殺の成功率が高い。」


「残念だな。お前の兄の解放は依頼完了してからだ。心配しなくても依頼が成功すれば首輪は外れる。すぐに自分で逃げるだろう。」


確かに兄ならそうするだろう。だが
、明らかに弱った兄が心配だった。


「依頼の成否は?どこに連絡を?」

「連絡は必要ない。キーベルデルク王を殺した者が死ねばすぐに分かる。
依頼料を兄に渡して解放しよう。成功すればだがな。」

(つまり、成功しなければ、兄さんは解放されないという事ね。母さんも父さんもまだ帰ってこないのに。)

「急ぐ事だな。残虐王の次の目的地はキーベルデルク神国だ。戦争が始まるまでに残虐王を殺せ。戦争が始まれば兄の解放が難しくなるかもしれん。」

そういうと、鎧の男は前金とばかりに、沢山の硬貨が入った袋をメイナに投げ渡してきた。

ズシャーン。

床に落ちた袋からは、重い音がする。多分白金貨だろう。

(残虐王の暗殺依頼だなんて、正気じゃないわ。イカれた依頼者だけど、金払いだけは良さそうね。)


「分かったわ。言っておくけど、私の両親も暗殺者よ。もし約束を違えて早く兄が死ねば報いを受けるでしょうね。」

「ク、ク、ク、自信家だな。さすが噂の加護殺し。キーベルデルク王が死んだのは17年前だ。若くなければ、疑わしいお前も死んでもらう所だかな。」

鎧の男の声は、本音だった。きっと今まで何人も疑わしい者を殺してきたのだろう。

「兄さん。元気でね。きっと成功させるわ」

「メイナ。気をつけろ。こいつらは、、、、ウゥ、ヴヴ」

何かを伝えようとした兄は突然首を押さえて蹲った。

「兄さん!!」

「もういけ。この町から北へ5キロ行った所に残虐王の軍が南下してきている。腕の見せ所だな。加護殺しよ。」


兄は喋れないが、顔を上げ、メイナを心配そうに見上げてきた。


「ええ、せいぜい期待していて。」



メイナは暗殺者ギルドの応接室を出た。









自宅へ帰ったメイナは早速支度を整えた。数種類の魔石を用意して、暗器を確認する。5キロなら、少し仮眠をとって移動すれば明け方前には侵入できるだろう。両親へ手紙を書き、テーブルの上に置いた。




仮眠をとった後、目を覚ましたメイナは、家の扉を開け、周囲が静まり返る中、移動を開始した。


黒装束で黒髪のメイナは闇に溶け、進む。街道を抜け、北へ進み、見晴らしがいい崖の上に立った。

崖下は草原になっており、鎧の男に言われた通り、ランドルフ帝国軍が野営をしていた。

(まさか、本当にいるなんて。誰も噂をしていなかったはずよ。どういう事なの?)

ランドルフ帝国は地神の加護がある北の強国として知られている。10年前に5人の兄達を皆殺しにして即位したエーリヒ・ランドルフ皇帝は、攻めてきた周辺国全てを返り討ちにした。中には神の加護を奪われた国もあるらしく、暗殺者ギルドには常にエーリヒ・ランドルフの暗殺依頼が掲示されている。当初は依頼を受けた暗殺者もいたらしいが、成功する者がおらず、今では依頼を引き受ける者さえいない。

(まさか、化け物の暗殺を引き受ける事になるとはね。残虐王の次の目的地はキーベルデルク神国だったのね。)


メイナは、月明かりに照らされる中、崖から思いっきり飛び降りた。




ヒューーーーーーーーー。



崖から飛び降りたメイナは、頭を下にして落ちていく。

バサァーーーーー。

両手、両足を広げると、黒い布が風を受け、メイナの身体を持ち上げる。


風に乗り、メイナはムサザビのようにフワリと滑り飛んだ。


野営地に近づき、音を立てないように着地する。



(もうすぐ夜が明ける。急がないと。)



暗闇の中メイナは、野営地へ潜入した。




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