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お仕置きと代紋

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 バランサーという生き物は、別に戦闘に特化した生き物ではない。どちらかと言うと戦意を奪い取るのが得意で誰にも意識が向けられていない大衆たいしゅうの中でこそ力を発揮する。

 だからこうしてタイマンになるのは、骨が折れる。

『…っなんだこのガキ?!』

 死角から攻撃を入れるが、厚い身体にダメージが殆ど入らない。相手が拳を振り上げるモーションをバランサーの眼で見抜いて素早く肘鉄を見舞う。

 硬え!! ああもうっ、アルファの威嚇じゃ気絶しないだろうし…バランサーの力を使うならもう少し冷静さを欠かせないと。

『いっ?!』

 攻撃を避ける為に男の足を踏んで軸にし、後ろに回ると真っ赤な顔をした男が力任せに拳を握る。その瞬間、視界を遮るように近くのビニール袋を投げた。男がそれを払って目が合った瞬間、バランサーの力を使って戦意を削ぐ。

 膝を付いた男の腕をふん縛って床に転がす。

『蒼二兄! 行こう!』

『…宋ちゃん、でも…』

 他の人たちを置いて行くのに躊躇いがあるのか、後ろを気にする蒼二。無理矢理連れて行くなんて出来ないし彼の気持ちもよくわかる。

 …どうしよう、どうしたら良いんだ。

『…

 バランサーの力を使って、彼らに呼び掛ける。

『俺は、貴方たちを兄と一緒に助けたい。その為には貴方たちの力も必要だ。恐怖で体が震えても、怯えて足が踏み出せなくても、貴方たちはベータでも関係ない。日常に戻る為に、家族に会う為に、大切な人にまた会う為に、今…前を向いて勇気を出して。

 大丈夫。俺は見た通り、凄い強いんだから!』

 バランサーの力もあり、なんとか彼らの説得に成功して移動を始める。だが数が多い。全員で十人はいる。こんな大人数を抱えることになるとは思わず内心不安でいっぱいだ。

 気付けばもう、日が落ちるまで僅か。夜になる前に建物からは出なければと思いつつ、また前方から来る敵を気絶させた。

『確か…確か、地下から搬入口が…』

 先程通った時に地下搬入口、という看板を見た。比較的近い場所に外に通じるところがあって助かった。剥き出しのコンクリートの壁と天井に設置された裸電球。先ずは俺が入って中を確認するが残念ながら車はない。

 …ちぇっ。トラックとかあったら乗って脱出したかったのに。

 その時。突然扉が激しく叩かれて近くにいた人が悲鳴を上げて逃げ出した。全員が出た時に鍵を閉めたから、逃亡に気付いた者が追って来たんだろう。

 皆を自分より後ろに追いやってから、俺が更に前に出る。

『…合図を出したら、出口まで走って』

 出てすぐに敵はいないはずだが距離が開き過ぎてこれ以上はわからない。逃げる彼らに危害を加えられないよう目先の俺に集中して、なんとか彼らと蒼二だけでも逃したい。

『走れ!!』

 扉が開かれると同時に皆が走り出す。それを追うように同時に走り出す連中に向かって、コンクリートの床をスニーカーで思いっきり蹴る。縦横無尽に走り出す俺に一人が拳銃を取り出した。

 それはないわ!!

 威嚇に放たれた銃声に皆が悲鳴を上げるが後ろに陣取っていた蒼二がなんとか足を止めさせないよう働きかける。

 …なるほど、銃の腕前はそうでもなさそうか。

 ボスや刃斬の正確な銃の腕前を見ているから相手があまり銃に慣れていないとすぐわかる。あの人たちなら今ので確実に一人は制圧しただろう。

『なっ?!』

 そうわかっていたから正面から突っ込めた。銃を持つ手を蹴り上げ、そのまま着地後に顔面に回し蹴り。足捌きは双子を見て参考にした。あの人たち、スーツのくせにスゲー足上がるんだ。

 だが、これだけ人数がいれば不覚も取る。何度か蹴られたり、頬を掠めたりした。

 …何より、だ。

『っ痛…!』

 着地の際に、足がズキズキと痛む。縫った足に無理をさせ過ぎてしまった。家ではアルファになれるからガンガン傷を治したが、流石にまだ完治はしてない。

 そんな隙を突かれてまた吹っ飛ばされる。壁の近くまで飛ばされて息も絶え絶えになりながら出口を見れば、なんと出口が閉まり始めているではないか。

 やっば…。

『…でも、まぁ…良いか』

 遠隔操作だろう。それに皆はとっくに外に出たんだ。俺だけ捕まったところで、後からどうにかなる。殺されるのは困るけど。

 閉まる出口のシャッターを見ながら、地面に横になってぼんやりと暗くなり始めた外を見た。

 …最後にバランサーの力、一気に放ってどっかに隠れるか。辰見先生に画像とか送ったし警察とか来るかな…。

 こういう時、政府不干渉の条約って不便だなぁ。

『まだ、死にたくないもんな』

 兄ちゃんたちに帰るって約束した。それに、まだ…ボスとの契約を終わらせてない。諦めるのは簡単で楽だけど、立ち上がるのは…痛くてしんどいけど。

 また、会いたい人が、出来たから。せめて遠くから見つめるだけでも良い。だから。

『早くこのガキを捕まえて外の奴等を連れ戻せ!』

『いや、でもこのガキ…なんか変じゃね…?』

 コントローラーを消して、息を吸い込む。目が熱くなって本来の力を広範囲に広げる為に準備をした、その時。

 閉ざされたシャッターからバイクが突っ込んで来て強引に穴が空き、建物側の扉は何かの衝撃で弾き飛ばされて激しくひしゃげた…扉だった物が地面に横たわる。

『あのさ?! ワタシは、シャッターを開けろって言ったんだけど! 誰が乗って来たバイクを持ち上げて投げろなんて言った? 中にいる宋平くんに当たったらどーすんのお前!!』

『はぁ?! 開いたんだから同じことだろ! ソーヘーがそんなヘマするか、バーカバーカ!!』

 という声がシャッター側から響くと、今度は建物側から二人の巨体が現れる。

『狭いネ、この工場。宋平ちゃーん? お迎えに来たから帰りましょうネ!』

『あー埃っぽいヨ。こんな最悪な環境有り得ない、早く連れ帰ってゲームするヨ』

 見知った気配に声。思わず涙が出そうになりながら出口を交互に見れば、やはり知った顔がそこにいる。

 …弐条会が、なんで…だって場所も伝えてないしっ、一人でやるって言ったのに。

『あ。いたいた、そこに…、ありゃ。ちょいと痛め付けられちゃったネ。こりゃ怒るネ…』

『ボスごめんヨー! 宋平くんもう怪我してるヨ、どうする?』

 …え。ぼ、ボス…?

 双子の叫ぶ声に思わず身を起こして後ろの壁まで後退る。カッ、カッ…という下駄の音がする度に心臓が飛び跳ねて…やがて全員が建物側の出入り口に注視する。

 現れたのは着流しに身を包み、弐条会の代紋が入った羽織を肩に掛けたボスの姿。切れ長の赤黒い目がギョロりと動き、壁に寄り掛かっていた俺を捉える。

 なんで…。

 なんで、来るんだよ…。

『っおい!』

 連中の一人が指示を出すと、何人かが俺に向かって襲い掛かる。突然のことに慌てて立ち上がろうとするも足が滑ってしまう。

 人質に取られて首元を腕で拘束される。苦しくてもがいていると、踏ん張っていた足を蹴られて思わず悲鳴を上げてしまった。蹴られたのが怪我をしていた方の足だったから。

『動くな!! 動けばこのガキの首をへし折る!』

 グッと絞め付けられて苦しい。上手くコントローラーが思い起こせなくて必死に空気を吸い込もうとするのに、気道が潰される。

 生理的に溢れる涙で視界がボヤける。ああ、情けない。上手く出来なかった。こんな情けないところをボスに見られるなんて嫌だな。

 ボス、と言葉にならない声を漏らしてから意識がスーッと遠くなって身体から力が抜ける。ポロ、と涙が落ちて僅かに見えたのは目を見開いてこちらを凝視した後に怒りに任せて最大級のアルファの威嚇を放つ姿。

 敵も味方も巻き込んだそれに、敵は一瞬で白目を剥いて倒れる。俺を拘束していた奴もすぐに気絶して、俺も地面に投げ出された。

『っ放せ!! アイツ殺すッ!! ぜってぇ許さねぇ!!』

『落ち着けって! いや無理だろうけどっ、今はまだダメだって!!』

 遠くで猿石の怒声がする。今までで一番、怒った声にどうしたのだろうと考える。ぼんやりとそんなことを考えていたら、すぐ近くに下駄の音がして薄らと目を開く。

 傍らにボスが、俺を見下ろして立っていた。

『…生きてるか』

 お陰様で。

 なんて、声を出すことも今は出来ない。無表情のまま俺を見下ろすボスはどこか怒ったような雰囲気を纏っていて…どこか拒絶するように腕を組んだ。

 …これは、嫌われた…か。または心底呆れられたか、だな。

 誰か俺を気絶させてくんねぇかなぁ。


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