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幹部懇親会
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Side:犬飼
今年は異例の海の日だ。
『犬飼さん、飲み物冷蔵庫から取って来たんで飲んでください。スイカ割りの準備も出来たので、いつでもいけます』
『犬飼さん! 宋平の為にアイスも持って来たんすけど、流石にスイカとアイスは腹壊しますかね?!』
『あのー…誰かが花火…打ち上げが三号五十発、尺玉二十発ほどで発注してて…でも何故かボスのサインもあるんですけど…つまり誤発注じゃないんですよね、コレ』
毎年恒例、弐条会の海の日。弐条会代々続く行事で夏の定番。と言っても毎年ウチのボスは海に入るとかしないでコテージで一人読書したり、車から騒ぐ身内を眺めたりとか、そんな過ごし方だった。
ワタシたちも普通に夏を満喫してた。だからボスと刃斬サンがいないと知れ渡っても普段からそんな調子だから今年も大して変わらない雰囲気なんだろうと…そう思っていたのに。
『誰か浜辺で結婚式でもすんのぉ…? まぁ、ボスのサインあるならそういうことでしょ。その内業者来るから誘導してね。
で、何? スイカとアイス? アイスは夜にしたら良いじゃん。流石に夜にスイカ割りは無理でしょ』
忙しい。
嫌な忙しさじゃない。どいつもこいつも、漸くこの日に世話を焼く相手を見つけて嬉しいんだろう。この日を満喫してほしい、もっと笑ってほしい。
あの子に、この日を良い思い出で刻ませたいんだ。
『おい! そこ宋平の宝箱だぞ、踏むなよ!』
『貯めたなぁ、アイツ…』
どう考えてもゴミの穴にしか見えないのに、宋平くんが集めたというだけで大切な宝物のように扱う。
『やっぱり不思議な子ですよねぇ。妙に大人びているかと思えば年相応に素直に甘えたり…。きっと相手を尊重したいという気持ちも強いんですね』
『そーやって素直に甘えられて、ウチの連中はゴロゴロと絆されちゃったんだよねぇ』
『よく言います。貴方もでしょう』
否定はしない。今や幹部の中に紛れ込んでいても、誰もが当然のように受け入れている。
それでもふと思い出すのは、あの日…ボスのフロアから逃げて来た時のこと。ワタシの背中に張り付いて震えるあの子の身に起きたことを、後で刃斬サンから聞いた。
パラソルの下で横になるワタシに、覚がミネラルウォーターを持って来て渡す。
『いやぁ…ボスでも嫉妬ってするんだね。人間らしい感情が残っててビックリだよホント』
『…不敬ですよ。それにそんな軽いノリで言ってる場合ですか。あの子、ボスの名前出すだけで凍り付いてしまうんですから』
夏なのにねー、と零せば頭にミネラルウォーターが飛んできた。刃斬サンに覚もそんなにワタシを痛め付けて楽しいか。
『流石のボスでもまだ子ども相手じゃねぇ。凄いよ、あの子。双子にあの部屋に連れて行かれて暢気に一緒にゲームしてたらしい』
『…あの双子の倫理観は死んでるので何も言えません。そんな人間として終わってる双子ですら懐柔するんですから、本当に…ある意味、こちら側に来るべくして来たといったところですか』
時刻は午後三時を迎えようといったところ。そろそろ腹も減ったかと何人かが宋平くんを探し始めている。スイカ割りの時間かな。
『で? 肝心のボスは自分たちが不在なのと、この間の詫びにこんな高額な花火をプレゼントって? わかってないよねー。あの子は花火も喜ぶだろうけど、ボスがいた方が喜ぶでしょうに』
『月見山との遠出でしたか。確か隣県の有名なデートスポット…ベタですね』
そう言った後に宋平くんを探す連中に洞窟探検に行ったと叫ぶ覚。彼にはもう一つ役割があって写真を撮るように刃斬サンから仰せつかってる。スマホや一眼レフを片手に皆や宋平くんを撮っている。
まぁ、ワタシらが写ったやつは確認次第データごと消されるだろう。
『あんな弱小の一家と繋がったところで、ウチにはなんの旨みもないけどねー』
『小さくても立派なオメガの後継者ですよ。…経歴は少々お転婆なようですが』
お転婆なんて可愛いもんじゃない。世間知らずで野蛮な人間だ。
『オメガ専門の学校じゃ生徒間の問題を起こして休学、一人前のオメガとしてお披露目のパーティーで問題発言をして出入り禁止。
そして…二年前に婚約破棄をされている、と。理由は相手側に想い人がいて、それを知って激しく争い合って双方が怪我をして家の関係が拗れまくった為。
…お前の少々の許容範囲、広いね』
ただのヤベー奴じゃん。
詳しくは知らなかったのか夏空の下なのに覚に冷や汗が浮かぶ。真実なのか気になったようで資料を見せてやれば食い入るように見ている。
『これ調査したの処理部隊じゃないですか…。ってことは、本物…』
『そうヨ。だからあの小童がボスに気に入られたのは完全にオメガとしての相性が良かったからだヨ。そうでなきゃ誰が傷物の花嫁なんか迎えるかヨ』
満足したのか海から上がって来た双子はタオルを片手に濡れた髪を犬のように振り、耳の水抜きをしながら同じパラソルに入って来た。
『全国の傘下からも非難殺到でウケるネ。上の連中は相性の良いオメガって言葉に万々歳だけどネ~』
『ボスも触られただけで風呂に直行するくせに、どうするつもりなんだヨ』
調査を担当した白澄は缶ビール片手に静かに海を眺めている。その様子は結構深刻そうで、隣で胡座をかいた黒河も煙草に火を付けながら物思いに耽るように煙を吐いた。
『実は婚約破棄されたのは相手が全部悪いとか…そういう逆転劇は』
『ない。確かに相手には他に想う人がいたらしいけど、それを押し殺して結婚には同意してたヨ。そのことを知った小童が激情のままに動いて結婚の話はおろか、両家の溝が完全に出来上がって破局。
バカだヨ。結婚してからいくらでも惚れさす機会もあったろーに』
これが他人事なら大変だねー、で済むけどこれから自分たちの身内となると考えただけで胃が痛い。しかも向こうは完全にボスに惚れてる。なんたってウチのボスは超絶イケメンだし、若いし、上位アルファだし…自慢のボスなんだけどなぁ。
それぞれ似たことを考えているのか、波の音を聴きながら感傷に浸る。
…むさ苦しいな。
『あ。そういえば、この間のアルファ野郎って正体わかったの?』
『いやー…逃げられたネ。ボスは逃したけど一応かるーく探っては来たんだけど綺麗に逃げてたネ。かなり良い勘してるネ~次会ったら潰すけど』
深夜、アジトを襲撃して来た謎のアルファ野郎。しかし一人のみでアジトは荒らされた形跡もない。一体何をしに来たか、未だ謎。
『…あの。噂で聞いたんですけど、そのアルファ野郎を逃した理由がボスが宋平と喧嘩してやる気なくしてたから…って』
ブッ、と双子が同時に噴き出してワタシも思わず顔を背ける。当日休んでいた覚にはわからないその夜と、その少し前の問題の日。
ボスが刃斬サンだけ弁当を貰う姿に嫉妬しちゃって起こした事件。実はあの日、宋平くんが飛び出してからのボスはマジで落ち込んでいたらしい。
いや、現在進行形でかなり落ち込んでいる。
『自業自得なのにネ! 笑っちゃうネ!!』
『無意識に溜め息ばっかりヨ! 宋平くん強気に言い返したらしいから本気で嫌われたってビビってるヨ~』
彼はどんどんワタシたちの知らないボスを教えてくれる。それが嬉しくて堪らない。今まで微塵も見せなかった弱さや、らしくないところ。でも構わない。
ワタシたちは、それが知れて嬉しかったから。
『だからあの夜も刃斬の旦那と代わってやったヨ。ずーっとボスから無言の圧かけられてたから仕方なくだヨ!』
気まずそうにデカい身体を縮こませる刃斬サンの姿が想像できたらしい覚も思わず口元を手で隠す。
こんな風に笑うことが増えた。あの二人に巻き込まれて色んなことが起きるから飽きなくて良い。
『だからやる気も無くしちゃって、見逃したってわけね。まぁ興味も出たんじゃない? 結構強いアルファだったね、あの刺客』
『捕まえたらどんなことしようか、楽しみだヨ』
あ。お宅はちょっと黙ってて下さい笑顔が怖過ぎるんだよ宋平くん見たら泣くよ?
『…そういえば』
時刻は午後三時三十分。
『あの二人、遅くない?』
その後すぐに一人の構成員が急ぎ報告に来た。彼の手には海に来る前に宋平くんにあげたはずのサンダルがあって、
後に見に行った洞窟に二人はいなかった。
.
今年は異例の海の日だ。
『犬飼さん、飲み物冷蔵庫から取って来たんで飲んでください。スイカ割りの準備も出来たので、いつでもいけます』
『犬飼さん! 宋平の為にアイスも持って来たんすけど、流石にスイカとアイスは腹壊しますかね?!』
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ワタシたちも普通に夏を満喫してた。だからボスと刃斬サンがいないと知れ渡っても普段からそんな調子だから今年も大して変わらない雰囲気なんだろうと…そう思っていたのに。
『誰か浜辺で結婚式でもすんのぉ…? まぁ、ボスのサインあるならそういうことでしょ。その内業者来るから誘導してね。
で、何? スイカとアイス? アイスは夜にしたら良いじゃん。流石に夜にスイカ割りは無理でしょ』
忙しい。
嫌な忙しさじゃない。どいつもこいつも、漸くこの日に世話を焼く相手を見つけて嬉しいんだろう。この日を満喫してほしい、もっと笑ってほしい。
あの子に、この日を良い思い出で刻ませたいんだ。
『おい! そこ宋平の宝箱だぞ、踏むなよ!』
『貯めたなぁ、アイツ…』
どう考えてもゴミの穴にしか見えないのに、宋平くんが集めたというだけで大切な宝物のように扱う。
『やっぱり不思議な子ですよねぇ。妙に大人びているかと思えば年相応に素直に甘えたり…。きっと相手を尊重したいという気持ちも強いんですね』
『そーやって素直に甘えられて、ウチの連中はゴロゴロと絆されちゃったんだよねぇ』
『よく言います。貴方もでしょう』
否定はしない。今や幹部の中に紛れ込んでいても、誰もが当然のように受け入れている。
それでもふと思い出すのは、あの日…ボスのフロアから逃げて来た時のこと。ワタシの背中に張り付いて震えるあの子の身に起きたことを、後で刃斬サンから聞いた。
パラソルの下で横になるワタシに、覚がミネラルウォーターを持って来て渡す。
『いやぁ…ボスでも嫉妬ってするんだね。人間らしい感情が残っててビックリだよホント』
『…不敬ですよ。それにそんな軽いノリで言ってる場合ですか。あの子、ボスの名前出すだけで凍り付いてしまうんですから』
夏なのにねー、と零せば頭にミネラルウォーターが飛んできた。刃斬サンに覚もそんなにワタシを痛め付けて楽しいか。
『流石のボスでもまだ子ども相手じゃねぇ。凄いよ、あの子。双子にあの部屋に連れて行かれて暢気に一緒にゲームしてたらしい』
『…あの双子の倫理観は死んでるので何も言えません。そんな人間として終わってる双子ですら懐柔するんですから、本当に…ある意味、こちら側に来るべくして来たといったところですか』
時刻は午後三時を迎えようといったところ。そろそろ腹も減ったかと何人かが宋平くんを探し始めている。スイカ割りの時間かな。
『で? 肝心のボスは自分たちが不在なのと、この間の詫びにこんな高額な花火をプレゼントって? わかってないよねー。あの子は花火も喜ぶだろうけど、ボスがいた方が喜ぶでしょうに』
『月見山との遠出でしたか。確か隣県の有名なデートスポット…ベタですね』
そう言った後に宋平くんを探す連中に洞窟探検に行ったと叫ぶ覚。彼にはもう一つ役割があって写真を撮るように刃斬サンから仰せつかってる。スマホや一眼レフを片手に皆や宋平くんを撮っている。
まぁ、ワタシらが写ったやつは確認次第データごと消されるだろう。
『あんな弱小の一家と繋がったところで、ウチにはなんの旨みもないけどねー』
『小さくても立派なオメガの後継者ですよ。…経歴は少々お転婆なようですが』
お転婆なんて可愛いもんじゃない。世間知らずで野蛮な人間だ。
『オメガ専門の学校じゃ生徒間の問題を起こして休学、一人前のオメガとしてお披露目のパーティーで問題発言をして出入り禁止。
そして…二年前に婚約破棄をされている、と。理由は相手側に想い人がいて、それを知って激しく争い合って双方が怪我をして家の関係が拗れまくった為。
…お前の少々の許容範囲、広いね』
ただのヤベー奴じゃん。
詳しくは知らなかったのか夏空の下なのに覚に冷や汗が浮かぶ。真実なのか気になったようで資料を見せてやれば食い入るように見ている。
『これ調査したの処理部隊じゃないですか…。ってことは、本物…』
『そうヨ。だからあの小童がボスに気に入られたのは完全にオメガとしての相性が良かったからだヨ。そうでなきゃ誰が傷物の花嫁なんか迎えるかヨ』
満足したのか海から上がって来た双子はタオルを片手に濡れた髪を犬のように振り、耳の水抜きをしながら同じパラソルに入って来た。
『全国の傘下からも非難殺到でウケるネ。上の連中は相性の良いオメガって言葉に万々歳だけどネ~』
『ボスも触られただけで風呂に直行するくせに、どうするつもりなんだヨ』
調査を担当した白澄は缶ビール片手に静かに海を眺めている。その様子は結構深刻そうで、隣で胡座をかいた黒河も煙草に火を付けながら物思いに耽るように煙を吐いた。
『実は婚約破棄されたのは相手が全部悪いとか…そういう逆転劇は』
『ない。確かに相手には他に想う人がいたらしいけど、それを押し殺して結婚には同意してたヨ。そのことを知った小童が激情のままに動いて結婚の話はおろか、両家の溝が完全に出来上がって破局。
バカだヨ。結婚してからいくらでも惚れさす機会もあったろーに』
これが他人事なら大変だねー、で済むけどこれから自分たちの身内となると考えただけで胃が痛い。しかも向こうは完全にボスに惚れてる。なんたってウチのボスは超絶イケメンだし、若いし、上位アルファだし…自慢のボスなんだけどなぁ。
それぞれ似たことを考えているのか、波の音を聴きながら感傷に浸る。
…むさ苦しいな。
『あ。そういえば、この間のアルファ野郎って正体わかったの?』
『いやー…逃げられたネ。ボスは逃したけど一応かるーく探っては来たんだけど綺麗に逃げてたネ。かなり良い勘してるネ~次会ったら潰すけど』
深夜、アジトを襲撃して来た謎のアルファ野郎。しかし一人のみでアジトは荒らされた形跡もない。一体何をしに来たか、未だ謎。
『…あの。噂で聞いたんですけど、そのアルファ野郎を逃した理由がボスが宋平と喧嘩してやる気なくしてたから…って』
ブッ、と双子が同時に噴き出してワタシも思わず顔を背ける。当日休んでいた覚にはわからないその夜と、その少し前の問題の日。
ボスが刃斬サンだけ弁当を貰う姿に嫉妬しちゃって起こした事件。実はあの日、宋平くんが飛び出してからのボスはマジで落ち込んでいたらしい。
いや、現在進行形でかなり落ち込んでいる。
『自業自得なのにネ! 笑っちゃうネ!!』
『無意識に溜め息ばっかりヨ! 宋平くん強気に言い返したらしいから本気で嫌われたってビビってるヨ~』
彼はどんどんワタシたちの知らないボスを教えてくれる。それが嬉しくて堪らない。今まで微塵も見せなかった弱さや、らしくないところ。でも構わない。
ワタシたちは、それが知れて嬉しかったから。
『だからあの夜も刃斬の旦那と代わってやったヨ。ずーっとボスから無言の圧かけられてたから仕方なくだヨ!』
気まずそうにデカい身体を縮こませる刃斬サンの姿が想像できたらしい覚も思わず口元を手で隠す。
こんな風に笑うことが増えた。あの二人に巻き込まれて色んなことが起きるから飽きなくて良い。
『だからやる気も無くしちゃって、見逃したってわけね。まぁ興味も出たんじゃない? 結構強いアルファだったね、あの刺客』
『捕まえたらどんなことしようか、楽しみだヨ』
あ。お宅はちょっと黙ってて下さい笑顔が怖過ぎるんだよ宋平くん見たら泣くよ?
『…そういえば』
時刻は午後三時三十分。
『あの二人、遅くない?』
その後すぐに一人の構成員が急ぎ報告に来た。彼の手には海に来る前に宋平くんにあげたはずのサンダルがあって、
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