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すれ違いと嫉妬

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 食事会が終わるとボスと刃斬が羽魅を見送り、俺たちは少し離れた場所でそれを見守っていた。羽魅は相変わらずボスにご執心な様子でずっと喋り掛けていて、ボスも短く返事をしたり相槌を打ったりしていて悪い雰囲気には見えない。

 ロビーで月見山の車が迎えに来ると、羽魅が次の約束を話しているところだった。だけどそれに難色を示したのは刃斬だ。

『…申し訳ありません、羽魅様。その日はこちらの催事がありますのでご遠慮下さい』

 この言葉に羽魅はかなり立腹してしまい、自分より随分と大きな身体を持つ刃斬にも臆さずガンガン抗議していた。隣でそれを聞いていたボスは眉間の皺を深く刻み、堪らずといったように羽魅の要求を呑んだ。

 要求が通った後は幼さの余る笑顔を振り撒き、ボスの腕に自らの手を絡めて約束だと念を押していた。

 …次は何処かお出掛けでもするのかな。良いなぁ、俺もボスと…ボスが一緒ならいつだって何処へだって行きたいなぁ。

 そうして月見山一家が帰ると割とすぐに引き返して来た二人の顔に俺は驚きつつ、隣に立つ猿石の背中に隠れるようにした。

『あっは! スゲェ不機嫌ネ~』

『そらそうなるヨ…』

 そう。ボスは目を閉じながらも疲れているのか俺たちに見向きもせずにさっさとアジトに戻ってしまい、刃斬は無表情ながら怒りが滲み出ている。

 …うわ、アルファが怒ると空気のピリ付きが違うなホント…。

『静かにしてろってのに、お前らは…』

『いや大分良い子でしたよワタシら』

 自分で言うんかい、と思いつつ皆でアジトに戻る。ボスは先にエレベーターで上に行ってしまったようで皆でそれを待ちながら話す。

『あの弁当何が入ってたんですか?』

『…聞くな』

 本当に疲れているようで珍しく溜め息を吐いている。そんな彼に容赦なく双子はゲラゲラ笑い、猿石はつまらなそうに欠伸をしている。

『すまんが、次の海の日は俺とボスは欠席だ。犬飼、後を頼むぞ』

『え?! さっき言ってた催事さいじって、海の日のことだったんですか? えー…断って下さいよ…』

 思わずそう言った犬飼がギロリと刃斬に睨まれ、言った本人も思わず口を閉じる。

 刃斬はちゃんと断ったのだ。

『…海の日って、なんですか? 祝日の…?』

 俺が言った言葉に誰よりも先に反応したのは刃斬だった。しまった、というように俺を振り返った彼に俺は首を傾げる。

『っクソ、最悪だやっぱり…。宋平。上に着いたら説明してやるからちょっと待っててくれ』

 エレベーターでボスのフロアまで行くとボスの姿はどこにもない。キョロキョロしている俺はそのまま刃斬に背中を押されてソファへと座らされる。床に片足をつける刃斬は気まずそうに口を開いた。

『安心しろ。ボスは風呂だ。

 んで、だ。八月に毎年、弐条会じゃ海に行く恒例行事があってな。この間行ったろプライベートビーチ…。普通の海じゃ色々あるからな、専用の場所でやる親睦会みたいなもんだ。

 …すまん、今年は俺とボスは不参加だ。お前泳ぐの楽しみにしてたのにな…まぁ、他の奴等と楽しんで来い』

 なんなら仕事じゃないから不参加でも良い、という刃斬に俺は暫く放心状態だった。

 そんな…、海…また行くの楽しみにしてたのに…。

 ショックで言葉を失って俯く俺に刃斬は目に見えて慌てた様子で散々謝る。刃斬のせいではない、仕方ないことなのに。

『あー泣かせたネー。最低ネー』

『はー有り得ないヨー。酷い男だヨー』

 楽しかったあの夜が鮮明に思い出される。僅かな時間しかいられなかったから、次はもっと沢山遊べると思ったのに。

 皆がいる海は楽しみだ。だけど、そこに二人がいないなんて…そう思うだけで悲しかった。

『だ、大丈夫です…! 皆で海に行くの楽しみだし、それに海は逃げたりしませんから! また連れて行って下さい。俺を連れ出すのは二人の得意技でしょう?』

 そうだ。夏休みは長い、きっとまた遊びに行けるチャンスだってあるはず。ボスにも直接お願いすれば一日…は無理でも、少しなら遊びに行けるかも。

 そう希望を持つしかない。そうでなきゃ、この笑顔は崩れてしまう…。

わりぃ…。気を付けて行って来いよ。

 お前らも戻って良い。犬飼、海の日の資料を調整するから持って来い』

 どうやら海の日の予定は近いらしい。

 それぞれの仕事に戻る幹部だが、俺はお弁当の存在を思い出して皆から離れる。俺が持っている物に気付いて皆が手を振ってくれるので、そのまま別れた。猿石は双子に引っ張られてたけど。

『あの、兄貴…。お昼はまだ食べてませんか?』

 改まって尋ねるのは少し恥ずかしいような気もしてお弁当を後ろ手に隠す。戻って来た俺に刃斬は再びしゃがんでから話を聞いてくれる。

『ああ。俺はまだだ。その内時間空いたらなんか腹に詰める』

 持っていたお弁当を出して刃斬に渡すと、彼は反射的にそれを受け取ったがまだピンと来ていないらしい。

『お弁当…さっきお昼を皆に作ってて、それをお弁当箱に詰めたんです。もし良かったら…』

『俺にか?! …ボスにじゃなく?』

 コクンと頷けばすぐに嬉しそうな顔をしてくれたのに何やら刃斬の顔色が曇る。どことなく顔色の悪い彼に要らなかったかと残念に思う。

『いや、嬉しいんだ…。ただ…俺だけ貰うのはな。お前の飯は美味いから…』

『あ、ありがとうございます…? 美味しいのに何かダメなんですか?』

 今日も唐揚げでごめんなさい、と告げるとまたもや刃斬が唸る。

 だからごめんて! 毎回唐揚げで申し訳ないって思ってるよ?!

『兄貴に貰ったトマトもサラダにしたんだ。常春家自慢のドレッシングも掛けたよ。後ね、卵焼きと浅漬け。すぐ浸かるように薄切りにしたから大丈夫。バナナも入ってるけど、ちゃんとレモン水に切り口を付けたから変色してないはずです』

 ペラペラ喋っているとどんどん刃斬が顔を覆ってしまう。それでも彼の腹が小さく鳴っているから空腹であることに違いはないと思う。

『…殺されるかもしれねぇ』

 なんだ、やぶから棒に。物騒だな。

 段々心配になっていたら顔に出たのだろう。不安そうな顔をしている俺に気付いた刃斬が素早く俺を抱き上げてからソファへと移る。隣に降ろしてもらうと刃斬がお弁当を開くのを横で見ていた。

 開かれたお弁当は綺麗なままで、崩れたりしていない。ホッとして刃斬を見るとまたしても変な顔をしている。

『相変わらず美味そうだな。いただきます』

『ぅえへへ…。素材が良いからだよ…、それに調理器具も猿石のアニキが揃えてくれて凄いやりやすかったし』

 しっかりと手を合わせてから食べ始めてくれる刃斬に隣でそわそわしながらその様子を見る。お昼時もかなり過ぎていたからお腹が減っていたのか、大きな口に次々と料理を運ぶ姿は圧巻だ。

 か、唐揚げが小さく見える…。

『おっ…お茶淹れて来ますね!』

 あまりの勢いに喉を詰まらせないか不安でお茶を淹れに行く。幸いポットにお湯があったからすぐに用意出来た。お盆にのせて持って行くと既に食べ終わる間際だった。

『またお前はこんな芸当を…。スゲェな、バナナを飾り切りするなんて』

『兄さんがたまにやってたんです。幼い俺に飽きさせないようにって』

『なるほどな…』

 そんな時だった。小さく戸が開く音がしてから誰かがやって来る気配。このフロアに残っているのは一人しかいない。

 やった! ボスがお風呂から上がったんだ!

 ワクワクしながら待つ俺と何故か横でせる刃斬。通路から見えたのは着流しを一枚だけ着て頭にタオルを掛けて雑に拭いながら出て来たボスだった。僅かに顔を上げたボスがこちらに気付くと暫く無言のままで、何故か少し睨み付けるような鋭い眼光になった気がする。

『…は。随分と仲が良いこった。なァ。そんなに堕落するようならとっとと仕事を片せ、刃斬。なんなら追加で用意してやろォか』

 すぐに刃斬が姿勢を正してからお弁当箱を片していく。そんな姿に慌てた俺は彼を庇うように声を上げた。

『すみませんっ、俺が勝手に用意して押し付けたからっ…』

『気にすンな。誰にでもホイホイ餌付けして、釣られたコイツが悪ぃんだからな』

 餌付け…?

『…お前もお前だ。飯が必要なら出前を取らせる。こんな時間があるならさっさと仕事をしろ』

 ボス、と刃斬の静止の声が掛かるが振り切るように貴方は俺に言った。

『目障りだ。余計な気なンざ利かせなくて良い』

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。だけどすぐに刃斬がボスを非難するようにその名を叫び、それに対するボスは無表情のまま冷たさを感じる赤黒い瞳を向けて立ち去ろうとしていた。

 …なんだよ、それ。

 っなんでそんな…人が! こんなに我慢してんのにっ、もう!!

『っバカー!!』

 思わず手元にあったクッションをボスに向かって投げ付ける。それはボスには当たらず壁にぶつかって廊下に落ちるのだが、ボスはそれを見たまま立ち尽くして隣にいる刃斬は目を見開いている。

 バカみたいだっ…! 俺ばっかりこんなに苦しくて、悲しくて! こっちの方が目障りだわ! そっちだって可愛い許嫁から愛妻弁当貰ってたじゃん! 食べなかったけどさぁ!!

 本当はっ…

 本当は俺がっ…俺が、ボスにお弁当…あげたかったのに。

『お望み通りお仕事させていただきます!! 大変失礼致しました!!』

 空っぽのお弁当箱を引っ掴んで走り去ると、彼はいつもタイミングよく現れてくれる。ポーン、という到着音の後で資料片手に現れた犬飼さんをグイグイと中に押し込んで強制的に送ってもらう。

『ちょ、またこのパターン?! あーれー』

 ムカつく、

 ムカつく…!!

『…ええ。この短時間で何があったのさ、全く…』

 犬飼の背中にくっ付く俺に彼は小言を漏らしながらもそこから追い出すことはしないで優しく頭を撫でてくれた。

 ムカつく…こんなに腹が立つのに、まだ…嫌いになれない。本当にムカつく…。

 せめて早く。好きじゃなくなりたい。


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