いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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眠れぬ夜のお呪い

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『怖ぇ!! 帰る!! ぜってー不吉だ! ボスがあんな風に笑ったの数年前に大怪我して壊れて帰って来た時以来だ!! 超巨大敵組織ぶっ潰した時の!

 もうやだ帰るキモい!』

『なんでこんな日に限って刃斬さんいないんでしょうか…。荷が重い』

 うーん。この部下たちの反応よ。

 上司が声を上げて笑っただけで不吉だなんだと震えながら立っている。猿石なんてギャンギャン叫びながら帰ると連呼。

『次喋った奴は笑いながら俺が殺す』

 シン。と静まり返った公園の出口に一台の車が停まる。暗くて距離もあるからよく見えないのにボスは迷わず立ち上がって俺を抱き直してから歩き出す。

 確かに普段から微笑浮かべる程度だし、今日みたいに声を上げて笑ってたのは初めて見た。

『あの、ボス…』

『なんだ?』

 後ろでソーヘーが喋ったァ、という絶叫が聞こえたのでビクリと震えるがボスは未だ俺の言葉を待つばかりで先程の言葉はただの脅しかと胸を撫で下ろす。

『助けてくれて、ありがとうございました。ボスが来てくれて嬉しかった…すっごく、安心しました』

 きっと走って迎えに来てくれたんだ。息を切らして怪我がないか切羽詰まった様子で話しかけて来てくれた時を思い出す。

 俺と同じように、死なないでくれと願ってくれたなら…それはとても

 とても、…。

『借りを返しただけなんて、言わないで下さいよ?』

『…言うかよ。お前が…否。なんでもねェ』 

 途中で話すのを止めてしまったボスに続きを促すが全く答えてくれる感じがしない。聞きたい、聞きたいと駄々を捏ねていると溜め息を吐いたボスが少し速度を落としてからグッと俺を抱きしめ、それからなんと…軽く宙に飛ばしたのだ。

 はぁっ?! と、飛ん…!

 落ちた瞬間ボスに再び抱えられると、何事もなかったかのようにスタスタと歩き続ける。夢だったのかと疑うレベルの一瞬の出来事だが、物凄いスピードで脈打つ心臓と落ちた時にしっかりとボスの首と肩にしがみ付いたのが何よりの証拠。

『っ~ボス!!』

 今一度しっかりと首に腕を回して俺は言った。

『もう一回! もう一回やって下さい!』

 なにあれ、超楽しい!!

 今度は耳元でもう一回、もう一回とコールを始めた俺の反応が予想外だったのかボスは少し引き攣った顔をしながら顔を背ける。

『猿にでもやってもらいな』

『えー。ボスが始めたんだからボスがやって下さいよ』

 少し文句を言いつつ、これ以上の我儘はダメだろうと自分を律して大人しくボスに運んでもらう。静かになった俺にボスが何か言おうとしたところで車から二つの影が現れて綺麗に揃ってお辞儀をする。

『『お疲れ様です、ボス』』

『…ああ。すまねェな、わざわざ寄らせて』

 そこにいたのはかなり長身でガタイの良い二人。刃斬よりも年上で、しかも…見てすぐにわかるほど、そっくりな二人。

 …もしかして双子?

『おやおや? ボス。もしや、こちらの坊ちゃんが例の弟分ですネ?』

『ホントですかヨ兄者! ほー若いヨ、凄く細いヨこの子ー!』

 そっくりなツインオッサン。兄と呼ばれた方は白いシャツにサスペンダー、黒い手袋をつけている。

 弟らしき方は黒いシャツに白いベストを合わせ、白い手袋をしている。

 どちらも筋骨隆々な銀色の短髪で、程良く焼けた小麦色の肌っぽいのがわかる。突然そんなガタイの良い双子が現れてボケっとしていたがすぐに改めて挨拶をする。

『は、初めましてっ。常春宋平と申します! こんなところからで失礼します!』

『俺の腕の中をこんなところたァ随分な言われ様じゃねェか』

 じゃあ離して! とばかりに腕の中から逃走を図るがガッチリとホールドされてしまい、全く抜け出せる気がしない。

 そんな俺たちを見て双子はニマニマと笑う。

『可愛いネ? 宋平ちゃんネ、覚えました。我は弐条会の武闘派。魚神うおがみさんネ。名字だと弟と被るから黒河くろがで頼みますネ』

『はいヨー! 弐条会の掃除屋、弟の白澄しろすだヨ! 仲良きは良き。こんなに楽しそうなボス見たの久し振りだヨ』

 なんとも濃い二人だ。一人だけでも圧が凄いのに二人揃うと立ってるだけで圧迫感が凄い。そんな二人に手短に指示を出すボスとすぐに意図を汲み取ったように頷く双子。

 ウチの双子は二卵性だけど、この二人は多分一卵性だろうな。

『それなら数人貸して頂ければこちらはすぐに終わりますネ?』

『こっちは覚を貸してもらうヨ! 足があれば数時間で終わらせて帰れるヨ!』

『良いだろう。クロ、猿石も連れてけ。終わり次第戻って報告だ。その頃には刃斬も戻ってるだろォよ。覚と打ち合わせしてろ。その間にもう一台来るから、俺はコイツ連れて戻る』

 承知。と声を揃えて言ってから綺麗にお辞儀をする二人に手を上げて通り過ぎるボス。胸の前で控えめに手を振ってみたら二人ともちゃんと振り返してくれる。

『猿、覚。合流して情報掴んで来い』

『えー…黒河来たんなら俺要らねーじゃん』

 ぶー垂れる猿石に不穏になる周囲。だが、それを鎮めたのはボスの一声だった。

『ほォ? つまりお前は今日の午後に来る宋平に自分の成果を褒められなくても良いって…そォいうこったな?』

『え?! ソーヘー今日また来るのか!』

 いや、聞いてませんけど?

 そう言いたかったけど目を輝かせて嬉しそうに返答を待つ猿石に行かない、と言えるほど鬼ではない。というか自分はこういう猿石にはむしろ弱い。

『い、イキマス』

『…!!

 じゃあやる! 待ってろソーヘー!』

 意気揚々と走り出す猿石を信じられない、とばかりに見つめる黒河と白澄。半信半疑といった様子で着いて行く姿に覚が面白そうに笑っている。

 どうやら猿石は俺に聞かせる武勇伝作りと褒めてもらう為の手柄に全力を注いでくれるらしい。

『こりゃ、たまげたネ…。随分とまぁ忠犬らしくなってくれて…まぁ有り難いけどネ?』

『ふふ。年下の飼い主にね、メロメロなんですよ。扱い易くなったでしょう?』

『いや別人…』

 そんな猿石たちの後ろ姿を見届けてからボスは俺を連れて歩き出す。待機していた車に乗り込むが、どうも車が今までと違う。

 俺でも知ってる…これこそ超高級車、リムジンじゃん…。

『アイツらが乗るってなると窮屈だからな。まァ、何台か所有はしてるが』

 さ、流石は弐条会…お金持ち…。
 
 車内は座席が横にあり、これなら猿石だって寝転がれる。先に座席に座らせてもらうとボスが運転手に何か指示を出してから戻って来た。発車すると、あまりにも滑らかな走り出しに感動してしまう。

 椅子もふかふかだし、最高…。

『学校終わる時間、後で刃斬に伝えとけ。迎え寄越してやるから』

『バイトですか? …でも最近呼ばなかったじゃないですか。今日だって本当は予定、なかったんでしょう?』

 怪我をしたくらいで休ませるほどホワイトな職場ではないと知っているから聞いたのに、ボスは俺の頭を撫でながら黙っている。

 …え。

 まさか、本当に…怪我してるからって呼ばないでいてくれた?

『…大分治ったか。それならこっちも遠慮なく働いてもらうまでだなァ』

『…っ、はい! 俺がんばります!』

 力強く返事をする俺にボスはニヤリと笑って、言ったな? と意地悪そうに応える。それから彼は自分の膝を叩くと俺の腕を引いた。

『その為にもお前にはもう休んでもらわなきゃなァ? 何たってお前は学生様なんだからよォ』

『え?! でも…』

 無理、だと思う。

 気分を落ち着けようと散歩がてら出て来たのに、こんなにドンパチしてしまった。お陰で目はバッチリ覚めてしまったし、とんでもインパクトの双子と出会ってトドメだ。

『なら再現すりゃァ良い。お前が落ち着くモンは目の前にあるんだからなァ…』

 腕を引かれてボスの胸の中に収まると身動ぎする俺を優しく抱き込み、背中を一定のリズムでゆっくりと…トン、トン…と叩かれる。

 そうしていると目を閉じればすぐにボスの鼓動を感じて無意識に服を掴んだ。

『よく眠れるまじないだ。さて、今宵はどんだけ気張れるか見ものと言いてェが…

 っとに、早ェなァ。どうなってんだお前はよォ』

 なんだか凄く瞼が重い。

 夢見心地でボスの胸にしがみ付き、必死になって綺麗な音色を聴こうと耳を押し当てる。いつの間にか腰に左手が添えられ、右手で髪を撫で付けるようにしっかりと…何度も頭を撫でられて嬉しさで震える。

 こんなに幸せなんだ。夢に違いない。

『…夢なんかじゃねェよ、宋平』

 夢じゃない?

 本当に?

『ああ。ちゃんと現実だ』

 そうなんだ。へぇ、そっか…。

 どうして?

『は? どうして?』

 夢じゃないなら、どうしてこんなに幸せなの?

『…夢じゃねェから幸せなんだろ?』

『え…?』

 霧が晴れるようにしっかりと顔が見えて、貴方の唯一無二の瞳が俺を写す。そこには自分しか写らない。それがとても、嬉しくて…でも嬉し過ぎて胸が痛んで、涙が溢れそうになる。

『夢じゃ、ないなら…一つだけ。ずっと聞きたかったことが、あって…』

『なんだ? 珍しいじゃねェか。言ってみろ』

 ずっと、ずっと…聞きたかった。

 貴方の口から直接聞きたかったんだ。

『名前を…』

 震える唇を少しだけ噛んでから、紡いだ。

『あ、あなたの…名前を、教えてください…』

 





















『宋平』

 その夜、ボスの腕の中で眠った俺は知らない。

『…それだけは、答えらんねェんだ』

 俺を抱きしめたボスがどんな顔をしながら窓の向こうの景色を見ていたか。

 それを意味するものを、

 俺はまだ知らない。


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