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弐条会

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 弐条会。

 ヤクザの組織であるそこは、少し調べただけでどれだけの規模が容易に判明した。全国各所に構成員が点在していて拠点候補らしき場所も載ってたけど何処もデカい。ボスがいるアジトは本拠地なんだろうけど、それについては一切書いてない。

 そして弐条会は大変危険な組織であり警察ともパイプがあるとか、財界にも精通するとか怪しい記事まで見てしまい目眩がした。

 …果たして俺は生きて足抜けできるんでしょか。指は失いたくありません。

『ぐぅ…』

『アニキ起きてよー膝痺れちゃったよー』

 そんな泣く子も黙るようなヤクザの総本部の一室で、俺は最近出所した巨大な体躯のヤベー男に懐かれて膝枕をしている。かなりの荒くれ者と聞いていたし初対面が最悪だったから警戒していたんだけど、段々中身は小さな子どものような気がして慣れてきた。

 ギシギシに傷んだ髪はワックスで適当に掻き上げられ、こんがり焼かれた肌は小麦色。俺の声に反応して畳でもぞもぞと体勢を変えて…しっかりと俺の腹に腕を回して再び眠る。

 いや起きんかい。

『はぁー…こりゃ、すっかり懐かれたなぁ』

『コイツが一定の場所に留まるの初めて見たわ』

 畳スペースで昼寝をするアニキと、その枕をさせられている俺を見て部屋に来た誰もが目をひん剥く。問題児として名高い男が十五歳の膝枕ですやすやと眠るのも…いや寝ているどころか普段はこの場にすら来なかったらしいから驚くのも無理はない。

 素知らぬ顔でそんな男の頭を撫でながらスマホでゲームをしながら時間を潰す。

『宋平! そいつその辺に投げてそろそろ飯にしようぜ~』

 出前用のメニューを持った兄貴たちがワイワイと集まっているので膝にいる大きな荷物をどうしようかと狼狽えているとポン、とちゃんとした枕が投げて寄越された。

 なんだ…ちゃんと枕あるんじゃん。

 頭を支えてからそっと枕を差し込むと漸く解放された。足が痺れて動けないと泣き言を漏らせば続々とメニューを持った人が集まり見せてくれる。

『俺は…じゃあ、この炒飯セット…アイスの付いたやつが良いです!』

『宋平は中華屋の炒飯セット、アイス付き…っと。よし良いぞ! すぐ来るからな』

 メニューを聞いた人がスマホに打ち込み、すぐに店に注文をしてくれる。お店の中華なんて久しぶりでワクワクしていると騒ついた室内が一瞬で固まる。

 その発生源を見て慌てて駆け付けると、先程までスヤスヤ眠っていた男が大変不貞腐れた表情をしながら起き上がっていた。

『て、んめ…!! ンなとこで威嚇ばら撒くんじゃねーよ!! ベータの奴もいんだぞ!』

 上位アルファである猿石は所構わず威嚇フェロモンを放つことでもかなり問題視されていた。アルファは不快感を示し、ベータは頭痛やら吐き気…重ねて重圧によって膝をつく者まで出てしまう。

 そんな中、慌てて走り出した俺は靴も脱がず膝立ちのまま畳の上を移動して再び軋んだ髪に触れてからヨシヨシとそれを撫でる。

『アーニーキ! もうすぐお昼! ほら、早く起きてなんか頼もう? 俺のアイス一口あげるから目ぇ覚まして早く』

『…ソーヘー?』

 ふわり、と消えた威嚇フェロモン。虚な目で何処かを見ていた男は俺の名前を呼ぶとパチリと目を合わせる。まるで夕方に目を覚まして愚図る子どものようだと少し苦笑い気味に寝癖のついた頭を撫でていると大きな子どもは暫し黙ってからパッと笑った。

『ソーヘーは何食うんだ?!』

『俺? 中華の炒飯セットです。ラーメンと迷ったんですけど米食べたくて…』

『ならオレはラーメン!!』

 笑顔でルンルン、とポケットから出したスマホで何かを打ち込んでから畳に投げ飛ばすと勢いよく伸びたり欠伸をする自由な男。あまりの奔放さに誰もが重い溜め息を吐きながら散って行く。

『宋平が来て良かった…』

『アイツは猛獣使いだわ』

 未だに眠そうな男は畳スペースに腰を下ろす俺の背中に寄り掛かったりと忙しい。派手な出立ちだが持ち物にも服にも大して愛着がないのか会う度にただの黒いシャツにズボンとサングラス姿。今もスマホを見る俺に後ろから自分のサングラスを付けて似合わないと爆笑する辺り、本当に忙しい男だ。

 そんなこんなで三十分も経てば続々とお昼が運ばれる。中華組として名前を呼ばれると自分の分を受け取り、みんながテーブルや畳スペースに設置された机に昼食を持って行く。

 猿石と共に昼食を受け取った後、二人して畳スペースに向かい並びあって中華を食べる。

『ソーヘー、ラーメンも食いたかったんだろ? 最初食って良いぞ』

『本当? やったー、嬉しい! アニキありがとう!』

 ラーメンは普段は家で袋麺を食べるのが当たり前だったから具材が沢山入ったお店のは最高だ。家では卵とネギ、もやしなんかが常だから。

『うまっ! アニキにも炒飯あげる。どうぞ!』

 炒飯を差し出すと猿石がレンゲで一口をすくい、口に運ぶ。美味いと笑う顔は屈託の無い笑顔で俺までつられて笑ってしまう。美味しくてあっという間に平らげると冷凍庫にあると言われたアイスを取りに行く。

 デカデカと【宋平!】と名前が書かれたそれに再び笑いながら取り出し、約束通り猿石にも分けたアイスはとっても濃厚で美味しい。バニラかぁ、と不服そうに言っていたくせに猿石は三口も食べた。

 腹も膨れて一息つくと周囲がザワザワと騒がしくなる。

『もう少ししたら出るから、準備しとけ』

『はい!』

 仕事服に着替えてマスクを装置。これが俺の弐条会での姿。

 兄貴たちと出ようとするとその中の一人が溜まり部屋に向かって怒鳴り声を上げる。

『オメェも行くんだよ猿石!! 現着してる刃斬さんから鬼電されんぞ!』

 一人で畳スペースに寝そべる猿石。腹がいっぱいになったら眠るスタイルのようで、全く起きる気配がない。無理矢理連れて行くと暴れるそうなので猿石は後から来る、という判断で俺たちだけで出発だ。

 黒のワンボックスに乗ると日も暮れた街を進む。今日のお仕事は取り立て。かなり大規模なようで人数もかなり動員される。

『ウチに断りもなくクスリの受け渡し場所になってる港だ。どうやら海外のバイヤーも絡んでるようでな、そういう連中は必ずバース対策をしてんだ。

 …ったく。戦力要るってのにあの猿…』

『まだ十九時ですけど、そういうのってこんな時間からやってるんですか?』

『受け渡し場所&クスリの製造もしてるから先に潰して後から現れる取引連中を別動隊が潰す。クスリの製造のが警護が固いだろうからな。

 …まぁ、見りゃわかる。お前の役目は奴等の奥の手を潰す…謂わば俺たちの秘密兵器だ』

 秘密兵器…!!

 胸が躍る言葉にウキウキとしていれば、見透かされたのか辺りからは生温い視線が。現場には刃斬が到着していて兄貴たちもいる。

 なんてことはない、そう考えていた俺の考えは呆気なく砕け散る。

 広い港は廃れていて昔は貿易関連で栄えていたらしいが今では大半の倉庫は手付かずのまま残る。そんな倉庫街の一角にターゲットはいる。たった一つの倉庫でもかなりの大きさで学校の体育館よりも大きく、広そうだ。だからこそ壊すのも大変でこのままなんだろう。

『隠れてろよ、宋平!』

『ひえっ!!』

 入口の隅に放られると薄暗い倉庫に明かりが灯って大勢の雄叫びが聞こえた。巨大な倉庫が揺れるようなそれに驚きつつ、そっと中の様子を窺う。

 これ本当に取り立て?! どっちかってーと、命の取り立ての間違いじゃない?

『宋平。そこを動くなよ』

『お前の出番はまだだからな、顔引っ込めろー』

 入口を封じるように立つ兄貴たちに諭され、そっと石畳の上に腰掛ける。中からの壮絶な乱闘の気配と容赦ない威嚇フェロモン。互いのアルファが負けじと牽制し合うのがわかる。

 俺が呼ばれたのは、それからすぐだ。

『っ…出て来るぞ!』

『宋平っ、頼む…』

 この日俺は世界の裏側を覗く。自分たちが少なからず平和にしてきたと自負じふしていた。だけどそれは全くの誤り。

 神様がどれだけ残酷かなんて世界はずっと昔から知っていたのに。


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