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光から闇へ、こんにちは。

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『っふざけやがって…!!』

 まるで別世界のような出来事に何も出来ず、固まっていた俺が覚醒したのは耳に聞き馴染んだ兄の声に気付いたからだ。

 兄ちゃんの声…!

 踏み出そうとした一歩は、次の瞬間響いた鈍い何かを殴るような音と女の人たちの恐怖に染まった悲鳴によって再び地面に縫い付けられた。

『…威勢が良いのは結構だがな。多少腕に覚えがあっても本業に手ぇ出されるたぁ…こちらもナメられたモンだ』

『兄貴。コイツ多分、昔ここらで暴れ回ってた中坊ですよ。作業着の名前…珍しい名字でしたから、覚えてます』

『なるほどな。

 ま。所詮は喧嘩慣れした程度のベータだ。大人しくつくばってな』

 兄ちゃんが酷い目に遭っている。

 それがわかって慌ててスマホを取り出すも、以前の兄たちの会話を思い出して留まる。もしも警察が動いてくれなくて…むしろコイツらが報復に出たら?

 どうにか、しなきゃ…。

『いや…多少頑丈ならテメェも連れてくか。使い潰しだが役目はある。良かったなぁ社長。また少し返済額が減ってくれてよ』

『ま、まってくれ…!! 頼むそれだけはっ、それだけは勘弁してくれ! コイツには大事な弟たちがいるんだっ連れて行かないでくれ、頼むッ!!』

『さっきから待てだなんだと…、こっちは犬畜生じゃねぇんだよ。言葉に気を付けるこった。テメェの立場を弁えさせてやろうか?』

 コントローラーを握った先にあるアルファのボタン。それを押して身体がアルファに切り替わり、続けて俺は何度もボタンを押す。

 上位アルファとなった身体で周囲一帯にアルファの威嚇フェロモンを振り撒く。アルファにしか出来ない威嚇フェロモンは周囲の人間の恐怖感を増長したり、圧倒的な威圧感を与えたり、同じアルファであれば酷い不快感などを植え付ける。

 中にいる奴等がやっているのと同じだが、こちらは本気で相手を屈服させるつもりでフェロモンを出しているので相当不快なはずだ。

『…っ!? 誰だ!!』

 男の声が響いた時、俺は既に走り出していた。慌てて鞄から帽子を取り出しすぐにコントローラーをイメージするとベータに切り替えた。

 バタバタと事務所から出て来た男たちが背を向けて優雅に歩く俺に気付いて声を掛けようとしている。緊張のあまり心臓がバクバクと音を鳴らす中、もう片方がそれを止めた。

『馬鹿か。ありゃベータだろ、あんな威嚇出せるの相当な上位アルファくらいだ。もっとよく探せ』

 それから暫く探し回ったらしいが、既にベータに切り替わった俺が見つかるはずもない。少し離れた場所から事務所を見張っていると得体の知れないアルファの威嚇フェロモンのせいか切り上げていく連中の姿に内心、グッと拳を天に突き上げた。

 そして俺は彼らの姿と車のナンバーを写真に収めてからその場を後にする。

『兄ちゃん…、怪我酷くないと良いな』

 家に帰る為に乗った電車はガラガラに空いていた。これからのことを思うと気が重くて、鞄を抱えながら椅子に座る。やっとの思いで帽子を脱ぐとあまりの出来事に帽子に顔を埋めて涙ぐむ。

 本当は兄ちゃんの元に飛んで行きたかった。だけど、兄ちゃんは俺に今回のことを知られたくないだろうから黙っている。

『それにしても何が原因なのかな? なんかお金がどうとか言ってたし…』

 今日だって運良く奴等を追い返せたけど、同じことは二度と通用するわけない。

 …お金、か。

『俺にも何か出来ないかな』

 その時の俺はまだ気付いていない。

 世の裏側に関わってしまったその時点で、もう後戻りなど出来ないのだと。

 帰ってから双子の兄たちと夕飯を食べて過ごす。テストも終わって明日は休みだが、兄たちは皆出払ってしまうらしい。その日も兄ちゃんだけが帰らず、俺は休みなのを良いことにずっと寝ずに帰りを待っていた。

『おっせー…、マジかよ兄ちゃん…』

 日付変わりましたよお兄様…。

 眠い目を擦りながらカフェオレ片手に頑張って起きているが、限界が近い。ゲームも集中出来なくて止めたしスマホを見る目も霞んできた。だけどようやく、その時は訪れる。

 微かだが、玄関の扉が開く音を拾って下へ降りる。暗闇の中で電気のスイッチを探していたら何かに勢いよくぶつかった。

『うわっ』

『…宋?』

 パチン、と電気が点くと兄ちゃんにぶつかっていたようで咄嗟に服を掴む。

『兄ちゃ、おかえ…り…?』

 久しぶりに顔を合わせるのが嬉しくて長身の兄を見上げ…思わず固まった。痛々しく腫れ上がった頬には大きな絆創膏が貼られて、口の端を切ったのか絆創膏には未だに血が滲んでいる。

 あまりの兄の変わり様に、そっとその身にしがみ付いた。

『…~っ、おかえり…』

 ああ。そうか。

 もしかしたら、そうか…兄ちゃんが、二度とこの家に帰って来なかった未来もあったかもしれないんだ。

『…ただいま、宋。心配かけてすまんな。

 でも、大丈夫だから。きっと大丈夫だから泣くんじゃない』

 全然大丈夫じゃないだろ。今日だって怪我した。あんなアルファがゴロゴロいる集団に抵抗出来るはずない。そして、見逃してくれるほど優しい連中でもない。

 今日死んでも、おかしくなかった。

『兄ちゃん…、俺なんかしたら良い? 俺、できるよ…ちゃんとできる。

 何をしたら良いんだ?』

 兄ちゃんが…家族を、護る為なら…俺は喜んでこの力を使う。例えアルファの集団だろうが上位だろうが、関係ない。

 だって俺は、最強なんだ。

『ん? バァカ。お前がやることは普通に学校行って、勉強して…友だちと遊んだり色んなことを学ぶことだろ。今は兄ちゃん、ちょっと忙しいだけだから、な?

 ありがとな。ほら、もう寝ろよ? 夜更かしは成長期の毒だぞ~?』

 無理に作った笑顔を貼り付けて兄ちゃんはおやすみ、と声を掛けて俺を部屋にやった。なんとなくわかっていた展開だが…高校生になっても頼ってはもらえないのだとガッカリした。

 俺、強いのに…多分だけど。

『全然大丈夫じゃねぇじゃん…』

 ベッドに横になるとすぐに眠くなる。頼ってもらえなかった不甲斐なさに一筋だけ涙を流して、目を閉じた。

『兄ちゃんの、ばか』

 ぐっすりと眠ってから起きるととうの昔に日は昇り、どちらかと言うと昼が近い。既に家には誰もいないようでリビングのテーブルには俺の分の朝食にラップがしてある。

 蒼士兄さんだな。ありがてぇ~。

 身支度を整えて朝食のような昼食のような、そんなサンドイッチをオーブンに入れてカリカリにしてから頬張るとチャイムが鳴る。

『ん? 宅配便か?』

 マグカップに入れた牛乳を飲んでサンドイッチを飲み込むと、慌てて玄関へと向かう。サンダルを履いてから扉を開くと…僅かに入った太陽の光を遮る巨大な影に息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、昨日のヤクザの一人だったから。

『朝からすまんな』

 な、な…なんで…は? どうして、家が…は。まさか、兄ちゃんに何かあったのか?!

 しかし混乱する頭を必死に制御して思考する。目の前にいるのは声からして昨日と呼ばれていた地位の高い男。どう考えても不興ふきょうを買うのはマズイと判断し、言葉を選ぶ。

『こ、こんにちは…初めまして』

 昨日はなんか言葉に気を付けろだのなんだの言ってたし、家で暴れられたら困る。

『…ほぉ。中々度胸のある子どもだ。オレぁ、礼には礼を返す主義だからな。

 お初にお目に掛かります。刃斬はぎりと申します。まぁ、以後があるかは知らねぇが一つ宜しくな』

『ご、ご丁寧にありがとうございます…。えと、常春宋平です。立ち話もなんですから上がって下さい』

 ていうか早く入って!! こんないかにもな男がウチにいたなんて近所に知れ渡ったら大変だろ、絶対!

『はっ。あのクソ生意気な野郎の弟とは思えねぇな。ますます気に入ったぜ。

 すぐに済む。邪魔するぜ』

 

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