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勇者の証

帰城と墓

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『ナラに雇われて!』

 発言からキレるサネに、まるで意味がわからないという顔でオレを見る身内。

 やだ。そんなに注目されたらチビる。

『だってサネ、行くとこないんでしょ? ナラの専属の護衛になってよ。お金…は、えっと…待って。お小遣いいくらあったかな…』

『ナラ…! いくらなんでもそれは!』

『ランは魔王様になっちゃったし、みんなも忙しくしてるでしょ? 誰もいない時とかいざって時にサネがいたら心強いよ。それにサネはオレに厳しいから! 教育係にしても最適だよ』

 まさか魔王をほっぽり出すの? と問えば、流石のランもぐうの音も出ない。そんなに簡単には魔王は辞められないのだ。

 だって魔王を辞めるってことは自分より更に強い魔族に跡を継がせること。現状、この世界にランより強い魔族などいないようだし、他の者に魔族は従うはずもないんだ。

『どうするんだ? 魔王様?』

 ランツァーが面白そうに問いかけるとランは何度もオレとサネを見比べて難しい顔で唸る。散々一人で悩んでから息をつくと、キュッとオレを抱きしめてからサネを指差す。

『…良いだろう。オーク軍が所持する森の一部をくれてやる。城に住んでも良いし、そっちに住居を構えるも好きにしろ。

 護衛としての給金も出してやるしキングオークの私室がある階以外は好きに行き来しても良い。だが、契約をするからにはしっかり働け。ナラの護衛として役に立たないようなら捨てる。

 …そこの共々な』

 ポン、と地面から飛び出した黒い塊がオレの腕の中に飛び込んで来る。身を潜めていたのがバレた割には中々の図太い態度でゴロゴロとオレに頭を撫で付ける。

 か、可愛い…!

『正気…? そんだけ溺愛してる番を、死に追いやったエルフなんですけど…』

『チッ…。わかってんなら思い出させんな殺すぞ。

 それでもウチの包囲網を掻い潜ったテメェの実力はよく知ってる。ナラがそれで良しとするなら、従う。だが覚えておけ。二度目は、ない』

 許可だ! 許可が降りた!!

 今なら何しても許される! 絶対全部許されるぞ!

『…人族を故郷に戻して、ゴブリンたちも暫くは集落で過ごす。すぐに環境を変えたらナラを体調を崩すかもしれねぇだろ…』

『ラン…』

 ネコ魔王様を抱えながらそっぽを向くランの頬に触ると、すぐにその手を取ってランが真っ直ぐオレを見つめる。

『ナラが帰って来るんだ。多少の我儘くらい、造作ない。むしろ今まで黙ってた分…言うだけ言ってくれ。

 これからはちゃんと、ナラの声を聞くから』

 何、言ってんだ…。今までだって散々、我儘言ったって叶えてくれてたじゃないか。それなのにそんなにオレのことばかり思い遣ってくれて、どうしようってんだ…。

『…ラン、ナラのこと好き過ぎる…。やっぱりサネを置いておかないと…厳しくする係は必要だと思う』

『真っ赤になりながら言う台詞じゃねーんだわ』

 ニャン。とまるでネコみたいな声で鳴くネコ魔王様の首根っこを掴んだランがそのままサネの方に放り投げる。あっ、と声を上げるがサネが無事にキャッチしてくれて胸を撫で下ろす。

 すると父さんたちが帰って来て偵察の結果、問題ないとの報告を受けた。

『帰城だ。…喜べ、野郎共。俺様たちの誇りが今日、我が元に帰った』

 地面が、大地が…割れんばかりの雄叫びが上がる。

 前もってオークの国にはオレの生還が知らされていたので、転移で戻ったオレたちは空から降る花々で迎えられた。ランがオレを民によく見せようと肩車をしてくれると、一際大きな歓声が響く。

 みんな、こんなに…。

 恐る恐る手を振れば誰もが手を振り返してくれる。泣き出す者や感極まって抱き合う者。まるでお祭り騒ぎなそれに何がなんだか…。

『ナラが死んでしまったと報されて、誰もが意気消沈してしまったんだ。一番幼くも我々キングオークを纏めたキッカケの子ども。よく食べ、よく笑い、幸福を呼ぶナラを誰もが慕っていた。

 どこかの誰かさんが毎日死にそうな顔をしていたから、民もナラの存在の大きさを痛感してしまったらしい。農業関連のオークたちなんて、暫くやり甲斐がなくなったと自棄になっていた程だ』 
 
 そんなに?!

 確かに毎日欠かさずご飯を食べていたのはオレくらいだし、幼い頃は父さんに農地に連れて行ってもらってお礼を言ったりしたものだ。

『知らなかった…』

『あんま城から出してやれなかったからな。護衛がいるなら、これからは大丈夫だろ。

 …それと、ナラに見てもらいたいもんが…』

 みんなで城の裏に来て、あるモノを囲む。そこにあった巨大なオブジェ…ではなく墓石を見て改めて不思議な気持ちを抱く。

 自分の墓を見る日が来るとはなぁ…。

 だけどそこはお墓には見えないくらい花で溢れ、オレが好きだった果物やおもちゃが供えてある。これを見ただけでどれだけ自分が仲間たちに愛されていたかを再確認した。

『…壊すか?』

『ダメ。…このままで、お願い。どれだけ心配かけたかって…自分へのいましめにする。それにお墓なら将来的にあっても良いと思っ』

『…言うな。そんな何千年後の話、聞きたくねぇ』

 な、何千年…。

 キングオークってそんなにご長寿なのか…!

『今を生きるナラの言葉を聞いていたい』

 独りを過ごしたランの言葉に、どれだけの寂しさや悲しみを背負ってきたのかと思うと想像も付かない。オレはランがいない…いなくなるのを目の前にして、その後も生きていけるだろうか。

 …寂しくて寂しくて、死んでしまうかもしれない。

『大切にする。二度と手放さない…絶対に、もう怖い思いはさせねぇから…、どうか

 どうか、俺様と番になってこの城で生きてほしい』

 なんだ。

 こんなに、簡単なこと…帰るのが怖いなんて昔の自分に会えたなら真っ向から否定できる。

 そう、簡単だった。

 ただ…君の手を取って、返事をするんだ。

『もうっ、ランったらダメだな。
 
 そういうのはなー…、泣きそうな顔じゃなくて、オレが惚れ直すくらいの笑顔で言うんだ。

 …喜んで! 不束者ですが、宜しくお願いしまっ、すぅ?! ちょ、ラン?!』

 オレを抱き上げたまま走り出したランは周りが呆れるくらい走り回り、持ち上げたオレとくるくる回っていた。喜び、有頂天になったランと…人知れず目を回すオレに気付いた父さんがドロップキックをランにお見舞いした。

『…そういえば、街のみんなは…』

 父さんに説教を受けるランを待つ間、寝そべるデンデニアに寄り掛かっていると欠伸を漏らしながら片目を開ける。

『んあ? ああ、街の修復も終わったしその間は眠ってもらってたぜぇ? まさかオークが街を直して回るとこなんて、見せらんねぇもんなぁ~』

『わぁ早い…。デンデニアも、たくさん転移使ってくれてありがとう。助かったよ』

 突然頭を掴まれると、わしわしと無造作に撫でられる。すっかりボサボサになった頭を、すかさず後ろから来たキングオークが整え始める。

『ランツァーも…、来てくれてありがとう』

『どういたしまして。…ああ、やっぱりお前を愛でるのは心地良いな。特殊なフェロモンでも出ているんだろうか?』

『マジ? 嗅ぐ嗅ぐぅ~』

 二体揃ってスンスンと鼻を寄せる。恥ずかしさからランを呼べば、父さんと一緒になって即座に走って来る。普段のだらけ具合からは想像出来ない速さで起き上がったデンデニアは転移で飛び、ランツァーもあっという間に城に向かって行ってしまった。

『待ちやがれ変態共が!! テメェらを墓に突っ込んでくれる!!』

『…え? オレのお墓に先客入れるなよ…』



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