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魔王軍襲来

このさようならは永遠に

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 とても寒い日だった。

 朝起きた時から、布団に戻りたくなるような寒さ。だけどその日はダイダラが一日中ずっとオレを抱っこしていた。それは半分は寒さからでもう半分は違うと知っている。

『昔、お前くらいの子どもに助けてもらったことがある。その子は不自由な場所にいて…最後は無事に自由を手にしたかはわからない。

 ラック。お前の名前は、その子から少し名前を譲ってもらって名付けたんだ。ラック…儂らの大切な子。どうか恨んでくれ、この儂を』

 赤い眼が哀しげにオレを写すが、ふるふると首を横に振って嫌だと示す。真っ黒な外套に身を包むジゼに抱き着き、名前を呼んだ。

『ジーゼ? ラック、ジゼのこと大好きだよ』

 恨むなんて有り得ない。君はオレに大切な思い出をたくさんくれたじゃないか。

『逢えて幸せなの』

 手を伸ばしてピョンピョン飛んでいれば、すぐにジゼは身を屈めてオレを抱きしめてくれる。今生の別れとは正にこのこと。しっかりと隙間なく抱きしめてからやっと離れると、今度はダイダラに抱っこをされて別れを済ませる。

 もう戻らない我が家。短くて、だけど大切な時間を過ごした家。二人に手を引かれながら振り返ったそこに、もう二度と来れないのだと思うと鼻がツンとして痛くなった。

 だけどオレは、今日は一度だって泣いてはいけないのだ。

『世話になる…。後のことは頼んだからな』

『わかってるわよ。

 さぁ、ラック。おいでなさい』

 オレは冬の間はギルドでお世話になり、春になったら王都にある魔法学校に入学するらしい。丁度七歳から入れるエリート校で全寮制。試験など受けていないが、様々な事情で入れる特別コースがある。

 オレの場合は、エメラルドグリーンの魔色を秘めた瞳を持つことと、今回ギルドからの推薦ということで入学を認められた特別枠だ。

 まぁ…、入らないんだけどな?

『お世話になります』

 青いポンチョに背中には白いリュック。猫の形をしたそれを大いに気に入って購入した。最近は猫の雑貨などを見かけるとすぐに欲しくなってしまう。

 猫型リュックを背負い直して二人の手を離してギルドの入り口まで歩いていく。冬の間はギルドの受け付けのお手伝いやお掃除を担当する。

 …が、これもしない。

『二人とも。馬車行っちゃうよ…?』

 確か二人が街から出る馬車に乗るのは後、二十分程。確か北にある乗合場所から出るからそこに行くには駆け足じゃないと間に合わないくらいだ。

 初っ端ダッシュ、決めちゃう?

『おら。とっとと行きなさいよ全くもう…。こんな幼いラックの方がよっぽどしっかりしてるっつーの』

 フェーズさんに肩を抱かれながら二人を見送ろうとするが中々見送らせてくれない。何か声を掛けようかと考えていたら、突然視界が真っ暗になる。

 …だった。

 抱きしめられ、すぐに額に頬とキスが落ちてくる。あの時とはまるで逆の光景に思わず笑みすら溢れてしまう。

 だってあの日はオレの方が泣き喚いて縋り付いていたし。

 仕方ない。嘘はあまり重ねたくなかったが、これで二人が旅立てるなら…。

身体に気を付けて。ラックは大丈夫だから、心配しないで』

 それが最後の一押しだった。

 二人はやっと根が生えたような足を動かし、駆け足でギルドから去って行った。また別れが辛くならないよう振り返らず。薄らと雪が降って来た朝。今までずっと良い子でお別れをしていたオレは一歩、また一歩と踏み出して二人を追うように少し走ってからピタリと立ち止まる。

 …さようなら。

 首から下げたペンダントを握りしめ、完全に二人がいなくなったのを確認してから大きな声を上げて泣き叫んだ。すぐにフェーズさんが飛んで来て、何度も頭を撫でながら存分に泣かせてくれた。

 これがオレの夢の終わり。人間になって、今度こそ少しは…二人の役に立てただろうか? 君たちが立ち上がる為の僅かなきっかけにでもなれたなら、それは凄く幸せなことだ。

『…ラック、もう少しここにいたい』

 ギルドに入れてもらって暫くしても、雪は止まない。まだ積もってはいないから大丈夫だろうと職員さんが話していたら、無事に出発したらしいと報告をもらう。

 ずっとギルドのすぐ近くの入り口にいたオレがそう切り出すと、フェーズさんは悲しげな顔をしてから口を紡ぐと首を縦に振り許してくれた。

『冬の間は退屈だろうから本を用意しておいたわよ。食堂で毎日ご飯、食べ放題だからね!』

『…うん。ありがとう…』

 あんなに楽しみで仕方なかった食堂なのに、あまり胸が躍らない。ふと顔を上げるとそれよりも自分が欲しいのはあの小さな我が家で三人で騒がしく作る大雑把なご飯。あまり料理が得意じゃないのに頑張って男飯を振る舞ってくれる二人との思い出には、きっとどんな料理も敵わないのだ。

 人が減って来たギルド内。フェーズさんたちもゆったりと書類整理をしている。

 …コンコン。

 控えめなノックが窓から聞こえる。

 ああ、ようやく…ともお別れだ。

 ふと目を閉じて日々を振り返る。人間も悪くない、むしろ大いに楽しかった。

 目を開いたオレは窓から見えるように手を挙げる。すると突如として勢いよく開いた扉にギルド内から悲鳴が上がる。雪を含んだ風が入って来て身を震わせる中、フェーズさんが駆け出し扉を閉める。

 辺りには誰もいないのに、勝手に開いた扉。そして不思議なことに扉を閉めたのにまだ室内が寒い。出所を探すと開けた記憶のない窓が開いていた…。

『あそこって…』

 そこには、いるはずの子どもがいなかった。

 全身から冷や汗を出したフェーズさんが駆け出し、窓の外を見ても誰もいない。雪で覆われた大地は白で塗り潰されていて美しい白銀のまま。

 振り返って叫ぶが、子どもは応えない。いよいよ混乱した彼女が白に書き換えられる世界にその名を叫ぶ。

『ラックっ…!!』

 その日、その街から子どもが消えた。すぐに捜索されるも見つからず、自分を置いて行った保護者たちを追ったのかと乗合場所を訪れるも誰もいない。

 そもそも馬車は、雪の影響でその保護者たちを乗せた後のものは出ていなかった。

 ギルドの周りは雪で覆われ子どもの足跡があれば気付くはず。扉から出たなら目撃者がいるはずなのに誰も子どもを見ていない。誰もが口を揃えて最後に見たのは保護者と三人手を繋いでいた時だと証言する。住んでいた家にも行ったが、鍵も掛かっていたし誰もいない。

 足跡一つ残さないまま、エメラルドグリーンの瞳を持つ子どもは街から姿を消してしまった。


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