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魔王軍襲来

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 どうしよう。

 そんな、…知らなかった。出来損ないだと思ってた。だから自分を恥じて仲間たちの元へは帰れないもんだと思ってた。たかが三年されど三年。自分は眠り続けて世界は巡り続けた。

 そして今や自分のよく知る身内が世界へ侵攻を進める軍団と化している。いつか起こっていたと魔王様は言うけど、オレがいなくなったのをキッカケとしたなら。

『…魔王様も、ナラのせいでオーク軍に…』

「吾輩のことなど気にする必要はないのである。そもそも、吾輩が始めた罪の始まり。

 自業自得。今はナラ、お前はお前のことを考えると良い。今後のことをな」

 今後…?

 真っ先に目を移すのは、未だ床に倒れる二人。サネに二人をベッドに動かしてほしいと伝えれば嫌そうに顔を逸らすので更にお願いを重ねる。

『ったく…。もっと良い椅子買えよな…』

 嫌々ながら二人をベッドに動かしてくれたサネは、近くにあった椅子を引っ張って来てドカリと座る。ベッドの端に座ったオレはネコ魔王様を膝に置き、黒い毛並みを飽きず撫でながら月を見上げる。

 月は既に元の色を取り戻し、赤色は綺麗さっぱりなくなってしまった。

『もうすぐね、彼らとお別れなんです』

「…そのようであるな」

 喉の下をこしょこしょと撫でてあげると、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

『とっても楽しかった。でも最後まで笑顔で別れたい。彼らがオレを思い出す時に笑顔であれるように。

 だからね、もうちょっとだけ。もうちょっとで良いからここにいたいんです』

「ナラのしたいように。所詮は力無き元魔王…吾輩も普段は土に身を落とし眠る他ない。そこのエルフやゴブリンたちを使って上手くやると良い」

 不満気なサネが何か言う前にネコ魔王様を窓際に下ろす。背中を伸ばした後に尻尾をゆらり、と一つ振る。近付いたオレの顔を尻尾が撫でて擽ったくて笑うと彼もまた笑顔でいた。

『魔王様は悪くない。だって毎年オレの命を繋いでくれた恩があるもん。…まだ身体痛い? わざわざ来てくれて、ありがとう』

 チョン。と小さな額とオレのを合わせる。何を思ったのかザリザリとした舌で頬を舐められ、吃驚して悲鳴を上げてしまった。

「ありがとう、ナラ」

 背中を向けてヒョイと飛び上がったネコ魔王様は、スッと地面に溶けるように消えてしまった。その魔力はあまりにも薄く彼が弱り切っていることの何よりの証。心配になって窓の外を見続けるオレの耳に届く、優しい穏やかな声。

「祝福を。君の新たな命に」

 窓に寄り掛かって外を眺める。城にいた頃より、世界にすぐ手が伸ばせるような…自分がその一部になったような気持ち。頬杖をついて星を見上げていたら後ろから来たサネによって抱っこされ、窓を閉められてしまう。

『そろそろ閉めろ。お前、病み上がりだぞ?』

『はーい…。ねぇ、サネ。サネはこれからどうするか決めてるのか? …そもそも、なんでオーク軍に奇襲なんかしてきたのかとか…聞いても?』

 閉めた窓に寄り掛かりながら腕を組むサネ。再びベッドの端に座ったオレは、答えを待つ。

『いや普通に依頼されて金目当て。お前らに会う前に散々あの知将にコテンパンにされて逃げてたとこ』

『…知将?』

『デンデニア・ローグ。あの野郎に用意されてた大半の奇襲部隊を潰された。俺が逃げ切れたのは単なるまぐれだ…あの野郎はイカれてやがる』

 思い浮かぶのはいつも昼寝ばかりしていた巨体。紺色の長い髪を緩く三つ編みにして、いつも眠そうな黒い瞳を向けてくるデンデニア。だけど案外面倒見が良くてボードゲームなんかは必ず相手になってくれる。

 …勝てたこと一度もないけどな! 大人気ねぇ!

『戦果が欲しくてな…。俺の住んでた森は戦で燃え尽きたから、新しい居場所を作るためにそれなりの戦歴が欲しかったのと…後は普通に報酬目当てだ。

 で。お前をとっ捕まえようとしたら呪いなんて憑けられて死ぬよりヒデェ目に遭ったってコトー』

 それだけだ、とサネは言うが…中々それも悲しいことだ。

 森と共に生き、そこに定住するのがごく当たり前なエルフにとって森を失うのは死活問題。サネは次なる安寧の地を探して頑張っていたのだ。

『…そっか。今の森は、ちょっと街に近過ぎるもんな』

『ああ。もう少ししたら出るぜ』

 サネにもサネの夢がある。

 ジゼやダイダラにも、夢がある。

 もう夢を叶えてしまったオレは、どうしたら良いんだろう…。

 というか。

『どの面下げて帰ったら良いんだろう…』

『普通にその面人間は捨てろよ』

 えー!! これ無意識になってたから戻ったらまたなれるかわかんないんですけど!

『…ぁい』

『いや捨てろよ?』

 こんな風に他愛ないサネとのやり取りも後数回しか出来ない。たくさんのお別れに覚悟を決めた明け方、サネは静かに家を出て森へと帰って行った。

 オレはといえば、早く起きたから朝ごはんでも作ろうと一人キッチンに立つ。身長が足りないので各所に踏み台を設置しての作業という荒技。それでも二人に力を付けてもらうべく頑張って調理を開始。

 オレのせいで長らくまともにご飯も喉を通らなかった状態だからな。

『粥、粥~。朝はお粥があっつ熱~』

 得意のお粥で勝負だ。残っていた鳥ベースのスープを入れ、干し肉とちょい萎びた葉物と冷蔵庫に入っていた卵を失敬して鍋に放り込む。一煮立ちさせたら散らかった我が家を少し片付けて回り、山と化していた洗濯物を洗濯機にぶっ込んで魔道具スイッチ、オン。

 水の魔石と風の魔石、熱の魔石が取り付けられた魔法洗濯機、乾燥までバッチリな代物。ただし魔力が必要だが、ポンコツなオレでも魔力くらいはある。

 更にモップがけもして、玄関の落ち葉を掃除している頃にはすっかり陽が上り始める。裏に住む管理人のお爺ちゃんが元気に箒を片手に掃除をするオレを見て腰を抜かしていた。

『げ、原因不明の病だと…』

『ナ…、違った。

 ラック、元気になったのー』

 元気さをアピールして箒を持ち上げていればすぐに回復したお爺ちゃんが良かった、良かった…と繰り返し頭を撫でてくれた上に家からたくさんの果物を分けてくれた。

 あなたが神…!

 ルンルンで家に帰って果物を食卓に並べるべく頑張って皮を剥いていたところ、寝室がドタドタと騒がしくなる。物音だけでなく口論も聞こえて来たところで耐え切れず笑ってしまった。

 二人分の足音に慌てて手を洗ってダイダラがよく使うエプロンしていたので外して踏み台から降りる。

『『ラック…っ?!』』

 オレの夢は、取り敢えず…大好きな二人が無事に旅立つのを見送る…かな?

『あい!!

 おはよー、ママ! ジゼ!』

 侵攻の足音が近付く。

 それはもう、すぐ…そこまで。


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