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魔王軍襲来
赤い月夜に魔族と踊る
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バタン、という少し大きな音を拾って目を覚ます。途端に自分を襲う猛烈な痛み。だけど、それに抗ってなんとか首の向きを変える。
『ま、ま…?』
辺りは暗く、寝室の枕元にある小さなランプの灯りだけが頼り。ベッドには自分だけだがまだ温もりが残っている。なんとか起き上がって見るとベッドのすぐ側でジゼが倒れ、寝室のドアの向こうにはダイダラらしき足が見える。
二人して倒れてる…!!
『じぜっ…! ままぁ!』
『あー動くな動くな。俺が眠らせただけだ、そいつらいたら邪魔だし』
ガラリと窓が開いたかと思えば夜風に黒髪が揺れる。振り返ろうとして全身に激痛が走ったかと思えば、背後からふわりと包まれるように支えられた。
『辛いなら動くな。寝てろ』
『さね…?』
慎重にベッドに寝かせてくれたのは、サーネストだった。
『よっ。
…しかし、酷い有様だな。ゴブリン共が道行く冒険者共が話すお前の病のことを聞いてウルセーんだわ。だから様子見』
ゴブリンとエルフも決して仲は良くない。森に棲む者同士だから縄張り争いや価値観の違いってやつで昔からバチバチやっていたらしい。
それなのに今は、かなり落ち着いた状態で均衡を保ってくれている。
『わかん、ない…。サネ、オレ…死んじゃうのかな』
というか確実に死に向かっている。踏み留まっているのは二人が頑張ってくれているに他ならない。
弱音を吐くオレにサネは無表情のまま髪を梳く。
『…お前が死ぬか生きるかは知らねーけど、どうやらお前に用がある奴がいるみたいだぜ。随分長く付け回していやがったからな、
なぁ。いつまで黙ってんだ? あんまりしつけーと、こっちから出向くぞ』
サネの睨む先を追えば、そこには赤く染まった月がある。だけど突然それを遮るように現れた黒い物体。すかさずサネに庇われるとそれが言葉を放つ。
「…久しいな。キングオークの子」
くりくりした金色の瞳に、真っ黒な体。長い尻尾に背中から生えた小さな翼。そしてピン、と立つお耳。
ネコちゃんだ。羽があるネコちゃん!!
『…ニャンコ、喋った』
「これは仮の姿。吾輩はとても弱っているのである」
弱ってる姿もキュートだね?
しかしサネが一向に喋らない。どうしたのかと心配していれば、オレを引き寄せる力をより強くして半ば抱きしめている。
『おいおい…。なんだよ、この魔力…テメェ、一体何者だ…』
「その質問に答えるのは大変心苦しい。
吾輩は先代の魔王。三年程前に下された、今はただの魔族である」
…魔王?
え。魔王…魔王って、あの魔王?!
「如何にも」
猫なのに胸を張っている。
あまりのことにサネと共に驚愕しているが、魔王ネコはそのままピンと立たせていた耳をショゲて悲しげに語り出す。
「まぁ、自業自得の結果である。吾輩の弱さが悲しみを作り、広げ…大穴を開けてしまった。まさか奴等がここまで憎しみを広げているとは理解に及ばなかったのも一因か。
はぁ…。千年近い付き合いの部下の一族に下剋上とは、魔王が聞いて呆れるのである。ああ、元…か」
どんどん小さくなる魔王ネコ。気力で保っていたのかメンタルがやられると存在も危ういらしい。
「だから贖罪に来たのだ」
『なんだこの魔王』
突然元の大きさに戻って首をグリン、と傾けるのはドキドキするからやめてほしい。因みに心臓に悪い方のドキドキだ。
「キングオークの子…ナラだったな。ナラの不調は吾輩が調整を行っていないからである。その子は毎年月が赤くなる頃に吾輩が調整してあげていた。今年はそれがなかったから苦しんでいるのである。
…その必要がなくなったから遠慮もなしだったな、理に適っている…」
『アンタがずっとコイツの体調を管理してたってわけ? なんでさ。元魔王とキングオークの子どもが、なんだって毎年そんな儀式みたいな…』
「何故?
当たり前であろう。その子は吾輩が創造した純血の魔族。産まれ付き魔力が上手く操作できない身体にしてしまった故にな。毎年調整してあげるのに一族総出で魔王城に来ていたのだ。
ナラは大半、寝ていたがな」
その時までオレは知らなかった。
自分が一体何者であり、どういう理由で産まれ、何の為に存在するか。
どれだけ愛されていたかを知る元凶が目の前にいる。
『有り得ないでしょ…』
サネが魔王ネコを指差すと、震えながらも声を上げて疑問をぶつける。
『魔族が交配以外で子を産み出すなんて聞いたこともない! しかも純血だって? それならこの子は魔王種になるはずだろ!』
「魔王は進化によって至る。魔王が交配したところで子どもはできない…吾輩は特殊故に、母体さえあれば吾輩の魔力と魔族の王としての権限により子を宿す力を持つのである」
トン、と床に降りた後で魔王ネコがベッドへと飛び上がる。すぐそばに来たネコちゃんに心癒されるもすぐにサネが退かそうとしてしまう。
「む。止めなさい、エルフ」
『止めるか! こんな得体の知れない自称元魔王を近付けられるかっての』
「相変わらずナラは面白い体質をしている。まさかエルフまで仲間にしてしまうとは」
仲間。
その言葉に思わず笑顔になるオレと、ご自慢の耳を真っ赤にさせたエルフが即座に否定する。
『ちがうッ!!』
『え。違うの…?』
『ちが、わなく…ないことも、…チッ!』
そっぽを向いたサネにこれ以上はヘソを曲げてしまうとクスクス笑っていたが、身体に響いてすぐに悲鳴を上げるとサネも慌てて背中をさすってくれる。
魔王ネコはお行儀良く座ってそんなオレたちをどこか微笑ましそうに眺めていた。
「先ずはナラの痛みを取らなくては。すぐに終わるし、なんならそのままで良いから始めるのである」
赤い月から魔力が落ちる。
赤い光に乗って落ちてきた光の粒子は、全て魔力。それが全て魔王ネコへと注がれると右目だけを赤く染めたネコがポン、と前足をオレの身体に乗せる。
すると数分もしない内に身体から痛みが引いて、何事もなかったように治ってしまった。
『サネ…! サネ、オレもう痛くない!』
『マジで?! コイツ庇ったりしてないだろーな? 本当に本当か?』
『うん!!』
感極まってサネに抱き着くと、サネも抱きしめ返してくれて二人でぎゅうぎゅう引っ付き合う。強く抱きしめられても何ら問題ない。
身体が軽い…! 健康って素晴らしいな!!
『魔王様っ、ありがとう…!』
「礼など。ナラを不完全な形で産み出したのもまた吾輩。感謝とは無縁である」
尻尾を揺らした魔王ネコは少し疲れたようで、ベッドの上で丸くなってしまう。そっと彼を抱き上げて膝に乗せて綺麗な黒い毛並みを撫でれば嬉しそうに尻尾をばたばたと揺らす。
「…全く。こんなに優しく育ってしまって…とてもアイツらが育てたとは信じられない限り。
それでも、やはり…悪いことをしてしまったのである。ナラよ。吾輩の話を聞いておくれ。
ナラの始まりと、今に至るまで。そして話を聞いた上で吾輩の願いを聞いてほしい」
「臆病で卑怯な元魔王の、最後の願いを」
.
『ま、ま…?』
辺りは暗く、寝室の枕元にある小さなランプの灯りだけが頼り。ベッドには自分だけだがまだ温もりが残っている。なんとか起き上がって見るとベッドのすぐ側でジゼが倒れ、寝室のドアの向こうにはダイダラらしき足が見える。
二人して倒れてる…!!
『じぜっ…! ままぁ!』
『あー動くな動くな。俺が眠らせただけだ、そいつらいたら邪魔だし』
ガラリと窓が開いたかと思えば夜風に黒髪が揺れる。振り返ろうとして全身に激痛が走ったかと思えば、背後からふわりと包まれるように支えられた。
『辛いなら動くな。寝てろ』
『さね…?』
慎重にベッドに寝かせてくれたのは、サーネストだった。
『よっ。
…しかし、酷い有様だな。ゴブリン共が道行く冒険者共が話すお前の病のことを聞いてウルセーんだわ。だから様子見』
ゴブリンとエルフも決して仲は良くない。森に棲む者同士だから縄張り争いや価値観の違いってやつで昔からバチバチやっていたらしい。
それなのに今は、かなり落ち着いた状態で均衡を保ってくれている。
『わかん、ない…。サネ、オレ…死んじゃうのかな』
というか確実に死に向かっている。踏み留まっているのは二人が頑張ってくれているに他ならない。
弱音を吐くオレにサネは無表情のまま髪を梳く。
『…お前が死ぬか生きるかは知らねーけど、どうやらお前に用がある奴がいるみたいだぜ。随分長く付け回していやがったからな、
なぁ。いつまで黙ってんだ? あんまりしつけーと、こっちから出向くぞ』
サネの睨む先を追えば、そこには赤く染まった月がある。だけど突然それを遮るように現れた黒い物体。すかさずサネに庇われるとそれが言葉を放つ。
「…久しいな。キングオークの子」
くりくりした金色の瞳に、真っ黒な体。長い尻尾に背中から生えた小さな翼。そしてピン、と立つお耳。
ネコちゃんだ。羽があるネコちゃん!!
『…ニャンコ、喋った』
「これは仮の姿。吾輩はとても弱っているのである」
弱ってる姿もキュートだね?
しかしサネが一向に喋らない。どうしたのかと心配していれば、オレを引き寄せる力をより強くして半ば抱きしめている。
『おいおい…。なんだよ、この魔力…テメェ、一体何者だ…』
「その質問に答えるのは大変心苦しい。
吾輩は先代の魔王。三年程前に下された、今はただの魔族である」
…魔王?
え。魔王…魔王って、あの魔王?!
「如何にも」
猫なのに胸を張っている。
あまりのことにサネと共に驚愕しているが、魔王ネコはそのままピンと立たせていた耳をショゲて悲しげに語り出す。
「まぁ、自業自得の結果である。吾輩の弱さが悲しみを作り、広げ…大穴を開けてしまった。まさか奴等がここまで憎しみを広げているとは理解に及ばなかったのも一因か。
はぁ…。千年近い付き合いの部下の一族に下剋上とは、魔王が聞いて呆れるのである。ああ、元…か」
どんどん小さくなる魔王ネコ。気力で保っていたのかメンタルがやられると存在も危ういらしい。
「だから贖罪に来たのだ」
『なんだこの魔王』
突然元の大きさに戻って首をグリン、と傾けるのはドキドキするからやめてほしい。因みに心臓に悪い方のドキドキだ。
「キングオークの子…ナラだったな。ナラの不調は吾輩が調整を行っていないからである。その子は毎年月が赤くなる頃に吾輩が調整してあげていた。今年はそれがなかったから苦しんでいるのである。
…その必要がなくなったから遠慮もなしだったな、理に適っている…」
『アンタがずっとコイツの体調を管理してたってわけ? なんでさ。元魔王とキングオークの子どもが、なんだって毎年そんな儀式みたいな…』
「何故?
当たり前であろう。その子は吾輩が創造した純血の魔族。産まれ付き魔力が上手く操作できない身体にしてしまった故にな。毎年調整してあげるのに一族総出で魔王城に来ていたのだ。
ナラは大半、寝ていたがな」
その時までオレは知らなかった。
自分が一体何者であり、どういう理由で産まれ、何の為に存在するか。
どれだけ愛されていたかを知る元凶が目の前にいる。
『有り得ないでしょ…』
サネが魔王ネコを指差すと、震えながらも声を上げて疑問をぶつける。
『魔族が交配以外で子を産み出すなんて聞いたこともない! しかも純血だって? それならこの子は魔王種になるはずだろ!』
「魔王は進化によって至る。魔王が交配したところで子どもはできない…吾輩は特殊故に、母体さえあれば吾輩の魔力と魔族の王としての権限により子を宿す力を持つのである」
トン、と床に降りた後で魔王ネコがベッドへと飛び上がる。すぐそばに来たネコちゃんに心癒されるもすぐにサネが退かそうとしてしまう。
「む。止めなさい、エルフ」
『止めるか! こんな得体の知れない自称元魔王を近付けられるかっての』
「相変わらずナラは面白い体質をしている。まさかエルフまで仲間にしてしまうとは」
仲間。
その言葉に思わず笑顔になるオレと、ご自慢の耳を真っ赤にさせたエルフが即座に否定する。
『ちがうッ!!』
『え。違うの…?』
『ちが、わなく…ないことも、…チッ!』
そっぽを向いたサネにこれ以上はヘソを曲げてしまうとクスクス笑っていたが、身体に響いてすぐに悲鳴を上げるとサネも慌てて背中をさすってくれる。
魔王ネコはお行儀良く座ってそんなオレたちをどこか微笑ましそうに眺めていた。
「先ずはナラの痛みを取らなくては。すぐに終わるし、なんならそのままで良いから始めるのである」
赤い月から魔力が落ちる。
赤い光に乗って落ちてきた光の粒子は、全て魔力。それが全て魔王ネコへと注がれると右目だけを赤く染めたネコがポン、と前足をオレの身体に乗せる。
すると数分もしない内に身体から痛みが引いて、何事もなかったように治ってしまった。
『サネ…! サネ、オレもう痛くない!』
『マジで?! コイツ庇ったりしてないだろーな? 本当に本当か?』
『うん!!』
感極まってサネに抱き着くと、サネも抱きしめ返してくれて二人でぎゅうぎゅう引っ付き合う。強く抱きしめられても何ら問題ない。
身体が軽い…! 健康って素晴らしいな!!
『魔王様っ、ありがとう…!』
「礼など。ナラを不完全な形で産み出したのもまた吾輩。感謝とは無縁である」
尻尾を揺らした魔王ネコは少し疲れたようで、ベッドの上で丸くなってしまう。そっと彼を抱き上げて膝に乗せて綺麗な黒い毛並みを撫でれば嬉しそうに尻尾をばたばたと揺らす。
「…全く。こんなに優しく育ってしまって…とてもアイツらが育てたとは信じられない限り。
それでも、やはり…悪いことをしてしまったのである。ナラよ。吾輩の話を聞いておくれ。
ナラの始まりと、今に至るまで。そして話を聞いた上で吾輩の願いを聞いてほしい」
「臆病で卑怯な元魔王の、最後の願いを」
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