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黄金の時代

最優先事項

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『ナラッ!! なんて可愛いんだい!!』

『父さーん』

 その場で手を伸ばして待っていると、なんとも美しい少年…から青年になりかけのような若くイケメンなオークが素晴らしい笑顔を浮かべて走ってきてはオレを抱っこして高い高いをする。

 この、どう見たって十代後半くらいのキングオークはカシーニ・ラクシャミー。つまりオレの父だ。

 深い緑色の髪に橙色のくりくりした瞳。サラサラの短い髪からは不思議なことにいつも若草のような良い匂いがするのだ。

『ぅあぁあ~っ、可愛いっ…可愛いが過ぎるボクちゃんの息子ッ!! すーっ』

『ごく自然に息子の腹を吸うんじゃない』

 しかも他のオークと違って身長も随分小さく、オレとは二十センチくらいしか差がない。これは仮の姿というか過去にあった自分の姿に変化しているだけなのだが、大半はこのままだ。

 この通り、見事なまでの溺愛っぷりである。

『黙れ! 息子からしか得られない栄養がこの世には存在するんだ!』

『そうか。そんな栄養がなくては生きられないなら滅んでしまえ』

 恐るべき変態発言を無表情のままな辛辣しんらつ言葉で返したランツァーは父さんをオレから引き剥がすと、そのまま片腕で持ち上げて皆に向かって宣言を果たす。

『この度、魔王様より直々にキングオーク全勢力で敵を掃討せよとの命を授かった。

 良いか、お前たち。この最も幼く美しいナラ・ラクシャミーに傷一つ付けてみろ。この子の傷は我々の誇りを穢されたに等しい。子どもの生命はオークにとって代え難い宝。そして魔王様もまた、我々を試しているのだろう…なればこそ、期待に応えるのが使命。

 戦だ。敵を全て蹂躙し、ナラの初陣を輝かしい勝利で歴史に刻み込め!!』

 瞬間、空気が震えた。

 猛々しいオークたちの雄叫びをこんなに間近で聞いたことがなかったからすっかりビビってランツァーにコアラのように抱き付いている。彼はそんなオレを安心させるように背中に手を回して優しく撫でると、そのまま歩き出して何処かへ向かう。

『…喧嘩しているところ悪いが、ナラ…お前を今回の戦で後方部隊に任せる。勿論護衛は最高戦力を充てるつもりだ』

『最高、戦力?』

 おいおい。このオーク軍で一番の戦力なんて、そんなの…!

『それでは頼んだぞ。

 カーン部隊は此度の戦は後方遊撃隊だ。代わりに我が戦力を全面に押し出すから、お前はナラの身の安全を最優先に動け』

 はい、どうぞ。と言って渡されたオレは何の躊躇いもなくランの腕に収まった。踵を返したランは自分の部隊に戻り…無情にも手を振るランツァーと苦虫を噛み潰したような表情の父さん、そしてなんとも楽しげに腹を抱えて笑うデンデニアに見送られる。

 …取り敢えず、デンデニアは後で二の腕雑巾絞りの刑な。

『ナラっ…!!』

『とーさん』

 ランを睨みつつ、懐から何か取り出した父さんは今にも泣きそうな表情でそれをオレに握らせた。

『僕ちゃんは一緒にいてあげられないけど、必ず敵の首魁しゅかいの首を獲ってナラの初陣を完璧な勝利で飾ってあげるからね! これは僕ちゃんの風魔法を込めた護身用の魔道具…変態とか変質者とかそういう糞野郎に迫られたりしたら吹き飛ばせるからね? 一度きりだけど、必ず身の危険が迫ったら発動するようにね?』

 わかった? という父さんだが、正直早口過ぎて何がなんだか。取り敢えず受け取っておこうと早急に頷けば嬉しそうに父さんが腕に魔道具を付けてくれる。

 それは可愛らしい星の絵が描かれた緑色の笛だった。

『行くぞ』

 ランの合図で動き出す部隊は、オーク軍でも強者が集められあらゆる分野で突出した猛者ばかりで構成されている。荒くれ者や腕っ節の強いのが多いのも特徴。

 ハッと気付けば既に心配そうな顔をしながら大きく手を振る父さんがどんどん小さくなっていく。

『やーでーすー! 父さん! 父さんの部隊行く!』

 仰け反ってランの腕から逃げ出そうとするもランにその気はないようで全く出れない。

 まぁ、力で勝てるわけないしな…。

『カシーニの部隊は隠密部隊、デンデニアは中衛で守備。…お前はランツァーかこっちでしか預かれねぇんだ』

『だったらランツァーの部隊で良い! 戦うの大好きなんだからナラなんて任せて行けば良いじゃん』

 この戦闘種族! 好戦的オーク!

 そもそもランツァーだってランに負けず劣らずの武勇がある。だって二体は親類に当たるから。それにランツァーは指揮官として有能なキングオークだから後ろで指揮を執るのが通例だ。

 なのに! 何故! 今日に限って!

 腹立たしくて仕方なくて強引に腕から抜け出そうと躍起になると、落ちやしないかとランの部下たちが手をワキワキしながら心配そうに見守っている。

 安心して! これくらいの高さなら華麗に着地しちゃうから!!

『離してよー! やだーっ』

『わ、若君どうか落ち着いて下さ、あっ…隊長の顔が死に始めてる…』

『うお。戦わずして隊長がここまでダメージ受けてんの初めて見た』

 遂に本気のやだ、まで発し始めるとランの力も徐々に弱まってきた。

 だって…本当に、嫌なんだ。ランは戦うのが大好きで生き甲斐みたいなものって父さんが言ってた。そんなランが最強であるが故にオレなんかの子守りで前線に行けない。

 ランが前にいたら、きっと被害も少ない。ランが危険なのは嫌だけどその強さを信じているからこそ送り出せた。それなのに、それなのに。

『昨日言ったこと。もう、忘れたのか?』

『きのう…?』

『ランはな、ナラが大好きなんだ。だから誰よりも近くでナラを護りたい。それにまだ幼いお前が傷付くのを誰も見たくない。

 …ナラ。優しいナラ、お前は賢くて思慮深いキングオークだ。我儘は場所を選ぶお前だから…ランたちを優先しようとしたんだろ?』

 思いもよらない言葉にランと顔を合わせると、そこにはなんとも言えない…慈愛に満ちた優しい顔をしたランがいて、思わず首を横に振ってしまう。

『だからこそ譲れねぇ。そういうナラを知ってるからこそ、ランが絶対護るんだよ。

 仲間はみんなそうだ。だからランが任された。…ランは最強のキングオークだからな。頼む、ナラ…ランと一緒にいてくれ』

 消え入りそうな声でもう一度零れた頼むから、という言葉に遂に折れたのはオレだった。

 やれやれ…オレの演技力もまだまだか。

『…ナラがいても良いのか?』

『バカだなぁ。ナラとずっと一緒にいれるなんて、夢みたいなのに』

 ランに降ろされると当然のように手を繋ぎながら歩き出し、オレはその握られた手を見て嬉しくなって両手で握りしめて戯れ始める。

 見上げたランの耳は何故か真っ赤に染まっていて不思議に思いながら珍しい光景を眺め続けた。

『…嘘吐きって言って、ごめんね?』

『良いよ。帰って来たら一緒に遊ぼうか、ナラ』

『ーっ、うん!! 約束ー!』


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