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黄金の時代

距離

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『なるほど。ナラが服を掴んでいて風呂に入れないし着替えも出来ないから遅刻魔のお前が誰よりも先に食卓に着いた、と。

 …ナラ様様だな』

『出来ないんじゃなくてしなかっただけだ。手くらい洗ったっての』

『お前は本当にナラが絡むとその子が最優先だからな。珍しく上機嫌に本まで持ち出して…、お前に抱っこをされるとすぐ寝入る癖は直らなかったらしい』

 優しい音と、懐かしい熱。どこにも行かないでほしくて無意識に手が掴んだ布をしっかりと手繰り寄せる。少し固いけど良い匂いがするベッド。

『やれやれ。そんな嬉しそうにしてしまって、全く。戦場では慈悲なんて二文字を前世に忘れてきたとか言われてるのに、別のオークかな?』

『おい…! 戦の話はすんなって言ってるだろ!』

『はいはい。ナラに嫌われたから血生臭い話は御法度ごはっとだったな。

 …なんで嫌われたかね、お前は。その様子だと今でも安心するオークの内の一体という感じだが』

 こんなに大きな抱き枕、持ってたっけ?

 …でもずっと昔になくしてしまった大切なものを見つけたような心地良い感じ。なんだろう…凄く、幸せな気がする。

『…ナラは人間を俺様たちと同じだと思ってたんだろ。アイツらは形だけなら俺様たちとそっくりだからな。沢山現れた同族に嬉しそうな顔してたアイツを遠ざけてたら奴等が反抗して攻撃なんざして来やがったから先手を打ったら、このザマだ』

『なるほどな…! 確かにそれならショックも大きかったかもしれない。ナラは他と違って温厚で無邪気なオークだからな…人間を見たのはあれが初めてだったから勘違いしても不思議ではない。

 …それで、ギクシャクしたまま未だに面と向かって話すことも出来ないままか。難儀なことだ』

 人間…?

 そう、そうだ。人間…オレの前世と同じ人間だ。会ってみたい。どんな生活をしていて何を思って生きているのか知りたい。

 オレは今はオークで、魔族だけど…人間と一度で良いから関わってみたいな。

『きっとすぐに仲直りできるだろう。…そもそも、そんなにピッタリとくっ付いて不仲など信じ難い。お前たちは元は半身を求め合うような仲の良さだったのだから』

『二年近く経ったけどな』

『…お前も限界を超えているしな。仕方ない、フォローは要るか?』

 ゴソゴソと何か居心地の悪さを感じて薄らと目を開けると、意外な人物がオレを抱っこしながら歩いていた。目が合うといつもの優しい笑顔でハイタッチを求められたのでヨロヨロと手を伸ばして合わせる。

『ぐっすりだったな。おはよう、ナラ。そろそろ晩餐の時間だが起きれそうか?』

『…ん、ランツァー…? ぁれぇ…?』

 ランツァー・フォイヤネル。

 キングオークの一体であり冷静沈着にしてまとめ役、みんなのリーダーでもあるランツァー。戦場でも主に指揮官として様々な指示を出したりする圧倒的なカリスマ性を持つカッコイイオーク。

 白黒のツートンの髪に紫色の美しい瞳を持つランツァーは服装も堅めでシャツとかベルトとかしっかりして、身なりも気を使うオシャレさんだ。

『どうした? 何か探し物か』

『…ナラ、ずっとランツァーといた…?』

『否だ。奴はお前を置いて席を外している。

 どうして気になるんだ? お前はアイツとは話したくないから好都合だろう』

 置いて行った?

 ランが、オレを置いて行ってしまった?

 寝起きで思考が鈍る中、必死に考える。思い出すのはどれも昔の記憶。いつだってどこへだって連れて行ってくれた大好きなラン。

 どうして置いていかれた? オレがずっと避けてて、ランと話さないから?

 だって怖かった。

 ランは人間を殺した。オレも、昔は人間だ。いつかオレも殺されて、みんなと別になるのが怖かった。ランに嫌われるのは怖かった。

 だけど、違う。本当に怖いのは人間であった自分を否定されることではなく、この十年で築いた二人の時間を忘れられることだ。

『ぅ…ふぁ、ぅああっ』

『…ん?! 待てっナラ待つんだ…!!』

『らぁ、んっ…ら、んん…!』

 ふわーん、と情け無く覇気のない泣き声を上げながらランツァーの腕から逃げ出したオレは大広間から出ようと涙を両手で拭いながら扉まで走って取手へ手を掛けた。しかしそれは自分の体重が乗る前に勢いよく開いてオレは向こう側の廊下へ意図せず飛び出した。

『ぶへ』

 痛い…しかも硬い。

 何かにぶつけて痛む鼻を押さえると、すぐに感知した匂いの元に咄嗟にしがみ付く。痛みで飛んでいった涙が再び溢れ、目の前のオークのなっがい足に手を回して今度こそ置いて行かれまいとばかりに強く抱き付いた。

『っ…!!』

『ナラ…?』

 置いて行ったことを怒りたい。

 話せなかった時間が悲しかったと伝えたい。

 ずっと謝りたかった。

 だけど言葉は出て来なくて、嗚咽だけが出てくる。ランは暫くそのままさせたいようにしてくれたけどやがて大きな手で頭を撫でてくれてから抱き上げ、片腕に乗せた俺のポロポロ溢れる涙を拭ってくれた。

『飯終わったら部屋来い』

 そう言ってランは何も気にしてないとばかりに笑ってからオレの髪を掻き上げながら寝汗ヤベーな、と言って服の袖で汗を拭いてくれた。ランツァーも濡らしたハンカチを持って駆け付けると目を冷やしてくれて、抱っこされたままのオレを甲斐甲斐しく面倒見てくれる。

 みんな優しいなぁ…。

 そうだよな、オレはもうオークなんだ。優しいみんなに何かを返せるようなそんなオークになりたい。

 まだめちゃくちゃ弱いけども。

『ナラ? 返事、くれないのか?』

 近寄り難いと言われる赤い吊り目は、オレにはいつもキラキラで一番綺麗なお月様みたいに見える。魔界と呼ばれるこの土地では稀に魔力によって満たされた月が赤く色付くことがある。

 ランの目はその時のお月様よりずっと綺麗かもしれない。

 コクン、と一つ頷くだけでランは満足したように笑ってからガラスのコップに入った冷たいお茶を差し出して飲ませてくれる。喉が渇いていたからあっという間に飲み干しておかわりを求めると何が面白かったのか二人して爆笑し始めた。

『す、すまんっ…ほら、ゆっくり飲め』

 ランが傾げるコップを両手で支えて飲み始めると、またしても二人が小さく震えながら口元を歪めたり顔を逸らしたりする。

『っ…雛だ! 親から餌を与えられる雛…!』

『止めろランツァー! 支える手が震えんだろ!』

『いやお前が離せば良い話なんだがな?』

 何がそんなに楽しいやら。

 笑う二人を他所にすっかり満足したオレは大きな欠伸をしてから再びランの体にクタリと身を預ける。ご飯が終わればランの部屋…それまで逃すまいとしっかり首に手を回して眠りについた。

 これからは、もっと沢山ランと一緒にいるんだ…。


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