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第十一王子と、その守護者

青い炎

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 もうすぐ、夜が明ける。


 ピシリ、ピシリと何度も小さな音が鳴るたびに心臓が締め付けられて耐え切れない。思わず自分の部屋に行ってしまおうと椅子から立ち、タタラから離れようとした瞬間、ドンと何かが落ちる音がして驚いて振り返る。しかし振り返った先にいたノルエフリンも同じようにキョロキョロと辺りを見渡し、自分ではないと首を振る。


 なんだ? 確かに何かが落ちたような……。


 部屋を一通り見渡したが、音の原因はわからない。なんだったのかと首を傾げたところでノルエフリンの声が響いた。ベッドの下に手を突っ込んだ奴の手には、綺麗に包まれたプレゼントのようなものがあった。それを見たノルエフリンは、大切そうに両手で抱えてから僕に差し出してきたのだ。


『……タタラ様が、殿下に……殿下のお誕生日と結婚のお祝いを兼ねて用意されていたものです。ずっと何を贈るか、悩んでいて……つい先日、購入したプレゼントです。

 ……ベッドに糸で括り付けて隠していたようですが、恐らく魔力の供給が絶たれて糸が消滅してしまったようで』


 真っ白な包みに、赤と金色のリボンで飾られたそれ。中を開けて見れば黒を基調とした栞に、小さな白い花が咲いた細工の細かいものだった。袋から落ちて来た紙切れをノルエフリンが掴み、僕に差し出してきたので開けば……それはタタラからの手紙で。


【ご結婚と、お誕生日、おめでとうございます。

 本は投げない! 折らない! ノルエフリンにぶつけない!

 いつか殿下のオススメの本を、オレに見せてくれたら嬉しいです。素敵な一日になりますように】


 もう流す涙なんてないと思っていたのに、それでも涙は溢れ出る。絵本しか読めないくせに生意気な奴だと栞を大切に仕舞えば、扉がまたノックされる。


 ノルエフリンが対応すれば、そこからいつか聞いた声が聞こえたような気がして振り返る。ノルエフリンがさり気なく退室を促すも全く聞き入れずにズカズカと入って来た人間。


 ロロクロウムと、いつかの店の店長だった。


『……中継見てたから何があったかは知ってるわ。こんな時間に申し訳ありません。

 だけどワタシも、この子との契約を破りたくはないのよ。もう日を跨いじゃったけど式典の夜には届けるって約束だったから』


 随分と派手な見た目の人間だったから覚えている。タタラがわざわざギルドのクエストでもないのに店を手伝っていたから。


 名をビローデア・イーフィと名乗った者は部屋にメイドたちを呼んで何かを運び込んだ。その間、イーフィはベッドに横たわるタタラを見てその頭を撫でた。


 部屋に運ばれたのは、見事な結婚衣装。


『こ、れは……? 一体何を』


『殿下の守護魔導師からの依頼です。殿下とクロポルド・アヴァロアの結婚衣装を作製し、今日までに完成させて届けると。

 ワタシは彼と縁がありまして、彼が頼って来てくれたのですよ。……王によって結婚衣装をなくされた殿下のために。大切な日には結婚衣装を着るべきだと、たくさん奔走していたんです』


 ……ああ、本当に……馬鹿な奴。


『王には私から上手く誤魔化して、なんとか結婚衣装を着れるように謀ったのですが……まさか盤上をひっくり返されるとは夢にも思いませんでした。申し訳ありません、魔人の件は気付けなかった我々に責任があります』


 話は聞いていた。王より文を預かり、民のためにも今後のバーリカリーナのためにも費用を削減すると。それを承知していた。残念には思ったがダンジョン崩壊を間近で感じ、自らの願いが叶うなら仕方ないだろうと。


 美しい結婚衣装だった。僕の方は黒を多めに使われているが、品がある美しさで神秘的。クロポルドの方は日輪の騎士としての名に合わせてか金色や、装飾にはそれに合うように青が取り入れられている。


 ……だから、あそこで……足りない分を払おうと働いていたわけか。


『不要のものとわかっていますわ。ワタシだって、作った本人ですが……燃やしてしまいたい気分。この子までこんなことになって、本当に捨ててやろうかと思いました。

 だけど、貴方には知る必要がある。これが作られるまでの過程と、その始まりを。タタラが何故そんなことをしようとしたか』


 わかっている、もう……聞いたのだ。


『殿下っ!! 我々もタタラ様に頼られ微力ながら裁縫を進め、会場の飾り付けを進めました! 更にギルドからもタタラ様が困っているのであれば大量の物資を届けたいと!』


 そうだな、日頃からメイドたちに大切にされているあの子が頼りに行かないわけがない。


『……何故、ここまでする』


 眠る少年は、何も答えない。


『僕を好きだと言ったのに……、どうして他の奴と結婚する僕のためにそこまでするんだ? 自分の命まで握り潰してっ、どうして……』


 一際大きな亀裂を入れた魔核に、誰もが息を飲んでタタラを見る。何もしていないのにその口の端から血を吐き、包帯には血が滲む。


 窓の向こうは、まだ暗いまま。


『死なないでくれ、どうか……どうか僕の隣に、また一緒にいてくれ!』


 黒い魔核から、光が失われる。


『何度だって言う、お前が信じてくれるまでずっとずっと言い続けるっ……僕だってお前が好きだ、タタラ。

 いかないでくれ……タタラがいなくなったら、タタラが死んでしまったら僕はっ! 僕を愛する者なんて誰もいなくなる!!


 そんな世界で一人にするな!! 帰ってきてくれ、タタラ……』


 窓の向こうが、明るくなる。やがて日輪の光に照らされた魔核が……砕けた。真っ二つになったそれを見て、誰もが悲しみに暮れて目を伏せた。


 泣き喚き、抱きしめる体は冷たく動かない。


 ……なんて、呪われた人生だろう。愛してくれた人ですら、惜しみない愛を与えてくれたのに気付くことも出来ずに死なせてしまった。


 泣いて、泣いて、泣き続けて……誰かが声を上げた。


【ほんっとーに人間って愚かー】

 
 瞬間、タタラの魔核に青い炎が灯る。ロロクロウムが風でそれを払おうとするが火は消えずどんどん燃え上がる。しかしそれは砕けてしまった魔核をどんどん集めて元の円形に戻すと、青い炎で溶接するように合わせていった。


 炎がなくなった後で残ったのは、元通りとまではいかなくともしっかりとした形で青い炎の跡のように青い線が入った魔核。


 誰もが夢を見ているのかと驚く中、更なる出来事に誰もが言葉を失った。窓から現れた青い炎の右手。直された魔核へと手を伸ばし、それを摘むと今度は眠るタタラの胸元が炎によって焼き切られて肌が露わになる。そこに魔核を押し込めば、拒んでいたはずの体はアッサリとそれを受け入れて沈んだ。


 青い炎の右手はそれを確認すると、スッと肌を撫でて問題ないことを確かめてからタタラの頭を撫でた。


【タタラはこちらに帰ることを選んだみたいだなぁ。全くよぉ……あんなクソ雑魚魔人なんか、万全の状態なら負けなかっただろーになぁ】


 全身に生気を取り戻すように青い炎がタタラの全身を一周すると、ずっと青白かったはずの顔には赤みが差して心臓は大きく上下しだす。


【でけぇ口叩いたくせに、情けねぇ。お前らも成体になる前に殺すんじゃねぇ。だが……魂は世界に定着した。

 これからが楽しみだなぁ……】


 リーベの魔人。


 リーベの魔人は姿こそ見せないままだが、確かに奴だった。青い炎の右手は日輪によってどんどんその形を失っていく。最後までタタラの頭を撫で続けた魔人は消え、そこには魔人によって再び命を救われたタタラだけが残った。


 ノルエフリンが駆け寄って脈に触れると、泣きながら力強く頷くのを見てメイドたちが歓声を上げる。光魔導師を呼ぶために部屋から物凄い勢いで駆け出したノルエフリン。ロロクロウムは号泣するイーフィの背中を撫でながらも自分も涙を浮かべている。


 そっと触れた頬は、今度こそ温かかった。


 光魔導師と神殿長が入って来ると、部屋の様子に驚きながらもすぐにタタラに駆け寄ると更に声を上げて奇跡だと叫んでから治療を始める。


『一体何が起きたのですか?! あのボロボロだった魔核が修復された状態で、しかも体内に戻っているだなんて……神の所業としか』


 まさか神と真逆の存在である魔人の仕業だと話したところで、全く信じてもらえなかった。だが信じるか信じないかなど些細なこと。


 大切なのは、タタラが今……生きているということ、ただ一つだけ。


『お帰り、タタラ……ありがとう』


 魔人によって命を落とし、魔人によって命を構築された不思議な魔導師は僕の腕の中で今は静かに眠るのみ。目覚めを楽しみに待とうと話し、時が過ぎて……一週間。


 タタラはまだ、目覚めない。



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