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第十一王子と、その守護者

さようならを言いたくなくて

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『す、き……です』


 なんの聞き間違いかと思った。


 閉ざされた繭が徐々に開かれ、そこには僕の守護魔導師がいた。真っ青な顔でありながら僕を安心させるためか微笑む姿を見て、全部終わったのだと察することができる。抱きしめた体はほっそりとしていて頼りない。


 だけど、確かに魔人に勝ったとんでもない人間なのだ。


 何度も何度も自分の身を犠牲にして戦うのは止めろと説教をするのにずっと困ったように微笑む。いつもと違うその姿に慌てて外から光魔導師を呼んで治療させなければと思った。


 そうして、言葉の途中で倒れたタタラ。寝てしまったのかとすぐにその身を抱えようとするも異変に気付く。ずっと手に握っていた何かを溢れ落とし、それが転がって……ピシリと音を立てて大きな亀裂が入った。それを見て、タタラが一体何をしたのかをすぐに理解した。


『タタラっ!? ま、まさかお前っ……嫌、嫌だ……タタラぁ!!』


 グッタリと膝の上で身動き一つしないタタラを抱えてその顔を窺えば、口の端からは血を流し魔法が解けてしまったのか胸から腹にかけて斬られた傷も開いて血が滲む。今までも何度も酷い怪我を負ってきたが、それでも意識があったことが大半で……今は、震える手で心臓部に触れても……音が、ない。


 失われていく体温に、命……。


【あーあ、死んじゃったぁ】


 好きだった人間の姿で、大切な人間の今を伝えられ……目の前が真っ暗になる。


 死んだ……? 本当に、死んでしまったのか?


【っそんな枷をして、ワタクシをここまで追い込むなんて流石……リーベの魔人が目をかけたことはある。そんな人間も、もう死んだわけだ】


 ざまぁみろ、と笑う魔人に変化が起こる。ずっとその身を貫いていた黒糸槍がそのまま崩れて糸がバラバラになる。やっと魔法が解けたかと魔人が笑うが、そうではなかった。


 糸は体を貫いたまま、周囲に糸を伸ばして魔人を固定するのだ。まさかまだ魔法に意思があるなどと思わず魔人が抵抗するが、動けば動くほど強く、キツく締め付ける糸に思わず顔を顰めた。


『タタラ……っ、お前……』


 最後まで、魔人を僕に寄せ付けまいと……無意識下で魔法を操っているのか?


『……、タタラっ』


 心なしか薄っすらと笑みを浮かべたような姿に、胸が締め付けられる思いで抱きしめた。


 そして、上空にて何かが割れるような音がして亀裂が一気に走る。黄金の防御魔法の結界が崩れ、それが……間違いなくタタラの死を意味していた。いつの間にか流れていた涙がタタラの頬に落ちては流れていく。


 そして瞬く間に降り立ったのは、黒い装束にその身を包んだ五人の人間だった。顔も隠したその者たちの中の一人が前に推し出て魔人と向き合う。それは恐らく、タタラが何度も話していた……夜に現れる信徒とやらだ。


『……っ、魔人風情が』


 振り返った信徒が、こちらを振り向く。泣きながらタタラを抱く僕を見て悟ったのか足元から溢れる魔力を爆発させるように放つ。


『よくもっ……この方がどういう存在かも理解出来ぬ無能が』


 バタバタと揺れる顔布が捲れ上がり、その者の……尖った耳が見えた。


『古代雷魔法 雷降らいこう


 突如として雷雲が立ち込めると、黒い雲から赤と黄色の光が暴れるように円を描いたあと固定された魔人へと一気に落とされた。タタラの糸によって逃げる事は許されず、まともにそれを食らった魔人は悲鳴をあげながらも懲りずに自らの魔法を放つ。


 僕とタタラの前から覆うように赤い水が現れると、タタラを守るべくその身を抱きしめて耐えようと固く目を閉じた。


『風魔法 双子盾ダブル・スター


 赤い水が来るより前に横から滑り込んできた巨大な二つの盾。攻撃を防ぎ切った盾は宙に浮かび、水を弾くように回転しながら持ち主の元へ戻る。一時の間だけこちらに目を向けたロロクロウムは今にも泣き出しそうな顔をしてから魔人に向き合う。


『……立派でしたよ、魔人相手に一歩も引かず……強い子ですね』


 盾を携えたまま走るロロクロウムに連なるように他の信徒たちも魔人に一気に攻撃を仕掛ける。奇しくもタタラの言った通り、磔にされた奴は袋叩きに遭い確実にダメージを蓄積させた。


 どれだけ奴が暴れようと、糸に対して攻撃をしようと決して切れない糸。黒い糸はむしろどんどん締め付けて魔人の強靭な体さえも傷付ける。


『こンの、クソ魔人がァ!! 俺様より小さくて可愛い後輩をよくも!!』
 

 新たに現れた、星の廻騎士団の団長。フリーリーは王族の避難を終えたのか氷の道を作って一気にこちらに滑って来た。魔法で更に魔人の両手両足を氷によって拘束すると、赤い水すらもその氷の発生源にして打ち消していく。


 そして、最後に魔人の前に立ったのは……ロロクロウム。


『私の大切な人を、悉く奪っていくんですね。ですがもう、それも終わり……。


 あの子の勝ちですよ。死んでください』


 剣を抜いたロロクロウムが走り、それを構えて突き出す。最後まで抵抗を見せる魔人だがどれだけ魔法を出したところでフリーリーと信徒たちが邪魔はさせまいと魔法で打ち消す。


 胸を貫き、魔人がロロクロウムの喉元に手を伸ばすが……まるで時を見ていたように黒い糸が消えていくと、魔人が動き出すその前にロロクロウムの盾によって体当たりされた魔人が壁に激突して今度こそ崩れ落ちた。


 割れんばかりの歓声が集まるが、ここにいる人間に笑顔などない。フリーリーが倒れた魔人を速やかに拘束し、闘技場にやって来た騎士たちと運び出す。


『……っ、タタラ、終わったぞ? もう魔人はいない、もう大丈夫だ。たくさん戦って偉かったぞ、流石っ……流石は僕の守護魔導師だ』


 触れた頬は、もう冷え切っていた。


『なぁ、目を開けてくれ……もう一度っもう一度、聞かせてくれ。こんな僕を、好きだと言ってくれただろ、なぁ……っ頼む、起きてくれ』


 どれだけ声をかけたところで、タタラは目を覚まさない。啜り泣く僕の声が会場に響き渡り、いつしか水鏡の向こうの民たちもタタラの状態に気付いたのか静まり返る。


 そんな中、雷魔法を放った信徒が側に来るとすぐに魔核を抜き去った体に触れて、次に近くに転がった魔核を慎重に掬い上げた。


『……まだ僅かに脈があります……、この首輪さえ取れば』


『あー、それはアテが外させていただきますわ。ちょっと近く行きますよー』


 少し離れた場所に現れた、一人の男。薄紫の髪を三つ編みにし、頭には大きめの黒い帽子を被ったその男は、平民の出でありながら空間魔法を扱うと噂された第二王子守護魔導師レレン・パ・レッティ。胡散臭いその男の登場に思わずタタラを抱きしめれば、男は帽子を脱いで一礼をした。


『……いやぁ、空間魔法の魔導師としてその首輪の開発に協力してたんですがー……、まさか仲間内で使われるなんて予想外で。後で開発に携わった者として告発とかされちゃたまんないんで、早めに謝罪しとこっかなーって……』


『御託は後で良い! これを外せばタタラは助かるのか?!』
 

『……可能性が零から幾ばくかは上がります、それでも……賭けに近いかと』


 少しでも可能性があるなら構わない!


 空間魔導師によって首輪に魔法がかけられると、やっとそれが外される。何度も外そうとしたのか首にはくっきりとした痕や引っ掻いた爪痕が残り、思わずレッティを睨み付けた。すごすごと後ろに引っ込んでいく奴には目もくれず、タタラを見る。


 しかし、希望を打ち砕くように再び魔核に新しいヒビが刻まれる音が響いて……涙が止まらなかった。


『急ぎ城の処置室に運べ!! 神殿より神殿長と信徒を呼び寄せなさい、事は一刻を争います! 光魔導師と魔核の研究をしている者も、タタラ様の命を救うために尽力するのです!』


 ロロクロウムの指示により担架が運ばれ、信徒が僕からタタラを取り上げてそこに寝かせる。すぐに城内の処置室に運ぶべく立ち上がり、遠くなる姿に手を伸ばして共に行こうとするのに後ろから何者かによってそれを止められた。


『っ、ノルエフリン……タタラが、……っタタラが!』


『我々に出来ることはありませんっ。今は治療が終わるまで、祈るのみです……』


 戦いに参加出来なかったノルエフリンとて、どれだけ悔しくて辛かったか。遠くなるタタラの姿を見送って……バビリアの魔人との長きに渡る戦いは幕を閉じた。


 会場に残るロロクロウムは、最後に魔人が倒れた場所に立つ。その背中を見て思わず近付いては、彼の様子に気付いて足を止めてしまった。


 盾に寄りかかり、片手で両目を覆った彼は泣いていたのだ。


『全く……あの子は、とんだ嘘つきですね。私を泣かせないと約束したのにっ。

 ……嫌な人生です。奪われてばかりで、置いて行かれてばかりで。代わりになれたなら、どれだけ良かったことか』


『ロロクロウム……』


『殿下も、この度は散々でしたね。お互いあんなに近くにいたのに魔人の憑依にも気付かなかったなんて。今思えば三人の団長の中でアヴァロアにだけはタタラ様は関わろうとしませんでしたね。

 特殊な魔力を持つお方だ。知らずと近寄らないようにしていたのでしょう』


 それでは、と言って去って行ったロロクロウムはさり気なく逃げ出そうとしていたレッティの退路を盾によって塞ぐと有無を言わせず引っ張って連れて行った。


 それからタタラの集中治療が始まった。かろうじて命は繋いだものの、肝心の魔核の崩壊が止まらず体にも戻らない。体の治療は済んだのに内側が魔核がないばかりにどんどん衰弱していく。


『それはつまり……救う手立ては、ないと……そういうことか?』


 出来ることは全てやり切った……そう言われてタタラの部屋に入れば、ベッドに横になったタタラの体にはいくつもの管がつけられ必死に彼の生命維持を続けていた。体にはいくつもの包帯が巻かれ、一番酷い上半身はぐるぐる巻きだ。


 ベッドのすぐ側には、今にも崩れ落ちそうな魔核が置かれている。


『むしろ、今も生きながらえていられるのが奇跡のようなものなのです……。ここまで魔核が傷付きながらも崩れない。そして彼自身も、本来は体が弱いという話でしたがとんでもない。確かに虚弱かもしれませんが、別の側面から見ると違います。

 魔核がないまま、ここまで体も耐えられるなんて、普通は有り得ません。これも彼の特異な体質のせいなのか……』


 日も落ち、夜中までかかった治療。


 しかし誰もがタタラを救おうと力を尽くした。魔人を倒すために誰よりも傷付き、その命すらも僕のせいで燃やしてしまった彼をなんとか助けようと光魔導師も専門家も、メイドや執事たちも精一杯やったが……零れた命は、救えない。


『日輪を迎えることは……不可能です。その内、魔核が崩れ落ちて彼自身も生命活動を終えます。


 ……申し訳ありません、この国の英雄を……救うことが叶わず』
 

『……良い。下がれ』


 静かな部屋で、器材の無機質な音と僕の息遣いだけが響く。少ししてから控えめに扉がノックされたので許可すれば、ノルエフリンが入って来た。


 顔を見ても良いかと聞く彼に頷くことで答えれば、静かにベッドへ近付いて手を伸ばす。大きなノルエフリンの手に包まれた顔が、寄り添うようにコテンと動いて堪らず泣き崩れた。


『……何が僕の未来に日輪を、だ。お前はどうなるんだ……』


 見上げた窓の向こうには、月が輝いている。皮肉のようにタタラの顔に月光が照らす中……また魔核に新しいヒビが入る音がして、胸が痛んだ。



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