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第十一王子と、その守護者

なりたいもの

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『また酷い怪我ですね……。うちの団長が見たら卒倒してしまうんじゃないかって程度です』


『はい……。くっついてて良かったです……』


 リューシーの膝に乗せられ、月の宴騎士団から派遣された救護隊により手当を受けている。前回のリーベダンジョンでもお世話になった彼は、オレの肩を見て顔を顰める。


 あの核獣を倒したことにより魔獣の侵攻はかなり緩やかになった。最前線にいるオレたちはそのままバビリアダンジョンへと向かっている。


『止血程度しか、私だけでは出来なくて……。民にも多くの被害者が続出しているので城に帰った方が早く治してもらえるでしょう。あまり腕を動かさないようにしてください、下手に動かせばすぐに出血が始まりますからね?』


『はぁい……』


 上半身の服を脱がされ、右肩には包帯がグルグル巻きにされている。ちなみに服はもうボロボロな上に出血で大変なことになっていたので月の宴の騎士さんが回収してしまった。


『ほら。全く、そのままじゃ体調崩しちまうからな。この俺様と背丈が近かったのが幸運だった!』


 マントを取り、その下に着ていた上着をかけてくれた彼は第三の騎士団……星の廻ほしのみ騎士団団長アイアシル・フリーリー。なんと彼はオレと同様、個人魔法の使い……氷魔導師だ。


 ちなみに、見た目はオレと大して変わらない幼い少年だが中身は五十を過ぎているらしい。


 ……ファンタジィ。


『ありがとうございます、フリーリー団長殿』


『止せよー。可愛い坊主にはもっと可愛く呼んでもらわねーとな!

 アシル様って呼べ! 星の廻騎士団団長命令だ、ほれほれ~』


『あしる、さま……?』


 それ愛称じゃないか、良いんか?


 そんな風に思って上着を掴みながら首を傾げれば、アシル様が蜂蜜色の瞳を潤ませながら両手をわなわなと動かす。


『可愛い~っ、なんだこれ可愛いぞ! オイ、タクトクト家の小僧! それを今すぐ俺様に貸せ! 俺様が抱っこしてやるから!』


『拒否します。自分の方が彼を安定して運べます。団長ではおんぶしか出来ないでしょう、彼の負担になります』


 プイ、とアシル様から顔を背けたリューシーはオレに一声掛けてから立ち上がる。因みに、地面に座っていなかったのは魔獣の死骸やら汚された大地には触らない方が良いと言われたため。


 確かに、顔を覗かせてみれば大地がなんだか汚い緑色に染まってきている。


『……おぉう、マジ筋肉……』


 リューシーによってお姫様抱っこされているオレは、小さいせいで彼の胸筋に軽く押し付けられている。今のオレには夢のまた夢みたいなたわわな筋肉、素晴らしいぞ。


『……す、すまない……汗臭いだろうか?』


『んぁ? いや、全然気にならない。体臭とかって人によって感じ方違うらしいしな。

 リューシーのは良い匂いだから好きだぞ』


 汗なんてまるで感じさせない王子様系が多いメンツの中で汗が似合う男とか、中々好印象だな。トワイシー殿とかクロポルド団長殿とか全然そんな感じしないし、本当に同じ人間か疑うレベルだわ。


 多少は汗の匂いもするが、不快ではない。というか持ってもらってる分際でそこまでの文句を言うような不躾なことはしないとも。


 気にしてませんよー、という意味を込めて胸に頭を預ければ一気に彼の体が揺れた。


 やだ、地震かね?


『す、すすすす好き……、と?! いや待て、待ってくれっなんだか大変恥ずかしくなってきたっ!!』


『お。代わってやろーかー?』


『拒否するッ!!』


 一人息を荒げるリューシー。立ち止まり、壊れ物を扱うような丁寧な動作でオレを抱え直しては咳払いをする。


 ふと視線を下げたリューシーと目が合ったので、ニッコリ笑ってみれば顔を真っ赤に染めて逸らしてしまった。


 可愛いやつめ、汗の匂いを気にするなんて本当に良いとこのお坊ちゃんらしいな。


『あー……なんだろうな、この恋心が芽生えてしまった青年と全くそんな知識がないくせに包容力だけはバカみたいに高い無知な少年のやりとり……。

 オーイ。テメェら甘酸っぱい雰囲気晒すのも良いけど、一応ここはまだ戦場なんだぞー死ぬぞー』


『誰が甘酸っぱい雰囲気など晒しているのですか! 断じてそんなものはありません!』


 アシル様に揶揄われつつ、オレたち三人はバビリアダンジョンへと近付いた。たまに襲い掛かる魔獣は全て先頭にいるアシル様が片付けてしまうのでスイスイ進める。


 ……この人だけで今回の事件って片付いたんじゃね?


『そういえば、タルタカロス殿下とシュラマは?』


『ああ。近くの街で休んでいる。シュラマに至ってはかなり傷が深くてな、タルタカロス殿下がそばにいて下さっているから大丈夫だ。我らが到着するまで殿下をお守りしたのだ、相当無理をしたんだろう』


『タルタカロス殿下はあんま守護者いないからな。あのシュラマってのがそこそこ強いからあんまり数を増やさなかったのが悪かったなー。

 ま。数が少なくても、俺様たちみたいな規格外がいれば話は変わってくるけどよ』


 どうも、規格外の守護魔導師です。


『ところで、アシル様はどうしてここに? 今更ながら助けていただき本当に感謝しています……』


 マジでありがとう、命の恩人!


 そう感謝を伝えればアシル様が振り返り、困ったように眉をハの字にして笑う。夜の闇に近い紺色の前髪には白いメッシュが入っている。


『馬鹿野郎。礼を言われる筋合いなんてねーんだよ。国王の命令であんな遅くにようやく出動命令が出たんだ。お前らがいなきゃ、もっと被害は拡大してたし……何より。

 お前が核獣を一人で相手してたから、どれだけの命が救われたことか。こっちのがよっぽど感謝してるっつーの』


『オレたちもギルドのクエストで来たので、そこまでのことは……。もっとも、そのクエストもリューシーが一人で頑張ってくれましたから』


 あんなに汗まみれになりながら走ってくれたから、タルタカロス殿下もシュラマも救われた。特に殿下は王都の結界を維持する重要な方なんだ、彼が生き残らなければ拠点すら守れない。


 オレがなんとか出来たのは単に運が良かっただけだ。


『謙虚だねぇ、最近の若者は。だが俺様が来たからにはもう心配は要らん。

 早いとこコレを片してタタラちゃんを治療してもらわねーとな』


 森の中に佇む、高い高い白い塔。石造の低い建造物だったリーベダンジョンとは違い、崩壊したバビリアダンジョンは見た目も凄く大きい。塔は途中でポッキリと折れてしまい、折れた部分が地面に突き刺さっているのだ。斜めになって今にも崩れそうなバビリアダンジョン。


 塔から所々に空いた穴から途切れることなく魔獣が溢れてくる。


『俺様はバビリアダンジョンを止めるから、テメェら死なないように自分の身だけ守ってろ』
 

 そう言ってマントを翻しながら、なんでもないように歩き出すアシル様。オレと同じくらい小さな背中なのに堂々としていて、恐怖なんて微塵も感じさせない強さを感じさせる。


 間違いなく、アシル様はオレにとっての理想の男。何者にも張り合える強い……英雄に足る人物。


『氷魔法』


 まるで英雄を見る子どものように、彼の偉業を目に焼き付けた。


寒々蛇楽カンカンダラ


 アシル様の足元が凍りつき、そこから四匹の氷の蛇のような生き物が勢いよく飛び出して来た。まるで龍のように幻想的なそれは長い体をバビリアダンジョンへと巻き付けて行く。四匹が巻き付いた箇所からどんどん凍りつき、バビリアダンジョンは巨大な氷の柱によって建物全てを凍り付かせた。


 詠唱すら使わない魔法。空からちらちらと落ちてくる氷の欠片を見つめながら、実力の差にただただ愕然とする。


 これが、団長のレベルかよ……。


『確かに、こりゃ……惚れるよなぁ……』


 知らずと震える右手を握りしめ、払うようにそれで糸を切った。


『……糸魔法 七色の罠キイロ


 草陰からオレたちを狙っていた魔獣が突進してくるも張り巡らせたキイロの糸によって絡め取られる。すぐそばに降りて来た糸をグッと絞めれば魔獣は断末魔を上げながら倒れた。


『こら!! 右手を使うんじゃない、どれだけ酷い怪我が忘れたのか!』


『……平気だもん』


 どうしても魔法を使う時は利き手の右手が動いてしまう。リューシーには平気なんて言ったが、再びジクジクと痛み出す右肩に冷や汗を浮かべてしまう。


 そんなオレの姿にリューシーは二度と魔法を使わないようにと優しく両手を重ねさせると、更にオレを抱き込んで強制的に手を封じてきた。なんて力技かと睨みつけるも、素知らぬ顔だ。


『なんだぁ? お前ら喧嘩かよ、俺様の芸術的な氷魔法も見ねぇーで』


『フリーリー団長。早く帰りましょう、ここにいるとこの子どもがまた無理をします』


 ……右肩も耳も痛いわ。


 こうしてバビリアダンジョン崩壊事件は、幕を閉じてないけど見た目だけは幕を閉じた。


 バビリアダンジョンから帰還するとそこには第二の地獄が広がっていた。思わずリューシーの服を鷲掴み回れ右と叫んでしまうほどには。


『……ほらみろ。やはり怪我をして帰って来た』


 オレとリューシー、そして何故かアシル様が面白がって一緒にギルドまで帰って来た時だった。リューシーの風でフワフワと降り立とうとした瞬間だ。なんとなく違和感を覚えて目を凝らせば、そこにあった光景に悲鳴を上げた。


『よし。ここに並べた全員の首を刎ねろ』


 一列に並べられたギルド職員たち。全員が縄で手を縛られ、彼の言葉で一気に泣き出す。その声でこれが改めて現実なのだと気付き、暴れながらリューシーの腕から抜け出した。


 職員たちを連行しようとする騎士たちの前に糸を出して足止めしてから、自分の主人であるハルジオン王子の元へと傅いた。


『た、只今戻りました! 殿下、これは一体なんの騒ぎです!』


 アシル様のコートを地面に着けないよう掴みながら頭を下げたせいでバランスを崩してしまい、顔面から地面に突っ込んでしまいそうになったところを横から現れた手が支えてくれる。


『ノルエフリン……』


『……すみません、力不足でした』


 ずっと頭を下げているのに、いつまでも王子からの許しが得られない。痛む肩に胸と、混乱する頭。まるで昔に戻ったような嫌な気配。


『……お前は、勇者でもなければ英雄でもない』


 放たれた言葉は、深く突き刺さる。


『約束された刻限まで、お前はもう僕の隣にだけいれば良い。その小さな体で多くを護れるなどと傲るな。ここでただ使いのみをしていれば良かったものを、崩壊したダンジョン? ハードクエスト?

 誰がそんな許可を与えた。これは貴様の慢心を叩き直すための犠牲だ』


 たくさんの人々の悲鳴が飛び交い、辺りでは王子に対しての恐怖や憎悪の目に溢れている。縄に繋がれた人々の、足が地面に擦れる音。引きちぎろうと手首を捻り、歪な音を出す。最後に最愛の誰かに会いたいと、叫ぶ声。


 これが、オレに対する罰だというのか。


 ……そうか。


『あー……、えっと第十一王子ハルジオン殿下……星の廻騎士団団長のフリーリーです。流石にギルド職員全員を罰するというのは……ちょっと、』


『ああ。貴様も参加していたな。そもそも、貴様が最初から動いていればこんなことにはならなかったのか、災難だな』


 そうか。


『……痛いところを突かれますね。しかし、それもこちらの守護魔導師の活躍で被害は最小限となりました。殿下は彼を英雄ではないと言いましたが、民にとって彼はそれに等しく……』


『誰が僕の守護者を英雄にしろなどと言った。これは僕の守護魔導師だ。民のために傷付き、それを守る有象の英雄共と並べるな、吐き気がする』


 ……そっか。


 許しもなく立ち上がれば、なんの言葉も発することなく王子の前に立つ。普通なら即打首を告げられるような行いに誰もが息を詰まらせる。


 そして王子が何事かを喋る前に、不遜にも遮って声を上げた。


 否。


 声ではない。


 悲鳴だった。


 子どもの泣き声だった。自分でも驚くくらい幼く、甲高い小さな子どもの泣き声。ピーピーピーピー泣き叫び、大粒の涙が止まらなくて両手で何度も目を擦る。


 突然のボロ泣きに誰もが唖然とする中で、泣きながらオレは力の限り罵倒してやった。


『殿下のバカ、バカバカバカぁーっ!! っ、ぅう……嫌い、殿下なんか大嫌いぃ……

 バカ王子!! バカぁ!!』


 語彙力など皆無。しかし目の前の王子は、そんなオレの攻撃力皆無な罵倒に対して一歩後ろに退いたのだ。


『どぅ、して、どうしていつも意地悪するのっ……前みたいに過ごしても何も言わない! ギルドでたくさん働いても目も合わさない!

 殿下のっ……殿下のいるここを守りたくって、守りたくて頑張って……っく、痛いのも怖いのも悲しかったのも頑張ってきたのにっ、どうしてそれでもオレのこと、オレのことっ……』


『おい、おいタタラ止めろっ! お前肩から血がっ……』


『やだ!! 殿下がオレのこと嫌いなら、オレも殿下なんか嫌いになる! オレのことなんて放っておけばいいっ!!』


 肩が、熱い。焼けるようにジクジクと痛み、もう心の痛みか肩の痛みかもわからない。ふと目に入ったのは、包帯をしていない肘の部分にまで何か赤いものが流れていた。


 周囲の動揺の声が走り、恐怖で支配されていたはずのギルド前はいつの間にか心配の声に包まれ始め、誰もがオレの方を見ている。


 やだなぁ、恥ずかしいなぁ。でも、なによりも一番……悲しいんだ。


『タタラ様っ……!』


 いつだって誰よりもオレを優先してくれる騎士が、何故か涙を溜めながら肩を凝視している。


 オイ、止めろ……みんなにそんな反応されたらオレが見る時が怖いじゃないか……。


『わかった、僕が悪いっ……。僕が悪かったから、その傷がこれ以上悪化したらっ』


『やだっ! 殿下は嘘吐きです、絶対またオレのことっ……ぅうう』


『……っ、どうしたら許してくれる?』


 許す?


 ……え、許す……許すこと考えてなかった。


 ボタボタと流れる涙を右手で拭ったら、何故かギルド職員たちの方から悲鳴が上がった。ノルエフリンに至ってはもう見たくないのか両手で顔を覆っている。アシル様はもう目が死んでいたし、リューシーは絶対気配を悟られないよう地面とずっと顔を合わせていた。


 カオス、だな……。


『……だっこ』


 小さな小さな願いが、一つ産まれた。


『抱っこして、お城まで帰ってくれたら……許してあげます……』


 抱っこは正直、腕が少し痛かった。


 だけど……一番最初にオレを見付けて、それからずっと側に置いてくれた大好きな匂いに包まれて心の底から安心してまた涙が出た。何度も非力な腕はオレを抱え直し、立ち止まっては降ろすことなく歩き出してくれる。


『……お前でも、癇癪を起こしたりするのだな』


『全面的に殿下が悪いと思います。というか、殿下のせいでまたタタラ様が神殿に奪われたらどうするんですか?』


 それはやだ。一緒にいたい。


 そんな気持ちが表れてしまったのかクン、と服を引けばバツの悪そうな声が降って来る。


『……確かに、今回は更に厄介だろうな。全く……お前もお前だ。毎回毎回身を削りおって。

 ……わかった、睨むな。僕が悪かった。謝るから降りようとするんじゃない』


 頑張ったんだから、


 きっと、これがオレが上げられる最後の働きなのだから。


『お前の未来のためだと思った。一つの教訓にでもすればと思ったんだ。余計なお世話で、僕の怒りに任せた行動だった……お前はいつも、身をもって僕に間違いをわからせるな』


 最後だから、だから……。


『……嫌いなどと、二度と言うな』


『……はいっ!』


 

 守護魔導師解雇まで、あと一ヶ月。




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