29 / 51
第十一王子と、その守護者
個人魔法の使い
しおりを挟む
かつてオレは、自らの身を犠牲にして囮役を買いダンジョンを逃げ回ったという異例の経験を持つ人間だが、言わせてほしい。
今回はそれすら不可能。
『あーっ!! マジかよ、マジかよー?! ヤバいってこれ本っ当にヤバいよー!! 全然魔獣が途絶える気配とかないんだけど!』
『だから言ったじゃないか。自由な君たちだけで逃げなさいと』
こんなにヤバいなんて聞いてないわ!!
気絶したシュラマをリューシーが担ぎ、先頭を走ってその後にタルタカロス王子。そして大半の魔獣の掃討を殿のオレが。そういう役割分担で走り出した一行だったが、早々に危機的状況である。
魔獣、止まる事を知らず。
『騎士団なにしてんだバカたれーっ!! 早く来いよ、マジでオレたちしかいないじゃん! なんなのこれなんの罰ゲームよ!』
『来るわけないだろ。俺は第六だぞ? 王位継承権どころか王権すらないんだ。そんな飾りである俺のために死地に乗り込むはずがない。精々あと数時間は様子見でもするのでは?』
聞きたくなかったー!! 今日一番聞きたくなかったわ、その話!
しかしタルタカロス王子には感謝している。彼は自分から、自らの足で走ると言い出してくれたのだ。大きなシュラマを抱えて精一杯なリューシーに、更にタルタカロス王子まで背負わせたら潰れちゃう。
風魔法で持ち上げれば、と提案したが対象物の体重で負荷は掛かるから持つのと変わらないらしい。そして抱えながら走るものだから全然集中出来なくて魔法による攻撃も難しい。
『生きてっか、リューシー!! 生きて帰ったらシュラマに減量するよう口煩く言ってやる!』
『是非、頼むっ……!』
額から玉のような汗を大量に浮かばせては落とす姿に同情しつつ、次々と襲い掛かる魔獣に魔法をぶつけていく。終わりのない作業に、辺りはどんどんダンジョンから溢れた魔力により重い空気が広がる。
参ったな、辞世の句でも詠んでおくべきだった。
『……、逃げる……か』
逃げ回ったところで解決しない。タルタカロス王子を助ければクエストは成功だ。しかしそれではオレの護りたい者は護れない。
約束の刻限まで、オレは彼を護るのだ。
『タルタカロス殿下!! シュラマ辺りが持ってた連絡魔道具は?』
『ここに。だが壊れている、この異常な魔力による影響か……』
ヘッドホンのようになったそれを借り、魔力を通してみても不協和音ばかりで使い物にはならない。しかし忘れてはいけない。オレの個人魔法は、糸。
『糸魔法 糸電話』
透明な糸がオレとリューシーの連絡魔道具を繋ぐ。そしてそれに魔力を注げば無事に魔道具が機能するようになった。糸が切れない限りはこれで保つ。
『リューシー! 埒があかない、戦力が纏まらないとどうにもならないよ。お前はシュラマを背負ってタルタカロス殿下を護衛しながら近くの街の防壁まで走れ! オレがここで足止めしておくから、死ぬ気で走れ!
……何かあったら連絡しろ。オレから連絡することはないだろうしな。取り敢えず一匹たりともここからは通さない。タルタカロス殿下、申し訳ありませんがリューシーの援護を』
土地勘のないオレでは彼らを最短ルートで護衛することは出来ない。ここに立って広範囲に及ぶ魔獣を倒しまくるのが精々だ。
まだ学生の内であるタルタカロス王子だが、この場では一人でも多くの戦力が欲しい。それをわかってか渋々了承した彼に再度感謝を述べてリューシーに目を向ける。
『わかったな? 今度こそ護り切るんだ、リューシー・タクトクト』
『……っ、承知、した……。必ず戻る、必ず戻る故に貴殿も死んでくれるな。貴殿を失えば我などハルジオン殿下の命により断頭台に直行である』
名誉の戦死なのに、そこまでするか?
リューシーなりのジョークだったのだろう。これから最悪の戦場に残るというのに、心の底から笑えた気がする。
大きな背中を叩き、行け! と声を上げてからオレも彼らとは反対方向に向かって走り出す。見渡す限りの魔獣の波。ダンジョンは異界だ、そこに住んでいた魔獣などどれだけの数だったのか検討もつかない。だからもう、数えるのは途中からやめた。
『距離ある内に、もう一回詠唱して数減らすか。やだなー……慢性化頭痛とか絶対御免だよ』
チリン、チリン。
右手を空に向けて、指を大きく広げる。忽ち溢れる黒い魔力が体から滲み出ては糸となる。目星を付けた魔獣を五体に絞る。
『……オレの操るお人形』
世界の悲鳴が、頭に響く。
『オレの言うことを聞いてほしい。オレのお願いを叶えてほしい。オレの全てを、受け入れて』
真っ黒な糸が垂れ下がり、目星の魔獣へと絡み付く。
『願うは一つ、オレのために、戦って!!
糸魔法 操り人形の宴』
目星を付けた魔獣はどれも巨大な怪獣みたいなレベルの四体。それらにオレの糸を括り付けて体の自由と意識まで縛り上げ、自在に操るオレの最近出来た魔法……。生きているものに魔法を放ったのは初めてのこと。成功するかもわからない。
最初はジタバタ暴れていた魔獣たち。周りの小さな魔獣たちも、暴れている魔獣たちがボスみたいなものだったせいか混乱し始めた。少しずつ四体を集め、鼻息荒くオレに目を向けた魔獣。どれもこれも小さなアパート並みの大きさでつい尻込みしてしまうが、逃すわけにはいかない!
『お、お願い……? オレのこと守って?』
なんでお願いなんだ……ここはビシッと命令するとこだろ、格好悪い……。
だがしかし、ここで想像以上の変化が現れる。
【ぶ、ぶもぉーっ!!】
【キィエエエエイッ!!】
完全に配下として堕ちた四体は、元気よく叫びながら武器を取って先程まで仲間だったはずの魔獣に向かって走り出した。情け容赦なく同族同士で争う姿に、思わずポカンと口を開けてしまう。
……なんで?
『まぁいいや! 戦力確保で儲けだ、儲け!』
ダンジョンから際限なく現れる魔獣の群れ。これで国すら滅ぶと聞いた時はそんなバカな、と思ったが今なら納得できる。
何分経ったんだろう? まだ、数分かもしれない。魔力にも底が見え始める……無尽蔵なのでは、なんて心配していたのに終わる時は呆気なく終わってしまうものだ。
『ったく、しつこい奴等だなぁ……』
戦局が大きく変わったのは、奴が現れてからだ。
操っていた四体の内の二体を簡単に殺され、更なる魔獣の群れを連れて現れた魔獣。その異常とも言える禍々しい魔力は、奴の位を示していた。
『どーなってんだよ、核獣を倒したからバビリアは平穏なダンジョンだったはずだろーよ』
二足歩行で歩く、牛型の魔力。ご立派な角を一本生やして両手には斧を持っている。真っ黒な体毛に覆われた巨体。その胸には無理矢理ねじ込んだようにバビリアダンジョンのコアだったはずのものが埋め込まれていた。
間違いなく、八等級のオレが相手しちゃいけないやつ……。
『誰だよ、悪趣味だな。まさか自分でコアをねじ込んだ? それはそれで正気の沙汰じゃねーよ』
とんだサイコパスだわ。
『お前が一歩進むごとに、あの人の幸せな未来が脅かされる』
無事に帰れたら、武器でも作ろうかなぁ。
『お前の鼓動が鳴るごとに、あの人の平和な明日が遠退く』
ま。無事に帰れたら、の話だけど?
『だから相討ちになろうが、ここにデカイ墓標を建ててやる。一緒に名を刻んでやろうってんだ、オレって寛大だな?』
辺りに散らばった魔獣の武器を糸で拾い上げ、背後でそれらを操る。合図と共にそれらを投げ付け残る二体の魔獣も猛進を始めた。
斧で降り掛かる武器を叩き落とし、周りの魔獣が二体を止めに入る。魔獣たちの体に糸を括って接近し、核獣の顔を目掛けて魔力を練る。
『糸魔法 硬絲の術!!』
柔らかそうな目を狙い、ありったけの糸を出して硬質化させる。それを放ち顔面にお見舞いしてやった。しかし核獣の目から放たれる何らかの魔法により糸は一瞬でバラバラに砕けてしまった。
マズイ、と思った時には遅かった。
『ぐぁっ!!』
まるで蝿が何かでも叩き落とすように手を払われ、なんの防御もなしに地面に叩き付けられる。核獣が片足を持ち上げて地面に横たわるオレを踏み潰そうとしたところを、操る魔獣がすかさず間に入って守ってくれた。
どれだけ核獣に蹴られても退かず、残りの二体が束になって襲い掛かるも無駄だった。核獣の振り下ろされた斧によって、操る魔獣はオレを護るただ一体のみになってしまった。そんな魔獣も、もう虫の息だ。
『っ、ごめん……ごめんな、ありがとう……もう良いから、もう下がっててくれ』
操っていた分際で何か言う資格などないが、彼らがいなければオレなんて呆気なくやられていた。急いで魔法を解いて逃げるよう体を糸で引っ張るのに、何故かオレを護る黒い鬼のような魔獣は退かない。それどころかヨタヨタ歩くオレを更に後ろにやろうとするのだ。
なんで?! なんでだよ、もう魔法は解いたはずなのにどうして!!
『ダメだって!! オレなんか良いって、だから早く魔法が解かれたって示さないとっ』
大きく振り上げられた斧。
竦む足が言うことを聞かず、その場で考えを巡らせた。そんな時。視界が暗くなって……何かがオレを覆っては隠す。
『やめっ……!』
背中に深々と斧を突き刺され、最後まで残った魔獣がオレを避けるように倒れた。無理矢理戦わせたはずだったのに、何故か魔法を解いても最後までオレを護って生き絶えた魔獣。慌てて駆け寄っても息はなく、もう動かない。
だけど、その手には直前で自分から抜き取ったのか魔核が握られていた。
『ど、してぇ……? なんで、わかんねーよっ』
泣きながら魔核を貰い、再び斧を横から振り出そうとする核獣から逃げるために糸を適当な木に放ってその場から脱出した。
今は、考える時じゃない。今オレは、どうしてもコイツに負けられない!!
『っ……糞野郎め』
ふと目に入る魔核。
魔核……それは魔力の核。魔核さえあればそれをエネルギーに魔法へと変換出来る。魔力の相性もあるが何の運命か、手にある魔核は禍々しいまでの黒。
恐らく、オレが使えばヤバいのが一発撃てる。
『……使わせてもらう。ありがとう』
彼らのおかげで大分数は減ってきた。敵であるオレのせいで死んでしまって、おまけに魔核まで奪われるなんて、なんて酷い話だろう。
それでも、それを全て無駄なことと言われないために。
『……糸魔法』
襲い掛かる核獣。それに便乗するように多くの魔獣が伴って来る。しかしオレはそこから動かずただ、魔核を消費して魔力に融合させた。黒い魔核が溶けるようにオレの体に沈むと、爆発的に魔力が高まる。
そんなオレの姿に距離を取るべきかと核獣が速度を緩めたが、もうそこは……射程圏だ!
『糸魔法 黒糸槍ィ!!』
その魔法はきっと、もう人生であと一回くらいしか出せないだろう。
辺り一面から真っ黒な糸によって編まれた槍が、地獄の絵巻の一ページのような光景を広げている。魔獣を無差別に刺し、貫通している。その魔獣の数は数百体。小さい個体から巨体なものまで、目に映る全ての魔獣を掃討した。
『っ……これで、』
核獣の斧が、黒糸槍で防ぐオレの体に少し食い込む。しかし一歩だって後退することはなくオレは手元に出現した槍を手にする。
『さよーならっ、だ!!』
しかし、ここまで来たのにも関わらず核獣の最後の足掻きだ。槍はコアを突き刺しているにも関わらず奴はなんと再び斧を握り直した。これにはショックを隠せず、必死に槍を深く刺す。
何か話し声が聞こえたのに、耳から連絡魔道具が外れてしまう。それを気にする間もなく攻撃の手は休むことを知らない。
『ぐ、ぅあぁっ……』
めりめりと肩から食い込んでくる斧。奴のようなタフさがない分、オレはすぐに崩れてしまう。
せめて、せめてっ……コイツだけは!!
『風魔法 刃刃風!!』
緑色の光を帯びた無数の斬撃がどこからか飛んで来ると、それらが全て核獣の腕へと突き刺さる。堪らず悲鳴を上げた核獣の隙を逃さず、次に繰り出された魔法は……。
『氷魔法』
見たこともない、魔法だった。
『氷乙女』
吹雪のような体を持った、女性のシルエットをした何かが現れ、抱擁するように核獣に抱き付けば忽ちそれは全身を凍りつかせてしまった。
チャコールのキャスケットに、お揃いのカラーの短なマント。頼りない短パンにリボンがついたお靴。可愛らしい所作で現れた少年は、その靴でドロップキックを繰り出した。
……ぅえ?
『ぅおい!! タクトクト家の小僧!! これがテメェの言ってた小っちゃいのか!
ボロッボロじゃねーか、死ぬんじゃねーぞ』
『……フリーリー団長、初対面の人間に対する態度ではありません。
タタラ! 大事ないか?! 遅れてしまって本当にすまない!』
.
今回はそれすら不可能。
『あーっ!! マジかよ、マジかよー?! ヤバいってこれ本っ当にヤバいよー!! 全然魔獣が途絶える気配とかないんだけど!』
『だから言ったじゃないか。自由な君たちだけで逃げなさいと』
こんなにヤバいなんて聞いてないわ!!
気絶したシュラマをリューシーが担ぎ、先頭を走ってその後にタルタカロス王子。そして大半の魔獣の掃討を殿のオレが。そういう役割分担で走り出した一行だったが、早々に危機的状況である。
魔獣、止まる事を知らず。
『騎士団なにしてんだバカたれーっ!! 早く来いよ、マジでオレたちしかいないじゃん! なんなのこれなんの罰ゲームよ!』
『来るわけないだろ。俺は第六だぞ? 王位継承権どころか王権すらないんだ。そんな飾りである俺のために死地に乗り込むはずがない。精々あと数時間は様子見でもするのでは?』
聞きたくなかったー!! 今日一番聞きたくなかったわ、その話!
しかしタルタカロス王子には感謝している。彼は自分から、自らの足で走ると言い出してくれたのだ。大きなシュラマを抱えて精一杯なリューシーに、更にタルタカロス王子まで背負わせたら潰れちゃう。
風魔法で持ち上げれば、と提案したが対象物の体重で負荷は掛かるから持つのと変わらないらしい。そして抱えながら走るものだから全然集中出来なくて魔法による攻撃も難しい。
『生きてっか、リューシー!! 生きて帰ったらシュラマに減量するよう口煩く言ってやる!』
『是非、頼むっ……!』
額から玉のような汗を大量に浮かばせては落とす姿に同情しつつ、次々と襲い掛かる魔獣に魔法をぶつけていく。終わりのない作業に、辺りはどんどんダンジョンから溢れた魔力により重い空気が広がる。
参ったな、辞世の句でも詠んでおくべきだった。
『……、逃げる……か』
逃げ回ったところで解決しない。タルタカロス王子を助ければクエストは成功だ。しかしそれではオレの護りたい者は護れない。
約束の刻限まで、オレは彼を護るのだ。
『タルタカロス殿下!! シュラマ辺りが持ってた連絡魔道具は?』
『ここに。だが壊れている、この異常な魔力による影響か……』
ヘッドホンのようになったそれを借り、魔力を通してみても不協和音ばかりで使い物にはならない。しかし忘れてはいけない。オレの個人魔法は、糸。
『糸魔法 糸電話』
透明な糸がオレとリューシーの連絡魔道具を繋ぐ。そしてそれに魔力を注げば無事に魔道具が機能するようになった。糸が切れない限りはこれで保つ。
『リューシー! 埒があかない、戦力が纏まらないとどうにもならないよ。お前はシュラマを背負ってタルタカロス殿下を護衛しながら近くの街の防壁まで走れ! オレがここで足止めしておくから、死ぬ気で走れ!
……何かあったら連絡しろ。オレから連絡することはないだろうしな。取り敢えず一匹たりともここからは通さない。タルタカロス殿下、申し訳ありませんがリューシーの援護を』
土地勘のないオレでは彼らを最短ルートで護衛することは出来ない。ここに立って広範囲に及ぶ魔獣を倒しまくるのが精々だ。
まだ学生の内であるタルタカロス王子だが、この場では一人でも多くの戦力が欲しい。それをわかってか渋々了承した彼に再度感謝を述べてリューシーに目を向ける。
『わかったな? 今度こそ護り切るんだ、リューシー・タクトクト』
『……っ、承知、した……。必ず戻る、必ず戻る故に貴殿も死んでくれるな。貴殿を失えば我などハルジオン殿下の命により断頭台に直行である』
名誉の戦死なのに、そこまでするか?
リューシーなりのジョークだったのだろう。これから最悪の戦場に残るというのに、心の底から笑えた気がする。
大きな背中を叩き、行け! と声を上げてからオレも彼らとは反対方向に向かって走り出す。見渡す限りの魔獣の波。ダンジョンは異界だ、そこに住んでいた魔獣などどれだけの数だったのか検討もつかない。だからもう、数えるのは途中からやめた。
『距離ある内に、もう一回詠唱して数減らすか。やだなー……慢性化頭痛とか絶対御免だよ』
チリン、チリン。
右手を空に向けて、指を大きく広げる。忽ち溢れる黒い魔力が体から滲み出ては糸となる。目星を付けた魔獣を五体に絞る。
『……オレの操るお人形』
世界の悲鳴が、頭に響く。
『オレの言うことを聞いてほしい。オレのお願いを叶えてほしい。オレの全てを、受け入れて』
真っ黒な糸が垂れ下がり、目星の魔獣へと絡み付く。
『願うは一つ、オレのために、戦って!!
糸魔法 操り人形の宴』
目星を付けた魔獣はどれも巨大な怪獣みたいなレベルの四体。それらにオレの糸を括り付けて体の自由と意識まで縛り上げ、自在に操るオレの最近出来た魔法……。生きているものに魔法を放ったのは初めてのこと。成功するかもわからない。
最初はジタバタ暴れていた魔獣たち。周りの小さな魔獣たちも、暴れている魔獣たちがボスみたいなものだったせいか混乱し始めた。少しずつ四体を集め、鼻息荒くオレに目を向けた魔獣。どれもこれも小さなアパート並みの大きさでつい尻込みしてしまうが、逃すわけにはいかない!
『お、お願い……? オレのこと守って?』
なんでお願いなんだ……ここはビシッと命令するとこだろ、格好悪い……。
だがしかし、ここで想像以上の変化が現れる。
【ぶ、ぶもぉーっ!!】
【キィエエエエイッ!!】
完全に配下として堕ちた四体は、元気よく叫びながら武器を取って先程まで仲間だったはずの魔獣に向かって走り出した。情け容赦なく同族同士で争う姿に、思わずポカンと口を開けてしまう。
……なんで?
『まぁいいや! 戦力確保で儲けだ、儲け!』
ダンジョンから際限なく現れる魔獣の群れ。これで国すら滅ぶと聞いた時はそんなバカな、と思ったが今なら納得できる。
何分経ったんだろう? まだ、数分かもしれない。魔力にも底が見え始める……無尽蔵なのでは、なんて心配していたのに終わる時は呆気なく終わってしまうものだ。
『ったく、しつこい奴等だなぁ……』
戦局が大きく変わったのは、奴が現れてからだ。
操っていた四体の内の二体を簡単に殺され、更なる魔獣の群れを連れて現れた魔獣。その異常とも言える禍々しい魔力は、奴の位を示していた。
『どーなってんだよ、核獣を倒したからバビリアは平穏なダンジョンだったはずだろーよ』
二足歩行で歩く、牛型の魔力。ご立派な角を一本生やして両手には斧を持っている。真っ黒な体毛に覆われた巨体。その胸には無理矢理ねじ込んだようにバビリアダンジョンのコアだったはずのものが埋め込まれていた。
間違いなく、八等級のオレが相手しちゃいけないやつ……。
『誰だよ、悪趣味だな。まさか自分でコアをねじ込んだ? それはそれで正気の沙汰じゃねーよ』
とんだサイコパスだわ。
『お前が一歩進むごとに、あの人の幸せな未来が脅かされる』
無事に帰れたら、武器でも作ろうかなぁ。
『お前の鼓動が鳴るごとに、あの人の平和な明日が遠退く』
ま。無事に帰れたら、の話だけど?
『だから相討ちになろうが、ここにデカイ墓標を建ててやる。一緒に名を刻んでやろうってんだ、オレって寛大だな?』
辺りに散らばった魔獣の武器を糸で拾い上げ、背後でそれらを操る。合図と共にそれらを投げ付け残る二体の魔獣も猛進を始めた。
斧で降り掛かる武器を叩き落とし、周りの魔獣が二体を止めに入る。魔獣たちの体に糸を括って接近し、核獣の顔を目掛けて魔力を練る。
『糸魔法 硬絲の術!!』
柔らかそうな目を狙い、ありったけの糸を出して硬質化させる。それを放ち顔面にお見舞いしてやった。しかし核獣の目から放たれる何らかの魔法により糸は一瞬でバラバラに砕けてしまった。
マズイ、と思った時には遅かった。
『ぐぁっ!!』
まるで蝿が何かでも叩き落とすように手を払われ、なんの防御もなしに地面に叩き付けられる。核獣が片足を持ち上げて地面に横たわるオレを踏み潰そうとしたところを、操る魔獣がすかさず間に入って守ってくれた。
どれだけ核獣に蹴られても退かず、残りの二体が束になって襲い掛かるも無駄だった。核獣の振り下ろされた斧によって、操る魔獣はオレを護るただ一体のみになってしまった。そんな魔獣も、もう虫の息だ。
『っ、ごめん……ごめんな、ありがとう……もう良いから、もう下がっててくれ』
操っていた分際で何か言う資格などないが、彼らがいなければオレなんて呆気なくやられていた。急いで魔法を解いて逃げるよう体を糸で引っ張るのに、何故かオレを護る黒い鬼のような魔獣は退かない。それどころかヨタヨタ歩くオレを更に後ろにやろうとするのだ。
なんで?! なんでだよ、もう魔法は解いたはずなのにどうして!!
『ダメだって!! オレなんか良いって、だから早く魔法が解かれたって示さないとっ』
大きく振り上げられた斧。
竦む足が言うことを聞かず、その場で考えを巡らせた。そんな時。視界が暗くなって……何かがオレを覆っては隠す。
『やめっ……!』
背中に深々と斧を突き刺され、最後まで残った魔獣がオレを避けるように倒れた。無理矢理戦わせたはずだったのに、何故か魔法を解いても最後までオレを護って生き絶えた魔獣。慌てて駆け寄っても息はなく、もう動かない。
だけど、その手には直前で自分から抜き取ったのか魔核が握られていた。
『ど、してぇ……? なんで、わかんねーよっ』
泣きながら魔核を貰い、再び斧を横から振り出そうとする核獣から逃げるために糸を適当な木に放ってその場から脱出した。
今は、考える時じゃない。今オレは、どうしてもコイツに負けられない!!
『っ……糞野郎め』
ふと目に入る魔核。
魔核……それは魔力の核。魔核さえあればそれをエネルギーに魔法へと変換出来る。魔力の相性もあるが何の運命か、手にある魔核は禍々しいまでの黒。
恐らく、オレが使えばヤバいのが一発撃てる。
『……使わせてもらう。ありがとう』
彼らのおかげで大分数は減ってきた。敵であるオレのせいで死んでしまって、おまけに魔核まで奪われるなんて、なんて酷い話だろう。
それでも、それを全て無駄なことと言われないために。
『……糸魔法』
襲い掛かる核獣。それに便乗するように多くの魔獣が伴って来る。しかしオレはそこから動かずただ、魔核を消費して魔力に融合させた。黒い魔核が溶けるようにオレの体に沈むと、爆発的に魔力が高まる。
そんなオレの姿に距離を取るべきかと核獣が速度を緩めたが、もうそこは……射程圏だ!
『糸魔法 黒糸槍ィ!!』
その魔法はきっと、もう人生であと一回くらいしか出せないだろう。
辺り一面から真っ黒な糸によって編まれた槍が、地獄の絵巻の一ページのような光景を広げている。魔獣を無差別に刺し、貫通している。その魔獣の数は数百体。小さい個体から巨体なものまで、目に映る全ての魔獣を掃討した。
『っ……これで、』
核獣の斧が、黒糸槍で防ぐオレの体に少し食い込む。しかし一歩だって後退することはなくオレは手元に出現した槍を手にする。
『さよーならっ、だ!!』
しかし、ここまで来たのにも関わらず核獣の最後の足掻きだ。槍はコアを突き刺しているにも関わらず奴はなんと再び斧を握り直した。これにはショックを隠せず、必死に槍を深く刺す。
何か話し声が聞こえたのに、耳から連絡魔道具が外れてしまう。それを気にする間もなく攻撃の手は休むことを知らない。
『ぐ、ぅあぁっ……』
めりめりと肩から食い込んでくる斧。奴のようなタフさがない分、オレはすぐに崩れてしまう。
せめて、せめてっ……コイツだけは!!
『風魔法 刃刃風!!』
緑色の光を帯びた無数の斬撃がどこからか飛んで来ると、それらが全て核獣の腕へと突き刺さる。堪らず悲鳴を上げた核獣の隙を逃さず、次に繰り出された魔法は……。
『氷魔法』
見たこともない、魔法だった。
『氷乙女』
吹雪のような体を持った、女性のシルエットをした何かが現れ、抱擁するように核獣に抱き付けば忽ちそれは全身を凍りつかせてしまった。
チャコールのキャスケットに、お揃いのカラーの短なマント。頼りない短パンにリボンがついたお靴。可愛らしい所作で現れた少年は、その靴でドロップキックを繰り出した。
……ぅえ?
『ぅおい!! タクトクト家の小僧!! これがテメェの言ってた小っちゃいのか!
ボロッボロじゃねーか、死ぬんじゃねーぞ』
『……フリーリー団長、初対面の人間に対する態度ではありません。
タタラ! 大事ないか?! 遅れてしまって本当にすまない!』
.
95
お気に入りに追加
417
あなたにおすすめの小説

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる