24 / 51
第十一王子と、その守護者
守護者たる者
しおりを挟む
ギルドとは、冒険者と依頼主を結ぶ仲介役である。ギルドには常に職員が常駐して一日中その窓口を開けている。中でも王国公認のギルドには凄腕の冒険者だけでなく、王族の守護者たちが集まるのが大きな特徴だろう。従ってそのレベルは高く、入れたとしても生き残って行くのは過酷であり新人は容赦なく篩い落とされる。
クエストボードにはいくつか種類があって、バトロノーツでは主に三つ。
一つは、バトルボード。主に魔物や犯罪者との戦闘を主軸に依頼が発行され、ギルドの花形と言っても過言ではない。ダンジョンへの捜索依頼や護衛の依頼もここに該当する。
二つ、スローボード。これは命の危険は殆どない謂わばお手伝いに似た依頼が多い。しかし魔法に頼らなければならないものや街の住人による依頼が多いので常にクエストを取り合うバトルボードとは違い数には困らない。
三つ、ハードボード。これは緊急性のあるクエストが内容に関わらず張り出される。どうしても人数が集まらなければギルド長による選別が行われ、強制的にクエストに連れて行かれる可能性もある。
『よーしよし。行ってくるな』
『ギャァ……』
『ンギャァ……』
昨日買った果物を与え、その背を降りればなんとも悲しそうな声でオレを引き止める地竜たち。オレの不安を感じ取ってしまったのか背中のリボンをガジガジ噛んで行かないで、と訴え始める。
そう。オレは早速ギルドへ行くよう朝っぱらから命令されてしまい、直したての正装を押し付けられ部屋を閉め出されてしまったのだ。
『こーら。オレの正装を噛むなよー、ベタベタになっちゃうだろ?
……心配してくれて、ありがとうな』
つぶらな瞳が、朝方見たノルエフリンのものと被って見えた。追い出されるオレを最後まで心配そうに目で追っていた。
……そう、向こうはノルエフリンがいるから大丈夫。そもそも城からも滅多に出る用事はないようだし。むしろオレがちゃんとしないと!
『タタラ様、こちらを』
『ん?』
新しく雇われた御者の青年に呼び止められ、地竜から離れて降りて来た青年の元に行く。因みにオレは竜車で来たにも関わらず地竜の背に乗っていたわけだ。今日は何故か彼らが譲らなかった……。
帽子を脱いで斜めに掛けた鞄から小さな包みを出し、オレに差し出す。
『料理長からお預かりしました! 頑張って来い、と仰っていました! 自分も応援しております。帰りは任せて下さい!』
『料理長が、わざわざ? ってことは……』
包みの中はお弁当だった。この人生における初弁当にすっかりテンションは上がる。彼のことだ、オレの好物を詰めてくれているに違いない!
『ありがとう! 頑張るわ……。でも、帰りのお迎えはいらないかな。帰りは城に向かって真っ直ぐ戻れば良いだけだから』
ぶっちゃけ今日も一人で来れたのだが、初日に守護魔導師が一人で来るのは体裁的に宜しくないということで執事たちに止められた。
ションボリして手を振る御者と、いつまでも悲しげにこちらを見つめる地竜たちに手を振って再度、ギルドへと足を向ける。
さぁ。オレの楽しい復讐劇の始まりだ!
『ほほう? なるほど、これがギルド』
一時は牢獄なんて呼んでしまったが、ギルド内は至ってシンプルなものだ。一階には大きなクエストボードが三枚デカデカと設置され、入って左側には受け付け窓口。右側には報酬窓口。二階もあるようだが、二階はギルド員たちの交流のための場所らしい。
扉を開けて入った瞬間、誰もがオレを目にした途端に物珍しそうにジロジロと見たが……。
チリンッ……。
『第十一王子ハルジオン・常世・バーリカリーナ殿下の守護魔導師タタラでございます。今日からこちらのギルドでお世話になりますので、宜しくお願いします』
真っ黒な容姿に、真っ黒な衣服。年齢より小さく見える小さな体。しかしそれを全て忘れさせるような凛とした佇まい。不安なんて一切見せない、前しか映らないような瞳を。
一礼してから歩き出せば周りのポカンとした人々を追い越して受け付け窓口へと向かう。走り出してしまいそうな気持ちをなんとか抑え込んだ。
ひぇーっ、恥ずかしいなぁ。
『おはようございます。ギルドに登録したいのですが、こちらで出来ますか?』
『うっす。こちらでお手続きしまっす』
こちらの緊張が吹き飛ぶくらいの気の抜けた声に、毒気が抜かれてしまうほどだった。茶色と金色の混じった髪に、紫色の猫目。オレと目を合わせずに黙々と書類を出す彼に倣ってオレも用意していた用紙を提出する。
『問題ありません。ギルド階級について説明は必要でしょうか』
『階級……? お願いします』
『うっす。
ギルド階級は世界共通。一番下は十等級で九・八・七・六・五・四・三・二・一等級となりその上には上級、更に上は最上位の全等級があります。
タタラ様は個人魔法使いとして十等級から。一等級からは国からその実力を保証され、証として二つ名が与えられます。階級にあったクエストを持ってこちらに提出して下さい』
なるほど……。
例え王宮仕えの守護魔導師だとしても、問答無用で下っ端からやれってことだな。平等で良いじゃないか。実力で一番下から頑張ってやらぁ!
『わかりました。あちらのクエストボードで十等級のものから受けられるんですね。
ありがとうございました、早速見てきます』
『……ん? う、うっす……ごゆっくり』
どこか困惑する受付さんにお礼を言って見事にギルド員となったオレはクエストボードへと小走りに向かう。大きな三枚のボード。少し考えてから真ん中にある大量のクエストが張り出されたスローボードの前に立った。
何故なら、バトルボードの前にはたくさんの冒険者たちが集っていてとてもクエストボードは見えそうにないから。
『凄い人気っぷりだ……。まぁ下手に戦いに行くのは危険そうだし、王都で出来る仕事から始めた方が良いよな』
バトルボードのクエストはどんどん減るが、スローボードのクエストははみ出しそうなくらいたくさんある。いつかの黒板よりも大きなクエストボードに、古そうな紙から端には新しい紙。近付いて見ればどれも十等級どころか、階級不問というものばかり。ただし、依頼内容を熟せる力がある者のみを呼び込むもの。
魔法があれば、大抵のことは大丈夫そうだが。
『まずは役に立てそうでオレに出来るような……』
一枚の可愛らしい紙に書かれたクエストが目に入る。上に重ねられた紙を少し退かしてそれの内容を確認してみた。
【依頼内容:店の清掃。
王都にある服屋・花色の仕立て屋の復旧及び清掃の手伝い。大人数、又は魔法による作業向上の場合は報酬上乗せ。
階級:不問 報酬:銀色貨幣十枚
依頼主:ビローデア・イーフィ】
『掃除の依頼か。これなら、オレでも出来るかな……糸魔法で役に立てると良いけど』
少しだけ躊躇いながら、しかし覚悟を決めてそのクエストを剥がした。一度剥がしたクエストは必ず受けるもの、と書かれた注意書きを心に刻んで先程の受け付け窓口へ並ぶ。
順番が来てクエストを見て、オレの階級書を確認した青年が驚いたようにクエストとオレを交互に見比べる。
『このクエストを受けたいです!』
『……あ、え? これで良いんすか? これはスローボードにあったクエストで……守護魔導師様が受けるようなものではないと思うのですが……』
『まだ新人ですし。バトルボードのクエストは少し慣れてからにしようかと。これでも城ではメイドさんたちに混じって掃除なんかもしてたから、お役に立てると思うんです!』
なんなら洗濯はコーリーに。料理はたまにストロガン料理長から教えてもらってるとも!
えへん、と胸を張れば青年や近くにいた冒険者たちが呆然としている。青年が判子を押したクエストを持ち、裏に書かれた地図を頼りに走り出す。
『では! 行ってきまーす』
ギルドを出れば、糸を出して空を行く。翔んではまた新しく糸を建物に括り付けて。途中で弁当がぐちゃぐちゃにならないように慎重に持ちながら地図を確認して目的の店へと降り立つ。
そこは、中々酷い有様の店だった。
『おーこりゃ、中々……うん。酷いな!』
看板は傾き、水浸しの地面。店には何故か土がこびり付いているのだ。勿論この店だけ。元は綺麗な店構えだったのだろう、そこまで汚れに年季を感じないのだ。
閉店と吊るされたプレートを無視して店に入れば暗い店内に一人だけ。奥に人影がある。
『突然申し訳ありません、バトロノーツ・ギルドから来た魔導師です。依頼を受けて来たのですがっ』
『……あらやだ。本当に来たわっ……』
派手だった。
それはまるで、出会った当初の王子を彷彿とさせるほどのギンギラさ。赤と金色の髪をオールバックにし体にピッタリとフィットしたスーツ。しかも色は真っ白。靴は金色のパンプス。高身長にスラっとした体型が見事にそれらをきこなしているのがまた驚きだ。
そして極め付けには化粧。バッチリメイクの、バリバリの……。
『ギルドから連絡が来たけど、まさか魔導師が来るなんて驚きだわ……。精々駆け出しの新米ちゃんが来てくれるもんかなぁ、なんて思ってたしぃ?』
『タ、タタラと申します! 魔導師ではありますが新人です。精一杯頑張ります』
『やっだぁ! 可愛いじゃなぁい!』
オカマさんであった。
それからオレはビローデアさんから依頼内容を改めて聞いた。それはまず、この店の現状に至るまでの経緯でもある。
『困ったことに、犯罪者集団の仲違いに巻き込まれたみたいでね。店のすぐ近くで魔法を使った戦闘があってこっちは完全に被害者よ。だけど王都に店を構えたばかりで保険とかまだ入ってなくてね……まさかこんなに早く厄介ごとに巻き込まれるなんて。
だから店は自分たちで直すしかなくて……おまけに、戦闘には止めようとした店員まで巻き添えに。命に別状はないけど、この通りワタシ一人だけってわけ』
『なるほど……、それでギルドに』
水魔法と、土魔法。組み合わさると厄介な属性だ。店内にも水が入ってまだ引いていないし、それによって運び込まれた土が泥となって更に汚れが悪化しているのだ。ある程度の掃除はされているが店主であるビローデアさんだけでは限界がある。
汚れは家具やカーペットにまで至っていて、被害額も相当だろう。
『わかりました。では、早速始めましょう。掃除道具などはありますか? なければ調達してきます』
『ああ、それは周辺のお店なんかから借りて来てるわよ。周辺にもご迷惑だし早く片さなきゃね……』
重い溜息を吐くビローデアさんの手が、汚れていることに気付く。よく見れば化粧は結構崩れているし髪も乱れている……しかし、服は汚れていない。
そうか。オレが来るから……急いで着替えてくれたのか。
『……ええ。早く済ませて、お店を再開出来る様にしましょう。
ということで、ビローデアさんは少し外で休んでいて下さい。少し危ないので!』
『……は? え!? ちょ、ちょっと!?』
オレがギルドに登録した理由はいくつかある。その中でも特に重要なのが魔法をよりたくさん使用すること。つまりどんどん魔法を出して、どんどん魔力を消費するのだ。
ビローデアさんを外に出し、オレは腕を組んでから糸を出す。
オレはなんと、指だけでなく何もない空間から糸を出すことに成功したのだ! つまりもう最悪の場合には足を出して糸を出すことも必要ない。
これは手を出さないための処置だ。
『糸魔法 ……うーん、えっと……』
腕を組んで、考える。
考えて、考えて、ふと目に入ったマネキンに良い魔法を思い付いた。
『糸魔法! 操り人形の宴』
雑巾を持って床を磨くマネキン。土で汚れた窓を拭くマネキン。使えない家具を外に放る、オレの糸。洗ったカーテンを糸で繋いで日輪と風の力によって乾かす。
そして全てを操る糸に、魔力を注ぐオレ。
『宴っていうより、大掃除の間違いかな……カッコイイ名前の方が良いし宴でいいか!』
まだまだ大掃除はこれからだ!!
.
クエストボードにはいくつか種類があって、バトロノーツでは主に三つ。
一つは、バトルボード。主に魔物や犯罪者との戦闘を主軸に依頼が発行され、ギルドの花形と言っても過言ではない。ダンジョンへの捜索依頼や護衛の依頼もここに該当する。
二つ、スローボード。これは命の危険は殆どない謂わばお手伝いに似た依頼が多い。しかし魔法に頼らなければならないものや街の住人による依頼が多いので常にクエストを取り合うバトルボードとは違い数には困らない。
三つ、ハードボード。これは緊急性のあるクエストが内容に関わらず張り出される。どうしても人数が集まらなければギルド長による選別が行われ、強制的にクエストに連れて行かれる可能性もある。
『よーしよし。行ってくるな』
『ギャァ……』
『ンギャァ……』
昨日買った果物を与え、その背を降りればなんとも悲しそうな声でオレを引き止める地竜たち。オレの不安を感じ取ってしまったのか背中のリボンをガジガジ噛んで行かないで、と訴え始める。
そう。オレは早速ギルドへ行くよう朝っぱらから命令されてしまい、直したての正装を押し付けられ部屋を閉め出されてしまったのだ。
『こーら。オレの正装を噛むなよー、ベタベタになっちゃうだろ?
……心配してくれて、ありがとうな』
つぶらな瞳が、朝方見たノルエフリンのものと被って見えた。追い出されるオレを最後まで心配そうに目で追っていた。
……そう、向こうはノルエフリンがいるから大丈夫。そもそも城からも滅多に出る用事はないようだし。むしろオレがちゃんとしないと!
『タタラ様、こちらを』
『ん?』
新しく雇われた御者の青年に呼び止められ、地竜から離れて降りて来た青年の元に行く。因みにオレは竜車で来たにも関わらず地竜の背に乗っていたわけだ。今日は何故か彼らが譲らなかった……。
帽子を脱いで斜めに掛けた鞄から小さな包みを出し、オレに差し出す。
『料理長からお預かりしました! 頑張って来い、と仰っていました! 自分も応援しております。帰りは任せて下さい!』
『料理長が、わざわざ? ってことは……』
包みの中はお弁当だった。この人生における初弁当にすっかりテンションは上がる。彼のことだ、オレの好物を詰めてくれているに違いない!
『ありがとう! 頑張るわ……。でも、帰りのお迎えはいらないかな。帰りは城に向かって真っ直ぐ戻れば良いだけだから』
ぶっちゃけ今日も一人で来れたのだが、初日に守護魔導師が一人で来るのは体裁的に宜しくないということで執事たちに止められた。
ションボリして手を振る御者と、いつまでも悲しげにこちらを見つめる地竜たちに手を振って再度、ギルドへと足を向ける。
さぁ。オレの楽しい復讐劇の始まりだ!
『ほほう? なるほど、これがギルド』
一時は牢獄なんて呼んでしまったが、ギルド内は至ってシンプルなものだ。一階には大きなクエストボードが三枚デカデカと設置され、入って左側には受け付け窓口。右側には報酬窓口。二階もあるようだが、二階はギルド員たちの交流のための場所らしい。
扉を開けて入った瞬間、誰もがオレを目にした途端に物珍しそうにジロジロと見たが……。
チリンッ……。
『第十一王子ハルジオン・常世・バーリカリーナ殿下の守護魔導師タタラでございます。今日からこちらのギルドでお世話になりますので、宜しくお願いします』
真っ黒な容姿に、真っ黒な衣服。年齢より小さく見える小さな体。しかしそれを全て忘れさせるような凛とした佇まい。不安なんて一切見せない、前しか映らないような瞳を。
一礼してから歩き出せば周りのポカンとした人々を追い越して受け付け窓口へと向かう。走り出してしまいそうな気持ちをなんとか抑え込んだ。
ひぇーっ、恥ずかしいなぁ。
『おはようございます。ギルドに登録したいのですが、こちらで出来ますか?』
『うっす。こちらでお手続きしまっす』
こちらの緊張が吹き飛ぶくらいの気の抜けた声に、毒気が抜かれてしまうほどだった。茶色と金色の混じった髪に、紫色の猫目。オレと目を合わせずに黙々と書類を出す彼に倣ってオレも用意していた用紙を提出する。
『問題ありません。ギルド階級について説明は必要でしょうか』
『階級……? お願いします』
『うっす。
ギルド階級は世界共通。一番下は十等級で九・八・七・六・五・四・三・二・一等級となりその上には上級、更に上は最上位の全等級があります。
タタラ様は個人魔法使いとして十等級から。一等級からは国からその実力を保証され、証として二つ名が与えられます。階級にあったクエストを持ってこちらに提出して下さい』
なるほど……。
例え王宮仕えの守護魔導師だとしても、問答無用で下っ端からやれってことだな。平等で良いじゃないか。実力で一番下から頑張ってやらぁ!
『わかりました。あちらのクエストボードで十等級のものから受けられるんですね。
ありがとうございました、早速見てきます』
『……ん? う、うっす……ごゆっくり』
どこか困惑する受付さんにお礼を言って見事にギルド員となったオレはクエストボードへと小走りに向かう。大きな三枚のボード。少し考えてから真ん中にある大量のクエストが張り出されたスローボードの前に立った。
何故なら、バトルボードの前にはたくさんの冒険者たちが集っていてとてもクエストボードは見えそうにないから。
『凄い人気っぷりだ……。まぁ下手に戦いに行くのは危険そうだし、王都で出来る仕事から始めた方が良いよな』
バトルボードのクエストはどんどん減るが、スローボードのクエストははみ出しそうなくらいたくさんある。いつかの黒板よりも大きなクエストボードに、古そうな紙から端には新しい紙。近付いて見ればどれも十等級どころか、階級不問というものばかり。ただし、依頼内容を熟せる力がある者のみを呼び込むもの。
魔法があれば、大抵のことは大丈夫そうだが。
『まずは役に立てそうでオレに出来るような……』
一枚の可愛らしい紙に書かれたクエストが目に入る。上に重ねられた紙を少し退かしてそれの内容を確認してみた。
【依頼内容:店の清掃。
王都にある服屋・花色の仕立て屋の復旧及び清掃の手伝い。大人数、又は魔法による作業向上の場合は報酬上乗せ。
階級:不問 報酬:銀色貨幣十枚
依頼主:ビローデア・イーフィ】
『掃除の依頼か。これなら、オレでも出来るかな……糸魔法で役に立てると良いけど』
少しだけ躊躇いながら、しかし覚悟を決めてそのクエストを剥がした。一度剥がしたクエストは必ず受けるもの、と書かれた注意書きを心に刻んで先程の受け付け窓口へ並ぶ。
順番が来てクエストを見て、オレの階級書を確認した青年が驚いたようにクエストとオレを交互に見比べる。
『このクエストを受けたいです!』
『……あ、え? これで良いんすか? これはスローボードにあったクエストで……守護魔導師様が受けるようなものではないと思うのですが……』
『まだ新人ですし。バトルボードのクエストは少し慣れてからにしようかと。これでも城ではメイドさんたちに混じって掃除なんかもしてたから、お役に立てると思うんです!』
なんなら洗濯はコーリーに。料理はたまにストロガン料理長から教えてもらってるとも!
えへん、と胸を張れば青年や近くにいた冒険者たちが呆然としている。青年が判子を押したクエストを持ち、裏に書かれた地図を頼りに走り出す。
『では! 行ってきまーす』
ギルドを出れば、糸を出して空を行く。翔んではまた新しく糸を建物に括り付けて。途中で弁当がぐちゃぐちゃにならないように慎重に持ちながら地図を確認して目的の店へと降り立つ。
そこは、中々酷い有様の店だった。
『おーこりゃ、中々……うん。酷いな!』
看板は傾き、水浸しの地面。店には何故か土がこびり付いているのだ。勿論この店だけ。元は綺麗な店構えだったのだろう、そこまで汚れに年季を感じないのだ。
閉店と吊るされたプレートを無視して店に入れば暗い店内に一人だけ。奥に人影がある。
『突然申し訳ありません、バトロノーツ・ギルドから来た魔導師です。依頼を受けて来たのですがっ』
『……あらやだ。本当に来たわっ……』
派手だった。
それはまるで、出会った当初の王子を彷彿とさせるほどのギンギラさ。赤と金色の髪をオールバックにし体にピッタリとフィットしたスーツ。しかも色は真っ白。靴は金色のパンプス。高身長にスラっとした体型が見事にそれらをきこなしているのがまた驚きだ。
そして極め付けには化粧。バッチリメイクの、バリバリの……。
『ギルドから連絡が来たけど、まさか魔導師が来るなんて驚きだわ……。精々駆け出しの新米ちゃんが来てくれるもんかなぁ、なんて思ってたしぃ?』
『タ、タタラと申します! 魔導師ではありますが新人です。精一杯頑張ります』
『やっだぁ! 可愛いじゃなぁい!』
オカマさんであった。
それからオレはビローデアさんから依頼内容を改めて聞いた。それはまず、この店の現状に至るまでの経緯でもある。
『困ったことに、犯罪者集団の仲違いに巻き込まれたみたいでね。店のすぐ近くで魔法を使った戦闘があってこっちは完全に被害者よ。だけど王都に店を構えたばかりで保険とかまだ入ってなくてね……まさかこんなに早く厄介ごとに巻き込まれるなんて。
だから店は自分たちで直すしかなくて……おまけに、戦闘には止めようとした店員まで巻き添えに。命に別状はないけど、この通りワタシ一人だけってわけ』
『なるほど……、それでギルドに』
水魔法と、土魔法。組み合わさると厄介な属性だ。店内にも水が入ってまだ引いていないし、それによって運び込まれた土が泥となって更に汚れが悪化しているのだ。ある程度の掃除はされているが店主であるビローデアさんだけでは限界がある。
汚れは家具やカーペットにまで至っていて、被害額も相当だろう。
『わかりました。では、早速始めましょう。掃除道具などはありますか? なければ調達してきます』
『ああ、それは周辺のお店なんかから借りて来てるわよ。周辺にもご迷惑だし早く片さなきゃね……』
重い溜息を吐くビローデアさんの手が、汚れていることに気付く。よく見れば化粧は結構崩れているし髪も乱れている……しかし、服は汚れていない。
そうか。オレが来るから……急いで着替えてくれたのか。
『……ええ。早く済ませて、お店を再開出来る様にしましょう。
ということで、ビローデアさんは少し外で休んでいて下さい。少し危ないので!』
『……は? え!? ちょ、ちょっと!?』
オレがギルドに登録した理由はいくつかある。その中でも特に重要なのが魔法をよりたくさん使用すること。つまりどんどん魔法を出して、どんどん魔力を消費するのだ。
ビローデアさんを外に出し、オレは腕を組んでから糸を出す。
オレはなんと、指だけでなく何もない空間から糸を出すことに成功したのだ! つまりもう最悪の場合には足を出して糸を出すことも必要ない。
これは手を出さないための処置だ。
『糸魔法 ……うーん、えっと……』
腕を組んで、考える。
考えて、考えて、ふと目に入ったマネキンに良い魔法を思い付いた。
『糸魔法! 操り人形の宴』
雑巾を持って床を磨くマネキン。土で汚れた窓を拭くマネキン。使えない家具を外に放る、オレの糸。洗ったカーテンを糸で繋いで日輪と風の力によって乾かす。
そして全てを操る糸に、魔力を注ぐオレ。
『宴っていうより、大掃除の間違いかな……カッコイイ名前の方が良いし宴でいいか!』
まだまだ大掃除はこれからだ!!
.
30
お気に入りに追加
260
あなたにおすすめの小説
その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!
あ
BL
16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。
僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。
目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!
しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?
バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!
でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?
嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。
◎体格差、年の差カップル
※てんぱる様の表紙をお借りしました。
小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)
九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。
半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。
そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。
これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。
注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。
*ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる