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第十一王子と、その守護者

最年少守護魔導師の顔合わせ

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 明日をデートに控えた今日。日輪が昇るタイミングでバッチリ目覚めたオレは、今日も今日とていつもの服に着替えて身支度を整える。魔法による便利なこの世界、勿論トイレ完備にお風呂なんて守護魔導師特権としていつでも入りたい放題。小さな洗面台で顔を洗って歯を磨いて、軽く寝癖を直していつもの髪型にすれば完成! 守護魔導師タタラさんの出来上がり。


 王子と三食一緒に食べるため、それまでに部屋に施した魔法を解く。


『はい、プツン!』


 王子の部屋に張り巡らせたありとあらゆる種類の糸魔法の罠シリーズを解くのが最初のお仕事だ。部屋の前には兵士もいるが大体の王族は夜間も守護者に身辺を警護させる。オレは魔法による罠で対応できるので、夜は休んでいるのだ。勿論、罠が発動すればすぐに起きれるとも。


『まだ時間あるし、今日は本でも読むか』


 昨日王子が読み終えて、そこらに放置されたままだった本を持って来たのだ。様々な種類の本を読むくせに扱いが雑で困ったものだ……中には重要な歴史書なんかも混ざっていて気付いたノルエフリンが思わず小さな悲鳴を上げたのも記憶に新しい。


 ノルエフリンによって文字を教わり始めているが、まだまだ読めないものが多い。いくら前世の記憶があって赤ん坊からこの世界にいても、学ぶ機会もなければこんなもんだ。多少の言葉はわかっても、文章になると一気に難易度が上がるのが難点。


『……おかしい、わからない部分を飛ばすと一瞬で一ページが終わってしまうぞ』


 拾った本は難易度が高かったらしい。後でノルエフリンに教えてもらおうとベッドに本を置いた時、コンコンと扉がノックされた。


 オレの部屋は王子の隣。王子の部屋に行ける扉と、廊下に出る扉の二つがある。ノックは王子の部屋の方……つまり。


『あれ? 殿下、おはようございます……随分と早いですね。まだ起床の時間ではありませんよ』


 そこには、髪を下ろして寝巻きのままの王子がいた。まだ眠いのか開き切っていない目を擦りながら唸る彼は、とんでもないことを言った。


『……お前。今日は予定があるから早く準備をしておくように言ったであろう。大したことではないが、全ての王子と王女が集まる儀式だ。お前とノルエフリンは他の守護者とそれが終わるまで待つ、という名の顔合わせのようなものがある。

 後二時間もすれば始まる、大変迷惑な儀式だ。さっさと支度をするぞ』


 そういえば……昨日、最高に眠たい時にノルエフリンが何か言っていたような……。


『奴が出勤してくるまでの、約一時間後までに支度を終わらせていなければ……またあの口煩い守護騎士の説教が始まるのだぞ。

 早くやるぞ、この大馬鹿者め』


 そこからは早かった。人生でも稀にみる最高に覚醒した瞬間だったと思う。王子の服を引っ張り出して、風呂に突っ込んで、髪を乾かし梳かしてと。糸まで出してやったのだ……部屋中のあらゆる必要なものを括っては宙に浮かせて、あれじゃないこれじゃない。


 そもそも王子が悪いのだ。こういうことはメイドさんの仕事なのにオレが出来るからと、最近はなんでもオレにやらせるようになった。お陰で仕事が増えて幸せですよ、ええ、ええ。


『はぁーっ……はぁーっ、ゴホッゴホ!! 疲れた……なんか朝から戦場にいるのかと思った』


 床に突っ伏す、一人のボロ雑巾。その側には黒い特注のスーツを身に纏った我らがハルジオン王子。と言っても前世にあったスーツほど堅苦しくない、割と遊び心豊富なオシャレスーツである。レースや背中の数字など細かい装飾もあるお高いもの。


 最後に髪を緩く三つ編みにして、三つ編みの途中に黒いリボンを入れたりして遊んでやったら本当に採用された。やり切って倒れ込んだ数秒後、出勤時間丁度に扉がノックされた……勝った。


『失礼します。ノルエフリン・ポーディガー、入室致します。

 おはようございます。……おや? 殿下。もうお支度を終わらせてしまったのですか。湯浴みだけ済ませていただければ構いませんと申しましたが、まさかもう全て済ませていただけているとは』


 ……ん?


『ああ。そこの愛らしい小間使いが張り切っていてな、全て一人で終わらせたのだ』


 は?


『なんとっ……! 服一つでも中々お決めにならない殿下の、全ての身支度をお一人で! 流石は第十一王子筆頭守護者、素晴らしいご活躍かと!!』


 床に転がるオレを、いつもと変わらない爽やかな騎士が軽々と持ち上げて椅子に座らせる。ボケーっと考えを纏めて、ギギギギ……とゆっくり首を右に回せば腹を抱えて窓枠に寄り掛かる野郎がいた。


 だ ま さ れ た 。


『まだ朝食を済ませていらっしゃらなかったのですか? お腹が空いたでしょう、すぐに用意させますので!』


 もうニッコニコ。今日一番の面倒な仕事がなくなったノルエフリンは足取りも軽やかに部屋を出て行った。バタン、と扉が閉じた瞬間声を上げて爆笑する王子に飛び掛かる、その間僅か二秒。


 憎たらしくもオレの襲撃を予想していたらしい王子は、ヒラリとそれを躱す。


『もーっ!!!』


『、くくくっ……止めろ、本当に腹が痛い! お前という奴はどうしてこうも可愛いのか。本当にっ、ぷっ……くく』


 オレは、格好良いが良いんだ!!


『うぅーっ!! 許すまじ!! 絶許絶対許さない!!』


 この性悪王子め、痛いけな少年を玩ぶなんてなんて奴だ!! 中身は全然少年じゃないけども! 騙された上にノルエフリンの話をキチンと聞いてなかったオレも悪いけども!


『やってやるー!!』


『止せ止せ、不敬であるぞ? ははははは!!』


 帰って来たノルエフリンが見たのは、どうにかしてやろうと思いつつも折角の服や髪を乱せず怒り狂うオレと、そんなオレをいつまでも大爆笑しつつ優雅に椅子に座る王子だった。


 朝食の間はずーっとプリプリと怒りながら、いつもは箸を使うのにフォークをチョイスしながらフルーツをブスっと刺して鬱憤を晴らす。なんとも小さなストレス発散だが、フルーツはいつも通り美味い。


『ノルエフリン。タタラの支度を整えてやれ、守護者の大半の目当ては此奴であるからな』
 

『御意。服はそのままですね? では少し乱れた御髪を整えさせていただきます』


 王子がよく座る、豪華でキラキラの椅子に座らされる。金の装飾に赤い生地。如何にも、という雰囲気をした椅子はスベスベした素材だがとても座り心地が良くて快適だった。


 いやいやいや。こんなことで機嫌取ろーったって、そうはいくか!!


『タタラ』


 うっせうっせうっせ。


『これを、お前に貸してやろう』


 左手を取られ、その手首にヒンヤリとしたものが触れた。黒い金属のような素材に、銀の縁に青い宝石が埋め込まれたそれは……まるで目がそこに存在しているような神秘的な腕輪だった。留め具をされると黒い手袋とマッチしてなんだか、とてもカッコイイ!


『気に入ったか? 今日は一日それをしているように。帰って来て再びこの部屋に戻るまで、お前が持っていろ』


『……は、ハルジオン殿下っ……それは』


 黙っていろ、というようにノルエフリンに一瞥をくれた後でこの前のと似たアームカバーをされた。少しフォーマルな透け透けなそれで多少は腕輪が隠れたが腕を上げたりしたら簡単に見えるだろう。


 これ、大事なものなのか?


『大事なものだが、今日のお前には必要なものだ。今日は少し忙しいのだ。僕はお前の側にはいてやれぬ。だからこれは、お守りのようなもの』


『……お守り? 殿下をお護りするのは、オレです……』


『今日の予定は危険ではない。どちらかと言うと、お前の方が厄介なことになる。決してこれを外さず、隣にはノルエフリンを。

 ……最年少守護魔導師、そして黒を宿した個人魔法……全く。お前は本当に騒がしいな』


 まだ何もしてませんが? そう思ったのが顔に出たらしい。王子に手を引かれて、間もなく定刻となるため部屋を出た。時間ギリギリになるまで出発しないなんて一体どういうことなのかと思えば、着いた場所は王城の中でも最も出入りが制限された一角。


 確かに城の中を移動していたはずだった。それなのに、兵士たちが守る古びた観音扉の先には……なんということでしょう。


 まるで夢の中のようなお花畑に、綺麗な小川。澄んだ空にはあらゆる淡い色が混ぜられていて更にファンシーさが強調されている。


 魔法による、空間魔法。現実に見えないけど現実の空間。恐らく……古代魔法の一種。


『ファンタジィ……』


『壮大な魔法ですね。古代魔法の中でも空間魔法は滅多にない希少なもの。これだけの空間を維持出来るなど並大抵の魔導師ではないでしょう』


 古代魔法についてはオレもよく知らないけど、古代魔法は大きく分けて三つに分類され、それぞれかなり魔力の消費も大きくて何よりも古代魔法は失われし言語の上に成り立つ超難しい魔法なのだ。


 つまり、古代魔法を使おうとしたら、もう人々から忘れられた言語を一から覚えなきゃならないわけ。


『王族とそれに忠誠を誓う守護者と、一部の者しか入ることは許されない夢の間だ。この先にはバラツィアを覆う結界の間があるのだ。

 僕たち十三の王子と王女は、それに一定の魔力を注ぐ役目がある。こうして集まり結界の維持に努めるわけだ。それぞれの守護者たちもここが待機場所となっている。精々二人くらいしか連れて来ない暗黙の了解だが、何人集まっているかは知らぬ。

 適当に過ごしているが良い。挨拶をする義務等もない、が……恐らく何人かは近付いて来る。適当にあしらって良い、許可する。数時間は掛かるからな……気を付けろ』


 そうして王子は夢の間を進んで行ってしまった。残されたオレとノルエフリンは、仕方なく夢の間を移動して丁度よく見付けた椅子に腰掛けて王子が帰って来るのを待つ。


 どこからか聞こえる、オルゴールの優しい音色。空をゆっくり動くカラフルな雲。草は柔らかく、しかし匂いはない。


『魔法ってヤバいな』


『一体どうやって魔力を……とても一人の力とは思えませんね』


『そりゃーここは王族の魔力が零れ落ちて徐々に、徐々に広がった太古からあるバーリカリーナの神秘の地だからな。本当に王族の魔力ってのは摩訶不思議だねぇ』


 本当にねぇ、……って!!


『シュラマ!!』


 このファンシーな空間に最も似合わない男がオレの座る椅子に寄り掛かっていた。今日も眩しいばかりの赤髪から少しばかり見せた瞳は、真っ直ぐこちらを向いていた。


『よー、お二人さん。あの時以来かぁ。お互い命拾いしたな』


『久しぶり……、そっか。シュラマも確か第六王子タルタカロス殿下の守護者だもんな』


 魔人との戦いで現れた守護者。炎魔法を使う彼は一番気軽に話しかけてくる軽薄な感じの男。だけど話しやすくて守護者としての時間が長いのか、大人の余裕なのかはよくわからないが……悪い感じはしない人である。


『そーそー。オレ一人で良いって言うもんだから暇でよ。そしたらハルジオン殿下んとこからは二人来るって言うから見に来たわけよ。

 よぉ、久しぶりだな。まさかお前さんまで守護騎士になってるとは驚きだねぇ』


『その節はお世話になりました、シュラマ・ラーマ殿。改めましてハルジオン殿下の守護騎士となりました、ノルエフリン・ポーディガーです』


 騎士の礼をするノルエフリンに倣って一緒に自己紹介をしようとしたところで頬にシュラマの指が当てられた。


『はにふるんらー』


『なんだってー? お前の自己紹介なんて要らんわ、今じゃお前さんの話で持ちきりだからよ。


 ハルジオン殿下が常に傍に置く最年少守護魔導師にして、黒を宿す個人魔法使いで挙げ句の果てには天使のような姿に感動した神殿の連中に祀り上げられるとか……もうお前の話題はお腹いっぱいだっつーの。他の守護者共が見たい見たいってウルセーから、ちょっと付き合ってくれっか?』


 それに返答する間もなく、シュラマによって椅子から担ぎ上げられるとそのまま彼に肩車をされてしまい唖然としたまま歩き出してしまった。同じくすぐに動けなかったノルエフリンが鉄砲みたいに飛び掛かり、シュラマに抗議の嵐をぶつける。


『一度ならず二度もタタラ様を誘拐するなど、なんという不届き者でしょう!! 早く降ろしてあげて下さい、私だってまだ肩車なんて滅多にさせていただけないんですよ!?』


『ポンコツぅ』


 細やかな抵抗にと赤い髪で三つ編みをしてやった。どうだ。うちの王子とお揃いだぞ、恥ずかしい奴め。


『おお。器用じゃねーの。やっぱり糸魔法なんてもん扱うだけに指先が器用だな』


 全然ダメージ受けてねーじゃん。


 こりゃダメだと項垂れてサラサラの赤い頭を掴んで辺りを見渡してみる。地面に、空に、挙げ句は水の上に。色んなところにいる……守護者たち。彼らはシュラマを見ているが、正確にはその上にいるオレをしっかりと見ている。興味深そうに見つめる者や、すぐに逸らす者……様々だ。


『悪ぃな。変な奴がちょっかい出すかもしれねーから、先にこれくらい派手に紹介しとくわ』


『ん……わざわざありがとう。シュラマは世話焼きだな』


『バーカ。前回の礼だ』


 それこそ、律儀というものだ。


 これが守護者の集まる場所ならば、きっとあの人も来ているに違いない。明日のデートは予定通り行われるらしいが、二人の仲が悪くなっていたらどうしたら良いのか。あの日はどうにか王子の気を逸らせたが、オレのせいで二人の未来がどうにかなってしまうのは大変困る。


『今日は出来れば何事もなく過ごしたい……』


『無理じゃねーの?

 ま。出来るだけ一緒にいてやるよ。オレ一人いるだけでどれだけ効果あるかわかったもんじゃねーがなぁ……』


『ふーん?

 なら、それ。私も手伝ってあげよっかなー』


 突然下から聞こえた声にびっくりして見れば、そこには見知った美女……いや、魔性の女がいた!!


『はぁい。あの時振りねー。可愛いのにあんなに度胸あるなんて見直しちゃったわ。小っちゃくても最年少守護魔導師の看板は伊達じゃないわけね?』


 黄色い髪をサイドテールにして、今日も今日とて、スッケスケのスリット入りの大胆な服を着た妖艶な笑みを浮かべるオルタンジーがそこにいた。


『げっ! 無慈悲光魔導師!』


『あーっ!! ひどーい、タタラちゃんってば私を無慈悲だなんて言うのー? 仕方ないでしょ。あそこまでの魔人に形振り構ってらんないわよー。

 でも、君が私も、コペリア様も救ってくれた事実は変わらないわね。あの時はごめんなさい、感謝するわ』


 コペリア様は知らないけど、その人を大事にするオルタンジーも……護りたい、という気持ちも今ではよくわかる。


 ちょっと、いや中々酷い奴だった印象しかないけど……。


『……じゃあ、ジュース取って来てくれたら、良いよ。オレ、キャシャの。無くっても取りに行って!!』


『えーっ、私を小間使いにする気ー? もうっ仕方ないわねぇ。可愛い後輩のために一肌脱いであげるわよー』


 脱ぐな脱ぐな、もう一枚だって脱がないで。


『はーやーくー!! 駆け足!』


『はいはい、お待ち下さい~』



 こうしてオレは、あの日出会った精鋭たちと再び出会い仲直りをするのだった。





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