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第十一王子と、その守護者

宝者

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 深く、濃く、青く、彼の魔力の殆どがその瞳に移っていく。蒼眼は深海の様な深く青く、冷たい色へと変貌していく。その姿に何人かの遠くにいた野次馬が顔面蒼白のまま逃げ去っていくのだ。


 何か恐ろしいものでも見たように。


『王位継承権のある四人には全て、産まれ持ったが存在する。魔法とは違うこれは王族のみに与えられた謂わば呪いだ。

 ハルジオン・常世・バーリカリーナに与えられし王権の名は審眼しんがん。わかるか? 何故僕が恐れられるか、何故僕の行動に誰も意を唱えないか。

 僕の審眼は、人の心を見通す力を持つ。つまり、心を洗いざらい見透かすのだ。思ってること。記憶していること。知り得る全ては心にある。僕の前で口は不要。

 ただ、そこにいるだけで僕はその者の全てを見通せるのだ』


 なにそのトンデモ能力。


 心の内を見通せる力、それはつまりハルジオン王子には嘘は通用しない。それどころか、王子の口振りでは対象が忘れている物事ですら一度記憶したものなら引き出せるということ。


 秘密も黙秘も、何も関係なく相手の全てを暴ける力。


『そんな僕の守護魔導師が、魔人に通ずる? こんな下らない話があって堪るか。寝言は寝て言え、そのまま永眠させてやる』


『……っ、』


 静かに、しかし今まで一番の怒りを露わにする王子の背中をボンヤリと見つめる。その背中は黒い服で覆われていた。出会った当初は派手で色が付いた服が大半だったはずなのに、最近の王子はよく黒を好むようになった。黒色が彼を象徴するから別に変ではないが、私服まで黒にすることはあまりなかったような気がする。


 何故、この人はこんなに怒っているんだ?


 自分の所有物を貶されたから? 王権とやらを知らない無知な者だったから? オレが来なくて待たされたのが腹立たしかった?


『僕の守護魔導師を貶めようだなんて、不敬極まりない。加えて魔人の手先……?


 この守護魔導師がどれだけの血を流して魔人を撤退させたかも知らぬ役立たずに、王族の守護が果たせるのか。数だけ増えて質が伴わぬ守護者など、飾りに過ぎない。僕の守護魔導師は、幾度も役目を果たして来た……その功績を、ただの妄想で否定するなど決して許さぬ』


 全身が、頭の天辺から爪先まで熱が走った。胸が温かく締め付けられて痛いのに何故か……気持ちいい、ような。


 知らない、知らない……こんな感じは、知らないんだ。


『おい、早くこの愚か者を連れて行け。不愉快極まりないな全く。


 打首だ』


 そう吐き捨てられた言葉に、リューシーは思わずといったように頭を上げた。その顔は驚愕から、あっという間に絶望に染まる。何も発せない口からは、はくはくと息だけが溢れ出し堪らず手を出した。


『お待ちをっ……お待ち下さいッ!! 何故、何故そのような受け入れて間もない不気味な子どもを贔屓するのですか! 今まで、ハルジオン殿下の守護をして来た者はことごとく任を解かれるか、処断されるか……っ、それが何故!!


 何故、その子どもだけっ!!』


 憎悪に満ちた目が向けられたと同時に、オレの足元から何か変な違和感を感じた。


『タタラ様!!!』


 その時、


 オレが認識したのはノルエフリンのただならぬ声だけだった。何もわからないまま何かが起きた、それだけはわかった。


 思い出したのは……遠い遠い記憶の欠片。


 薄暗いスラムの路地裏で、まだ小さな小さなオレがずっと泣いている。細く頼りない膝を抱いて酷く泣き叫ぶオレを、何処からか現れた茶髪の少女が何か声を掛けた。汚れた地面に座るオレを見兼ねたのか、彼女は手を引いて立たせてくれた。


【逃げるのよ】


 真っ黒なオレに物怖じすることなく、だけど汚い子、なんて酷いことを言って彼女は言葉を重ねる。


【汚くても、痩せてても、小さくても、】


 一度だけ、心が折れてしまったあの時、再び手を引いてくれた彼女のように。そしてまた走り出すことが出来た自分を二度と裏切らないために。


【生きるのよ。アンタ、キレイなんだから。いつか誰かが拾って、生かして、アンタもそれに応えられるようになる日まで。

 死んだら、ダメなんだから】


 昔のことを思い出していた。オレという人間を形作る記憶。どうして今更、あの逃げ足だけは早い姉貴分のことなど思い出したのだろうか?


 ふと目を開いた時、そこに広がる光景に目を見開いた。今思えば先程足元から感じたのは魔法だったのだろう。しかし今、オレの足元の廊下は大きく抉れている。まるで何か大きな生き物の爪痕のような、しかし爪にしては太く数も多い。オレを綺麗に避けて広がるそれは、足元に展開され始めていた魔法を見事に打ち消していた。


 そして、を見てしまった時はもう言い逃れが出来ない。


 リューシーの手首、足首、首元、口元、胴体の全てをオレの糸が絡めて地面に縛り付けていた。よく見ればご丁寧にも指にまで一本一本糸が絡めてあり、口は猿轡のように縛り付けて魔法を発動出来ないようにしている。


『……もしかして、これやったの……オレなの?』


 もしかしなくとも絶対そうだが、そう問わずにはいられない。


 だってオレは、魔法を発動するための想像も発言も行っていないのだ。だが糸魔法を使えるのはこの世界にただ一人だけ。


『あれ……? なんで?』


 そっと両手を上げてみれば、確かに糸が出ている。あまり使わない透明に近い糸……自分でも見え辛いし出現にコツがいる。


 何でかな、なんて暢気に考えていたら突然誰かに肩を掴まれた。すぐ至近距離に王子がいて、オレの肩を掴んだのは王子だったらしい。


『っ大事ないか?』


『は、い。すみません……自分でも無意識だったみたいで、


 って、あーっ!! お、お城の廊下が……ご、ごごごめんなさい殿下ぁ……』


 やっちまったーあーっ!! 傷物ーっ!!


 廊下の巨大な爪痕みたいなのは、オレの糸だ。こんなに大規模な魔法を無意識に使ってしまうなんて、とんだお漏らし。


 恥ずかしい、恥ずかしいぃ……。


 ゆとりのあるズボンを握りしめて真っ赤になってしまったであろう、自身の顔を下に向ける。その姿は今から親に怒られるのを覚悟する子どもそのもの。


『天使だ』


『お前は黙ってろ、信徒疑惑!!』


 真っ赤にさせた顔のまま変なことをいうノルエフリンを追いかけ回す。巨体だが流石は騎士、のらりくらりと躱して挙げ句の果てには何故かオレが捕まって高い高いをされてしまった。


 コイツぅ……!! 俊敏ゴリラ!


 逃げ出そうと暴れてみてもビクともしない、ムキになるもノルエフリンは楽しそうに笑いながらオレを右へ左へと移動させる。そんな姿に周りは徐々に笑いに包まれ始め、何故か微笑ましげに見つめ出す者まで現れた。


『ノルエフリン。揶揄ってやるな』


『はい。殿下』


 一度腕の中にキチンと収められると、そのままの状態でノルエフリンが歩き出して王子の後ろに控える。抱っこされたままの不貞腐れたオレを見ると、王子は呆れたように腕組みをして遠くに飛ばすような溜息を吐いた。


『……廊下の件はどうにかしてやる。正当防衛だ、胸を張れ。

 お前が縛り上げたお陰で随分と処理し易くなったな。お手柄だぞ』


 そうだった、今、こんなことしている場合じゃないんだった。


『連れて行け』
 

 相手は、あの第一王子の守護魔導師。しかもエリートの良いとこ出の。そしてその守護魔導師を統括するのは当然……、


『この騒ぎはなんです?』


 来た……来ちゃった……。


『……ハルジオン殿下、リューシー・タクトクトが何か? それにこの惨事は一体』


『クロポルド……』


 一番現れてはいけない人が、現れてしまった。クロポルド団長殿はオレに気が付くと少し気まずそうに視線を泳がせた後で、しっかりと目を合わせて会釈をしてくれたので同じようにする。


 何も知らない団長殿がリューシーの側に寄り、糸に触れようとしたところでその出どころに気付いたのかオレを見る。


 正解でーす。


『何故、彼をこのような姿に? タタラ様の魔法によって拘束されているということは殿下の許しを得ているということ』


『……その者は我が守護魔導師を侮辱した。誰であろうと処断する』


 王子の言葉に、明らかに団長殿の顔が強張る。呆然とするリューシーの肩を持ち、意を決したように口を開く姿を確認してオレは静かに目を閉じた。


『彼は第一王子ベルガアッシュ様に仕える守護魔導師です。功績も、未来もある彼を勝手に裁くなど許されません。

 タタラ様への言葉は改めて謝罪させて頂きます。どうかご再考願います』


『いくらお前の頼みでも聞けぬ。お前がそこの守護魔導師を守りたいように、僕は僕の守護魔導師を守らなくてはならぬからな』


 結婚を前提にした二人だが、その殆どはハルジオン王子の気持ちが大きいだろう。それでもクロポルド殿には悪い話ではないだろうし、ノリ気ではなくとも嫌ではないらしい。


 例え最初は気持ちがなくても、時が経てばという可能性もある。


 ハルジオン王子は、素敵な人だから。


『……ぁ、』


 貴方がオレを守ると言うなら、


『そそそ、そんなの横暴すぎるっス!! 確かにちょっと酷いこと言ってしまいましたが、命を奪うなんてやり過ぎなんじゃないスか!?


 そんな、っそんな人が王子だなんて……ベルガアッシュ殿下なら!! そんなこと絶対言わないっス!!』


『ペッツ……!! 君は黙っていなさい!』


 オレも、貴方をいつも、何からも守ってみせるんです。


『……っぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度をっ……!! 今すぐ首をっ』


 今までずっと隠れていたもう一人の守護魔導師が、無謀にも出て来て要らぬ火を注いだ。それにクロポルド殿が反応して口を塞ぐも、時既に遅し。先程までの烈火の如き怒りを思い出したように憤慨する王子を見て、誰もがこの先の更なる惨劇を想像した。




 

『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』


 まるで時が止まったようにその場にいた全員が、その言葉に凍り付いた。頭上でポカンと口を開けているノルエフリンに、あっちーと指をさす。


 窓の向こうに見えた、小型の竜種……つまり、ファンタジーの醍醐味たるドラゴンだ!!


『ん? いつだったか好きって言ってませんでしたっけ? 言ってない?


 オレは見たいです!! 好きです!! 殿下、早く見に行かないと飛んで行ってしまいます。本物のドラゴン、見たいですー!』


『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け! 早う連れて行け、ノルエフリン。全力で走ることを許可する』


 腕の中でムキムキの胸筋を突き、ノルエフリンに目で合図を送る。すぐにオレの思惑に気付いた彼はすぐにオレを背中に背負い、王子を抱えて窓から飛び降りた。


 え? 窓?


『承知致しましたー!! 不肖ノルエフリン・ポーディガー、全速力でドラゴンを追跡します!!』


『玄関から出ろーっ!!』


 

 オレたちは全力でドラゴンを追い掛けた。当然ながらドラゴンには追い付けなくて、城門辺りでゴマみたいに小さくなるドラゴンの姿を見送っただけで終わった。一瞬でも見えたドラゴンはぬいぐるみみたいに可愛くはなかったけど、とても格好良かった。


 いつかもっと近くで見てみたい、出来れば大人しいやつ。


『申し訳ありません……。折角タタラ様が見たいと滅多にない我儘を申されたのに、叶えることが出来ませんでした……』


『良いよ、少しでも見れたじゃん。いっぱい走ってくれてありがとうな』


 あと、ごめんな。


 そう言うとノルエフリンは何のことか忘れてしまっていたようで暫く首を傾げていた。そんな姿が面白くて帰り道はずっと笑って話していたのだ。


『楽しかったか、タタラ』


 日輪が傾いて来た帰り道。城の中に入るとノルエフリンの背を降りて歩き出そうとしたところを、右手を王子に取られた。それをしっかりと握って元気よく頷いてみせれば彼はそうか、と一つ呟いて歩き出す。


『殿下。あの……オレ、殿下に謝らないといけないことがっ』


 審眼。


 それはきっと、今までの偽りだらけのオレのことも見通していたことだろう。今は違っても最初の頃は随分と印象が悪くて散々悪口を脳内で繰り返していたものだ。


 それを弁解したいと思うくらい、オレは彼に……。



『必要ない。僕の方こそ、お前にはまだ言っていないことがあった。


 タタラ。僕の宝者たからもの。お前はこの世界では二人目の、僕の審眼で見通せない人間なのだ。』


 この世界で、夕日のことをと呼ぶ。


 魔の差しを浴びながら振り返った王子は、とても甘やかな顔で……オレに笑いかけた。


『一人目はクロポルド。そしてお前が二人目。どれだけ暴こうとしても、お前の内心は僕には見えない。この審眼を持ってしても、な』


『オレの、心は見えない……? で、でも……なんで? さっき殿下は審眼があるからオレは魔人じゃないって……』


『簡単だ』


 まさか、この人……。


『僕がそう心から信じている、というだけの話だ。事実この命は幾度となくお前に救われた。お前がいなければ死んでいた僕だ。


 例えお前が魔人だろうが何だろうが、お前には僕を殺す権利がある。……有り得ないだろうがな』


 ないない、と言うように歩き出してしまった。とんでもないことを言った自覚があるのだろうか。それに引き換え、オレはその場に立ち尽くしてしまう。


 後ろから来たノルエフリンが、歩きながらヒョイとオレを拾い上げて王子の背を追う。混乱するオレを落ち着かせるように一定のリズムで背中を叩くノルエフリンにしがみ付きながら、未だにオレは放心状態だった。


『殿下の方が、よっぽどタタラ様を揶揄いになられる。見て下さい。まるで人形のように動かなくなってしまいました』


『む? 騒ぎっぱなしで疲れたのだろう。早く部屋で休ませてやらねばな』


 

 今日も城内は平和のまま、オレの心の平穏だけが乱されていく。



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