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第十一王子と、その守護者

魔に連なる者

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 魔人というものについては、正直誰も話したがるものではない。まず第一に魔人と遭遇して生きて帰った者が稀なのだ。魔人というのは魔獣から進化して至った個体や突然変異で現れたという個体など存在自体も謎に包まれている。ただ一つ共通するのは、魔人は全て魔法を使い……その強さは一個体で国をも滅ぼす力もある、正に動く災害。


 それが今、オレたちのすぐ側にいる。


『っこちらへ!!』


 最初に異変に気付いたのはノルエフリンだった。別のテントから聞こえた悲鳴に慌てて駆け出し、元凶を誰よりも早く認識した彼によって引き寄せられてすぐ元のテントへ逃げ込んだ。その直後に全身を吹き飛ばす様な強大な魔力によって威圧されたのだ。


【おっかしいなぁ】


 とても低い、気怠そうな声。


【ダンジョンの魔獣共に命じて、侵入した王族を殺すようにしたはずなんだけどなぁ】


 声が響くだけで、全身が殴られるように痛い。


【つっかえねぇなぁ。所詮は獣かぁ】


 ノルエフリンによってテントの奥へ奥へと王子と共に押し込められる。しかし彼は一緒ではない、近くにあった剣を掴んで立ち上がったのだ。


『ノルエフリンっ!』


『どうかお二人はここにいて下さい。隠れたところで無駄なことでしょうが、僅かでも時間が稼げればそれで良いのです。他の者は必ず魔人に立ち向かいます、例え死ぬと分かっていても』


 赤い瞳が、少しも揺れることなくそう告げた。


 ノルエフリンは騎士だ。オレなんかより、よっぽど訓練を重ねてきた本物の騎士。そんな彼が簡単に……命はないと言うのだ。


『勝算はないと?』


『ありません。どれだけ援軍が来ても足りないでしょう。この魔力量からしてかなり長命の魔人です、そういう連中は出来たばかりの魔人と違って知識も経験も相当でしょうから。

 国すら危ういかと』


 王子の言葉にすぐ答えを出す。無慈悲だ。そんなのは、どうしようもない。


『……っ、戦闘が始まりましたね。やはり魔人には今はあの方しか張り合えません』


 時折聞こえる、魔人を責める声。間違いなく団長殿のものだ。そっと王子を見れば悔しそうに眉間に皺を寄せ、自身の腕を抱いている。


 くそっ、オレも戦えたら今すぐ加勢に行くのにっ……!!


『様子を見ながら隙を窺います。いいですか、決して動いてはいけませんよ』


 止める間もなく、ノルエフリンはテントを出てしまった。テントの入り口が開いた一瞬の隙に激しい斬撃の余波が届いて、驚き固まってしまう。


 一体……、何がどうなってるんだよっ……。


『くそっ、通信も出来ぬな……魔人による妨害の魔法か』


 通信が出来ないなら助けも呼べない。そもそも助けが来たところで魔人が倒せるかもわからなければ、逆に全滅にされるかもしれない。


 なんで、こんなことにっ……折角助かったのに、どうして魔人なんかがっ!!


【なんだぁ? 変な魔力が混じってるから面白ぇもんでもあるかと思えや、こりゃぁ傑作だ。

 還り者かえりものがいるじゃねぇの。魔に連なる者の最下層。人間と決して交われねぇ紛い物。

 よぉ。お前、折角の還り者のくせに、弱ぇなぁ】


『私は王国騎士団、ノルエフリン・ポーディガー。ここが我らが人間の土地と知っての侵攻か。

 魔人よ。私を還り者と呼ぶのは構いませんが、まるで同族のように扱うのは止めて頂こう』


 テントのすぐ側で聞こえる会話に、知らない言葉が出て来た。テントを背にして立つノルエフリンの姿がわかる……何故なら、周りから火の手が上がり彼のシルエットがくっきりと見えたから。


 ノルエフリンを馬鹿にしたように笑う魔人は、巨体のノルエフリンよりも背が高く足も手も人より長くて骨っぽい。だけど、そこから弱さは一切感じられない。


【侵攻……? はぁ。冗談は止めろよぉ、こんなのはただのジジィの散歩だぜ?】


『しかし貴殿は先程、確かに我々の主たる王族に対する殺害行為を暗示させた。今尚、この場に火を放ち殺戮を楽しもうと笑っておられる。

 こんな物騒なお散歩は、残念ながら聞いたことがありませんね』


 周りのテントに火が放たれた。しかし、赤ではない。何故か見えるのは青い炎……普通の炎魔法ではないことは確かだった。


『殿下……還り者って、なんですか?』


『……還り者とは、魔物の血を引く人間の総称だ。自分より前の代の人間が魔物と交わり、それが何代も先の子孫にまで影響する呪いのようなものだ。古い先祖に魔物と交わった者がいたせいで、両の親が人間であるにも関わらず子どもは凡そ普通とは異なる姿や色を受け継いでしまう。

 ノルエフリンは還り者だ。あの尋常ならぬ巨体と、何より白い髪。目も透明か赤だが、赤は特に魔物特有とされるものだ……奴の口内には、恐らく牙もあるだろう。あそこまでハッキリと魔物の血が現れているのも珍しい』


 つまり、先祖返り。


 肉体は人間よりも強靭な魔物から、髪は大昔の魔物が日輪を嫌った故の象徴から、目の赤さは理性なき証拠。


『……随分と苦労しただろう、あそこまで言い逃れが出来ぬほど魔物の血が現れてしまっては。差別と偏見はいつまでも消えはしない……例え奴がどんな努力の上に騎士という称号を得たとしても』


『で、でもっ……それなら私も!!』


 黒は、誰もいなかった。オレの黒髪も黒目も日本人としてはありふれたものである容姿だって、この世界では稀であったはずだ。


 なら、なんで……オレは。


『違うのだ、タタラ……黒は確かに稀だ。魔物にも黒はある。だがな、人間にとって黒だけは強大な魔力をも抑えつける強力な証なのだ。

 ノルエフリンにはあれだけ魔物としての特徴が出ていても魔力はそれほどない。外側のみが魔物のような変化を遂げて、中身は人間だからだ。しかし黒を授かった人間は違う。

 黒を体に宿した人間は、中身まで膨大な魔力に耐えられる器を持った選ばれた人間だけだ。故に魔導に通ずる者はその価値を理解し、お前に敬意すら表すのだ』


 同じように、変化を遂げた人間なのに。内側か外側か……それだけで未来は変わってしまう。


『何も知らぬ人間は、お前たちを見ても同じように不気味だと言うだろう。しかし知恵ある者が違いを説くと、更に被害が増す……主に還り者たちにな。お前はむしろ信仰の対象に早変わりだ。

 だから一般にはあまり知られていないはずが……いつの間にか白と赤を持つ人間は魔に連なる者、という認識が広まっているそうだ』


 そっと王子がオレの髪に触れるのを、黙って受け入れた。こんな風にオレがノルエフリンの髪を触ろうとしたら、彼は受け入れてくれるだろうか。


 もしも拒まれたら、どうしよう……あのふわっふわの気持ち良さそうな白い髪に……触れてみたかった。


【散歩がてら人間を間引くことに何の問題があるんだかなぁ。ここに王族が集るなんざぁ許されないんだよ、嫌なら殺し合おうぜぇ?

 尤も……てめーらじゃ全然相手になんねぇよなぁ】


 悠長なことを考えている場合ではなかった。痛む体に鞭を打って立ち上がる。外では団長殿やノルエフリンたちが戦っているのだ、隠れていることなんて出来ない。


 まだ、魔法は出せる。


『水魔法 巨影魚きょえいぎょ


『はぁっ!!』


 団長殿の放つ水魔法、続けて騎士団による攻撃が魔人へと放たれる。しかしどんなに攻撃を続けても魔人の声は一つも聞こえない。詠唱の声が、何も。魔法を放つための言葉の一つすら、引き出せていないということにどれだけの人間が気付いているだろう。


 団長殿の強力な水魔法が放たれても、周りの青い炎は全く消える気配もない。


 そんな絶望的な事実に打ちのめされる中、ようやっと魔人から紡がれたのは……意外な言葉だった。


【……ぁ?】


 刹那、魔人による見えない魔力の風圧によって辺りの騎士や守護魔導師たちが吹き飛ばされた。テントの中に飛ばされて来たノルエフリンに近寄ろうとした時、テントに巨大なシルエットが映っていることに気が付いた。


 すぐ、そこだっ……。


 他の守護魔導師や騎士団長ですら勝てないほどの魔人。しかも、こっちはボロボロな上に後ろには王子がいる。


 護らなきゃ、護るんだっ……絶対に死なせたくない、死なせたりしない!!


【……還り者の気配に気ぃ取られてたわ。

 なぁ。

 いるんだろ。

 
 出て来い。お前……クロだなぁ】


 ドクン、と心臓が跳ねる。魔人は魔力の色すらもわかるのか? 個人魔法使いだからって黒い容姿とは限らないはずだ、ならやっぱりオレの魔力やら魔核が黒いからなのか?


【出て来いよぉ。自分から出て来な。そんで、この俺とちょぉっとお話しよぉぜ?

 そしたらさ、そうだなぁ。見逃してやっても良ぃ。全員生きて、俺はここを去る……良ぃ考え。だからさぁ、見せろよ……人の身でありながら、そんな魔力を維持出来る人間だ】


 あぁ、オレだ。


 完璧にオレをご指名だ。


『タタラっ……』


『っ、タタラ様』


 震える足を動かしながら、テントの幕に手を掛ける。カタカタと力が入らない手を必死に持ち上げて……オレは外に出た。


 初めて見た魔人は、背後から青い炎を燃やして静かに宙に浮かんでジッとこちらを見ている。オレと同じ黒い髪を持ち、炎と同じ色をした瞳。その周りにはくっきりと隈があり肌は全体的に灰色に近く、血の気などない。ゆったりとしたズボンに上半身は裸だが、至る所に奇妙な刺青が入っている。


 目が合ったその魔人は、オレを視界に入れた途端にそれを見開いた。


【ぁー……、へー……。ふーーん……】


 バキャッ、と激しい音を立てながら首を右に左にと九十度に折りながら何やら思考する。何を考えてるかなんてとてもじゃないが理解できない、普通の人間なら首が折れてる……骨、ないのかよ。


『その方から離れろ!!』


 魔人によって飛ばされた団長殿が、剣を振り下ろしながら魔人に迫る。その後ろで各守護魔導師が援護の魔法を詠唱したり、周りに結界を張り始めた。


 団長殿の剣を腕で止める魔人が、気怠そうにもう片方の腕で手首を振る。たったそれだけで……団長殿の剣が真っ二つに折れたのだ。


【ファーストコンタクトを邪魔するなんざぁ無粋な野郎だなぁ全く】


『っ……ぐあっ!!』


 ドラゴンの鱗のようなものがついた足で蹴り飛ばされた団長殿が、張り巡らされた結界に叩き付けられ意識を失う。唯一魔人に対抗出来る人間を失い、周りは一気に戦意を失ったように怯えた瞳を露にする。


 魔人は再びオレに向き合うと、ピッと指を差してきた。突然のことに驚いたオレは思わずズボンの端をぎゅっと握りしめた。


【めっちゃ黒いじゃーん】


 軽い……。


 でも怖い……。


【この年でも黒いってことは、ずっと黒いわけかぁ。へー。ふーん。

 人間。魔人ですら持てない色を持つ人間。お前、お名前はぁ?】


『た、タタラ……タタラ、です』


【へぇ、タタラ。二つも黒を与えられるなんて魔人でも中々いない、超貴重種さぁ。その目玉でも引き換えに貰おうかと思ったんだけどねぇ……目玉を抉った後にお前が死んだりしたら勿体無い。

 何より俺は先刻、約束しちまったぁ。生きて帰す、そう言ったんだっけ? 魔人ってのは約束事に律儀だからさ】


 人間は軟弱で困る、そう言ってやれやれと言わんばかりに腰に手をやると青い目を再びオレに向けた。


【代わりに……そーねぇ。タタラ。お前のその髪を少し寄越しな。人間の黒い髪なんてレアだ、レアー。

 その髪と、今後王族をあのダンジョンに入れないと約束するなら今回は退いてやるよぉ。……もう関係なくなっちまったが、これも約束事なんでなぁ】


『ダンジョンに王族を……?』


 そんな簡単なことで見逃してもらえるって? 


 騙されているんじゃないかと魔人の今までの言葉を振り返ってみても、矛盾したところはない。そもそも奴はこんな回りくどい嘘を言わなくても数秒あればオレたちを殺せるんだ。


『約束します……。リーベダンジョンには、王族の方々は入らないように』


【早期決断は嫌いじゃねぇよ。まぁ別に破ったところで、その時は俺がダンジョン内にいる王族を問答無用で殺すだけなんだけどねぇ。

 はい。じゃぁもう一個の約束の品】


 人間と同じ五本指の手が差し出された。しかしそれはまるで壊死してしまったように指先から手首まで真っ黒だった。爪も黒く、改めて違う生物だという認識を深めてしまい恐怖が募るばかり。


 慌てて糸を出して結んでいた髪ごと切ろうとしていたところに魔人の軽快な声が響いた。


【はぁー?? なぁに? お前。お前、それ個人魔法??

 まっじかぁ、ここまで来て更に個人魔法までおまけして来ちゃったかぁ。なぁんでここまで異質なのに人間なんだろぉな、不思議ぃー】


 キャッキャ、キャッキャとオレの周りを旋回しながらじっくりと見つめてくる姿に思わず硬直するもすぐに意識を持ち直して髪を切ろうとした……が、何故か手が全く動かなくなる。


【そんなに要らねぇ。ただでさえ髪が伸びるのが遅いだろ? 黒い髪に魔力も一緒に練り込まれてるから中々伸びねぇの。

 はぁい、失礼~】


 魔人の手が無造作に宙を切ると、オレの髪がパラパラと五~六本ほど生え際辺りから切られた。しかしそれも少量すぎて見た目は全く違いはなく、魔人も自身の手に収まった数本の髪に満足したように頷く。


 え? あんなんで良いの?


【儲けぇ。これさえありゃ交渉の材料にも魔力不足にもうってつけ、万能兵器ぃ~。黒の髪が手に入るならこの俺も文句無ぇよ】


 こんなんで見逃してもらえるなら容易いものだ、そう安心してそっと息をついた時だった。


 突如、オレたちを囲うようにして五箇所の地面から並々ならぬ魔力が溢れる。それに気付いた時には既に遅かった。そこから展開される色の魔法には、既視感がある。金色の魔力……光魔法。それもこれはただの光の防御魔法ではない、もっと高位な複雑なもの。


 魔人と共に閉じ込められたオレたちの元に、見慣れない人間が集まって来た。






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