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第十一王子と、その守護者

王族に迫る魔の手

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 オレは一体、何をやっているんだろうか。


『いってぇ……、くそ。オレの糸どんだけヤバいんだよ、切れ味抜群過ぎだわ……』


 現在魔獣を集めるだけ集めて、少し広い場所に出たため糸でハンモックを作って身を潜めている。何個かダミーも作ってあるし場所自体が広いから魔獣はそこら中にいるが見付かってはいない。


 ダラダラと流れ続ける血を必死に押さえ付けて止血する。もう服にも大分血が染み込んで匂いが早々消えることはないはず。


『いっそここで死んだことにして、そろそろ守護者のお役目からも逃げて良いかなぁ』


 痛みと疲労のせいで投げやりになってしまう。止血に使っていたハンカチは真っ赤に染まってしまい、それを見て泣きそうになった。


 魔獣は人間を魔核ごと喰らう。だから死体は滅多に残らないし、オレが戻らなければ死んだものとされて処理されるだろう。


 静かにハンモックに身を委ねて、現実逃避するように今後のことと今の状況を整理するため目を閉じる。


『しかしなぁ、オレ夢とか目標ないし。平和に穏やかな毎日が続けばそれで。魔法も沢山褒めてもらって嬉しかったし、本望だ。毎日三食食べて、おやつも貰って……手伝いしたらみんなが笑って、嬉しそうに話しかけてくれて。


 あ……オレがいなくなったら、王子……でも、あの人には最強の団長殿と結婚する未来があるわけだし。あの第一王子が卒業でもすれば、きっと二人も結婚する。そうなれば、オレは自然と要らなくなるし王子の汚点になること間違いなしだ』


 ならば、もう……良いのではないか? 今回も逃げられたはずだ。先程、ダンジョンの入口に張っておいた糸が切れた感覚がした。王子たちは全員かは不明だが、このダンジョンから抜け出せたのだ。


 それでも何故か脳裏を過るのは、散々罵ってきた王子の姿だった。なんだかんだオレの行動に対しては甘くて、声を出して笑う様にもなってきて……だけど踏み込んだ話は絶対してくれなくて。


 あの団長殿は、ちゃんと王子を護ってくれるのだろうか?


『それを疑問に思う時点で既に答えは出てるようなもんだよな。はぁー……』


 自分の知らないところで彼が死んだら、きっとオレは……死ぬほど後悔する。情だって湧いてしまったし嫌いってほど嫌いじゃない、むしろ……頼られるのも心配されるのも嬉しくて。


 これ以上彼に執着してしまうのが怖くない、というのは嘘になるが……引き継げるところまでは一緒にいても構わないだろう。


『それも全部この苦境を乗り越えられたら、の話なんだけどねー。傷がくっそ痛い……早くお城に帰りたいよオレは』


 そっとハンモックから顔を覗かせれば、もう半数以上のダミーが壊されていた。気が遠くなるような魔獣の群れにゲッソリしてハンモックに寝そべった時だった。


 どこからか聞こえる破壊音。少し離れた場所だったが、徐々にこちらに近づいて来る。また新しい魔獣かと思って嫌々魔力を練った瞬間、それは聞こえた。


『守護魔導師、タタラ様!! どうかその場で動かないで下さい! 出来れば防御魔法で自身をお守りいただければ幸いです!!』


『……へ?』


 刹那、膨大な魔力が一気に広がり一箇所に集中する。明らかなる超広範囲魔法。それもオレのいるこの広場に向けて、だ。


 え? これ殺す気だろ、オレ諸共。


『闇魔法 支配者の腕マスターアーム


 魔法が込められたマンプーが投げ込まれ、薄暗闇の中に突如として産まれた光。魔獣の影という影から真っ黒な腕が生えて来たかと思えばそれは影の主人である魔獣を無慈悲に貫いたり、首を捻り殺したりと恐ろしい光景が広がった。魔獣の叫び声、体から漏れる音、残った生き残りを倒す剣の残響。


 オレはただ、自分の母なる護りゆりかごに包まれてガタガタと可哀想に震えている。


 守護魔導師、めっちゃ怖ぇよ。




『私の名は、マツリ・フレアーと申しますの。第三王女フロンティナ・冥・バーリカリーナ様の守護魔導師であり、先程まで外で待機していました。ただ一人ダンジョン内に残られたタタラ様救出のために馳せ参じた次第ですわ!

 この度は、我が主人をお救い頂き誠にありがとうございました。見た通り、私の魔法は誰彼構わず攻撃してしまうものが多いため待機を命じられていたのです』


『わざわざ外から……? それはご足労頂き、感謝します。ご存知かとは思いますが自分は第十一王子ハルジオン殿下の守護魔導師タタラです。素晴らしい魔法でした、闇魔法は初めて見たので感動して腰を抜かしてしまいました』


 赤の混じった桃色の髪をサッと払って優雅に、しかし胸を張りながら当然でしょう? と言いた気に誇らしくする彼女が微笑ましくて少し笑ってしまった。すると奥から他の魔獣を倒していた騎士たちも駆け付けてくれ、同様にお礼を言ってからオレたちは脱出のため移動を開始した。


 フレアーさんに二人の騎士、そしてオレの四人。フレアーさんは先程のような大掛かりな魔法はもう使えないと言っていたが、流石守護魔導師。最低限の魔力で襲いかかる魔獣を倒し、走るスピードを緩めない。


『傷の手当てもしないで、ごめんなさい。ですが……外に何人も護衛対象がいるので今は脱出が優先ですわ。傷が痛む様なら騎士に担いでもらいなさい』


『いえ。お気遣いなく、自分の魔法で止血もしているので問題ありません。

 あ。そこ左の方が近いです』


 道がわかるオレが指示すると、先頭を走るフレアーさんが頷いて左に曲がる。オレがいるせいであちこちから魔獣が襲って来るがオレの魔法で見つけ次第、遠距離から攻撃して倒さずとも足止めをして走り続ける。


『怪我のわりによく動くし、魔法の痕跡で案内も出来るし魔法による攻撃もする。

 ……上等ですわ。ハルジオン殿下は良き守護者と巡り会えたようです』


『いやぁ……今回のことでまた叱られてしまいます。皆さんが迎えに来てくださらなければ数時間はあそこから動けませんでした』


 まず投げたことを言及されるな、確実に。


 トホホ……と肩を落として走っていると、目の前からポニーテールが消えてフレアーさんの綺麗なお顔がこちらを向いていた。


『貴方は殿下にきちんと大切にされていますわ。渋る側付きの白い騎士に、何度も何度も貴方を探しに行くよう命じていましたもの。殿下を守る人間がいなくなるからと頑なに拒む騎士に、最後には行かないなら処刑すると仰ってしまって……。

 それを見てフロンティナ様が、救われた礼もあるから代わりに救援隊を編成するとご提案されたの。渋ってはいたものの、納得されたようでしたわ』


『……あの……どうもすみませんでした……』


 あの処刑厨っ……!! ノルエフリンを殺してどーすんだよ、本当にもうっ!


 思わず両手で顔を覆って空を仰いだ。空見えないけど、オレの心も土砂降りだけども。


 絶望するオレの様子がよほど面白かったのかフレアーさんに後ろの騎士たちまでクスクスと笑っている。笑いがとれるならまだ幸いだ。呆れ返って見捨てられなくて本当に良かった。


『ある意味、こちらは大いに納得ですわ。最近あのハルジオン殿下が大人しくなって滅多に死人も出さないと。いつも貴方が手綱を引いているから平和でいられた、と言うことかしら。

 これは是非、今後とも殿下のお側にいてもらわなくてはいけませんわね』


『……そんな便利なものではないですよ、偶々です』


 そしてお喋りが終わると、見覚えのある門が目に入った。それを確認するとダンジョン内に張り巡らせた全ての罠として張ってあった糸の魔力を絶ってしまう。走り抜けた先にはどこか懐かしさすら感じる日輪が照り付けて、頭から爪先まで包まれ浄化されたような気分だ。


 生きて出られたっ……助かったー!!


『よく頑張りましたわね、褒めてさしあげますわ』


 服の被害を確認するように色んな場所を引っ張っていると、ポンと頭の上に華奢な手が置かれた。そっと優しく撫でるように左右する手に驚いてフレアーさんを見上げた。


『あら、不満でして? でも残念。例え主人が違えど私は守護魔導師の先輩ですわ。先輩のやりたいことを、後輩は黙って受け入れなさいな。

 決して子ども扱いではありませんわ。丁度良い位置に貴方の頭があったんですのよ』


 そう言って傲慢にも笑う彼女は、結構な意地悪さんだ。やれやれといった感じに肩を下ろす騎士たちの素振りも構わず、まだ二十代前半くらいの彼女は眩しい笑顔で有無を言わせない。


 なんだろうなぁ。なんだってオレの周りって……こう、やりたい放題なやべー性格の奴ばっかり集まるんだろう。


『パワハラです。訴えます』


『あら! 生意気な後輩ですこと。可愛がってあげませんわよ?』


 結構だ!!


 プイ、と顔を背ければ一気にみんなが笑い出す。二重で酷い目に遭ったとフレアーさんから逃げ出すようにパタパタと小走りをしていたところで真っ黒なテントのような場所から誰かが出て来た。続いて現れた巨体に、ハッとして走り出す。


『でーんかー』


 オレが気の抜けた声で叫べば、同じようなテントからパラパラと人が出てきた。しかし行く先はただ一つ。あの黒いところから出てきたオレの主人。


『っ……』


 しかし、あと少しというところで気が緩んでいたせいか傷口が痛み出す。糸での自傷と、逃げる最中に負った怪我など盛り沢山だ。逃げるのが先決な状況で手当てもしないまま無理矢理、糸でくっつけていた。荒療治すぎて絶対良い子は真似しちゃいけない、あんな不潔で不衛生な場所では特に。


『ふぎゃっ』


『! タタラっ!!』


 もつれた足が言うことを聞かず、地面に転がる。思わずベシャッ、という効果音が脳内で再生されるほど見事なコケっぷり。痛みと疲労とコケた悲しみが後押しして、なんだかとても泣きたい気分だ。


 許してくれよ、見た目は黒いからよくわかんないかもしれないけど多分もう服はべっとり血塗れでフラフラなんだよ。


『お、まえ……なんだその傷はっ』


『殿下ぁー、痛いです。めっちゃ痛いですよこれぇ』


 えぐえぐと涙こそ流していないものの今にも溢れ落ちそうなほど涙を溜めている自信がある。もはや立つことすら叶わず地面でわちゃわちゃやっている。


 産まれたての子鹿だって鼻で笑うレベルだ。


『っ怪我をするなと言ったのに、本当に愚かな奴だ』


 なんだよぉ、お前ちゃんと無事に逃げられたんだし超名案だったじゃんか。


『折角お前のために作ってやったというのに、こんなにボロボロにするとはな』


 ……ん?


 オレのために作った? 何を??


『全く情けない』


 その一言だけが、オレの中に深く刻まれた。無表情で、残酷に。たった一言だけ吐き出された言葉に、理解するまでが長くて、理解した瞬間に目の前が真っ暗になった。本当に全ての血を失ったのだろうか? 気のせいか寒くもないのに震え出す両手から、それは全身にまで至る。


 ……別に。別に感謝してくれなんて思ってないけど、普通に仕事しただけ……だけど。


 絶対に泣いちゃダメなのに、背中を向けて泣きながら走り去りたい気分だよ。


『お待ち下さい、ハルジオン殿下。その者は急変したダンジョンにて柔軟に立ち回り、我が主人をお救いくださいました。一人残された後も懸命に生き残り……生還して戻って来た守護者に、そのような言い方はお止め下さい』


 凛とした声は、先程までオレで遊んでいたフレアーさんのものだ。何人かの足音……きっと騎士の人たちもいるのだろう。みんながオレを庇ってくれるのが嬉しいのに、震えは一向に治らない。


 しかし、




『誰に対して口を利いているのだ、貴様。そもそも何か勘違いしているようだな』


 俯くオレの目の前の王子が屈んですぐそこにいる。どうにかその場を離れようと手に力を入れるも、それよりも早く王子が動いた。そっと両脇に手を入れられて、あっと言う間に抱き上げられる。両足を纏められて膝裏に手が回される。オレはなんと、あの王子に、横に、抱えられているのだ。


 なっ……なに!? なんだなんだ!!


『情けないのは貴様らの方だ。僕のただ一人の守護者の働きがなければあの局面で誰一人怪我もなく命も落とさず生還できたかもわからぬ。緊急事態とはいえ、冷静に状況を判断して最善の道にいち早く気付いて実行したのは僕の守護者のみ。情けないと言わずなんと言えばいいのか、あそこには他にも腕の立つ者ももいたんだがな。

 ……お前はよくやった。すまなかったな』


 守護者たる者、例えさっきまで逃げ出そうとか考えてた半端者だろうとも。いつ、いかなる時も守護すべき者を護り抜くのがその使命。


 なのに……なのに、どうしてオレは守護すべき王子に抱き抱えられてるんだ!! なんでー!!


『そんな、えと……全然大丈夫でして、あのオレは平気ですしって違う! 違う、違った……私、そう私は自分のすべき事をしたまででっ』


 あぁあ、どうしようどうしよう!!


『むしろ大切な服をこんな有様にしてっ、わざわざ助けにも来ていただいて、本当に……っその』


 しんぞういたい。


『っ……立派、でしたか……?』


『ああ。実に迅速な対応だった。あれがダンジョンに初めて入った者とは夢にも思うまい。流石は僕の守護魔導師だ』


 綺麗な服だとわかっていた。王子の今日着ている服は、いつものギンギラと違って落ち着いていて、オレとお揃いの黒が沢山入った大好きな色合い。だけど、そうとわかっていても……どうしても耐えられなくて、涙が零れそうな顔を綺麗な服を纏った肩にそっと押し付けた。小さく揺れる体に抗議しようかと思うが、どうにも離れ難くて止めた。


 ちょっとだけ、怖かった。知らない魔獣だらけのダンジョンは薄暗くて、カビ臭くて、嫌だった。傷だらけで一人になったら余計に怖くて嫌になったんだ。


『綺麗好きのお前には、すまないことをしたと思っている。本当によく頑張ってくれた』


『……ーっ、』


 帰ったら風呂に好きな花でも浮かべろ、そう耳元で話す王子に何度も首を振って応えた。喋ったりしたら嗚咽が漏れてしまう、そう思って声を出さない意図を知ってか知らずか王子はオレを抱いたまま黒いテントへと歩き出す。


 ふと王子の肩の向こうに、呆然と立ち尽くすフレアーさんと騎士たち……そしてその向こうから歩いて来る誰かが見えた。そっと手を振れば、フレアーさんもハッとしたように覚醒してから小さく胸元で手を振ってくれた。


 良かった……また会ったら、お喋りしてくれるかな。


 そしてオレが王子に見守られながらテントの中で治療を受けている最中にそれは起こった。王子の手元にあった大切な防御魔法のための装置から亀裂が走り、粉々に崩れ落ちると……その後すぐに、あるテントから響き渡る悲鳴と喧騒、


 そして駆け付けたオレたちが目にしたのは……この世界で最も恐れられる恐怖の象徴





 魔人だった。





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