マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう

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第十一王子と、その守護者

魔導師学園リベラベンジ

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 人に見られる、というのは正直慣れていない。


『あちらがあの……第十一王子とその守護魔導師? まだ幼くも強力な魔法を使うという噂だ』


『あまり見るものではありませんよ。相手はあの第十一王子なんですから』


 王子と一緒にいれば嫌でも注目を浴びるが、それでも今までは城にいたのだ。王族の住む城に王子がいるのは当然のこと。


 しかし、外では違う。みんながみんな、オレたちに注目する。


『なんだ?』


『あ! す、すみません、殿下……』


 無意識に王子に寄り過ぎていたらしい。あまりにも多くの視線に全身から冷や汗が止まらない。どうしよう、変な守護魔導師って思われちゃうじゃないか!


『はっ。お前でも緊張することがあるんだな。僕を前にしていつも堂々と寝転んだり騒いだりするくせに、このような塵芥の視線如きに逃げ腰とは。

 本当にお前は訳がわからないな』


『だ、だっていつもは殿下のお部屋ですしっ、というかそれでは私がいつも子どものようではないですか! ちゃんとお仕事だってしてます、殿下の方がおサボりです!』


 両手を握って胸の前でブンブンと振り、いつもの王子の様子を力説する。必死になって食らいつくも王子は気にした様子は欠片もなく聞き流すように薄ら笑みさえ浮かべているのだ。


 はぁ!? 自分の方がいつも色ボケして、すぐに予定変えるくせに!


『ここは魔法での力がものを言う場所だ。個人魔法の使いであり、実践経験もあるお前がここの連中に負けるはずがない。

 だが、まぁ……寛大なる僕が面倒を見てやらねばな』


 ほら、と言って差し出された王子の左手。色白で傷一つない綺麗な手を見つめてから彼を見る。もう一度促すように左手が揺れたので、そっとそれを両手で掴むとオレの右手だけをしっかり握って歩き出した。

 王子と手を繋いで歩く。それだけで先程よりも更に多くの人に見られることになったのに何故かもう気にならなくなったのだ。


『僕に守護魔導師が就いたことはすぐに広まる。というより広ませるために赴いたというのもあるからな。僕に手を出せば、お前という番犬が牙を剥くというわけだ。

 精々奴等に鋭い牙を披露してやれ。見た目以上に有能だと、噂が回る程度にはな』


 その後、目当ての特別授業が始まるまでの間、案内された客室へと入りのんびりと過ごしている。案内役の人がビクビクと怯えながら飲み物を用意するというので王子の好きな紅茶に、自分は冷えた飲み物を頼んだ。紅茶の色や香りのチェック、更に毒味を終えてからソファーに座る王子に用意して、同じように隣に座って持って来てもらった果実水を飲む。


 程良い酸味に、旅の疲れも一気に吹き飛んでしまいそうな冷たさ……うまぁい。


『殿下! この飲み物、とても美味しいです! なんの果物ですか? 酸っぱ過ぎず丁度いいんです』


『酸っぱさ……と、その赤い色はキャシャだろう。南の国の名産で我が国にも最近流通されてきた果物のはずだ。味の割に安価で庶民にも好まれると聞いたが、まぁそこまで多くは出回ってないだろうから知らなくとも無理はない』


 チラッと見た木製の杯に注がれた果物の色と味だけで判断した王子。そういったことに興味があったとは知らず、驚いた。


 何も知らない、ただの我儘王子だと思ってたのに……。


『知りませんでした……。殿下は物知りなのですね、すぐに教え者をクビにしてしまうのに』


『雇われた身で当然のことばかり喋るからクビにしているのだ。自分よりも知識で劣る者を師と仰ぐ愚か者など御免だな』


 なるほど、つまりこの王子は中々頭が良いわけだな。オレはてっきり気に入らないからクビとか理不尽なことをしているんだとばかり思ってた。


 静かに紅茶を飲み、手元の本を捲る王子を見て今一度自分の考えを改めなければと思う。


『タタラ。一応ここにいる間に一人だけ騎士をつけることにする。形だけだ、騎士団の者が一人いるだけで煩い連中が静かになるのだ』


『むしろ私しかいないのが不思議なくらいですよ』


 王子だぜ? 護衛だぜ?


 いくら守護魔導師とはいえ、出先でも一人きりで護るとは思わなかったわ。


『誰でも良いが、お前が気に入った騎士がいればそれを採用する。少しでも疎通が叶う方が良かろう。お前に一任したい』


 ほら、と寄越された騎士団員の名簿。殆どの騎士の名前などわからず顔すらうろ覚えな状態だ、顔と名前が一致するのは僅か数人足らず。


 そっと指差した名前を王子に見せれば、紅茶を持ちながら王子が顔を覗かせる。


『ふむ……、では呼ぶとするか』




 特別授業の開始時刻、オレたちは移動を始めていた。王子を先頭にその後ろにいるのはオレの他にもう一人。真っ白な髪に赤い目が特徴的な巨体、そう……選んだのはノルエフリン・ポーディガー。


 いやだって……あの討伐組の生き残りなら相当の実力者だろうし、個人的にこんな面倒臭い役割でもコイツなら良いだろ、的なノリで選んじゃったよ。


『無所属の騎士、か……。はっ。経験も浅いまま僕の守護を任された挙句にあの魔獣の群れに遭遇するなど運のない騎士を選んだものだ』


『全く見知らぬ人間よりはマシです。私も前回気を失っている間にお世話になりましたし……その節はありがとうございました。改めてよろしくお願いしますね』


 ノルエフリン・ポーディガーはあの討伐組でたった二人残った内の一人。そして命の恩人と言って倒れたオレを介抱してくれた騎士なのだ。目覚めた時は知らない人間がいたから驚いてきちんとお礼も言えなかった。


 さっきもあまりの変態的発言にドン引きして逃げ回っちゃったし……変なこと言うから悪いんだい。


『勿体無いお言葉です。

 どうか御二方、私のことは気軽に呼び捨てにしていただいて構いませんので。ハルジオン殿下と恩人たるタタラ様のお役に立てるとあらば、これ以上にない喜びですとも』


 護衛が一人増えただけで、こんなにも心強いなんて思わなかった。少し気持ちにも余裕が出来たし油断とまではいかなくともノルエフリンは騎士……オレなんかよりよっぽど、こういうことには慣れているだろうから。


 魔導師学園リベラベンジ……十六歳以上の男女が学ぶ五年制の学園。学ぶことは勿論、魔法についてだ。リベラベンジを出れば一生安泰と言われるほどのエリート学園。無事に卒業すればもう人生勝ち組。卒業するのも大変らしいが、ここは家柄が優れた者や圧倒的な魔力保有者などが集うため入っただけでも世間では持て囃されるだろう。


『今回、リベラベンジにて園外特別演習が行われるのだ。ただの演習であれば出向く必要など皆無だが、此度は違う。

 国境付近にてそびえるダンジョンへの演習だ。魔導師となり働くようになれば戦争へも駆り出され、必要とあらばそうしたダンジョンへの同行も求められる。ダンジョンにはあらゆる宝や新種の魔物も現れると聞くからな……今回は学園御用達のダンジョンだが』


『それに何故殿下まで同行を? 特別枠としてわざわざ飛び入り参加など……』


 昨夜、突然決まったハルジオン王子のダンジョン演習への参加。王族であり王位継承権もある王子を危険なダンジョンへ招くなど……それが在籍中ならまだしも、王子はまだ入学すらしていない。


 振り返った王子は、なんとも言えない……無表情のまま呟いた。


『お前は知らなくて良い。お前の役目は、僕を護り抜くことだ。余計なことなど考えず目先の敵を殺せ』


 そう言われても、こんな状況でどうしろと言うのか?


 王子の兄や姉……つまり学園に在籍している他の王子や王女たちが集まるホールに来て、ようやくオレは事態の異常性に気が付いた。本当は……もっと前からなんとなく気が付いてはいたけど、こうも差を見せ付けられるとショックが大きい。


 在籍している王子五人、王女二人。それぞれには少なくても五人……多くて二十人ほどの守護者が側に控えていた。


 おいおい……、マジかよ。こちとら今回限りの護衛として来てくれたノルエフリン以外は、守護魔導師はオレ一人だぜ?


『……行くぞ』


 動揺などしてはいけない。


 隙なんて、見せちゃいけない。


 弱音は全部心の中。顔には、しっかり笑顔と無邪気さを浮かべるのだ。だって今のオレは超レアな個人魔法を持つ強い人間……強いのは魔法だけとは言っちゃいけない。


 ともかく!! 


 オレはコイツを支えるたった一人の守護者、決してナメられてはいけない!


『はい! 楽しみですね、ダンジョンなんて初めてでワクワクしてしまいます!』


 こちらを見ていた数人に、動揺が走った。最初はオレたちを見てから……更にそれが広がったのはオレの発言から。無理もない、隣にいるノルエフリンですら無邪気に子どもらしくダンジョンへの興奮を隠し切れない幼子のような姿に驚いているのだ。


 我らがハルジオン王子には、何か理由があって他の王子や王女とは扱いが少々違う。故意としか思えない護衛の少なさも。最初は単純に王子の性格故かと思ったが、それが全てではないらしい。


 今回も、少し大変な目に遭いそうだなぁ……。


『こんなことなら正装なんか着て来なきゃ良かった……』


 正装のままダンジョン突入って、かなりのマヌケじゃねーの?


『ハルジオン! 久しいじゃないか。元気にやっていたかい?』


 その人は、周りの人間たちが遠巻きにオレたちを見るのに気にせず駆け寄って来た。王子と同じ金髪に、蒼眼。しかしその髪は短く整えられ、目もハルジオン王子は吊り目だが彼はどちらかというと垂れ目っぽくどこか優しい印象を受ける。


 正に彼は


『おはようございます、ベルガアッシュ兄様。お久しぶりです』


 ザ・王子様である。


『ああ、おはよう。本当に久しぶりだ……身長も伸びたんじゃないか? 学園でハルジオンと会えるなんて夢のようだ、年齢的に在籍中には君は入学しないからね。

 ……おや?』


 花が咲くように笑顔で話していた彼……第一王子ベルガアッシュ・常世・バーリカリーナ。そう、例の王位継承権第一位とされる時期国王に最も近い人物。


 楽しそうに話していた視線がこちらに向き、改めてオレはニッコリと笑った。


『兄様、僕から紹介します。これが守護魔導師として任命したタタラ。このようにまだ幼い身ですが、個人魔法の使いでもあり有能です』


『こちらが……。学園でも噂は届いているとも! 歴史にない未知の魔法、新たな魔法を使う個人魔法使いとしてね。

 なるほど、本当にまだ子どもだ。いや、すまない……ハルジオンが初めて認めた守護者だ。君が有能とするなら、間違いないんだろう』


 目の前に現れた第一王子が、オレに人当たりの良い笑顔を浮かべて口を開く。優しくて爽やかな王子様。周りの学友たちも偉大なる未来の王様を遠巻きにも、しかし熱の籠った目で見つめる。


『初めまして、タタラ。私はベルガアッシュ・常世・バーリカリーナ。君の守護するハルジオンの兄で、第一王子だ。

 まだ幼いながらも弟を守護してくれて、感謝するよ。今日はダンジョンの上層辺りで演習予定だが、ハルジオンに守護魔導師が就いたとなれば心強い。これからも弟をよろしく頼むよ』


『はい。心得ております』


 簡潔に、しかし失礼にはあたらないよう頭を下げて左手は心臓部。右足を少し後ろにずらして挨拶を。このポーズが最大限の敬意を表すとメイドさんたちに教わっていた。


 こういう時は正装で良かったって思うわ、中々様になってるだろ?


『うん、本当に幼いながら賢いようだ。礼節を重んじるハルジオンらしい』


 では、と言って去っていった第一王子。隣でずっと傅いていたノルエフリンも立ち上がり、突然影が出来たことでオレも少し息をつく。


 やっべ、マジで第一王子の王子様空気感が重過ぎて押し潰されるかと思ったわ……。


『流石はタタラ様! あのベルガアッシュ殿下をお相手にしても動じることなく冷静に対処されるなんて、素晴らしいですね』


『ニコニコして二言喋っただけですが……』


 こうして第一王子との接触は終わり、オレたち特別授業参加者たちはホールの中央へと集められた。転移の魔法陣により長距離移動を開始するため、ホール中央に刻まれた魔法陣の中に足を踏み入れる。やがてグニャリと景色が歪んだかと思えば、そこはもう学園ではなく国境近くの草原……。


 目の前に佇む巨大な石門こそ、ダンジョンの入り口だ。


 息がし辛い。肺が重い。外なのにまるで新鮮さを感じない嫌な空気が辺りを占める。それこそが、ダンジョンから漏れ出す圧倒的な魔力。なんせダンジョンとは一歩踏み込むだけで、その向こう側は軽い異世界のようなもの。常に魔力によって産み落とされた魔獣が蔓延り、生きるもの全てに襲い掛かる。


 ダンジョンを踏破するには、魔術師は必須だ。


『動けそうか?』


『……っ、問題なく。少し経てばもう少し慣れるでしょうし、いつもと変わりなく動けます』


 あまりの魔力の濃さに圧倒されてよろめくのを、ノルエフリンがすかさず支えてくれる。例えるなら突然極寒の猛吹雪に投げ込まれたような……突然の突風に巻き込まれて息の仕方を忘れてしまったような、そんな感じだ。


 魔力を持つ量が多い人間ほどキツいようで、あちこちで似たような状況が起こっている。


『よし、もう大丈夫……ありがとう、ノルエフリン』


『私は魔力はそれほど多くありませんから、構いませんとも。もう慣れたのですか?』


 一瞬驚いたものの、集中して周りの魔力に逆らわず自分の中にある魔力を燃やせばすぐに一体化されて、むしろ普段以上に調子が良くなったような気さえする。周りも学園の生徒たちはまだ本調子ではなさそうだが、守護魔導師たちの大半は既に慣れた様子で辺りを観察してた。


 あれを見たら……対抗心燃やさずにはいられないよな!


『殿下に魔力のコントロールの上達を命じられて、密かに特訓していた成果が出たようです』


『おお、ハルジオンの守護魔導師もこの魔力を耐えられるのか。本当に信じられないほど素質がある……


 でも、ダンジョンの魔力にはかなりてこずっていたからな』




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